店の中は、かわいいぬいぐるみでいっぱいだった。


ふさふさでかわいいクイッキーくん人形。

まんまるがかわいいザピィくん人形。

大きくてかわいいノイシュくん人形。

どれも、すっごくかわいい。


奥の棚に目をやると、妙な生き物と目があった。

ええと、あれは……「うねうね長々悪魔ながながあくまくん人形」?


(変な名前……の上に、あれはあんまりかわいくないわ……)

「なぁ、ティア」

ぼーっとしていたときに突然声をかけられたので、私は少しはっとした。

振り返ると、そこには不思議そうな顔をしたルークが立っている。

そうだったわ、今はルークに連れられて、このお店に入ったんだっけ。


「なあ、ティア。お前はどれがかわいいと思う?」

「えっ、全部………」

「なんだって?」

「あっ。ご、ごめんなさい。

そうね……これなんか、かわいいと思うわ」

私はとりあえず、手近にあった「ふかふかモフモフ人形」を手に取ってみた。つぶらな瞳がかわいい。


「ふぅん……」

ルークはそこで、なぜか考え事を始めたようだ。


「まあいいや。やっぱ別のにしようかな」

結局は勝手なことを言いながら、店の奥へと引っ込んでしまう。

見ると、なにやら別の人形を手に、ルークは既に支払いを始めていた。


(もう……だったら何のために私に尋ねたのよ)

まったく本当に子どもなんだから、と。私は胸中で嘆息していた。












アニスちゃんのラブラブ大作戦5 〜作戦完了!〜





















ルークが買い物を終え、店を出た。結局、私は何も買っていない。

(だけど……ルークはお菓子を買いにきたんじゃなかったかしら?)


そんなことを考えながらも、私はルークと一緒に屋敷への帰路についていた。

城下町からファブレ公爵の屋敷に戻るだけだから、来たときと同様に時間はそうかからないはず。

はずだった……けど。


(あら……。おかしいわね?)

城下町と屋敷とを繋ぐ最短ルート。その道の真ん中に、「通行止め」と書かれた簡素な札が立てかけてある。

さっきは、こんなもの無かったはずなんだけど……。

訝しい顔を見せる私たちに、作業着に帽子を被った男性がすまなそうに近付いてきた。


「すみません、道の舗装作業をしているものですから」

汗で汚れた眼鏡をいじりながら、彼が奥に視線を向ける。

見ると道の向こう側でも、作業着姿の幾人かが忙しそうに働いているところだった。


「申し訳ありませんが、そちらの道から回り込んでもらえますか?」

彼が、右側の脇道を指し示す。私もつられて振り向くと、道の先に小さな公園が見えた。今日は寒いからか、人影は見えないけれど。


「わかりました。ありがとうござい――」

「よし、それじゃ行こうぜ、ティア!」

「きゃっ! ちょ、ちょっとルーク!?」

いきなり右手を引っ張られたため、私は驚いて声を上げた。

しかしルークはそんな非難の声が聞こえているのかいないのか、私を振り返ることさえもせず一目散に駆けていく。


(もう、今度は何なの!?)

腕を引っ張られたままなので、転ばないように注意しながらも、私は胸中で毒づいた。

思い返してみれば、今日の私はルークに振り回されてばかりのような気がする。


(本当にもう。これだから、ルークからは目を離せないのよ――)

と。突然に、ルークが足を止めた。そして私の方を振り返って、言う。


「なあティア。ちょっとだけ、そこのベンチで休んでいかないか?」


いつの間にか、私たち二人は公園の中にまで駆けてきていたのだった。




    ――― ◆ ―――




「いやはや、意外とバレないもんだ」

大佐に眼鏡を返しながら、ガイが呟く。

「ダンナの眼鏡は度が入ってないから、助かったよ」


「ですが、本当にこれで良かったんですの? アニス」

王女様には似合わない作業着姿で、ナタリア。

「みんなでこんな格好をして、道を封鎖していただけじゃありませんこと?」


そんなナタリアに対して、私は自信満々に言ってやった。

「ううん、これでオッケー。うまくいったハズだよ!」

そう。これでアニスちゃんの作戦は、全てが完了したんだ。


「なるほど、そういうことですか」

と。

眼鏡を掛けなおしながら。私に、大佐が話しかけてきた。


「やっと、アニスのやろうとしていることが理解できました。つまりは、こういうことだったんですね?

今日はナタリアの誕生日です。しかしそれを忘れ、プレゼントを買っていないルークは、ガイの誘導もあってティアを連れて買い物に出ます。

しかし、わざわざティアを付き合わせ、彼女の意見を聞いてまで買ったプレゼント。

ナタリア用の物はあとで再度買いに来るとして、とりあえず今買ったプレゼントはティアに渡す……と、そういう目論見でしょう?

そして二人っきりで贈り物を手渡すという状況を作り易くするために、わざわざこんな真似までして、彼らを誰もいない公園へと誘導した……。

なるほど、なかなか考えられた計画ですね。しかし……その計画には穴がありますよ、アニス」

「大佐?」

「ルークは所詮、子どもです。

例えルークが、心の中でティアに好意を抱いていたとしても……。

今回はナタリアのためにプレゼントを買いに来たのだから、それはそのままナタリアに渡してしまおうと彼は考えるでしょうね。

二人っきりの公園という折角のシチュエーションも、これでは用を成しませんよ?」

大佐は、そう言って眼鏡の位置を直した。


ああ、なるほど……。

そう思い、私はにんまりしながらガイと顔を見合わせた。少し不思議そうな表情を見せる大佐に、ガイが言葉をかける。


「なんだ、ダンナはまだ勘違いしてたのか? はは、アンタにしては珍しいな。あのルークでさえ、もう気付いてるだろうに。

まあ……マルクトの軍人さんであるアンタじゃ、気付かなくても仕方ないか」

「おや、どういうことですか?」

なおも首を傾げる大佐に対して、私は言ってやった。




「大佐。今日は、ティアの誕生日ですよ?」




    ――― ◆ ―――




「ねえルーク。さっきの作業員の人って、どことなくガイに似ていなかった?」

「え、そうだったか? …そんなことよりさ」

私の隣で同じベンチに座りながら、ルークが慌てた手つきで彼の持ち物を手探った。


「あ、あのさ……さっきのコレ……。その、ティアの……。えと……」

ひとしきり言葉を言い淀んだところで。彼はバッと両手をこちらに突き出し、覚悟を決めたように言い放った。


「ティ、ティア! 誕生日……おめでとうっ!」

そう言うルークの手には、先程のオモチャ屋の袋が握られていた。


「誕…生日…? 私の……?」

私はそこで初めて、今日の日付を思い返してみた。そして、気付く。

そう、最近は旅が忙しくてすっかり忘れていたけれど……。今日は、紛れもなく私の誕生日だった!


そっぽを向いて、照れたように頭を掻くルーク。その様子を見ていた私には、また新たに気付いたことがあった。

今日一日、ルークがどこか不自然だった理由を。そしてもうひとつ―――


(ルークも案外、私が思うほど子どもじゃないのかもしれないわね)

「な、なんだよティア! 俺の顔に何か付いてるのか!?」

顔を見つめて微笑む私に対して、ルークが慌てた声を上げる。


「そ、それよりさっ! それ……開けてみてくれよ!」

「あ……そうね。何かしら?」

ルークが、私のために選んでくれたプレゼント。

もちろん何かの人形だということはわかっているけど、一体どんな―――


と。

うにっとした手の感覚と共に、それ・・と目が合った。思わず絶句する私。


「ど…どうだ、ティア! 気に入ってくれたか!?」

隣で、ルークが期待に満ちた声を上げる。


「そうね……。とても、かわいいと思うわ……」

手の中でうごめく「うねうね長々悪魔ながながあくまくん人形」を眺めながら。

私は、精一杯の笑顔で答えた。




    ――― ◆ ―――




「う〜ん、思っていたのとは違うけど……。けっこういい雰囲気にはなったね」

「おや、アニス。覗き見とは趣味が悪いですよ?」

ベンチの裏の茂みから二人を観察する私に対して、大佐が意地悪な声を掛けた。もちろん、小声ではあったけど。


「それは大佐だって同じじゃないですかぁ! それに……今回一番頑張ったのはアニスちゃんなんですからね。これくらい当然ですよぅ!」

「はは。まあ、そうかもしれませんね」

そう言って笑う大佐は、どことなくかもしれないけれど、いつもより機嫌が良さそうだった。


「しかし……今日がティアの誕生日だって途中でルークが気付くかどうかは、けっこうな賭けだったんじゃないか。アニス」

「そうですわね。わたくしもそれは思いましたわ」

やはり様子が気になったのか、後から付いてきたガイとナタリアが私に質問をぶつけた。


「まあね。それは確かに綱渡りではあったけど」

依然小声のまま、私は説明を始める。


「だけど、成功する自信はあったよ。そのためにナタリアに頼んで、あんなことまでしてもらったんだから」

「ああ、例の宝石店のことですわね」

「そう。ルークが女の子へのプレゼントを考えたとき、最初に向かうのはそこだって決まってるからね。

だからキムラスカの王女様であるナタリアの権限で、少しの間だけお店を休業中にしてもらったんだよ」

「権限と言っても……。実際にはルークたちがお店の前に来るまで、表に休業中の札を掛けてもらうだけでしたのよ?」

「ううん、計画のためにはそれで十分だったんだ」

私は、ビシッと人差し指を立てた。


「ルークはガイから、散々ナタリアの誕生日に関する話を聞いてるらしいからね。しかも、ガイはそれを大袈裟に喋っていたんだよね?」

「え? ああ。国中の店が半額セールをやるっていう、アレのことだろ? ……って、なるほど。そういうことか」

「その通り! 長年屋敷から出られなかったルークは、絶対その日・・・に過剰なイメージを抱いてるからね。

だからこれ見よがしに休業している宝石店を見て、ルークは絶対こう考えたはずだよ」

「今日がナタリアの誕生日なら、城下に休業中の店があるわけがない。

だけどガイから教えてもらったのだから、今日が彼女の誕生日・・・・・・であることは間違いない。

ならば、その彼女とは一体誰のことなのか……?」

「代弁ありがとうございます、大佐!

ともかくそこまでいけば、さすがのルークだって気付くよ。今日はナタリアじゃなくティアの誕生日だ、って」

「そういうことだったんですの……。実は随分と手の込んだ計画でしたのね……」

ナタリアが感嘆の声を上げる。私はそれを見て、満足気に頷いた。



そして。

仲良くベンチに座りながら、仲良く見つめあい、仲良く会話を続けるルークとティアを横目で見ながら。

私は小声で、しかし高らかに宣言した。



「みんな、協力ありがとう。それじゃあこれにて……作戦完了だよっ!」




〜Fin.





































あとがき

長かった……。長かったが、やっぱりデキは普通? というか平凡? それともそれ以下? という感じなんですね(笑)
イメージとしてはライトな推理小説っぽい雰囲気を目指していたのですが、あえなく断念というか。ちょっと敷居が高かった。

とりあえずアレです。前回『シンフォニア』の小説を書いたときに比べて……『アビス』のキャラはなんとなく動かしにくい!
今回は、その事実を切に感じる結果になりました(笑)

最後になりましたが、蒼羽さん。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

それではっ!

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