ずっと伝えたかったことがあるんだ。

だけど、伝えられなかった。

伝えてはいけなかった。

伝える資格なんて無かった。

だから俺は逃げ出したんだ、コレットから。

そして、自分の気持ちから………












プレゼント   〜決着の日〜





















「言われた通り、ひとりで来たみたいだな?」

「約束を、破る気は無い」

そう言いながらも、俺の両足は震えていた。もうすぐ正午だというのに、周囲を取り囲む繁みや大樹のせいで地面には暗い影が目立つ。


得物は真剣ではなく、両者とも木刀だった。しかしそれでも、当たり所によっては致命打になり得る。

だけど俺は、それが恐かったんじゃない。

今日の「決闘」が終わったとき、自分の周りにあった全てのものが壊れてなくなってしまうような気がして。それが、心の底から怖かったんだ。


「ふ〜ん……余裕だねえ、ロイドくん。それとも、もう諦めちまった、ってやつか?」

「………」

俺は、何も言えなかった。

諦めたわけじゃない……とは思う。いや、そもそも俺は何を「諦める」っていうんだろう?

俺には、諦めるものなんて何も無いはずだ。

だって俺には、もうコレットを守る資格なんて無いのだから。

それはもう、既に「諦めてしまった」ものなんだから。



この決闘に勝った方が、これからのコレットを守る。そう、ゼロスは言った。

だけどこの勝負の結果がどうなろうと、俺にはもう資格そのものが無いんだ。その事実は変わらないんだ。

……違う、そんなことは二日前からわかっていたことだろ。じゃあなんで、俺はあのとき「決闘」というゼロスの誘いを断らなかったんだ?

いや、二日前からなんかじゃない。

それはもう、ずっと前から……。感情を失っていくコレットを救えなかった時点で、俺は既にそのことを悟っていたはずなんだ。


あれから俺は、コレットの感情を取り戻すために必死で闘ってきた。コレットを元に戻すためなら、自分の命さえ惜しくはないと思っていた。

だけどやっとの思いであいつの感情を取り戻し、その屈託のない笑顔を再度目にしたとき……。俺は、気付いてしまった。

もう俺には、こいつを守る資格なんて無いんだってことを。



そうだ、だからこんな決闘なんか無意味なんだよ。

別に今からだって遅くないじゃないか。ゼロスに「やめにしよう」って言えばいいんだ。

それでゼロスが納得しないなら、負けを認めたっていい。

もう、未練なんて無いんだ。あいつの言う通り、ゼロスにコレットを任せた方がいいに決まってるじゃないか。

ゼロスだったら、きっと俺なんかよりずっと安心だ。

だから言うんだ、ロイド。「こんな決闘は中止だ」って、そう言えばいいだけだろう? 俺は何を迷ってるんだ。さあ、言おう………


「んじゃ、ぼちぼち始めるとしますか」

そう言いながら、ゼロスが木刀を構えた。

そして、俺も。


いや、そうじゃないだろ、俺。こんな決闘したって意味ないんだぞ。

無意味な上に、どちらかが、あるいは両方が大怪我をするかもしれないんだ。

そうだ、やめるって言うだけでいい。やめるって―――


「さぁ、行くぞ……!」

ゼロスの身体が、俺に向かって疾った。











「決闘場所は、石舞台の裏手にある低地だ。あそこなら誰かが通ることもないし、草木が茂ってるから周りからも見えにくい」

昨日のことだ。それだけを口早に言って、ゼロスはすぐ俺に背を向けた。

去り際に、「この決闘には立会人なんざ不要なんだ。何度も言うが、ひとりで来いよ」などと言い残しつつ。


時刻は正午。石舞台の裏手。立会人は無し。武器は木刀。

それが、俺たちの決闘に関する全てのルール。もちろんそれらは、俺とゼロス以外誰も知らない。

正午に俺たちの決闘があるという話くらいは噂になっていたかもしれないが、決闘場所は俺もそのとき初めて聞いた。

そのときも、盗み聞きしているようなやつはいなかった。だから誰も知るはずがないし、俺だって誰にも話すつもりなんてなかったよ。

これは、俺とゼロスだけの決闘。



あのとき俺は、何を考えていたんだろう。

負けたくない、って気持ち? なんとかして逃げ出そう、って思い?

……違う。

俺が、あのとき、考えていたのは―――











ギィンッ!!


刀同士がぶつかり合う音は、一瞬それが木刀であることを忘れてしまうくらいで。

俺は、ゼロスと本当に殺し合いをしているかのような錯覚に見舞われた。


「はぁっ!!」

「ぅくっ……!」

ギィィン! ガギィンッ!!

袈裟斬りからなぎ払いへの、ゼロスの二連撃が襲う。俺はもう、ゼロスの攻撃を受け続けるだけで精一杯だった。


「はっ! 情けねえなあ、ロイド!! 剣術しか能のないお前が、魔術を使ってねえ俺様に押されてるなんてよっっ!!」

ブンッ!

そう言いながら放たれた上段斬りを、俺は辛うじてかわした。汗で身体が熱い。


「それにさっきから防戦一方で、反撃してくる素振りさえ見せねえ! 勝つ気が無いなら……とっととやられちまえばいいんだよっ!!」

ガッ、ガギィッ!

「うる…さい……っ! 俺は、俺は………!」


俺は。

俺は?

俺は??


俺は何がしたいんだ。

なんでゼロスと戦ってるんだ。

何を考えてるんだ。

何を、考えてるんだ?


「ロイドッッ! お前は……。お前は本当にそれでいいのかよっっ!!」

俺は、本当にこれでいいのか。


「お前は一体、何を考えてやがるんだ! 何のために、何のために今戦ってるのか……。本当に解かってるのかよ、お前はっ!!」

俺は今、何のために戦って……。


「お前は今、誰のために戦ってるんだよ!!」

誰の……ために………。俺の…ためじゃ……ない……のか………?


「守る資格があるとか無いとか!! 守る資格ってなんだよ!? バカのくせにくだらねえことばかり考えやがって!!」

守る、資格……。俺が、あいつを……。


「いい加減にしやがれ! お前はあの子が殺されそうになっても、『自分には守る資格が無い』なんて言いながら見捨てるつもりなのかよッッ!!」


ガギイィィィンッッ!!!

大気が震えたような音を立てて、二本の木刀が吼えた。

全身が痺れ、剣を持った腕には鋭い痛みが走る。

そうだ……。俺が、あのとき、考えていたのは―――











俺は…………を、失いたくなかったから。

…………の笑顔を、二度と失いたくなかったから。

………トの傍に、ずっと居たかったから。

……ットを、永遠に守ってあげたかったから。











「ロイド……。お前のあの子に対する思いは、その程度のもんだったのかよ!?」

ゼロスが、腕を振りかぶった。

「本当にそうだってんなら……。マジで俺様が頂いちまうぜっ!!」


ブンッッ!!

もの凄いスピードで、木刀が肩口を狙って落下してくる。






俺は……。俺は……!






「俺は………コレットのことが好きなんだーーーっ!!!」

俺は全身全霊の力を込めて、木刀を振った。



キィィィィィン………!!!

甲高い音と共にゼロスの手から弾き飛ばされた木刀は、空中で五回くらい回転したあとで地面に突き刺さった。

ゼロスは大地に倒立した木刀と、さっきまでそれを掴んでいたはずの自分の掌をぱちくりと見比べている。

……と思ったら、突然にあいつは腹を抱えて笑い出しやがった。


「でひゃひゃひゃひゃ! いや〜、ロイドくんってば! あまりにもストレートというか、面白味のない告白ですこと!」

「は、はぁ? いきなりどうしたんだよ、ゼロス」

ついさっきまで真面目顔で決闘していた相手が、途端にこの豹変振りだ。誰だって驚くだろと思いつつ、俺。


「ああ〜、腹痛え! くくくっ、よしよし。ほら、もう出てきてOKだぜ!」

「だから一体何を言って……」

「このアホ神子っ! ハラハラさせないでおくれよ!」

って、えええっ!!?

聞き慣れた声がしたので振り向くと、そこにはやっぱり見慣れた顔があった。しかも何人もの!

みんなは周りの繁みや木の陰から次々と出てきては、こちらを向いて苦笑いを浮かべている。


「しいな、ジーニアス、プレセア……リーガルにリフィル先生まで!? 一体どうし―――」

「ロイド」


すぐ近くから声をかけられたので、俺は驚いて言葉の続きを呑みこんだ。


「あ、コレット……やっぱりお前もいたんだな」

そう言ったはいいが、隣でにやにや笑いを浮かべているゼロスの顔を見て思い出しちまった。

その瞬間に、俺は自分の顔が耳まで赤くなっていくのを感じたよ。


「あ、いや、コレット……。もしかしてさっきの聞い」

「うん! すっごくよく聴こえたよ?」

〜〜〜っ!!

コレットの言葉にどう反応すればいいのかわからず、めちゃくちゃな焦りでバカみたいにあたふたする俺。

そんな俺にとって、コレットが次に発した台詞は更に追い討ちをかけることになった。


「それでね、すっごく嬉しかったんだよ。ロイドが私のこと、初めて『好き』って言ってくれたから……」

ク、クリティカルヒットっ!!

も、もうダメだ。照れちゃって、コレットの顔がまともに見れないっ!!


……でも、なんでだろう?

俺はそのとき、初めて気付いた。

昨日までの俺は、照れだとか関係なく……。俺自身に対する不甲斐なさから、自分の視線から意識的にコレットを避けていたんだ。

だけど、今は違う。

今は、あいつの顔を正面から見つめることができる。あいつを、正面から受け止められる。


俺はゼロスの方を見た。そのへらへらしたテセアラの神子は、相変わらずでひゃひゃと笑ったままだ。

「なあゼロス。結局、どういうことだったんだ? お前がコレットのことを好きだっていうのも、嘘だったのか?」

なんだか何もわかってないのは俺一人みたいで。俺は当然の疑問を口にしてみた。


「でひゃひゃ! な〜に言ってんのよ、ロイドくん。嘘のわけないでしょーが」

「じゃあやっぱりお前……お前も、コレットのこと……」

「俺様は世界中にいる女の子、全員が好きなの! もちろんコレットちゃんも含めてな? でひゃひゃひゃひゃ!!」

そう言って、もう一度大笑いしたあと。ゼロスは俺に向かって親指を立てた。


「で、どうだったよ、ロイドくん! 俺様の迫真の演技と、身体を張ったバースデイ・プレゼントのご感想は?」


一年に一度の誕生日。その昼下がりは、ゆっくりと過ぎていくところだった。





































あとがき

というわけで、あと1話だけ続きます(笑)。
って、うわっ! 殴らないでっ!!
やっぱり3話じゃ足りなかったというか、なんというか……。
ともかく最後はエピローグなので、今までに比べて長さは大したことないハズです(未定)。
ここまで3話、つまらないながらも読んでくれたお方は、もうちょっとだけお付き合いして頂ければと思います。

しかしまぁ、ロイドって地味に動かしにくいと感じた今日この頃。
というかオレの表現力の問題で、ロイドの心境と戦いの雰囲気をわかり易く書けなかったのが心残り。
むしろ、なんだか意味わかんないって?
ええと……そこらへんは、皆様の想像力でどうにか補ってもらえることを願うばかりです(笑)。

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