以前「ゲーマー」の項において、オレは「自分の中でゲームが一番の趣味である、という人こそがゲーマーである」という持論を述べた。
だが人間というのは不思議なもので、何かひとつの分類が終わるとまた更に細かい分類をしたがるものである。そして更に細かい分類が終われば、更々に細かい分類を行ない…そうやって延々と続く仕分けに興じることで、ひたすら人間の細分化を図りたがる人も多い。
もっともコレは必ずしも悪いことではなく、場合によっては必要な行為であり…特にネット上でモノを探す際などは、分類が細かいほどに便利と感じることも少なくない。例えば何かゲームを探すときは、まずFC・PS・DSといった「機種分類」の中から自分が求める「PS2」を選び、そこでRPG・シミュレーション・パズルといった「ジャンル分類」の中から「アクション」を選び、更にアクションRPG・アクション格闘といった詳細な分類から「ホラー」を選ぶ。
そこから「難易度が高い」やら「プレイ時間は普通」やらといったゲーム内容に関する区分けも経て、限りなく「自分の好み」を追求していく。その結果として、とにもかくにも「自分に最も合っている(と思われる)ソフト」を検索することができるわけだ。(ちなみに、ここで例題にしたのは『SIREN』である)
少々話が逸れたが…ともかくそういった分類は、冒頭にも述べたように、対象がモノではなくヒトであっても同じことだ。
例えばオレ自身の分類法に拠ればゲームを「少し好き」がゲームプレイヤーで、「ひとつの趣味として好き」がゲームファン、そして「ゲームが一番好きな趣味」という人がゲーマーだ…と定義している。もちろんオレと同じ分類法じゃなくとも、人によって「こういう人がゲーマー」「こういう人がオタク」「こういう人が一般人」など、様々な分類によって人間を選別していることだろう。だがそういう分類が終わった後は…つまり、例えば「こういう人がゲーマーである」という指標が自分の中で完成してしまうと、人は更なる分類を行なうことに対して躍起になる。
話は簡単だ。「ゲーマー」というひとつのまとまりができると、今度はその「ゲーマー」の中での優劣を決めようと考えるのである。
もっとも、そういった心理が働くのは何も特別なことではない。子どもの頃は「マンガのキャラで一番強いのは誰か」という議論に花を咲かせ、たとえ大人になっても野球ファンの間じゃ「最も偉大なベースボールプレイヤーは誰か」という話題が熱を帯び、格闘技ファンの間じゃ「世界最強の男は誰か」というテーマで夜通し語り明かしている人など山ほどいる。つまり誰だって、何らかの優劣をどうにかして求めたいという…そういった心理は、大なり小なり持っていて然るべきものだろう。そこで今回は、この企画が始まって以来最初で最後の「前後編」に分けて、そういった「人間の分類と格」について論じていく。
さて。ではまず、ここで面白い指標を紹介しよう。「まずは」この指標を参照して欲しい。
オレは特定の趣味を持ったファン…つまり「ゲームファン」やら「アニメファン」やら、そういった趣味人の「能力」を数値にして測るにあたり、ある5つの要素を根底に置いている。そしてこの指標の便利なところは、GACに限らず多くの趣味に関しても、広く汎用性が高いモノであることだ。
ともかく、以下がその具体的な内容になる。またここでは「ゲームファン」「アニメファン」「野球ファン」というバラバラな3種類のファンを、例として挙げることにする。
まず最初の指標は、「時」だ。単純に、「その趣味」に対しどれだけの時間を費やしたかを指している。
ゲームファンならゲームをやった時間。アニメファンならアニメを観た時間。野球ファンなら野球中継を観た・自分で野球をやった時間…といったところか。もちろんこの「時間」という数値を絶対値で計ってしまえば、単純に年齢が上の人ほど多くの時間を費やしていることになるので、重要なのは総合時間ではなく「頻度」だろう。つまり1週間に暇な時間が計50時間あったとき、その何割を「その趣味」に充てているか…という話になる。
(当然これは、一元的な見方しかしていない。例えば実際にゲームをやって…つまりコントローラーを握ってはいなくとも、攻略本でゲームを調べている時間等も大きく分類すれば「ゲームのための時間」になるかもしれない。ただそんなことを言い出せば、「ゲームを買うためコンビニでバイトしている時間」までもゲーム時間に分類されてしまい、それこそわけが解らない。だからここでは、実際に「ソレ」に触れている時間のみで測ることにする)
さて、次の指標は「歴」だ。これはつまり、その趣味を始めてから何年が経過しているか…というファクターである。
これも当然年齢によって差が出てしまうので、自らの実年齢に対する「ファン歴」の割合で測るのが基本だ。
要するに16歳でファン歴8年(人生の50%)の方が、24歳でファン歴8年(人生の33%)よりも「趣味人としての能力は上」と、ここでは判断している。
3つ目の指標は「識」だ。つまり「ソレ」に関する知識量を測っている。
やはり、いくら時間だけを掛けていたところで、頭に何も入っていないんじゃ仕方ない。
よってゲームファンならゲームに関する、野球ファンなら野球に関する知識(雑学)を求められるわけだ。
そして知識と並行して存在する4つ目の指標が「技」である。つまりは技術の「技」だ。
時間だけ掛ければ良いわけじゃないのと同時に、知識ばかりあっても仕方ない。それを実践する技術が無ければ、「理屈じゃない!」(By乾)というオチが待っているだけ。よってゲームならゲームの、野球なら野球の技術が重要になってくる。
とはいえここで難しいのは、アニメやマンガファンにとっての「技」とは何か? という部分だろう。…もっともこれは後述するんだが、実際コレを厳密な指標として考える必要はない。よってアニメに関しての「技」は「None」でも良いし、あるいは「一度で、ストーリーや設定をきちんと理解するチカラ」とでも、適当に位置付けておけばいい。ともあれ、時間が惜しいので次へ移る。
そして5つ目…最後の指標が「数」だ。先に述べた「識」や「技」が、割と「量より質」を重視している人に有利なファクターとなっているため、逆に「質より量」という人が勝るファクターも用意されていなければ平等ではない。
ゲームファンならゲームソフトをプレイした数量、アニメファンならアニメの視聴量、野球ファンなら「ある選手」や「ある球団」にだけ詳しいか、それともプロ野球界全般に関して満遍なく詳しいか…というところで、このファクターが上下することになるだろう。
さてさて。ここまでクドクドと話したはいいが…。上記の話を聞いて、色々とツッコミを入れたくなった人は多数いることだろう(笑)
それは当然だ。何しろ上で述べた5つの指標には、それこそ大量の「穴」が存在しており、しかもそれを隠す努力さえしていない。
例えば「知識」や「技術」を数値にして測るといっても、何をどうやったらそんなモノを測れるというのか?
特定の作品や選手にだけ異常に詳しいが、他には全く詳しくない…という人の「知識」はどの程度と判断するのか?
「数」を測るというのも難しい。例えばゲームファンの「数」を10段階で測ろうとしたら、何作のゲームをプレイしてれば「10」なのか?
などなど、こういった極めて曖昧な部分が大量にある。だからこそ、こんなものが何の指標になる? とも思えるだろう。
そしてまた、その指摘は概ね正しいのだ。そもそもコレは「指標」という言葉を使ってはいるものの、実際に「知識」やら「技術」やらを測り10段階評価で表すのは「自分自身」である。つまり自画自賛をしようと思えばいくらでもできるわけで、こんな指標が一般化されでもしたら「俺は全部の能力が10だ! スゲェだろ!!」という厨が現れることだろう。だがそういった態度は、実のところ前提からして間違っている。そもそもこの指標は、そうやって「人と比べて」「その優劣を競う」ことを目的としているわけじゃないからだ。
要するにコレは、趣味人としての「己の位置と能力」を己できちんと意識することで、自分はどの能力が優れているか、そしてどの部分が劣っているか…そういったことを自己分析するために用いるべきものなんだ。つまり、ハナから「人と比較する」ことなど前提としていない。第一こんなもの、人と比べようなんて馬鹿なことを考えてみろ。「僕は300タイトルもゲームをやったんだぞ! 凄いだろ!」なんて言ったところで、世界を探せば1000タイトル・10000タイトルをプレイしたという人だった絶対にいるハズだ。そして「数」という指標における10段階評価の「10」を、その人に合わせて「10000タイトル」と位置付けるならば、300タイトルなど赤子も同然。10段階評価で言うなら「1」どころか、「0.3」…つまり四捨五入すれば「0」じゃないか!
だからこそコレは自己分析のため、本来の意味で「己が指標」にするのが賢いやり方である。よって「知識」や「数」という指標に関しても、人と比べようなんて考えず、ただ自分なりの観点のもとで自己評価していけばいいわけだ。
例えばここではオレ自身を例に取り、オレが自分の「ゲームファン・ステータス」を考えるとする。するとオレは、こんな思考回路を辿るわけだ。
まず「時」だが、オレは自分が暇な時間のほぼ全てをGACに充てているとはいえ、それはG(ゲーム)だけじゃなくA・Cも含めての話だ。だから「Gだけ」となれば若干少なくなる…が、それでもA・Cに比べGの時間は圧倒的に長いので、10段階だと「9」というトコロだろう。
次に「歴」だが、これはなかなか長い。現在23歳でゲーマー歴は18年…ということは、人生の80%をこの趣味と共に過ごしてきたことになる。よって「歴」の評価は「8」にしておこう。もっとも0歳…つまり生まれた瞬間からゲームをやっている人間がいるとも思えないので、実際には「○○(趣味)歴が実年齢と一致している」なんて人はいないだろう。だから「歴」の評価を「10」にするのはかなり難しい(95%を超える必要がある)と思われるが。
次の「識」だが、オレは一度触れた作品に関しては延々と忘れない「記憶力」なら持っているものの、実際の知識量だけならそこまで自慢できるモンじゃない。よって中間から少し上くらいの「6」にしておこう。同様に「技」に関しても、オレの場合「基本的にゲームが上手い」というより、長年の経験によって「なんとなくできてしまう」とか、暇人であることを活かし「猛練習の末に上手くなった」というパターンが多い。だから純粋な「技」だけなら、5か6か…とりあえずここでは「6」にしておこうか。
最後に「数」だが、これも微妙だ。「詳しいゲーム」は約300で、これを「とりあえずクリアはした」程度まで範囲を広げれば約500。とはいえ先も言ったが、人と比較するわけじゃなし、この数を10段階で表すのもなかなか難しい。ただオレの場合、極度の暇人のためゲームプレイ&クリアのペースだけなら早いものの、気に入ったゲームに関しては最低2,3周…時には10周以上プレイすることも多く、そういう意味じゃ「クリアした端から次のゲームへ移る」というタイプの人に比べると相当にペースが遅い。とはいえ暇人であることが良い方へ影響して、ペースは遅いながらも、そこまで圧倒的にプレイ数が少ないわけじゃない。よってここは、標準より少し下の「4」にしておこう。
すると、オレのゲームファン・ステータスはこんな感じになる。
時:★★★★★★★★★☆
歴:★★★★★★★★☆☆
識:★★★★★★☆☆☆☆
技:★★★★★★☆☆☆☆
数:★★★★☆☆☆☆☆☆
こうやって表にしてみると、一目瞭然だろう。つまりオレは「時間系」に秀でてはいるが、知識や技術は今一歩。またプレイ数に関してはもう少し努力すべし…というところ。ともあれ自分を冷静に分析してみることで、自分の足りた部分・足りない部分を把握するのは重要なことだ。
さて、ここまで長々と書いてきたので、最後に今回の結論を述べよう。
もっとも、今回の結論は……言うなれば「次回に続く」ってトコロだ(笑)
そう。正直言って今回の話は、実のところ「ただの前置き」でしかない。要するに、ここまで書き連ねてきた長文…この「前編」そのものが、「後編」に対する壮大なる布石、「余談」に過ぎないんだ。だからそんな余談を、ここまで読んでくれた人には感謝すりゃいいのか謝ればいいのか判らんが…いずれにしても今回のテーマ、つまり「人間の分類と格」に関する主題と結論は、次回に持ち越しとさせてもらう。
ただし次回は今回より簡潔な文章にする予定なので、そこは怖がらないでもらいたい(笑)
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