02.『殲鬼の賽子』

==============================

「ははッ。嬉しいねぇ、今回のヤツはまるでオレの為の依頼みてぇじゃねぇか?」
「馬鹿、まだ何にも解ってねぇんだからぴったりもクソもねぇだろうに‥‥」
 連ね鳥居を抜け、花浦町に行く道すがら、嬉しそうなシノビ族の外法術師・桔根(w2c122)にラセツの癒し手・孫の手(w2b894)は呆れた声で返す。
 その横ではラセツの忍者・時乃(w2a692)、マドウ族の暗器使い・命(w2a087)、シノビ族の鬼道士・理託(w2b120)の3人が前でじゃれる2人を見ながら今後の振り方を検討中である。
「‥‥確かに情報が足りないわね。元が噂話だから仕方ないんだけど」
「とは言え、何もしないわけには行きませんわ。情報はあればあるだけこちらが有利になりますし」
「んだ。町はそこそこ広いことだし、みんなで手分けして色々調べた方が良いかも知れねぇだな‥‥」
「ま、どっちにしても何時までも良い夢見させておく訳にはいかないだろ、早めに片づけてしまわないとね」
 集団からほんの少し離れて歩くシノビ族の暗器使い・紫艶(w2b301)の言葉にその場の全員が頷いた。

「「「鉱山は閉鎖された!?」」」
 サムライ達が花浦町に入ってから数時間後、孫の手、時乃、命、理託の4人が分担して佐兵衛の身の回りの情報を虱潰しに調べ始めた。佐兵衛出入りの賭場や飲み屋の場所、被害にあった人間の数や名前――数え上げたらキリがない。
 その中でも場末の女の姿に変装し佐兵衛が出入りする居酒屋で情報を収集した時乃の戦果ははなかなかのものだったようだ。
 ラセツ特有の角を隠すための女頭巾が微妙な憂いと影を作り出し、少し乱れた胸元からは谷間が垣間見える。この女性の色香漂う姿で迫られたら話す事を話さない男は多分いないだろう。
「ええ、3週間ほど前に。‥‥銀を掘ってたらしいんだけど、どうやらもう山の中の銀が尽きたみたいで閉鎖する事になってしまったらしいのよ。丁度佐兵衛とは入れ替わりで会えなかったみたいなんだけど、鉱山にいたとか言ってた男が教えてくれたわ」
「佐兵衛は自分に負けた鉱山に売り飛ばしてるんでしょう? ‥‥噂と話が違いますわ」
「‥‥話が違うとなると‥‥じゃぁ、佐兵衛は何処に人間を連れて行ってるんだべか?」
 一同は顔を見合わせる。
「結局、俺達は潜入する奴らに賭けるしかねぇのか!?」
「そう言う事。ま、博打の話は博打で付けろってコトかしらね‥‥それにそろそろ桔根クンと紫艶さんが賭場に着く頃だし、早く行った方がいいかもね。私はもう少し鉱山の事を調べてみるわ」
 艶然とした笑みを浮かべ、時乃は暮れゆく町並みの中に消えていった。

「(‥‥カツラって奴はなかなか暑いモンだね。頭が痒くなりそうだよ‥‥)」
「(‥‥仕方ねぇだろ。いくら賭場の中が暗いつっても姐さんの髪は目立つんだしよ‥‥)」
 桔根と紫艶は時間を少しずらして別々に賭場に入り、適当に遊んだ後お互いに初めて合ったフリをして合流した。
 薄暗い賭場の中ではよっぽど長い間目線を合わせなければサムライ独特の目の色は解らない。しかし、紫艶のように老人でもない人間が白髪なのはかなり目立つ。それどころか一目でサムライだとバレてしまうだろう。その為、紫艶はこの暑い中黒髪のカツラを付けることになってしまった。
 紫艶は手元の賭け札を数えながら佐兵衛をそれとなく探し続ける。見つけたたらすぐに桔根に合図して派手に羽振りの良さを見せつけさせるためだ。――案の定、隅の方で辺りを馬鹿にしたような目つきで飲んでいるのが見つかる。
「(佐兵衛がいる‥‥桔根、派手にやってやんな!)」
 紫艶は考え込むフリをして桔根に合図を送る。そのすぐ後に、桔根は立ち上がり大声で叫ぶ。
「よっし! これだけ儲けたら今日は朝まで騒げるぜ! ‥‥なぁ、姐さんも俺と朝までつき合わねぇか?」
「‥‥遠慮しとくよ。アンタは趣味じゃないんでね」
「ははっ、そりゃ仕方ねぇな! じゃぁ俺は今からぱぁっと行ってくらぁ!」
 桔根が賭場を出ていこうとすると、いつの間にか目の前に立っていた背が高く目の細い男――佐兵衛が肩を掴む。
「なぁ、兄さんよぉ‥‥出ていく前にそのツキが本当か確かめたくはねぇか?」
 桔根の口元が小さく笑いにゆがむ。こんなに簡単に引っかかってくるとは思わなかった。後は不本意だが負けるだけだ。

 一方、3人は賭場の前に出てる屋台でゆっくり食事――もとい、いつが出てきても良いようにさりげなく監視を続けている。
「おっちゃーん、たぬき蕎麦おくれ」
「俺は天ぷら蕎麦な」
「皆さん呑気ですわね‥‥」
「昔から『腹は減っては戦は出来ぬ』って言うべ? いつ何が起こっても良いように食べておかないと」
「そうそう。出てきたら佐兵衛が殲鬼のねぐらへ直行するかも知れねぇんだしよ‥‥って‥‥命、どうした?」
「‥‥佐兵衛が出てきましたわ。桔根様と一緒に‥‥上手くいったみたいですわね」
「‥‥ひゃに! りはく、はっはとふっへびほうふるぞ! (訳:何! 理託、さっさと喰って尾行するぞ!)」
「‥‥ははったべ! (訳:分かったべ!)‥‥‥‥げほげほっ!」

 桔根は佐兵衛に連れられたまま薄暗がりの山の中をゆっくりと進む。
 後には、仲間達が陰から付いてきてくれてるので何かがあったときも安心だ――もっとも、自分もサムライの端くれなのだからよっぽどではない限り自分で始末は付けれるのだが。
「なぁ、おい、俺を何処に連れて行くんだ?」
「‥‥鉱山だよ、お前さんも話くらいは聞いているだろう?」
「しらねぇよ。俺ぁ今日花浦に来たばっかりだぜ?全然しらねぇ」
 その時、二人の居るところからほんの少し離れた場所で人の姿が見えた。しかもかなり早く走っているようだ――こちらを見るとまるで逃げるようにさらに速度を上げ、下の方に降りてゆく。
「ちょっと待て! せっかく連れてきたのに何で逃げるんだよ! おい! 賽子も此処に‥‥」
 佐兵衛が走る人間の正体に気づいて思わず叫ぶ。しかし、佐兵衛手にはサイコロは無く――。
「兄さん、サイコロってこれかい? 懐ががら空きだったぜ? ‥‥そりゃ、こんなサイコロにでもたのまねぇかぎり博打も勝てねぇわなぁ‥‥」
 桔根はサイコロを見せ、ニタリと笑う。
「‥‥て、てめぇ!」
「‥‥桔根クンだけじゃないわよ? この鉱山が閉鎖してから殲鬼が住み着いたことも、アンタが相手を殲鬼と知りながらやった事はもう全てお見通しなのよ! ‥‥ねぇ、そこの殲鬼さん?」
 影潜みで二人に気づかれぬようずっと付いてきていた時乃が姿を現す。
 しかし、返ってきたのは返事も同意でもない。殲鬼独特の激しい咆吼――。同時に桔根の手からサイコロが札状の光と共に消える。
「‥‥何?! コイツは式神か!?」
「どおりでイカサマがバレないはずね‥‥」
 一方の佐兵衛は殲鬼の咆吼を直に聴いてしまったせいか、その場から逃げだすためあらぬ方向へ駆けだす。しかし、目の前には別のサムライ達――孫の手、命、理託、紫艶の四人が立ちふさがっていた。しかし、それでもなお逃げようとする佐兵衛を紫艶は手持ちの仕込み杖で殴る。その力にたまらず佐兵衛は身体を地に付けた。
「アンタ‥‥賭けに負ける前に自分に負けてるんじゃねぇって!」
「言いたい事は他にも色々あるけどよ、今は殲鬼が先だ! ‥‥命、奴の足を止めろ! ‥‥俺と理託は本体に突っ込む!」
「解りましたわ! ‥‥皆様、私の鮮やかな技をご覧あそばせ!」
 命の服の中から数々の武器が現れ、まさに舞い踊るような動きを見せ殲鬼の身体を抉り取ってゆく。桔根の火炎弾と時乃の手裏剣もそれを助ける。
「‥‥ぐ、ぐううう!」
 劣勢を感じた殲鬼は命に飛びかかろうとするが、それに合わせ放った紫艶の捕縛網が殲鬼の動きを封じる。そして孫の手の胴太貫が翻えったと思った瞬間、理託の爆裂拳が殲鬼の腹を激しくぶち抜いた。
 勿論、それ以上殲鬼は動く事はなかった。
「うへぇ、強烈だな、爆裂拳って奴は‥‥」
「おめぇの剣もすげえべよ。見かけといい、全然癒し手には見えねぇべ‥‥」
 孫の手は理託の言葉に微妙に引っかかるような感じがしたが、誉め言葉として自分の中で取っておくことにした。

 戦闘が終わり、サムライ達がふと周りを見回してみると大変な事に気づいた。
「‥‥佐兵衛が‥‥逃げてますわ‥‥」
「あん時もっと強く殴ってとけばよかったかねぇ?」
「‥‥紫艶姐さんの『もっと強く』だったら普通死んでるんじゃねぇの?」
「桔根、それは失礼だろうがよ! てめぇは女性への礼儀っつうモンをしらねぇのか! ‥‥しかし、残念だ‥‥折角、とっちめた後俺んところの診療所でこき使ってやろうと思ってたのによ‥‥はぁ‥‥」
「‥‥おら、それも大概だと思うべよ?」
「ま、大元の殲鬼も退治した事だし、めでたしめでたし、で良いんじゃない?‥‥折角だし、今から町に帰って居酒屋でも行って内輪の博打大会でも呑みながらやりましょうよ。‥‥もちろん丁半バ・ク・チ♪」
 時乃は胸の谷間から殲鬼のサイコロによく似た普通のサイコロを二つ取り出して見せる。
 勿論、一瞬全員がのけぞったのは言うまでもない。

==============================

もどる