03.『髭親父を守って!』

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 真の漢のみが参加できる大会、髭大会。
 いくつもの髭自慢達が名乗りをあげ、お互いの漢らしさを競い合っていたこの大会は今回でめでたく15回。髭大会発祥の地と呼ばれるこの髭村で行われる事となった。
 村の中心にある『10本髭』の10人はそれぞれ特徴のある髭を生やし、参加者達の心を癒す存在となっている。しかし今回、事件の発端となったバロン髭は11人目に数えられており、この中には入っていない。
「‥‥うむ。やはり無精ヒゲでは予選通過は無理らしい。まぁ、参加者の半分が無精ヒゲなら、仕方がないか」
 古き血脈に連なる者・狗神(w2a124)は無精ヒゲで今大会に参加した。
 しかし手入れがラクで誰でも生やせる無精ヒゲは髭ランクでも位置が低い。
 そのため、よほど奇抜な無精ヒゲでもない限り、予選通過は難しいようだ。
 一方、シノビ族の鬼道士・理託(w2b120)は予選を通過してしまい少し困った様子である。
「結構、チョビ髭は貴重だったようだがや。念入りに卵白でヒゲを固めた甲斐があったべ」
 ちなみに上位ランクに位置するカイゼル髭は砂糖水で固めているらしい。
「こんなにいい髭なのになぁ。無精ヒゲだとそれだけライバルが多いってわけか」
 ラセツの戦巫女・雪凍華(w2a116)の頬にヒゲをショリジョリとさせながら、彼女にむかって微笑む刻刃・震(w2a033)。
 雪凍華も苦笑いを浮かべながら、完全武装(猫耳、露出度高い服、ぷにぷに肉球手袋、スリッパセット)で大会の助手を務めている。
 そのせいもあり予選脱落者からさっそく彼女は口説かれているらしい。
「こら、お前ら! 雪凍華に手を出したりしたら俺が許さないからな。だから、そんな所を触るんじゃねぇ!」
 そして震は泥棒ヒゲを生やしたスケベな親父を殴り倒し、殲鬼についての情報を調べるため居酒屋『髭侍』へと姿を消した。

 居酒屋『髭侍』は髭大会の予選で脱落した戦士達が休息する魂の居酒屋である。
 ここで敗者達は傷ついた心を癒し、来年はどう髭を伸ばすべきかを語り合う。
「いらっしゃいませ」
 悪戯っ子・莉里(w2b489)は髭大会に参加したものの、猿の着ぐるみを着ているだけだったので今はこの居酒屋で手伝いをしながら情報を集めている。
 なんでも彼女の話では髭裁判にかけられそうになった所をバロン髭の紳士に救われ、この居酒屋に連れてこられたという。きっとバロン髭の紳士はフェミニストなのだろう。その髭からは気品と愛が溢れていたらしい。
「はははっ、お前いい奴だな」
 純白の衣装を身に纏ったヒゲの紳士と語り合い、センシ族の鎧剣士・真虎(w2c215)が男の肩をポンポンと叩く。ふたりとも予選を通過した事もあってか、何だか妙に機嫌がいい様子。
 ちなみに真虎が予選を通過したのは、綺麗に形を整えて輪郭を覆うようにモミアゲから自然に続く、ちょっとザラッとした感じの顎髭がとってもダンディだったからである。
 もちろん彼と一緒に酒を飲み交わす紳士のように変幻自在に髭の形を変える事の出来る漢が本戦に参加している以上、真虎であっても油断は出来ないのだが‥‥。
「お、お父さん」
 するとヒルコの癒し手・ほたる(w2c159)が真虎の袖を引っ張った。
 どうやらこの紳士が殲鬼であると父親に伝えたいらしい。
 真虎は『分かっている』と一言ほたるに告げ、再び紳士と酒を飲み交わす。
「こんな場所で騒ぎを起こしたら、それこそみんなを巻き込んでしまう。きっと真虎はしばらく様子を見ようって俺達に言いたいのだろう。それにここで酒を呑んでいる限りは殲鬼も参加者達を襲う事はないはずだ。それよりお前アメ喰うか?」
 そう言って鬼面仏手の整体師・孫の手(w2b894)はほたると共に真虎とは反対側の席に座る。
 ここなら、いつ殲鬼が他の場所に移動したとしても、すぐに追跡する事が出来るだろう。
 幸い孫の手は予選落ちをしているため、他のサムライと比べても時間がある。
 あとは殲鬼が動き出すのを待って行動を仕掛ければいいだろう。
 ただひとつ気になる事は雪凍華が参加者達を連れ、暗がりに姿を消した事である。
 その手に輝く刃物を持ちながら‥‥。

「美女丸様☆ どうやら予選を通過できなかったのは無精髭の漢達が大半だったようでございます。やはり無精髭でも何か他人を圧倒するようなクセが欲しかったんでしょうね」
 予選落ちの参加者をチェックしていたシノビ族の忍者・こつぶ(w2a997)はそう言って脱落者リストに目を通す。そのうちの何人かはヒゲを剃られた状態で居酒屋の暗がりから発見されたという事だが、別に殲鬼に襲われたわけではないらしい。
「ほっほっほっ。やはり予選を通過した者達は選りすぐられた髭漢達だけあって、その形からして滑稽な者達が多いようじゃのう。ほれ、あの漢などは蜘蛛の巣のような髭をしておるぞ。やはり砂糖水で固めているのかのぉ」
 そう思い審査員のひとりである眠れる杜の・美女丸(w2a665)がその男から話を聞いてみるとヒゲは伽羅油によって固められたものらしい。ちなみに伽羅油とは松ヤニに溶けたローソクを混ぜて作ったもので、これを塗る事によってヒゲを固定する事ができるらしい。確かにそう言われてみれば、この男は松ヤニ臭い。
「さて‥‥貴殿らも分かっているとは思うが、この本戦で負けた者は『髭刑』に処される事となる。髭刑は髭を立派に蓄えた筋肉もっさもさの漢達が鮨詰状態となった小屋の中に何時間も入らされるという精神的きつい刑の事でござる。皆、覚悟はよろしいな?」
 仮面の剣士・髭侍は髭解説者として大会のルールを説明した。
 しかし参加者達の対応は彼の予想していたものとは異なり、『それは実に競い合いのある罰ゲームだ』と納得した様子である。きっとその中で最も優れた髭漢を決めるための試合でもするつもりなのだろう。髭漢達の向上心は止まらない。
「楽勝だな。これなら俺が優勝だ!」
 ターンAヒゲと呼ばれる船の錨状にヒゲを蓄えたシノビ族の天剣士・燕芯(w2a633)はそう言って蜘蛛の巣ヒゲの漢を余裕の態度で打ち破る。どうやら燕芯は美女丸の悩殺ポーズで鼻血を吹き、高得点を得たらしい。その鼻血はまったくの偶然ではあったが、そのおかけで彼は準決勝まで残ったらしい。
「がっはっはっ! それはどうかな? 次の対戦相手は、この俺だ。てめぇが決勝にいくためには、まず俺を倒さなくちゃいけねぇぜ!」
 対戦相手の者達を自慢の髭力で葬っていった嵐を呼ぶ料理人・紅ひげ(w2a930)は力強い口調で燕芯にドォンと胸を張る。既に殲鬼の目星はついているものの、ここで辞退するわけにもいかずふたりとも少し困っているらしい。表面上は観客達を盛り上げるため様々なアクションを起こしているが、本当ならこのまま殲鬼を倒しに向かいたいのが本音である。
「頑張ってくださいよ、塩月さん。あなたの対戦相手は罵論です。なんでも髭の形を自由に変える事の出来る漢だと言われています。もちろん、仲間達の調査によってその正体が殲鬼である事が判明しています。ですが未だに奴が動いている気配がありません。きっと文月達を警戒しているのでしょう。このまま決勝戦まで何も起こらなければいいんですが‥‥あっ、ちょっと待ってください。罵論が何やら行動を起こしたようです」
 紅ひげ達との試合を見学していたセンシ族の鎧剣士・塩月(w2a599)をその場に残し、外法術師・文月(w2a874)は罵論のあとをついていく。
 そして罵論のむかった場所は‥‥。

「ここに髭漢達がいるのだな?」
 それは髭刑の行われている小さな部屋であった。
 既に禁断症状が出ているためか罵論の顔は青ざめ、部屋の中で蠢く髭を求めて扉を開ける。
「残念じゃったのぉ。おぬしはまんまと妾達の仕掛けた罠にハマッたというわけじゃな。どうせおぬしの事じゃ、この部屋にすし詰めにされているはずだった髭漢達を狙っていたのじゃろう。その考えが甘いのじゃ!」
 部屋の中でずっと罵論を待ち伏せしていた美女丸はそう言って殲鬼を力強く指差した。
「き、貴様! 私を騙したな! 髭協定によって約束されていたにも関わらず、貴様は私の邪魔をするつもりなのか!」
 『突然、約束が違うぞ!』と怒り出した罵論に驚き、目をパチクリさせる美女丸。
 どうやら罵論は誰かと約束をしていたらしい。
「おっと逃がしはしませんよっ!」
 念浮遊を用いて宙に浮かび、文月が空から火炎弾を放ち殲鬼を牽制する。
「髭友のみんなの思い‥‥受け取るがいいだがやっ!」
 それは理託がヒゲを通じて得た仲間達の思いであった。
 その一撃は爆突拳となって殲鬼の腹に炸裂する。
「ぐぼぁ!」
 続けざまに放たれた爆突拳を喰らい、辺りに血を撒き散らしながら地面へと倒れる罵論。
 既にそのヒゲはバロン髭と化している。
「てめぇひとりが相手なら仲間を呼ぶ必要もねぇな。ここにいる俺達だけで充分だ!」
 護りの雫を使って仲間達を援護しながら孫の手が叫ぶ。
「‥‥甘いな。この罵論、伊達に髭は伸ばしていないっ!」
 触手化した髭でサムライ達の自由を奪い不気味に微笑む罵論。
 その髭を針のようにサムライ達の身体にブスリッと突き刺すと、その先端を肉の中へと滑らせる。
「髭を愛好する者として、同士は大切にせにゃならんだろう? な、立派な髭の殲鬼さんよ!」
 カミソリを片手にサムライ達の自由を奪っていた触手を斬り捨て真虎が静かに微笑んだ。
「あの世にいく前に、情けない気持ちを味わっておくかい? 今度生まれてくる時は、もっと広い心でな!」
 そして真虎はそのまま罵論のヒゲをザクザクと切っていく。
「やめろっ! やめるんだっ!」
 まるでそのヒゲが弱点といわんばかりに脅える罵論。
 残ったヒゲを細身の剣へと変化させサムライ達に特攻する。
「おっと、そうはさせないぜ!」
 鉄壁によって罵論の攻撃を防ぎ、狗神が剣と化したヒゲを狙う。
「ぐおっ!」
 慌てた様子で狗神の攻撃をかわし今度はヒゲをムチへと変える。
「随分、芸がないんだな? それじゃ俺達には勝てないぜ」
 罵論の振るうムチをかわし、仲間達に合図を送る狗神。
「大人しくするんだな。俺がその髭をサッパリさせてやるからさ!」
 氷縛剣で罵論の動きを封じ込め、震が罵論のヒゲを素早く剃る。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 絶叫しバラバラになったヒゲを見つめる罵論。
「自分の弱点であるヒゲを武器にしたのが間違いだったな。髭のない殲鬼など恐れるにたらず、観念するがいい」
 そう言って燕芯はカスミ斬りを使って殲鬼にトドメをさす。
「お前らさえいなければ、アレは私のものだったのにぃ! ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 断末魔の叫び声をあげながら、最後の一撃とばかりに一本のヒゲを針にして飛ばす罵論。
 だが、そのヒゲは燕芯の身体に到達することなく地面にポトリと転がった。
「安らかに眠るといい。10本髭の眠る地で‥‥」

「‥‥これで真のヒゲ漢が決まるのか」
 一方、ヒゲ大会は決勝戦を迎えていた。
 決勝に残ったのは紅ひげと塩月。
 そのうちのひとりである紅ひげは髭を三つ編みにして更に先っぽをリボンで結んだという新スタイルで戦いに挑み、もうひとりの塩月もカイザー髭と呼ばれる伝説のヒゲでの参加である。
「‥‥うむむ」
 頭を抱え甲乙つけがたいと言った様子で悩む審査員。
 それでも何とか勝者を決め、発表する事にしたらしい。
「コホンッ! それでは結果を発表しよう! 今回の大会は実にレベルの高い髭漢達が集まった。よってわしら審査員の間でもその結果は決められない。お前達はまるで髭界の光と闇。互いに存在するからこそ、双方の髭の良さが分かるのじゃ。よって今回の勝者はふたり! お前達には勝者の証である髭紳士録を贈呈しよう。これは髭弾圧によって危機に瀕していたこの村を救った十本髭の英雄達から記されている由緒正しき書物なのじゃ。その表紙にはお前達の顔が描かれる事になるだろう。ふたりとも今後の活躍に期待するぞ」
 そして大会は史上初の同時優勝という事で幕を閉じた。
 新たな髭村の象徴として、ふたりの彫像が飾られる事が約束されながら‥‥。

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