04.『仁慈溢れる魂を救え!』

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●悪しき噂を打ち消せ!
 怪しい小箱によって人々が争っている事を聞き、噂を追って来たサムライとの振れ込みで現れたマドウ族の狂剣士・花深(w2c049)は、小箱を借り受け、その真偽を正すべく新月の夜に村人を集めて小箱に願いを託した。すると、『願い事が叶う』というのは全くの迷信だったらしく、一向に叶う気配が無い。
 そうと知って動揺する村人に彼女は、
「自らの力ではなく、怪しげな物にて願いを叶える。そうして叶えた望みを貴方は幸福だと思うのでしょうか。望みとは自分の生きる支え、叶うまでの道が苦しくとも自分以外の誰が貴方を支えて生きれましょう」
 と、落ち着いた眼差しで語った。『小箱を独占している』との噂の根拠が崩れ、村人は物事を見詰め直すために、その晩は一旦解散した。
 鉄仮面の按摩士として村人に受け入れられた鬼面仏手の整体師・孫の手(w2b894)は、過去の史遼の善行を村人に確認させ、
「情けは人の為とはいえ、どうすれば良かったのでしょうな?」
 と、村人に引っ掛けを交えて問う。
「事件もそうですが、村の皆様との疎遠が一番史遼様にはこたえたのかもしれませんな。皆様はどうです? 以前の史遼様に戻っていただきたいとは思いませんかな?」
 重ねて問いかける事によって、村人に過去の史遼の善行を思い出させ、史遼に以前の姿に戻ってくれるよう応援する旨を伝える。それが恩を受けた人間の勤めだと説き、村人の史遼への励ましを説いて回った。その側では、雛乃が時として彼の代弁者となり、影日向に彼の説得を助けていた。
 さらに、以前史遼の行動で助けられた事がある娘として、カラクリの陰陽師・紙縒(w2a798)が、先の依頼で彼女を気に入ったという龍鎧と共に善行によって救われた事を思い出した人々を集めて団結させ、今度は自分たちが救う番だと行動を起こさせる事に成功した。
「皆さ〜ん、勇気を持ってぇ自分の主張をして下さいねぇ」
 村人は競って史遼の邸宅の前に集まり、励ましのエールを史遼に送り続けた。
 それらの行動の影では、鳳凰武神流第十三の羽・鳳礼(w2b387)がバラバラに行動する仲間が連携を取れるように、商人という事で村を回って全体像を把握して仲介したのが効を奏していたのは、確実であった。
「俺は決定力は今回はいらぬ。皆が最大限の力を発揮出来る場を作り出す事が重要だ」
 彼は己の役割を良く認識しており、仲間達の行動が上手く行くように尽力していた。

●仁慈溢れる魂を救え!
 史遼の邸宅に入り込んだシノビ族の天剣士・交輪(w2b643)は、悪い噂が囁かれるようになって以来、奉公人も減ってしまった史遼の邸宅で彼の周辺の世話をしていた。
「辛いことは自分だけで背負わなきゃ駄目なのかな? ‥‥そんなの可哀想だよ」
 交輪は史遼に慰めの言葉をかけると共に、その境遇に同情して泣き始めた。
「‥‥青年の両親と婚約者を私の誤った判断で死なせてしまったのは、事実だ。これを忘れたら、私は本当に駄目になってしまう。‥‥だから、これは私自身の責任の問題なのだ。泣くのはおよし」
 酒に濁った瞳と声ではあったが、泣く子を勇気付ける本来の気持ちの優しい口調で史遼は言い、交輪の頭を酒毒のせいで震える手で出来る限り優しく撫でた。
 少し遅れて依頼帰りの一人旅のサムライとして村に入り、庄屋である史遼の家に逗留する事になって史遼の酒の酌をしていたマドウ族の癒し手・咲羅(w2b977)も、打ち合わせていた通り話を切り出す。酔うとキス魔になるという彼女は、自身は酒を自粛していた。
「荒れている様ですが良かったら訳を話して下さい」
 咲羅に史遼は酒毒で濁った瞳を向けると、青年の両親と婚約者を自らの誤った判断で殺してしまったという罪悪感に塗れた懺悔の言葉を口に出す。
「予測できない事故だからあなたが悪い訳ではないのでは?」
「予測、というよりも予感はしていたのだ‥‥自らの努力に寄らず、天命に逆らって望みを叶えようなどと考えてはならないと‥‥それを感じていながら判断を誤り、彼らを殺してしまったのは、私自身の過ちだ」
 なおも自身を責め続けて酒を呷る史遼に、
「今のあなたは逃げているだけ。酒で苦しみから逃れて今を見ないのは楽だけど、それで本当に自分も死んだ人達も救われるの?」
 咲羅は問い掛ける。酒毒に濁った瞳が一瞬目覚めたように咲羅を見た。
「貴方の話は姫巫女から聞いています。とても素晴らしい方だと。私は信じています、貴方が苦しみから立ち上がり、前を向いてくれる事を」
 そう言い残して立ち去った咲羅には見えなかったが、側に付き従っていた交輪には史遼が酒毒の影響は残っているものの、その瞳に弱々しい生気の光を取り戻しつつあるのを感じることが出来た。
 その日の夜。鳳礼の供の荷運び人足として邸宅に入り込んだセンシ族の鬼道士・弧月(w2b810)と、出張サービスの鍛冶屋として同じく史遼の邸宅に首尾良く入り込めたヒト族の剣匠・塵(w2a434)は、交代で夜番に付いていた。
 彼らが容易に邸宅に入り込めたのには訳がある。それは、鳳礼や咲羅もそうだが、旅の商人や芸に秀でた者などは、庄屋であり顔役の史遼の邸宅に食客として逗留する例が多かったのだ。
 史遼が信望厚いのは、こうした食客達を礼を尽くして邸宅に逗留させていた事から、旅人の間で噂が広まり、仁慈溢れる人物、客を大切にする人物と噂が噂を呼んでいたせいもあるのだ。悪い噂が囁かれたのは村内だけであり、旅人は噂に影響されずに、史遼をまだ慕っているのだ。そういう旅人に扮したのは、正解であった。史遼も酒に溺れているとは言え、こうした旅人達はまだ受け入れていた。
 弧月と塵の二人は、交代の合間に史遼の部屋の方から物音がしたのに気付いた。顔を見合わせてから、そっと部屋に向かう。控え室にいた交輪も加わる。
 三人が部屋に着いて見たものは、驚愕と恐怖に愕然とする史遼の姿と四人の人影であった。
「‥‥あなたのせいで‥‥」
 四人の人影が語るのを聞くと、塵は雫丸に声を出さないサインで「鳳礼達に知らせろ」と告げ、彼らの元へと向かわせた。胸の苦しみを訴えたため、危険に巻き込まないためである。
 その間に話が進行していたのか、史遼の声が三人の耳に突き刺さる。
「この私の命を絶つことで貴方達の無念が晴れるというのなら‥‥」
 部屋の奥まで暗闇を疾走しながら、弧月が叫ぶ。
「史遼、そいつらは本物じゃねぇ! 殲鬼の操り人形だ!」
 床を蹴って、寝台の上の史遼に覆い被さると、瞬間、焼け付くような痛みが走る。
「こ、これは‥‥急所‥‥狙い‥‥!」
 弧月が体を張って搾り出した言葉に、塵と交輪は身を硬くして周囲に備えた。弧月も不意打ちを喰らったものの史遼の体をその大きな体で庇っている。
 四人の人影が塵と交輪に向かう。それぞれ、青年、婦人、年老いた男女である。
「皆、表現は妙だが青年を生かしておくことは無理かも知れんぞ、すまんな」
 塵は呟いて四人の人影、否、シビトへ向かい刀をスラリと鞘走らせる。状況証拠だが間違いあるまい。
 弧月は傷付いた体を盾にして必死に暗闇で史遼を守っていた。交輪は気配を探ろうと集中するが、殲鬼は暗闇の中、影潜みで物影に隠れているのだろう。影潜みは、どのような鋭敏な知覚からも特殊能力からも気配を断つ事が出来る。そこからの急所を狙った一撃は脅威である。辛辣な手を考える殲鬼だ。
「弧月、無事か?」
「どうにかな。だが、このままだとマズイな」
 シビトは赤い瞳もしていなければ、目立つほどの死臭も放ってはいない。死後すぐにシビトとなった者は、人と見分けが(嗅ぎ分けも)つかないだろう。
「あんたは、殲鬼の策に乗せられてたんだ。噂を撒いたのも、こうして戦ってるのも殲鬼ってわけさ」
 弧月が暴露すると、夕の交輪と咲羅の説得と村人が送り続けたエールで立ち直りかけていた史遼の瞳に強い意志の光が煌く。
「おのれ、悪逆な殲鬼め。私を陥れようと罪も無い人々を殺し、策を弄したな!」
 史遼が獅子吼するも、殲鬼は狡猾にも無言で気配を断っている。
 交輪の俊敏な援護を受けて塵が流水のような刀捌きで、シビトを一体また一体と屠っている内にも、弧月と史遼は緊張の只中にいる。
 その時。鳳礼と咲羅が部屋へと踊り込んで来た。
「遅くなってすまん。殲鬼は狡猾にも入れ替わった奉公人や旅人、即ち我々と同じ方法で多くのシビトを屋敷に潜り込ませていたのだ」
 鳳礼が激闘の余韻を感じさせる荒々しい声で塵と弧月に言う。
「痛っ。でも、消えた‥‥?」
 雫丸が言い、殲鬼が去った事が確認される。史遼が意志を取り戻して美味しくなくなり、増援も来たので退き時と見たのだろう。
「全く、したたかな奴だ」
 鳳礼が言い、部屋を良く知る交輪の手で灯りが点される。
「一応、残しといたぜ」
 塵が青年のシビトを羽交い絞めにして立っているのが明らかになる。残りのシビトは彼と交輪の活躍で、ただの死体へと還っていた。
「皆様。この人形めは、私が始末してよろしいでしょうか?」
 史遼がやつれてはいるが、取り戻した強き眼光で言うのに皆は頷く。
「私の迷い、そして愚かしさをかくの如く斬る!」
 宝刀で青年のシビトを斬り捨てる史遼。その瞳に負い目は、どこにも見当たらなかった。
「狡猾な奴だったけど、名前くらいは残していったみたいね」
 咲羅が匕首で壁に突き刺された手紙を取ると『死猟鬼』と書かれていた。

●そして、村に仁慈は戻りて
 翌朝も、朝早くから噂組と花深の活躍で集団となった村人が邸宅前でエールを送るのが聞こえて来た。今までは半分程しか届いてなかったものが、今でははっきりと耳に届く。
 史遼が居室の窓から堂々と手を振ると、喝采は一際大きく響き渡った。
「皆様のお陰で、命冥加にも生き永らえました。ありがとうございます」
 史遼の力強い声には、もう酒毒の陰りはどこにも感じられなかった。
「こうやって皆と飲む酒は実に美味い。これからも村の皆の力になってやってくれ」
 朝の食卓で皆と杯を交わしながら、鳳礼は満足そうに史遼に言った。
「微力の限り」
 それに対して史遼は、微笑みを浮かべて頷くのであった。
 殲鬼こそ逃したものの、史遼を守り立ち直らせることが出来た。依頼は成功と言って良いだろう。
 史遼の名と共に、それを助けたサムライ達の名も広まることだろう。
 ‥‥サムライと仁慈溢れる魂に栄光あれ!

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