05.『【寒村を守れ】帰還者たちを守れ』

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 晴れ渡る夏空の下、ある村に樹海を渡ろうとする一団が集まっていた。元々住んでいた村が襲われ、命からがら逃げ出してきた村人たちである。そして、半月ほど前にその殲鬼が倒されたと知り、再び生まれ故郷の村に戻ろうというのである。だが無論、樹海を村人たちだけで通るのは危険だ。そこで徒党を組んで帰ろうというのである。
「殲鬼が襲ってくるって姫巫女様の言葉は知らないんです。無闇に伝えて怯えさせない方がいいよ。知らない方がいいこともある、じゃないけどね」
 村人に合流する前にどうすべきか、ヒト族の陰陽師・静沙奈(w2c310)が切り出した。
「事前に話した方がよいでしょう。いざというとき、心構えがあるのとないのとでは違いますし。私たちを信頼してくださったところで、伝えましょう」
 護り手を志す者・兵衛(w2b724)がそれに答える。皆もそれにうなずいた。
 そして、それにサムライたちと村人が合流した。
「今回、我々で護衛をさせていただきます。あ、私、兵衛と申します」
 兵衛が自己紹介する。村人たちだけでは不安に思っていたこともあり、彼らは素直に喜んだ。
「よかった。皆帰ってきてくれるのね。ひょっとしたら、皆ケモノとかにやられちゃったかと思ってたから……」
 村の攻防戦にも参加した癒し手・美月(w2a708)が物騒なことを言うが、まあ今生きているからこそ言える軽口だ。

 深い樹海に陽射しも大半が遮られ、夏といえども暑さが行軍を妨害するということはなかった。
「順調にいけば、三日目の朝には着くと思います」
 村人の一人が言った。家財道具を積んだ荷車あり、それを引く陸鳥あり、かなりの大所帯である。
「皆の衆、大船に乗った気でいてくれい!」
 鬼面仏手の整体師・孫の手(w2b894)は早くも疲れのみえ始めてきた村人たちを見渡すと、大声で言った。
「そう、あれは真の漢のみが参加できる大会、髭大会でのことだった‥‥」
 と、聞いてもいないのに今までの自分の武勇伝を勝手に語り出す孫の手。だが、うざいことはうざいが、ただ黙々と歩くよりはずっと楽になった。無論、その間サムライたちが警戒を解くことはない。
 だが結局、何もないまま最初の夜を迎えることとなった。

 夜は当然進むのをやめ、盛大に焚き火を灯した。
「数日もかかるんだし、皆は寝てなよ」
 閃姫(w2b960)は他のサムライたちに寝ることを勧めた。長い道のりである。昼夜で分担して受け持った方がいいという正論である。
「そうじゃ、わしらにまかせておけ。昼間、夜に備えて陸鳥の上でずっと寝てたから、わしは大丈夫じゃぞい」
 カラクリの鬼道士・顎門(w2c085)もそう言ったので、他のサムライたちも寝ることとした。無論、何かあったらすぐ起きられるよう鍛え込まれている。
「どうした? 寝ないのか?」
 全員が寝静まったころ、顎門は膝を抱えて座り、焚火をじっと見つめているヒト族の外法術師・真秀(w2c511)に声をかけた。
「囲まれてます‥‥」
「なんじゃと!」
 顎門の大声に、サムライたちが一斉に飛び起きる。一方、村人たちは疲れからか、起きる者も少ない。
「ああ、もう。騒ぐから出てきちゃったじゃないですか。まあ、この方が張り合いがあっておもしろいんですけどね」
 周囲を見れば、焚き火の光に反射する双の眼のようなものがいくつも見える。すぐに、狼型のケモノが群れになって、ぞろぞろと姿を現した。
 静沙奈が村人を起こして後方に下がらせる。と、ケモノが一匹飛び出してきた。咄嗟に孫の手が村人を庇うように右腕を伸ばした。ケモノはその腕に食らいついた。
「いてーじゃねえか!」
 そのまま地面に叩きつけると、骨の砕ける嫌な音が響いた。
「蚊に刺されたほども感じねえよ!」
 激痛を隠しながら、腕を振り回して村人たちに笑ってみせる。それで、村人たちは大分落ち着いた様子だった。
 そんな間にも、サムライたちとケモノで大乱戦になっていた。無論、ケモノごときに後れをとるサムライではない。何匹か軽く屠ると、すぐに逃げていった。
「深追いはするな。ただのケモノならば、これに懲りてそう簡単に襲ってくることもあるまい」
 ラセツの外法術師・爪牙(w2a077)はそう言って他のサムライたちを制し、逃げ出したケモノたちを見送った。最後の方は口に出さずに飲み込んで。
(野生のケモノか、殲鬼の操っているケモノか‥‥)
 確かに、ただのケモノならばよっぽど飢えているとかではない限りは、あえて危険な相手を向こうに回そうとはしないだろう。問題は、殲鬼に操られていた場合だ。が、殲鬼が操っていたら、ケモノの逃走はおびき出すための逃走なのかもしれない。深く考え出せばキリがないのだ。結局、出てきた害をなすものをそのときそのときで退治していく受け手に回らざるをえない。一番大事なのは、村人たちに犠牲者を出さないことなのだから。
 無論、そのことは他のサムライたちも重々承知の上だ。すぐに村人たちの安全を確認に回る。すぐに全員の無事が確認された。
 そこで、兵衛が口を開いた。
「この後、殲鬼が出てくるかもしれません。と言いますか、殲鬼が襲ってくるという姫巫女様の言葉があったので、実は私たちが警護しているんです。でも心配いりません。私たちが、今回のように絶対皆さんをお守りしますので」
 村人たちも、サムライたちがケモノを手際よく撃退してすぐの言葉だったので、すぐにこの人たちがいれば大丈夫なのだという風になった。
 そしてまた、眠りについた。その後、その眠りが妨げられることはなかった。

 翌日。樹海の変わらぬ光景が延々とつづく。特に襲ってくるものもない。ともすれば進んでないような錯覚に襲われるが、確実に日は昇り沈んでゆく。
 そして再び夜が来る。だが、再びケモノが現れることもなく、殲鬼も現れることもなく、不安な夜は明けた。

「うーむ、昨日は平穏無事に過ぎたのう。嵐の前の静けさでなければよいのじゃが‥‥」
 夜の番も終え、顎門が不吉なことを呟く。そして、念のためにと今回のサムライたちの中では唯一のヒルコであるめい(w2c097)に声をかけた。
「どうじゃ? 苦痛はあるかね?」
「えーと‥‥!! 先生、近くにいるよ! 姿は見えないけど」
 村人たちに気づかれぬよう、顎門にそっと耳打ちする。顎門は素早く辺りに目をこらしたが、それらしい姿はない。
「ふーむ。狩る機会をうかがっているというところかの? まあ、今までどおり油断せずに‥‥」
 顎門が他のサムライたちにそう伝えようとしたときだった。
「ちょっと朝ごはんに果物とってきまーす」
 そう言い残し、真秀がひょいひょいと樹海の奥深くへと入っていってしまう。
「ちょ、ま、待て!‥‥ああ、行ってしまいおった」
 慌てて顎門が止めようとしたが、すぐに真秀の身体は木々に隠れて見えなくなってしまった。

「ふふ‥‥この瞬間を待っていたぞ」
「え?」
 真秀が振り返ると、その視界は真っ暗になっていた。

 やがて、殲鬼がサムライと村人たちの野営地に姿を現した。
 その醜悪な姿に恐慌状態になる村人たちの前を、静沙奈が身体を張って立ちはだかる。
「皆の衆、大船に乗った気持ち、大船に乗った気持ちだぞ! 俺たちがいる、俺たちがいるじゃあないか!」
 ムチャクチャな理屈ではあるが、孫の手はなんとか村人を落ち着かせる隙に、静沙奈は村人たちを下がったところに固まらせ、孫の手と並んで殲鬼と村人の間に立ちはだかった。
「ふふ‥‥ここにも餌がおったか」
 その様子をおもしろげに眺めていた殲鬼はそう言うと、ぼとりと血だらけになった塊を放り投げた。真秀の身体だった。
「はーっ!」
 そんなことにはお構いなしに、すぐさま爪牙が飛び出した。狂おしく太刀をぶん回し、殲鬼に立ち向かってゆく。それにラセツの鎧剣士・天華(w2a816)がつづく。
 その隙に美月が真秀の身体に駆け寄り、そっと胸に耳を当てる。
「‥‥大丈夫です、生きてます!」
 すぐさま真秀に癒しの手を使う美月。
「はー、死ぬかと思いましたよ‥‥」
 真秀が上半身を起こし、はーっと息を吐く。どうも自分が窮地に追い込まれていたという自覚に欠けるようだ。美月が呆れたように額を手で押さえて首を振る。
 が、そんな間にも殲鬼との戦闘はつづいている。
「ええい、弱者を襲うしか能のない殲鬼め。我が十字槍を受けよ! 悔やむ間もなくあの世に送ってやるぞ!」
 真秀をちらりと見やり、塩月(w2a599)が十字槍を構えて突進していく。
 が、さすがに悔やむ間もなくあの世送りとまではいかない。サムライたちが押しつつも、殲鬼もなんとか凌いでみせている。
「喰らいやがれ!」
 爪牙が叫びざま、火炎弾を叩き込む。一瞬、殲鬼がたじろいだ。その隙を逃す手はない。天華が体当たりし、殲鬼を仰向けに倒してみせた。
「これで終わりだっ!」
 すぐに殲鬼に馬乗りになると、天華は野太刀の切っ先を殲鬼の顔面目がけて勢いよく落とした。
「何っ!」
 だが、殲鬼は不自然なまでに首を曲げ、その必殺の一撃をかわしたのだ。殲鬼の顔にニヤと笑みが浮かぶ。
「のわっ!」
 と、天華は殲鬼とは別の殺気を感じて飛び退いた。見れば、天華もろとも斬り捨てる勢いで爪牙が太刀を振り下ろしていた。天華は慌てて飛び退いて難を逃れたが、殲鬼は逃れることができなかった。
「ぐぼはっ!」
 爪牙の太刀は殲鬼の胴体を真っ二つにした。
 自分が殺されかけたのもこの際忘れて、天華は絶命して動かなくなった殲鬼をなおも滅多斬りにする爪牙を後ろから羽交い絞めにして止めた。
「もう死んでいる。止めろ」
「ん? ああ‥‥」
 ようやく夢から醒めたように止める爪牙。
「やった!」
「はは!」
 村人たちから歓声が起きる。そう、殲鬼は倒されたのだ。

 その後はもう阻む者もなく、ついに彼らは村に到着した。
「おーい!」
 村人たち、全員が出迎えにやってきた。爪牙、天華、美月も見知った顔を見て、ほっとした。いや、サムライたち全員がそうだろう。
 自力で戻ってきた者も含めて十余人。これに今回戻った者たちを加えて四十人弱。決して多くはないが、十分立派な村だと言い張れるくらいの人数にはなった。
 まだまだ小さな村だが、この村の再建はまだまだ始まったばかりなのだ。これからどんどん大きくなれる。そんな晩夏のさわやかな昼下がりに、サムライたちは村を後にした。


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