06.『【センキメッサツ】 〜 カウンター 01 〜』(サポート)

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● 樞の音 軋む森
 一眼の青が、森を駆る。
 身体が上げる悲鳴を無視し、カラクリはケモノの集団を追う。木々の上。
 鉄仮面の黒鉄が、残像を残す。
 それでも、森を這うケモノの集団は、追い縋る事を許さない。
 カラクリは『何故自身の体を制御出来ぬのか』考える。記憶の片隅に思う。過去か未来か今よりも、はるかに思い通りの行動が取れた、瞬間を‥‥。
 過去?
 未来?
 いや、とカラクリは空へ舞った。
 それ以上の思考はない。ただ深く青い眼光が、殲鬼の姿を追い続ける。それだけだった。

●  この世の サムライ
 その姿は、森にある。
「まぁ放浪してた時、50は倒した記憶が‥‥」
「それなら俺とて、師匠と共にこの身一つで、山犬の集団とやりあった事もある」
 数人のサムライは、森の木々の上に。
 マドウ族の外法術師・虎真(w2c010)が攀じ登った木の又に立つ。確かに、今より二百年後の世界において虎真は、火炎の術を操る一流の術法士だった。
「だがそれは先の話だ。此へ来る事で力を失った俺たちは、たかが淡樹海の牙犬如きにも、こうして助け合わねば危ういときいてる‥‥」
 同様に、上から木々の隙間を覗いていたセンシ族の鬼道士・透夜(w2c298)が虎真へ言う。外法術師は唾を吐き捨てた。
「ちっ。術に、耐えられさえすりゃぁよ」
「今一度、鍛えなおすしかあるまい」
「来たっ!」
 透夜が虎真へと向き直った時、離れた木の上で、やはりサムライの一人が声を上げた。
 地を駆る獣の音が微かに聞き取れる。
「桜衣ちゃんっ!?」
 マドウ族の鬼道士・鼎(w2c345)が首を伸ばし耳を立てた。
 森を割き見えたのは、獣とその背にしがみ付く少女の姿。
 杉の巨木の根に、駆け転げる金色の狼。それに跨っていたヒルコの忍者・桜衣(w2c484)も転がり落ち、だが素早く立ち上がると駆け寄り、狼の首を抱きかかえ‥‥。
 樹上の者たちは息を呑んだ。
 足をもつらせ杉の根に倒れた狼は、深い傷を負い呼吸も荒かった。
「来るよっ! 見えたっ!」
 枝にすがり、鼎がもう一度叫んだ。
 鬱蒼と茂る森の中、怒涛の駆け音が響く。それは次第に荒いケモノの呼気へと変わり、吼え声が、幾重にも重なり始める。

●   生きること 殺すこと
「ちはらみ」
 男に呼ばれラセツの狂剣士・千孕(w2a269)が振り向く。と、腕を掴まれ引き寄せられる。
 男の顔が覆い被さり、千孕は唇を奪われていた。
 微かに眉を歪めるが、抵抗はしない。
 無骨な男の体が離れた。
「与えた雫が、オマエを守る」
 死ぬなよ勿体ねぇからな、と男は言った。
 淡い輝きが、千孕の体を包む。
 千孕は、唇を手の甲で拭った。

 木々の揺れと、聞こえてくる怒号。
 遠くに感じながら、桜衣は自力で走っていた。
 同じ忍者の闇殺輝魁・畝黒州(w2a847)と共に森を先行した桜衣。山犬の集団を見つけ、畝黒州はそのまま追跡を、桜衣は仲間への伝令へと走る予定だった。
 しかしヒルコは、殲鬼を見極めるべく敵集団に近付き過ぎていた。供の狼に跨った時には既に、後方へと着けられてしまう。元よりヒトを乗せ走る事を、いくら共に育ったにせよ、狼が得意とするべくもない。樹海を踏破する勢いで黒犬集団に追われ、狼は少なからぬ傷を負ってしまう。
 それでも逃げ遂せたのは、単独行動で犬集団の前に踊り出たイズナの・必(w2b450)がいたからだ。
 囮がなければ、桜衣も危なかった。
 桜衣の無茶が、供の狼に負担を強いた。それを身をもって知ったからこそ、桜衣は自分の足で駆けていた。
 まだ合流出来ていない仲間に、戦いを報せる為に。

 奇襲組の、頭上からの攻撃は成功を収めた。
 放たれた火炎弾も、飛びかかった鬼道士たちの蹴りも、有効打を浴びせている。ただ、連携は取り遅れていた。敵集団の行動は、姫巫女の助言である程度は先読出来ていたのだが、百を超す狂犬の群れは、予想を上回る凶暴さで襲い掛かって来る。
 奇しくも囮となった必は、足場の悪さに持ち味の俊敏さを削がれ逃げ切れず、敢え無く牙犬に囲まれる。
 救ったのは雷の一閃と、濃霧。
 突如、帯状の雷光が低く真横に広がり、牙犬を含め二十匹近くを巻き込む。ラセツの外法術師・獅刃(w2c314)が放った召雷光。致命傷さえ与えはしないが、複数への同時攻撃は犬を怯ませ足を止める。
 一瞬の雷撃に続き、森が濃い霧に包まれていく。影となり現れ、弱ったケモノを切り倒したのは、シノビ族の天剣士・紫苑(w2c296)だった。
 その後を草原の疾風・雅(w2a391)が舞い、別の黒犬を。さらに蒼き刃・疾風(w2a104)が牙犬の一体を切り刻む。
 霧に戸惑い吠えたてるだけの黒犬たちに、紫苑が止めを刺していく。
「すまない! 鉄下駄の鼻緒がっ」
「天剣士がこの森で‥‥履物を選べ、必。先ずは、韋駄天足で離れるぞ‥‥雅」
 必を窘め、疾風は首だけを巡らせ呼びかける。寄り添う雅が小太刀を構え直した。
「では、改めて。参りますわ」
 雅の柔らかな発声と共に、天剣士たちが瞬散した。
 後には、数体のケモノが、死骸と化して残るのだった。

●際限なき鼓動
 矢の数本が草木を貫く。
 しかし牽制には程遠く、シノビ族の暗器使い・雪之丞(w2a397)は狩りとの違いに唸った。
 如何に獲物に気取られず撃ち放つかが『狩り』の射窮。闘いの場で疾く駆けるケモノを狙える程、その精度は高くない。ましてや樹海の犬相手では、接戦に持ち込んだ方が叩き伏せ易い様だ。
 雪之丞が弓を置き黒犬へと飛び掛った頃には、懐へと入った者たちが、殲鬼と対峙していた。
 人型の殲鬼は細身の体に豺の頭を持ち、常に低く唸りを発していた。
 風が吹く。殲鬼の細腕が振り抜く刀の風圧。二本の腕に構えた小刀は諸刃仕立て。柄に鉄輪が絡み、指を指し入れると回し始める。
 大木槌の大振りがケモノを捉え吹き飛ばす。二、三匹巻き添えを食わせ、眼前に殲鬼までの道を拓く。センシ族の鎧剣士・剛魯(w2c348)が正面を睨んだ時、殲鬼は逆手に構えた小刀を、斜めに交差させていた。
「キサマラ、さむらいカ」
「その身で、確かめなっ」
 燉、と大木槌が大地を抉った。
 殲鬼は短い体毛を逆巻きながら真横へ飛ぶ。
 ヒトとケモノの同化した角持つ暴徒は、唸りを遠吠えに変えていた。鼓膜を劈く咆哮がケモノたちをも萎縮させる。
 サムライたちは、退かない。

 背中を地面に、蹴り足が枯草を掬い上げる。鼎の蹴り上げが黒犬の顎を捉え、打ち跳ねる。くるりと捻りを加え、黒犬の牙を避ける。身軽さと足技の威力を最大限に活かした、鼎の独楽の如き回転蹴り。弱ったケモノを透夜が蹴倒し、密集に穴を穿つ。尚も怯まず牙犬は、しゃにむに噛み砕こうと透夜を襲う。その口中へ、拳を叩き込み貫き通す。爆突の破壊力は一撃で牙犬を森に転がし、拳は血に塗れ浅い傷を増やした。
 拍子の崩れを考慮し普段ならば控えるであろう攻撃も、仲間の技に後押しされてか、透夜の動きに躊躇いはない。それを確認した鼎もまた、蹴り足の速度を上げていく。
 サムライの持つ破壊の力が組み合わさり、ケモノは次々と散らされていく。

 桜衣の知らせを受け乱戦に追いついた者たちが、広がりをみせるケモノの集団を各個撃破し、包囲を狭めていく。
 ヒト族の鬼道士・轍(w2b236)、マドウ族の剣匠・一郎(w2c392)、マドウ族の戦巫女・ちひろ(w2c393)の三人組も戦いの輪に加わっていた。しかし、地の利は依然、ケモノ側にあった。
 牙剥くケモノの頭を捕らえ、轍が拳を叩き込む。
 側面に次のケモノを見て、暴れる黒犬を投げ捨てる。
 飛び掛ってくる牙犬に蹴りを放つが、それは止めきれない。
 腕に走る激痛。
 斬り引き裂かれる肉と筋。
 首を振り、牙を食い込ませようとする牙犬を、駆け寄った一郎が刀で切り落とす。轍は犬の首を腕に噛ませたまま、更なる標的へ拳を叩きつけた。
 吹き飛ぶ、犬の首。
 黒犬への攻撃が外れ、ちひろの薙刀が杉の幹に食い込む。背を狩り迫る牙犬。引き抜いた薙刀の柄で真後ろへの牽制。牙犬は飛び退くがそこへまた、一郎の斬撃が放たれる。
「あっ。ありが」「遅れるなっ、まだいるぞっ!」
 一郎の叫びに、ちひろは声を飲み込んだ。
 倒しても倒しても、ケモノは吠え止まず襲い掛かって来る。
 乱戦に傷を負いながら、それでもサムライたちは立ち止まる事を許されない。
 誰一人、立ち止まらない。

「貰うぜ、剛魯ぉっ!」
 狂剣士の蛮刀が跳ねた。
 焔摩天・鬼柳(w2a003)の一撃は、殲鬼を捉えれば即座に終止符を打つ。だが風を切る回転音と共に、殲滅鬼は二刀で鬼柳の業技を受け止める。
「鬼柳さん、離れてっ」
「そうはいかねぇっ!」
 横合いより呼ぶ紫石英の光明・天紫(w2a367)。
 燃え滅びよと、急所を狙う狂剣士鬼柳の一撃。
 対する殲鬼は、その蛮刀さえも砕く勢いで、連撃を叩き返す。
 両刃の切っ先は狂剣士の胸を裂いた。だが鬼柳は意にも介さず、殲鬼の首筋を狙った。
 血飛沫。
 踝に噛み付いた黒犬を、剛魯は槌頭で叩き潰す。顔を上げると、目許を押さえ蹲る鬼柳が視野に入った。鬼柳は飛沫に目をやられ、殲鬼の首を、飛ばし損ねていた。
 狂剣士と咄嗟に体を代わり天紫が殲鬼と切り結ぶが、圧されていく。殲鬼は大量の血飛沫を上げながら、それでも天紫を剣戟で斬り勝った。
 槌を振り構えた剛魯の前を、牙犬が塞ぐ。
「くそがぁっ!」
 足を取られ倒れる天紫が、剛魯の視界に映った。
 殲鬼は。

●滅殺
 殲鬼は、地に伏していた。
「任務完了」
 高い樹上より飛び降りると同時に繰り出した、カラクリの天剣士・綺羅(w2c109)の連続攻撃が、殲鬼の体を切り裂いていたのだ。
 血の海に沈み、敵首魁は息絶えた。
 綺羅は小太刀を払い、手早く血糊を拭い鞘へ。
 血祭りの森は、終演を迎え様としている。
 綺羅はケモノの処理を、他の者たちに任せた。
 残るケモノを追うは、鎧の名を継ぎし女兵・荒(w2b127)と、千孕。

 最後の姫巫女の術により、二百年前の世界へと辿り着いたサムライたち。
 殲鬼よりも早くサムライたちは、確固たる『強さ』を得なければならない。失われた力を疾く取り戻さなければ、殲鬼に対抗する手段は、再び消え去る。力をつけた殲鬼どもは、王を呼び、神を産んでしまうだろう。
 それを阻止する為に。何物をも、破壊する力を。

 最後の牙犬の前足を、荒の蛮刀が切り落とした。その頭蓋に、鉈が振り下ろされる。
 荒は背に、千孕の温もりをほんのりと感じていた。
 それは、流れる血の温かさだろうか。いや、ともすれば返り血の生暖かさか。
 黒犬たちは最後の一匹まで、荒と千孕を襲い狂った。
 二人は容赦無く、それを屠った。
 荒の鉈が最後の黒犬を捉えるのに、時は掛からなかった。

 霧は、晴れた。
 サムライたちは森を歩き、殲鬼の死を確かめ、ケモノを地に踏みならす。
 カラクリの一人だけが、真っ直ぐに森の陰を抜け、姫巫女へと報告に戻っていた。
 次の戦場は既に、サムライたちを待ち侘びている。


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