07.『見捨てられた村』

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●時間がない!
 問題の村にサムライが着いたのは、村人たちが、まさに村を出ようというところだった。
 マドウ族の暗器使い・始芽(w2a055)は、乗ってきた陸鳥から転げ落ちるように飛び降りる。
「これ、頼みます」
 陸鳥の手綱を紅速の天狐・美貴(w2c668)に渡すと、始芽は全速力で村へと駆け込んで行った。
「私たちも行きましょう」
 剣匠・沙貴(w2a127)がシノビ族の外法術師・五流花(w2b608)を促す。五流花は、鬼面仏手の整体師・孫の手(w2b894)に陸鳥を預けながら言う。
「後のことは、よろしくお願いしますね」
「おう。任せとけ。大船に乗った気でいな!」
 孫の手の声に後押しされ、二人は始芽の後を追う。
「こちらも、早速準備にかかろう」
 紅蓮の豪刃・鬼断(w2a352)の言葉に、美貴と孫の手が力強く肯く。

●守るべきモノ
「すみません! ちょっと待ってください!」
 突然の来訪者に、村人たちは腰を抜かすほど驚いた様子。無理もない。ここ数日、恐ろしい来訪者に怯え続けているのだから。
 始芽は優しい瞳で、村人を一人一人見つめた。
「俺たちは、この村を守るために、姫巫女から遣わされたサムライです」
 姫巫女、サムライ‥‥。その言葉が、村人たちの間に静かに広がる。
「姫巫女様は、わしらを、お見捨てになってはおられないのか‥‥?」
 一人の老人の呟き。始芽は、あえて語気荒く言った。
「見捨てるはずがありません。何のために俺たちが来たと思ってるんですか?」
 そこへ、やや遅れて沙貴と五流花が加わる。
「毎晩仲間が襲われるという恐怖、如何ばかりのものか想像に難くない。だが、あえてもう一晩だけ、この村に留まってもらいたい」
「怖いとは思うんだけど。でも、ここにいてもらった方が安全なのよ」
 冷静な口調の沙貴。そっけないようで気遣いが感じられる五流花。人々は次第に落ち着きを取り戻し、それと同時に、どうすればよいか悩み始めたようだ。
 結局、最後は自信に満ちた始芽の言葉によって、村人たちは集会場を兼ねた村長の家に集まることに同意した。
「大丈夫です。俺たちが皆さんを守りますから」

 その間、美貴たちは村の周囲を調べていた。見るからに急ごしらえで、頼りない木の柵が村を取り囲んでいる。しかし、それはあまりに脆く、美貴が軽く触れるだけで傾いでしまう代物。
「これじゃ役に立たないわね」
 そう言ってため息をつき、振り返ると、孫の手が何かを考えている。
「どうしたの?」
「これ、いっそ引っこ抜いて、村長さんの家の周りに立てた方がいいんじゃねえの? 順調に行ってりゃあ、始芽のヤツが、みんなを閉じこめてる頃だしさ」
「閉じこめてるって‥‥。それに、勝手に抜いちゃダメでしょ?」
「孫の手。私は、その案に賛成だ」
「ちょっと、鬼断さんまで‥‥」
 孫の手はニヤリと笑うと、美貴の背を叩く。
「というわけだ。ひとっ走り、村長の許可をもらってこいや」

 美貴から相談を受けた村長は、「村を守る役に立つなら、ここにある物は何でも、どのようにでも使ってよい」と明言した。すると、それを聞いていた若者が、おずおずと申し出た。
「あの‥‥。柵を作るの、俺にも手伝わせてほしいんだけど‥‥」
 慌てたのは始芽である。
「それは困ります。外に出るのは危険です」
 しかし、その始芽を沙貴が制する。
「構わないだろう。我らが側にいれば、危険なことはない」
「でも‥‥」
 なおも食い下がる始芽に、沙貴は自分の考えを静かに述べた。
「この村に住む者が、恐怖を乗り越え、殲鬼を退ける一助となる。それこそ、殲鬼への痛烈な一撃になるとは思わぬか?」
 確かに、自分から手伝いを申し出たこと自体、恐怖が薄れてきた証。それを「危険だから」と無下に断るのは、逆に恐怖心を煽る結果になりかねない。渋々ながら、始芽は村人が柵を作ることを認めた。もちろん、自分の目の届く場所で、という条件付きではあるが。

●迎撃
 鬼断と孫の手が次々運び込む資材を使い、数人の若者が柵を作り始めた。彼らの協力のおかげで、思ったよりも早く柵は出来上がりそうだ。
(「こうなると、早く殲鬼が来てくれた方が、早く終わっていいんだけど‥‥。ちょっと不謹慎かしら」)
 村長の家からやや離れた場所で、美貴はそんなことを考えながら警戒を続けていた。

 その時だ。美貴と共に見張りをしていたヒルコの少年が、短い呻きを漏らしてうずくまった。
「由良君?」
 聞かなくても、その姿を見ればわかる。殲鬼が近づいてきたのだ。自分が育ててきた「恐怖」が薄れたのに気づいたのか。あるいは、サムライが来たことに気づいたのか。とにかく、何らかの異変を察知して、殲鬼はいつもより早く、明るい時間にやって来た。
「早くみんなに知らせてっ!」
 そう叫びながら、美貴は鋭い目線を走らせる。明るいうちに現れたのは、むしろサムライの側に有利。遠目が効く分、敵の姿も捕らえやすい。
 林の中から、二本足で歩く大きな熊が現れた。しかし、熊と決定的に違うのは、頭から生えている、ねじくれた二本の角。
「あそこです、塩月さん!」
 指さされた方角に向かい、髭面の偉丈夫が歩き出す。殲鬼は、サムライたちの姿を見ても臆することなく、まっすぐに、自分の「餌」に向かって歩を進める。
 殲鬼の進路を遮るように、塩月は立ちはだかり、鎗斧を構える。殲鬼は、避けるのも面倒だと思ったのか、右手を高く上げ、素早く振り下ろす。
 がん、という鈍い音。しかし、その一撃を受けた鎧剣士の姿は、先ほどと寸分違わず、そのまま立ちはだかっている。殲鬼は再び腕を振り上げる。
(「意外に速いけど、速さならわたしの方が!」)
 美貴は、がら空きになった右脇に飛び込むと、カスミ斬りを繰り出した。思わぬ攻撃を受けた殲鬼は、美貴を追おうと向き直る。
「間に合ったか?」
 由良から知らせを受けた鬼断が、無防備な背中に焔法刃を打ち込む。手負いの殲鬼は、めちゃくちゃに腕を振り回した。しかし、既に美貴は十分な間合いをとっており、鬼断への攻撃は「護りの雫」が受け止める。
「うーん‥‥。なんて言うか、力はあっても、頭の中身は空っぽじゃねぇの?」
 少し下がった位置で、万一に備えて身構えていた孫の手が呆れたように呟く。そこへ、家の中から五流花が飛び出してきた。
「おいおい。中は大丈夫なのかよ?」
「大丈夫。みんなすっかり落ち着いて、勝つ気でいるわ。その期待を裏切るわけにはいかないわよね。それに、始芽クンも沙貴サンもいるもの」
「そういうことなら、いいけどよ」
「いくわよっ。『翁華・鳳凰の舞い』!」
 なんと、五流花は踊りながら火炎弾を発した。それが正確に殲鬼を捕らえたのだから、たいしたものである。もっとも、側で見ていた孫の手は、後で「あれは絶対にまぐれだ」と言っていたそうだが。
 今度は「武の城壁」で守られた鬼断が、返り討ちを恐れず、懐に入って蛮刀を突き立てる。その間、美貴は走り回って殲鬼を攪乱する。
 五流花は、美貴が持つ鉄扇を目ざとく見つけた。
「あ、いいなあ。あの鉄扇があれば、私の攻撃も完璧なのに‥‥」
「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと片づけちまおうぜ」
 守りに入っていた孫の手が攻勢に転じ、大地斬で殲鬼に襲いかかる。ひるんだところに、五流花の火炎弾が命中。さすがの殲鬼も己の不利を悟ったか、こともあろうに、背中を向けて逃げ出そうとした。
「逃がさないわよっ!」
 回り込んだ美貴は、正面から一気に間合いを詰め、かすめるように殲鬼に攻撃を仕掛ける。殲鬼は、地響きを立てて膝を付いた。
「う‥‥、うぐ‥‥」
 なおも立ち上がろうとする殲鬼。その背中に、鬼断が飛びかかる。
「食らえっ! 火剣連撃!」
 鬼断の動きがようやく止まった後、殲鬼が二度と立ち上がることはなかった。

●生きていく者たち
 久しぶりに穏やかな眠りを味わった翌日。村人たちは、不遇の死を遂げた仲間たちのために「合同葬」を執り行うことにした。彼らに請われ、サムライたちもその席に加わる。
 孫の手が「にわか僧侶」に名乗りを上げて、式典を進行させる。沙貴は故人を悼む曲を奏で、五流花は舞を奉納する。その間に、美貴はあり合わせの材料で、人数分の膳を用意した。
 始芽は、演奏を終えた沙貴の隣に座り、話しかける。
「殲鬼は倒したけれど‥‥。ここで怯えて過ごした夜のことは、心の傷として残ってしまうのでしょうね」
 目を伏せる沙貴。
「我らサムライにできることは、殲鬼を倒すこと。その後、残った悲しみや苦しみと折り合いを付け、生きていくことは、当人にしかできぬ。ただ‥‥、その力添えができれば嬉しいとは思うが」
「俺、あの時、沙貴さんがみんなに柵を作らせた理由、やっとわかった気がします。この村を守ったのは自分たちだという自信。それが必要だったんですよね?」
 そう言ったとき、始芽には、沙貴が微笑んだように見えた。


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