08.『武気無鬼』
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その日、村の中央に位置する大競技場には村中の人間達が集まり、恐ろしいほどの熱気が渦巻いていた。右を向いても筋肉、左を向いても筋肉。しかも3人に2人は胸がピクピク動いている。
その中に数人のサムライ達が混ざっていた。負けじと大胸筋をアピールしつつ村人達に話を聞くと、すでにこの祭りに殲鬼が現れるという話は村中の知るところであったらしい。誰もが「俺が優勝して、殲鬼をぶっ飛ばしてやるぜ!」と息巻いている。恐らく、殲鬼が前もって噂を流していたのだろう。しかし、村人達の様子を探っていたラセツの忍者・御須麻流(w2c804)は、今この中に殲鬼はいないと判断した。
「とすると、林の中でこちらの様子を窺っているんだろうな」
猛る鉄・焔迅(w2a555)はそう呟きながら、村はずれにある湖の方へ視線を向けた。今そこでは、他の仲間達が殲鬼を罠にかけるために活動しているはず。
しばらくそのまま林を睨むようにしていた焔迅だったが、ふと思い出したように周囲を見回した。伝説の猛虎仮面・孫の手(w2b894)の姿が見えないのに気付いたのだ。
「あいつ‥‥、何処へ行ったんだ?」
その時、会場のざわめきがピタリと止んだ。競技場中央に設置された演壇に、筋肉を包む黒光りする肌を見せつけるかのように上半身裸で、何故か体中から湯気を立ち上らせた、齢60に達しようかというこの村の村長が現れたからだ。
「村の衆、今日も筋肉は健やかか。ならば、村のため、己の栄誉のために今年も戦うが良い。さあ、毎年この祭りのために来て下さる素晴らしい方々を、拍手でお迎えしようではないか」
人垣の一部が、さっと割れた。その奥に圧倒的な存在感を持った集団が佇んでいる。村長が声も高らかに彼らの名を呼んだ。
「筋骨隆々漢軍団(ムキムキマッチョメン)の皆さん、どうぞ!」
「筋肉か‥‥いーよなー‥‥俺らシノビ族って筋肉つきにくいからさ、なかなかあそこまでいかねーもんな」
林の中、疾風の爪・柳蘭(w2a305)が鳴子を仕掛けながら密かに嘆息する。少し離れた場所では、ヒト族の天剣士・楠(w2a940)とラセツの鬼道士・吾號(w2c730)が同じく罠を仕掛けていた。
「何しとるんや?」
「ああ、ちょっとな‥‥」
訊ねる吾號を軽くかわし、楠は地面に蹲り黙々と何やら細かい作業を続けた。
同じ頃、ヒト族の暗器使い・守矢(w2c924)と修羅雪姫が、ヒルコの能力を使って殲鬼を探る未亜を護るようにして林の中を探索していた。どうやら殲鬼はまだ湖周辺には現れていないようだ。
「もう少しこちらを探ってみましょうか」
守矢が2人を促し、3人は更に林の奥へと歩を進めていった。
村からいちばん近い湖畔付近では、他のサムライ達が待機していた。村で収集した噂や殲鬼の目的などから、無陥鎧の・玲於奈(w2a016)が村はずれの湖岸が襲撃場所だと断定したためである。
「ちくしょー。私も大会に出たかったなあ」
天上天下唯我独尊・天華(w2a816)がブツブツと呟く。朝からずっとこの調子である。しかし何よりも優先するべきは殲鬼退治。文句は言いつつも、獅子神博士と亜細亜の落とし穴掘りを手伝っていた。
そこへ、会場で殲鬼を警戒していたヒト族の天剣士・涼蛍(w2b792)と焔迅、御須麻流がやって来た。
「おっ、おい、大会は? どんな感じだ!?」
勇んで訊ねる天華に、涼蛍は苦笑いを浮かべて答えた。
「ええ‥‥あれは‥‥凄いわ」
大会は既に終盤戦となっていた。村人達は口々に、「さすがサムライは違う」と賞賛の声を上げる。今、会場の中央では2人の漢が向かい合い、汗を流していた。
「正体不明の男『猛虎仮面』、そしてサムライである礼人殿、共に現在8人! 歴史あるこの大会において、過去最高記録5人であったところを、2人とも大きく上回った! さすがはサムライ! そして何者なのだ、猛虎仮面!」
実況席で村長が興奮気味に叫ぶ。つい先ほど、同じく大会に出場していた『純白な過食虚無穴』こと美女丸は「上から‥‥上から汗が流れ落ちてくるのじゃ〜‥‥」と言うなり、そのまま地面に埋もれた。
会場中央で仁王立ちで睨み合う2人の漢。その肩には筋肉の固まりが天高く載っている。この大会、筋肉漢達を何人も肩車し、肉の塔を作り上げ、その状態で10秒間笑顔で静止するという競技なのだ。軽業師でもある筋骨隆々漢軍団達がまた1人、軽々と肉の塔を上り更に高さを増す。土台となっている漢を入れて、総勢10人で出来た汗に光る筋肉の塔2柱。しかも全員満面の笑顔。中空にある太陽の輝きを受け、それはもはや神々しい景色にすら見えた。
「なかなかやるな‥‥礼人よ!」
「おまえもな、猛虎仮面!誰だか知らないが、俺とタメを張るとは。しかし、少し反則じゃないのか、その仮面は。‥‥笑顔が見えないじゃないか!」
「何だと!この表情筋の躍動感が、てめぇには見えねえって言うのか!」
「そういえば、見えぬな」
こうして大会は、村長のその一言により幕を閉じた。猛虎仮面の失格という結果と共に。
「‥‥来た!」
胸を押さえ、未亜が緊張の面もちで小さく叫ぶ。同時に守矢が殲鬼を発見、攻撃しようとするも、しかしこちらに気付いた殲鬼は、素早く姿を消してしまった。守矢は笛を吹き仲間達に殲鬼発見を知らせ、殲鬼の後を追った。
カランカランと鳴子が鳴る。走り抜ける黒い影を柳蘭が捕え、背撃剣で攻撃。何とかこれをかわした殲鬼だが、突然派手に転んだ。楠が地味にコツコツ作った草の結び目に足を引っかけたのだ。そこへ吾號が電光脚を、楠が焔法刃を仕掛ける。しかしあまりダメージは与えられず、殲鬼は再び走り出した。その方向は、間違いなく村外れ側にある湖畔方面だった。
走る殲鬼の脚に激痛が走る。御須麻流が放った手裏剣は、的確に殲鬼のアキレス腱を切り裂いた。呻きながらも殲鬼は、更に湖畔へ近付こうと脚を庇いつつ走り出した。しかし正面に焔迅が立ちはだかる。繰り出された灰燼剣を何とか避け、更にスピードを上げ湖畔近くの広場へと姿を現した殲鬼は困惑した。大会を最後まで遠くから観察し、この時間に祭事が行われると踏んだのに、まだ村人達は誰も集まっていなかったのだ。
疑問に思いながらも走り続ける殲鬼の前に、人の壁が立ちふさがった。鉄壁を張った天華である。殲鬼はそのまま体当たりで攻撃するも、傷ついた脚ではスピードに乗りきれず、動きを止められてしまう。そこへすかさず涼蛍が呪縛符を使い、殲鬼の動きを封じた。玲於奈が攻撃しようとしたとき、村の方から地響きにも似た雄叫びが響いた。ようやく殲鬼に追いつき振り返った焔迅の見たものは、土煙を上げ物凄い早さでこちらへ向かって来る猛虎仮面の姿だった。
全員が呆気に取られる中、猛虎仮面が殲鬼に向かって涙声で叫んだ。
「てめぇのせいだー!!」
「な、何がだ!?」
思わず答えた殲鬼に、必殺エルボー爆突拳が極まる。仰け反り吹っ飛ぶ殲鬼に追いすがり、猛虎奈落落としから猛虎原爆固めまで極め、仕上げとばかりにもう一度エルボー爆突拳。更に倒れた場所が偶然、天華の掘った異常に深くて広い落とし穴の上。落ちていく殲鬼の悲鳴で我に返った天華と玲於奈は、トドメに合体技『熱核爆裂斬』を放つ。穴の底からきのこ雲が立ち上る中、村人達を得意のポージングで魅了し足止めしていた礼人が祭事の装束を纏って現れた。
「殲鬼は倒せたようだな。おお、猛虎仮面! まさか殲鬼と闘ったのか? お前は一体何者なんだ」
「馬鹿野郎、まだ分からねえのか!」
「え‥‥っ。ああ! その撓側手根屈筋は孫の手の兄貴!」
「そうだ、見ろこの内側腓腹筋を!」
「すまない、兄貴‥‥! 確かにそんな美しい大腿屈筋群を持つ奴はは、兄貴以外にはいないぜ」
2人の会話に、村人達は感動の涙を流し、サムライ達は取り残された。
「何か‥‥凄い世界ですよね」
「だよなあ。筋肉か‥‥。羨ましいぜ」
「いや、羨ましいんかい」
守矢が何とも言えない顔で言うのに、柳蘭はやはり嘆息して呟き、吾號がツッコミを入れた。
祭事はつつがなく執り行われ、その夜から3日3晩、村では孫の手特製筋肉うどんを食べながらの筋肉談義が行われたという。
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