09.『みささぎ情報局:人懐っこい『蟲』』
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●蟲の生命は
実りの秋――冬支度に忙しい奉祖の村に現れた蟲の大群‥‥遠く火澄州より流れた噂の影に、殲鬼が潜んでいるという。擂鬼の封土と化した村を救うのが、今回の仕事だ。
件の封土は『気味悪い物は殺したい』という欲求に因る。その解放自体はさして難しくない。手段さえ選ばなければ。
「まず村人達を安心させないと。蟲を殺したぐらいで殲鬼にやらせはしない」
奉祖の村への道すがら。漂流姫・月奈(w2b972)は凛とした面持ちで呟いた。
村人達は『蟲を殺したい』という焦燥を殲鬼への恐怖で抑え付けられている。この板挟みを脱するには『安心して蟲を殺せる』環境にするのが手っ取り早い。
「心労になる程気持ち悪い蟲って、どんなんかねえ? 村人に同情するぜ、全く」
伝説の猛虎仮面・孫の手(w2b894)はどちらかと言えば蟲はプチッと派だ。右の耳朶を弾きながらの言葉に、蒼天の霹靂・識音(w2c823)が頷く。
「何もしてないからって、蟲が目の前を飛んでりゃ俺だって殺すわな。けど‥‥」
「鹿目さん、待って!」
突然、飛び出すように駆け出した少女を、天空を断つ純白の刃・至高丸(w2a162)は慌てて捕まえた。
「1人だと危ないよ」
「だって‥‥」
袖を掴まれ、ヒルコの忍者・鹿目(w2z027)は俯いた。姫巫女の間から黙りの彼女だが、頬が紅潮している。
「ケモノだって生きてるのに‥‥このまま皆で潰して終わりなんて、嫌だよ」
殲鬼の良いように使われては捨てられるケモノ達――樹海育ちの少女は、村も蟲も助けたいと言う。それは優しさか甘さか、はっきり口にする者はこの場にいなかったが。
ポンと識音が鹿目の肩を叩いた。
「まぁ、気味悪いだけじゃ殺していい理由になんねーよな。取り敢えず、蟲に便乗する殲鬼は倒さないと」
「ボクは蟲の大量発生から擂鬼が仕組んだんじゃないかって思うんだ。もし無関係でも、調べておけば後で解決の糸口になりそうだし」
「確かに、彼らは肝心の原因を追究してませんね」
座布団と幸せを運ぶ・双月(w2b524)の意見に、阿頼耶識の機織り・水鳳(w2c726)も同意する。
「調査が先なら一般人に偽装しない? 殲鬼が村にずっと居座ってると拙いし」
天と結ぶ暁の覡・沙那王(w2b258)が仲間を見回し考え込む。今回、一堂に会したサムライは手伝いも合わせ12人。少ないと言い難い人数が村に乗り込む事になる。
「交渉が必要なら引き受けるわ‥‥ああ、あそこじゃない?」
臥狼組三番隊組長・檸檬(w2d076)が指差す先に、漸く奉祖の村が見えてきた。
●蠢く漆黒
奉祖の村は遠目には平凡な田園だった。強いて言えば、昼間にも拘わらず往来に人気がないくらいか。
殲鬼の常駐を示唆した紗那王の意見を受け、念の為先発隊が出された。
同行した鹿目の言では、幸い殲鬼はいないとの事。だが、韋駄天足で村を一巡した至高丸は、戻ってきた時心持ち顔色が悪くなっていた。やはり影潜みで村の様子を窺った時乃は、蒼白を通り越し口元を手拭いで抑えている。
2人が口を揃えるには「見れば判る」。それで皆して村に乗り込んでみたのだが。
「‥‥げ」
「うわ‥‥」
最初、それは「黒い壁」に見えた。秋の陽光を受けた土壁は、何故かうねっているかのよう――否、「壁そのもの」が蠢いていると気付いた時、サムライ達は言葉を失った。
一面の蟲、蟲、蟲‥‥1匹1匹は小さな漆黒の地虫。それが何百何千と集まって、ゾワゾワと蠢いているのだ。特に日当たりの良い所や湿気を帯びた場所を好むらしく、南向きの壁や井戸端をびっしり埋め尽くさんばかり。
カサコソと無数の足音が耳に障るのに至っては、「ケモノも1つの命」「無闇に殺すのは可哀想」という正論さえ吹っ飛びそうな生理的嫌悪感を催させた。
「‥‥殺さなくなって余計に増えたんだな、きっと」
「これじゃ外に出られないわね」
孫の手と檸檬が顔を顰めて溜め息を吐く。
「鹿目ちゃん、知ってる蟲?」
「ううん。でも、似たようなのなら」
「どういう奴だ?」
紗那王と識音に促され、鹿目は記憶の底の知識をひっくり返した。
曰く、この類の蟲は樹海の掃除屋で、落葉や生物の遺骸を餌として土に還すのが役割らしい。
「このままだと、この子達も死んじゃうよ」
さしたる餌も無いのに、何故こんなに発生したのか。
「夏の終わりだったかな。村の回りにあった蟲除けの匂い草を、ごっそりやられてからだって」
如何にも殲鬼の仕業臭いよね、と至高丸。先の下調べで聞き出せた数少ない情報だ。
「兎に角、封土を何とかしないと」
双月の言葉に、彼らはまず村長宅に足を運んだ。
「は、はよう、その蟲を殺して下され!」
漸くの助けに安堵した村長だったが、月奈の衣に紛れ込んでいた蟲を目にした時、顔色を変えて叫んだ。蟲への嫌悪と擂鬼への恐怖の板挟みで、相当参っていたのだろう。
現状ではやむを得ないかも知れないが、サムライ達は顔を見合わせずにいられなかった。
「私達は生きる為に他の命を殺し食らわなければならない。しかし、気味悪いという理由では、命を無駄に散らす事にならないか?」
月奈が蟲をそっと指に止まらせて呟けば。
「必要ならば殺すのも仕方ありません。でも、もっと命を尊重するやり方があったのでは」
水鳳がその後を引き継ぐ。現実と理想に隔たりがあるとしても、「蟲=殺す」という構図と封土を壊すべく言葉を探す。
「この村は奉祖っていうんだよな? 祖先の魂を奉る横にちょっとだけ、蟲にも情けを掛けようよ」
「蟲は私達が何とかするわ。だから」
水鳳と紗那王の眼差しに落ち着きを取り戻した村長は、檸檬の言葉に深々と頭を下げた。
「どうか宜しくお願い致します」
「うーん、地下室は無いんだ。じゃ、家から出ないようにね」
山吹が家々を回り村人達の安全を図っている間、サムライ達は蟲集めに勤しんだ。
「殺したい衝動が起こるのは、大量に身近に居るからだもんな」
紗那王の言う通り、人々の目に触れなくなれば「潰したい」という苛々も減じるだろうし、それは封土の解放に繋がる。
「ザックザクって感じだな」
「‥‥嫌な喩えですね」
識音の呟きに水鳳は顔を顰めた。壁の蟲を熊手で掻き落とし袋詰めするのだが、ボロボロ落ちては蠢く様は気持ち良いものではない。
一方、双月は発生原因を突き止める為、殊更集まる所を掻き分けていた。顔には猿の面。手伝いもお面を被っている。
(「傍から見たら奇妙な集団だよね」)
内心苦笑を浮かべる双月だったが、人肌にも敏感な蟲は容赦なく顔に落ちてくるので、お面はつい「ペシッ」とやってしまいたくなるのを防ぐにも効果的だった。
「あった!」
双月が井戸端から引っ張り出した匂い袋に、蟲が群がっている。蟲好みの匂いが村中にばら撒かれているらしい。
(「鹿目嬢ちゃんにゃ、世話になったからな」)
黙々と蟲を集める少女の隣りで、風も蟲回収の手伝いだ。時折、心眼で警戒に当たる。
「っ!」
「嬢ちゃん!?」
突然鹿目が胸を抑え、現れた禍々しい気配に風はハッとなった。同様に警戒にしていた至高丸と孫の手がいち早く駆け付ける。
「俺の縄張りで勝手な事を」
悠々と現れた擂鬼は、岩の如き拳を打ち合わせた。
●慈悲の鬼
「手前ぇか、慈悲深い殲鬼って奴は」
「そうとも」
孫の手の大声に、擂鬼は哄笑した。
「俺は優しいからな。罪深い人間共を飼ってやってるんだ」
「はっ、何を偉そうに」
殲鬼の言い分を識音は鼻であしらい、月奈が挑発する。
「慈しみも悲しみも知らず慈悲を語るとは笑止。所詮は浅知恵。屁理屈を真に受けると思ったか」
「手前ぇのは只の建前なんだよ。俺が本当の慈悲をくれてやる。『死』という慈悲をな!」
「ほざけ!」
孫の手の大地斬を受けても余裕を崩さない擂鬼。氷縛剣に刹那凍らされるも、拘束を打ち破った拳が識音に叩き込まれる。
「くっ」
至高丸と月奈が計ったように同時に足を狙い、そこに掛け声が響いた。
「「鬼門封殺・天神地祇!」」
「ちぃっ」
時乃との合体技が鞘走り、擂鬼が思わず怯む。双月は紫月を突き付けた。
「なら『あなたが村人を殺したら、その罪でサムライに狩られねばならない』と言われても問題ないね」
「うるさいっ!」
「うわっ!」
巨体に似合わぬ素早い擂鬼の拳は、火炎弾を放とうとした紗那王を弾き飛ばした。その衝撃で身体を護る輝きが掻き消える。
「これはどうです!」
「まだまだぁっ!」
水鳳の極められた火炎弾さえ肌で弾き、擂鬼の蹴りが閃く。
癒し手達に回復の暇を与えず、幾人もの攻撃さえものともしない擂鬼。だが、ある瞬間、ハッと狼狽の色を見せた。
「くそっ! 何時の間にっ」
粘り強い戦いの間も蟲は檸檬や鹿目達に回収され続け、漸く封土が綻んだのだ。
「やぁっ!」
この機を逃さず、至高丸は一気に懐に飛び込んだ。擂鬼の顎目掛けて突き上げた刀を一気に横に薙ぐ。
「がぁぁっ!」
封土を喪った擂鬼は脆く――断末魔の叫びに至高丸は血刀を払い笑みを浮かべた。
「一度やってみたかったんだよね、これ」
「他の者に命を奪うよう仕向けた。お前を殺すには十分な理由だろう?」
物言わぬ骸と化した擂鬼を見下ろし、月奈は冷たく吐き捨てた。
匂い袋に誘われ、蟲達は樹海に還っていく。擂鬼が滅びた今、帰り道さえ示せば村に居着く事もないだろう。
「一寸の蟲にも五分の魂。気持ち悪いのは嫌だけど、無闇な殺生は‥‥難しいね」
双月の呟きはこの場のサムライ達共通の感想だろう。
「やれやれ。あいつらも村に来なければ殺されまいに」
「それでも、どんな命も生きたいと願う。無益に殺すものではない」
孫の手と月奈、どちらの言葉も正しい。
ケモノと人間、樹海と国、それぞれ命を全う出来る処がある。その境界さえかき乱す殲鬼に相対する事、それがサムライの役目だ。
蟲を見送ったサムライ達は、奉祖の村人の感謝を背に次の戦場に旅立った。
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