10.『死曜山跡の開墾地』

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 死曜山跡の草木はなぎ倒され、大地には岩が転がり、田畑を拓くには土地を均すことにすら苦労が強いられそうだった。
「人は偉大だな‥‥」
 鍬や鋤で懸命に耕している人々を遠くに見ながら、焔獄の鬣・流禍(w2a358)は呟く。傷ついてもなお立ち上がろうとする力と、その強さに、素直な感動を覚えて。
「そうだね」
 忌魄の片月・華夜(w2a012)は、少しくだけた調子で同意した。−−が。
「うんうん。殲鬼王が眠ってた場所を開拓しようだなんて、気合の入った人たちだなっ」
 天の宿縁を縒り綴りし・ちより(w2b479)が、ひょいと顔を出した瞬間、その微笑ごと余所行きに差し替えられてしまう。流禍は小さく苦笑した。
 揃って、サムライたちは新たな開拓者の振りで、荷物を運ぶ大八車や籠には、日用品に混ぜて武器を隠してある。
「折角、芽吹こうとしている命を、殲鬼は摘み取ろうと言うのだ。何としても阻止しなければな」
 前を行く3人が歩みを止めたのに合わせ、車を押していた蒼天の弧月・鎮女(w2c305)は顔を上げた。
「殲鬼の気配はあるか?」
 絶対障壁・憐獄(w2b077)の問いに、ちよりは「ううん」と首を振る。
「まだ遠いから、開拓してる人たちに混じってるかは分からないけど」
「油断は出来ないな」
 言うと、蒼の氷輪・戒(w2a357)は皆と同じように先の光景を見やった。
 だが、ちよりが胸の痛みを感じることはその後も結局なく、戒の聞き込みでも、それらしい者は浮かび上がらなかった。
「仕事だぁ〜っ!」
 カケラ80万個相当の・豆柴(w2a435)は、早速、鍬を持って荒れ野へ飛び出して行った。
 遠ざかる小さな影がドタリと転んだのは‥‥、シノビ族のボケらしい。笑って見送った伝説の猛虎仮面・孫の手(w2b894)も、ほっかむりに野良着姿で準備万端。説明と聞き込みに向かった流禍と戒の報告を待ちながら、あばら家を建てる憐獄を手伝い始めた。
 何しろ、ここは十数人が集まっただけの出来かけの集落。そこに同数に近いサムライが来たのだから、寝泊りの場所が絶対的に足りない上、昼間を索敵に費やす仲間たちには休む場所が必要だ。昼過ぎから作業して、雨風がしのげる場所が出来上がったのは日暮れ近く。
 その間、華夜は式神の犬を放ち、余所者の匂いを探し辺りを警戒させていた。空を行くのは鷲の式神。呪の効果が切れ、1つ、また1つと消えて行く頃、遠くで犬の遠吠えがした。
「‥‥っ?!」
 少しだけだが、用意してきた食材で炊き出しの準備をしていた華夜は、ふと手を止めた。けれど、いくら待ってもその後の反応がない。
「‥‥消えた?」
 それとも『消された』のか。華夜は判断に迷う。それに‥‥。
 式神符で生み出した小動物は、効果が切れれば消えてしまう。もしもそれで、サムライが居ると知られてしまったのなら?
「仕方ないだろ、不可抗力だ」
 報告を聞いての戒の言葉に、皆は頷いた。元々、殲鬼が何人現れるかも分からない状況なのだ。必要な索敵の結果なら仕方ない。
「夜の見張りは‥‥頑張りますから」
「ああ、頼む」
 そう返す鎮女をはじめ、孫の手、憐獄、戒といった面々は、夜は先に休息を取る予定だ。豆柴だけは、昼間と変わらぬ元気さで夜の警戒にも立候補していたが‥‥。サムライとは言え10歳のお子様が、労働後にどれだけ夜更かし出来るかは疑問である。
「おまえも先に休んでおいた方がいいぞ、豆柴」
 憐獄は微笑ましいと言うように笑いながら、やる気満々の豆柴を抑えた。
「ええ〜っ? ダメ?」
「駄目」
「こっそり起きてるのも駄目だぜ。遠足じゃなねぇんだからな」
 孫の手にまで念を押され、反論出来ない豆柴は「あう〜」と小さな唸りを上げた。その夕べ、真夜中を待たず睡魔の誘いに陥落してしまったのは、豆柴のちょっとした秘密である。

 あばら家の集落から少し離れて、ちよりは大木の根元にじっと座り、暗闇の中を注視していた。細々とした道を少し外れた場所である。
 暖かい火澄州とは言え、夜風は秋に染まって冷たい。外套の襟をかき寄せた彼に、同道していたイズナの・必の腕が回される。
「平気だよ」
 子ども扱いに思えて意地を張るちよりに、「そうか?」とだけ返した、必の腕が外されることはなかった。
(「まあ‥‥、別に、いいんだけど」)
 ちよりの心の中の呟きは、人肌の心地良さに負けて尻すぼみだった。
 一方、集落の中で奇襲に備えるのは流禍と華夜。夜更けまでの警戒を受け持つ彼らは、集落の両端に散り、あばら家の陰で周囲の物音などに気を配っていた。荒れ果てていたお陰で、虫の音が少なかったのは幸いだったかもしれない。
 パチリ‥‥。
 小枝を踏んだような音が、流禍の耳に微かに響いた。
(「‥‥気のせいか?」)
 流禍はじっと気配をうかがい、暗闇の中に何者かの姿を探した。
 切羽詰った華夜の叫びは、その直後。
「流禍! 火矢ですっ!」
 敵の姿はまだ見えないが、集落の程近くから飛来する火矢は、華夜の位置からハッキリと確認出来た。更にちよりの笛の音が響く。機を合わせて2人の殲鬼がやって来たのだ。
「くそっ!」
 毒づくと、休む鎮女たちに敵襲を知らせて住民の避難を任せ、流禍は憐獄と共にちよりの援護に向かった。
「殲鬼だーっ! 殲鬼が来たぞ!!」
 孫の手の大声と、きな臭さに異変を感じた人々が、わらわらと惑い出てくる。
 元々、みすぼらしいあばら家だが、この地にすがる者たちにとっては数少ない財産。それに次々と火がかけられて行くのに、あるものは恐れ戦き、ある者は呆然と立ち竦んでいた。
「さあ、早く!」
 鎮女は叫ぶと、彼らを何とか一箇所に集める。
 優先して開拓者たちに護りの雫をかけていく彼女と孫の手の前に、殲鬼が立ちはだかった。見かけは猿だが、捻れた角が何よりの証。「シャッ」と笑った口から覗く歯列を割り、馬鹿にするように舌を出した。
「やはり居たか、サムライめが!」
 言いざまに繰り出される火炎。扇状に広がるその攻撃に、割って入る豆柴と戒を加え、サムライたちは開拓者の盾となる。
「くっ‥‥!」
 初撃を堪えながら、豆柴はハッとする。
(「こっちは燃えるわけじゃない!」)
「ひいいっ!」
 しかし、人々に与えた効果はてきめんだった。傍らでは焼け落ちる我が家。火炎は、視覚から恐怖を煽ったのだ。
「助けてくれ! 焼かれるっ」
 恐慌状態になり、我先にと逃げ出そうとする人々を、鎮女と孫の手が必死にまとめる。隠れる家もなく、バラバラに散られてしまったのでは、サムライたちが不利になるばかりだ。
「小細工をしたようですね!」
 同じくその策略に気付いた華夜は、横合いから殲鬼の足元へ鋭刃符を放つ。それが回避されたと見ると、間合いを詰める豆柴に合わせて呪縛符を追加した。
「ぐう‥‥っ!」
 呪縛が効いたのを、豆柴は見逃さなかった。
「食らえ〜っ!」
 彼の高められた闘気が荒鷹に纏いつき、天狼を思わせる姿をとる。鋭い剣閃が殲鬼を薙いだ。
「まだだっ!」
 血を流しつつも、呪縛を逃れた殲鬼は双刀を抜き払う。しかし、続く戒の流水剣を避けきることは出来なかった。極みの攻撃は左肩口を抉る。
 そこまでの手負いとなって、殲鬼の動きが鈍ってくる。開拓者たちを襲おうと回り込んだところを、一気に呪符を繰り出した華夜の攻撃に捉えられた。華夜自身にも反動が来るが、そんなことに構っている余裕などない。
 ギリと歯噛みするその音が聞こえてくるような形相で、深手を負った殲鬼は、今一度、火炎を使おうとする。
「させない!」
「もう一丁だ!!」
 1番近くにいた戒が両断剣でその腕を斬り落とすのと、豆柴が再びの天狼剣を見舞うのはほぼ同時。あくまで開拓者たちを標的にしたのが殲鬼の誤算。
 断末魔はちよりたちの耳にも届いた。

「チ‥‥ッ! やられたか!」
 ちよりたちに足止めを食らっていた殲鬼は、耳に届いた仲間の声に眉を寄せた。
 必と協力したちよりの一撃離脱の牽制、斬れば斬る程に力を増して返って来る流禍の攻撃、そして鉄壁を持つ憐獄。どれもが、殲鬼としてもすぐに片をつけるには難があり、こちらの戦いは長引いていた。
 砕魂符が効けば一発なのだが、そう上手くは行かない。ただ、必と憐獄が韋駄天足を使える分、若干、サムライたちが押し気味であったのは確かだ。殲鬼の方が格が上だったが、速さについて来られないのが弱点だろう。
 ちよりの呪縛符が効くのと連動し、流禍は幾度目かの両断剣を繰り出す。
「いい加減、倒れろっ!」
 防御力が強いのは既に承知している。攻撃を無効化されたのも数度。だが、数ならばサムライたちに分があるのだ。苛立ちを二刀に変えたように、流禍は鋭さを増した攻撃で斬りつける。
「く‥‥っ!」
 苛立っているのは殲鬼とて同じ。このままでは使命を果たせない。
 呪縛は何とか解いたものの、その焦りが生んだ殲鬼の隙に、憐獄は大地斬を放つ。極められた攻撃は、殲鬼の防御をかいくぐり、袈裟懸けの傷を置き土産にした。
「さすがに効いてきたようだな」
 憐獄は、少し弾む息を整えると流禍を見やり、頷き合う。ここでたたみかけるのが得策だろう。
 同時の攻撃に、殲鬼が狙いを定めたのは流禍。大剣は火炎を纏い、流禍の右腕を大きく切り裂いた。返す刃で更に胴を薙ぎにかかった殲鬼だが、憐獄の力強い一閃に邪魔される。
「好き勝手すんなや!」
 プッツリいったように声を張り上げると、ちよりは最後の砕魂符を投げ付けた。
「効けぇーっ」
 その願いを乗せて。
「ぐは‥‥っ!」
 堪え切れず、殲鬼は膝をつく。その首を、流禍は左手の流水剣で斬り落とした。

 負傷した開拓民を癒し終えた頃、空が白み始めた。やがて昇る朝日が一日の始まりを告げるように、また出直しとなったこの地も、いずれは栄えるだろう。
 もしかすると、死曜山の欠片とともに、サムライの活躍が語り継がれて行くかもしれない。


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