12.『多々良』

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●陽動
 良質の砂鉄が取れることで知られる多々良の村は、夜那瀬有数の鉄の産地である。
 また、刀などの加工技術にも優れ、夜那瀬の国の守備兵たちの装備に標準採用されているほどである。だが、最近殲鬼蝕竜(しょくりゅう)がこの村に現れ支配下においたことにより状況は一変した。
 町の人間は強制労働に従事させられ、指導者である更科(さらしな)は蝕竜に掴まっていた。
 そして、その更科が今日処刑されることを迦煉は予知した。しかも村人を全て皆殺しにし、更級に無力感と無念さを植え付けた後にである。
 しかし、蝕竜は強敵であり配下の殲鬼が二体もいる。サムライたちはこの強敵を前に、いかに村人を救出するかを思索するのだった。

「更級よ、見ろ。お前の守ろうとした村人たちが殺される様を!」
 村の中央にある巨大な製鉄所の前では、巨大な竜の如き殲鬼蝕竜が磔にした更科に村人の抹殺を宣言した。連日の強制労働で疲れ果てていた村人たちに顔に、
「馬鹿な! お前、この村を支配した時自分に従えば命は保証すると‥‥」
「残念ながら、気が変わってな。もうこの村に飽きたのだよ。怨むなら、約束を破られても何もできない己の無力さを怨むがいい」
 哄笑を上げる蝕竜に更科は唇をかみ締めた。配下の殲鬼たちが主の命を受けて村人に迫った。
「ひでぇことしやがる‥‥」
 鬼面仏手の整体師・孫の手(w2b894)と共に、護りの雫の合体技空蝉哀姿を仲間たちにかけていたセンシ族の癒し手・毘沙門(w2b202)が蝕竜の非道なる行いに怒りを覚えた。
「早く動かないとやばいかもしれへんね」
「合図を待つしかないだろうな」
 護りの雫だけでは全員に防御障壁を展開できないので、蝕竜と直接正面から戦うことのなさそうな者たちには冥剣絶技・鳴神(w2a129)が武の城壁を使用する。だが、蝕竜の攻撃の苛烈さから考えれば、これですら足りないかもしれない。
「早く合図がこないかな」
 愛剣魔眼剣を手に覇道の斬奸剣士・絶(w2b442)はうずうずしていた。これが初の実戦投入である。恰好の試し切りの機会であろう。そんな彼と自分に剣神の領域をかけながら白銀の氷月・鈴乃(w2a937)も突撃の機会を伺う。  
「一気に勝負を決める必要がありますね」
「さぁ、村人たちを処刑しろ!」
「止めなさい!」  
 更科の静止の言葉も空しく、配下の殲鬼たちが武器を振り上げた。
「そこまでだよ!」
 その時、製鉄所の上から鳴子の音が一度だけ鳴らされた。熾焔の楽師・叉那(w2c103)による作戦開始の合図である。それを聞いて悪戯っ子・莉里(w2b489)が駆け出した。
「行くよ! 職竜!!」

●人質の救出
「あれ? またキミか〜。あっ、そういや前からずっとキミに聞きたい事が有ったんだよね。ねぇ、ザルヴェングルっていつ復活すんのさ? まさか、あんだけ言っといて復活しないなんて事は無いよね? ねぇいつ復活すんの? ねぇねぇねぇ」
「‥‥お前はあの時の‥‥。まさかサムライが来たのか! いかん、早く村人を‥‥!!」
 莉里を見てサムライの存在に感づいた蝕竜は、急ぎ配下のものに村人を殺させようとした。しかし、その時には既にサムライたちが動き出していた。
「行くぞ、潤信、雷慎!」
 三守士の兄弟たちに指示を下しながら、物影に潜んでいた風守の忍者・嵐(w2b651)が高飛びによって蝕竜の頭上を跳躍した。その隙に韋駄天足によって間合いを詰めた空守の天剣士・雷慎(w2b733)が殲鬼を斬りつけた。
「やらせないよ!」
「村人は私たちが守る!」
 土守の拳闘士・潤信(w2b433)がもう一体の殲鬼の前に立ち塞がり、着地した嵐が手裏剣を投げつけた。
「今の内に早く村人を連れ出すんだ!」
「よし、ここは俺に任せろ!」
 殲鬼たちが嵐らに気を取られている事を確認して、紅蓮の疾風・龍鬼(w2b681)が村人の救出を開始した。
「皆、頑張って! 私たちが守るから!」
 そよかぜの・かすみ(w2a283)が月の輝きを使用し、村人たちを癒した。しかし、月の輝きは傷を癒すだけで体力の回復までは行なえない。逆に、殲鬼たちが傷を回復してしまい逆効果になってしまった。
「しまった!?」
「何やってんだ! とにかく行くぞ!!」
 今は失敗を悔やんでいる時ではない。龍鬼とかすみはひとまず村人を逃がす事に専念することにした。その間の時間稼ぎとして叉那がありったけの呪縛符を叩き込み、外法術師・文月(w2a874)に指示を下した。
「文月さん!」
「‥‥わかっています‥‥」
 黒翼飛翔を解除してその場に降り立った文月は小蛍符を放ち、蛍たちに時間稼ぎを行なわせた。しかし、輝神装甲を使用した蝕竜には蛍の衝撃波も叉那の呪縛符もまったく効果を発揮しなかった。
「ええい、今一歩というところで‥‥! ‥‥かくなる上は!!」
 蝕竜は巨大な口を開け、逃げ出していく村人たちに火炎を吐きかけようとした。そこへ製鉄所の上に昇った駆逐戦姫・阿賀(w2b932)が刀を構えて跳躍、蝕竜の後頭部めがけて全体重を乗せた突きを放とうとした。
「賢しいわ!」
 だが、それを感知していた蝕竜は自分に向かってくる阿賀に対し火炎を吹きかけた。
「‥‥‥‥!!」
 超高熱の炎の直撃を受けて、阿賀は地面に落下した。受身が取れなかったため着地時にかなりの衝撃を受けてしまい、すぐに立ち上がることができなかった。
「無理すんな!」
 慌てて駆け寄った毘沙門がすぐさま癒しの手を施す。見えない障壁が展開されていたから良かったものの、直撃を受けていたら即死だったかもしれない。傷が重くすぐには回復しない。二人をまとめて攻撃しようと蝕竜が口を開いた時、今度は天幻の剣士・美虎(w2a335)がその前に立ち塞がった。 
「おっと、次はあたしが相手だよ!」
 羽織っていた黒鴉のマントを顔に投げつけ、視界を封じた上で彼女は雷鳴剣を叩き込んだ。雷撃を帯びた斬撃はしかし、輝神装甲による輝く鎧に一部亀裂を入れただけであった。
「下らん!」
 強烈な尻尾の一撃で美虎を跳ね飛ばし、
「こっち、こっち〜♪」
 アサガオ寮の黒虫夫婦を見ててたまたま思いついた(本人曰く編み出した)合体技黒蝿走法によってジグザク方向に走る莉里を、蝕竜は火炎陣の炎で焼き払った。孫の手と共に使用したこの韋駄天足の合体技により火炎陣の炎も回避する自信があったようだが、生憎火炎陣の炎は広範囲に効果を及ぼす。それを回避するのは難しいだろう。
「すばしっこい事、黒虫の如く、鬱陶しい事、蝿の如し走法が‥‥。無念」
 パタリと倒れる莉里。蝕竜の苛烈な攻撃によって、次々とサムライたちの見えない障壁が打ち砕かれ傷を負っていく。鳴神が舌打ちしながら武の城壁を再度展開した。
「ちっ! 攻撃が激しすぎる!!」
 殲鬼王が滅び、力が弱まっているはずだがそれでも強力な事に変わりない。しかし、更科を救う時間は十分に稼ぐ事ができた。孫の手は更科を磔より開放し、急いで戦線を離脱していた。
「もう少しの辛抱やからな、更科ちゃん」
「坊や、あたしをちゃんづけ呼ばわりするのは十年早いよ」
 孫の手にでこぴんを食らわせながら、彼女は自分を早く降ろすように指示した。
「何言ってんだ、安全な場所まで行かな‥‥」
「わたしなんかより仲間の心配をしな。皆あの殲鬼に苦しめられているじゃないか」
 更科の言葉通り、サムライたちは職竜の苛烈な攻撃に苦しめられている。救助に戦力を裂いている今、囮を務めているサムライたちの負担はかなりのである。癒し手である孫の手の力は確かに今重要である。更科は彼に叱咤した。
「さっさと行きな! 時間がないだろ。あたしは大丈夫さ。心配するんじゃないよ」

●女傑の証明
「この前の続きをしようか!!」
 炎獄剣を持ってして、絶は蝕竜を斬りつけた。攻撃を防いだ部分の鎧が砕け散る。絶の障壁も炎獄剣の反動によって破壊された。
「小僧の分際で!!」
 無防備になった絶の腹に火炎弾を叩き込む蝕竜に、今度は鈴乃が氷柱衝により氷の柱で串刺しにした。また、鎧が一部砕けていく。
「これ以上好き勝手はさせません!」
「村人はもう抜け道から逃がした。更科の心にはもう希望以外の感情は入らない。残念だな」 
 毘沙門が仲間を癒しながら、蝕竜はそれを一笑に伏した。
「戯言を‥‥。仮に村人が逃げ出したとて、貴様らを皆殺しにすればそれで済むこと!」
 火炎陣が放たれ、毘沙門は炎に包まれた。しかし、今度は回復が終了した阿賀が流水剣を、更に美虎がカスミ斬りで斬りつけた。
「あたしたちを忘れてもらっては困るよ!」
「あたしたちもね、鳴神!」
「おう!」
 叉那の召雷光と共に、鳴神が大地斬を叩き込んだ。倒しても倒してもサムライたちは立ち上がって自分たちに立ち向かってくる。夜那瀬の町の襲撃時と同じような脅威に蝕竜はとらわれていた。
「お、おのれ! つけあがりおって!!」
 彼らに火炎の息を吐きかけやっと迎撃が終了したかと思えば、今度は村人を無事安全な場所に誘導した龍鬼とかすみまでもが駆けつけてきた。
「みんな大丈夫か? 村人は安全な場所に避難させたから安心しろ!」
「今度こそはしくじらないんだからね!」
 流水剣と鋭刃符が蝕竜の体を切り裂き、輝く鎧の全身に亀裂を入れる。もはや蝕竜は自分が完全に追い詰められていることを認めざるを得ない状況に追い込まれていた。この前といい、今回といい自分よりはるかに矮小な存在であるはずの人間がなぜこれほどの力をもち得るのか。
「信じられん!? 一体貴様らは何なのだ!!」
「まだ、僕は負けていない!」
 もはや自分の身を守るものはないが、絶は気力を振り絞り炎獄剣を蝕竜の体に叩き込んだ。剣神の領域により高まった闘気が絶の力を高める。己も高まった反動で衝撃を受け吐血したものの、彼の一撃は見事に蝕竜の鎧を打ち砕いた。
 そして、配下の殲鬼を撃退した嵐が潤信と共に蝕竜の前に立ち塞がる。
「これで終わりにするぞ、潤信!」
「ええ、兄者!」
「「天地神明掌」」
 二人の繰り出した拳が蝕竜の体に突き刺さった。後方に吹き飛ばされる蝕竜。
「ぐぉぉぉぉぉ!? お、おのれぇぇぇ!!!」
 だが、蝕竜はまだ死んでいない。完全に自分の敗北が決定した今、この地に残る必要性はどこにも無い。忌々しいが今は撤退するしかないと判断した蝕竜は、翼をはためかせてこの場を飛び去った。流石に激戦による負傷でそれを追撃する余裕はサムライたちに残されてはいなかったが、見事多々良を殲鬼を解放することに成功するのだった。

「皆、よく頑張ってくれたね。苦労をかけてすまなかった」
 戦いが終わり、無事村を逃げ出していた村人と再会した更科は彼らの労を労った。人々はまったくそんなことを気にせず、彼女の無事を感謝した。どうやら彼女は非常に慕われているらしい。
「さぁ、皆。殲鬼のせいで納期が大幅に遅れてしまった。さっさと製鉄を開始するよ。ああ、あんたら元気になったんだね、ちょうどいい」
 傷の癒えたサムライを見て、彼女は満足げに頷いた。それに嫌な予感がした孫の手が問う。
「何がちょうどいいんや?」
「あんたら、ガタイに自信はあるんだろ? なら、ここで少し製鉄の作業を手伝っていきな。何、ただとは言わないよ。後で何かくれてやるからさ」
「ほんと!?」
 実際にたたらを踏んでみたかった美虎を別として、他のサムライたちはげんなりした。あれだけの激戦を繰り広げて疲労したというのに、また重労働させられるのか。
 だが、そんなことなどお構いなしに話はどんどん進んでいく。
「よし、それで話は決まったね。じゃあ、早速炉に火をくべて貰おうか。ああ、女はたたら踏みだよ」
「ち、ちょっとまだいいと言ったわけじゃ‥‥」
 さしもの悪戯好きの莉里すら自分のペースに巻き込み、どんどんと更科はサムライに作業を分配し始めた。それを見て鈴乃は苦笑するのだった。
「これが、姫巫女様の言っていた女傑の由縁なんですね」  

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