13.『隔離島』
============================== ●森の住人 どんよりと空模様のこの日、風凛州のある島に一つの集団が到着した。そう、この島にある村を救出に来たサムライ達である。彼らは道らしき物も何もない生い茂る森の中へと、足を進めて行った。彼らが進んで間もなく、周囲からけたたましいまでの雄叫びが木霊してくる。雄叫びは前からも後ろからも、右からも左からも響き、サムライ達が取り囲まれている事を否応無しに自覚させた。 「こりゃあ、また随分と盛大なお出迎えじゃん」 姿の見えない威嚇者にも怯む事無く、鬼面仏手の整体師・孫の手(w2b894)が軽口を叩く。 「ああ、これは遣り甲斐があるというものだな」 ラセツの狂剣士・利兵(w2d28)が大鎌を手に森の奥へと踏み込んで行く。ケモノは木の上でキィキィと甲高い雄叫びを上げるものの、本能でサムライの力を悟っているのか一定間隔を保ちつづけて姿を現わそうとはせず、攻撃は石や木の実などを投げつけてくるだけだ。そんな様子に残る二人が小声で囁き合う。 「なんだ、臆病猿ばかりじゃん。これなら直で村に行っても全然楽勝だったンじゃねぇか?」 「ダメよ。もし殲鬼がこちらの目的が村の救出だと知ったら、村にケモノを嗾けるわ。ここにいるだけでも相当な数だもの、どれだけ私達が頑張ったところで村人への被害は否めないわよ」 「チェッ、そうか」 緋の忌月に埋もれし贄・毘那忌(w2b409)に窘められ、孫の手は思わず舌打ちする。 「どうする。向こうが手だししないのでは、少し予定が狂う事になるが」 「なら、出来る限り暴れて、サルどもの気を引き付けるだけじゃん」 二人の下に戻ってきた利平に、孫の手が微笑と共に言った。 却説、彼らがケモノ達の注意を引き付けている間に島にある唯一の村に、三人組が姿を見せていた。商い人さながらの格好であるこの三人、村についてまずは情報を集めようとしたのだが、彼らの姿を目にした途端、村人達は自分の家へと引き籠もって出てこなくなってしまった。余所者がこの村に来なくなって久しい昨今、部外者の存在は珍しく、一目で判る為村人に変装しての潜入はまず不可能。同時にこの事がケモノに知れる事となれば、村が襲われるかもしれないという恐怖感が村を包んでいた。結果、情報収集を断念して真っ直ぐに村長宅らしき家へと向かった次第だ。当然、ここでも商い人に扮したサムライ達は歓迎されないが、相手はサムライ。無碍にも扱えなければ、もしかすれば現状を打破してくれるかも知れないという淡い期待もあり、微妙な立場であった。 「生贄には、彼女が変わってなります。あなた方は我々が殲鬼を倒すまでの間、万が一にもケモノが襲撃を仕掛けた時に備えて、家々の扉を硬く閉じておいて下さい」 御庭番・神無(w2d208)は村長にそう宣言した。 「大丈夫。ボクらが殲鬼をやっつけるんだもん、直ぐに村は平和になるよ!」 「そうよ。私達がきっとなんとかするわ」 青蛾月の刻唄紡ぎ・れちこ(w2d479)とマドウ族の戦巫女・多恵(w2c394)の二人も、村長を励ますようにそう声を掛けた。 「必ず、成し遂げてくだされ‥‥」 失敗すれば、村の被害は甚大となるだろうという事を覚悟しながらも、村長はこのままでは終わる事が無いであろう恐怖の日々に、僅かな希望を抱き声を絞り出すのだった。 ●お猿の籠屋 夜半、生贄台に簡単な変装を施したれちこが腰を掛けていた。生贄は村でも籤にて決定されており、ケモノより指示がある訳ではない。つまりは子供であれば誰でも良いのとも言える為、彼女が代わりになる事はサムライの存在を知った殲鬼やケモノの怒りを買うやもしれぬ、という点以外では何の問題も無かった。村人は神無の指示するまでもなく、従来から生贄を差し出す際には誰も家々から出る事は無かった。 「では、行くと致しましょうか」 数匹の猿ケモノが現れ、一匹がれちこを担いで浚っていくのを確認すると、ひたすら身を顰める事に徹していた二つ銀尾の・燈艶(w2b621)が追尾を開始する。相手は流石に猿、地面を走る事もあるが、木の枝々を渡り進んでいく事もある。そうした相手を悟られる事無く追尾するのは忍者の神無でも困難であり、シノビ族の忍者である彼女だからこそ成し得る芸当と言えた。暫くして彼女が到着したのは、小さな池の畔である。否、池ではない、湯気立ち上る温泉である。二〇は越えるであろう猿ケモノが集まり、温泉に浸かり、回りで遊んでいる。れちこを担いだケモノは温泉の中へと歩を進めて行く。 「ぅ、うえ〜ん‥‥怖いよう!」 本気なのか、演技なのか、様子を窺う燈艶にも判断が付かぬ様子で、れちこはケモノの肩で泣き喚き暴れているのだが、ケモノの力はそれを押さえつけていた。 「他の二人はまだで御座いましょうか?」 ケモノの向かう先に殲鬼がいるだろう事が充分に予測出来るだけに、燈艶は焦りを覚えずにはいられなかった。彼女はここに来るまでに目印を付けながら進んでいる。残る二人はそれを頼りに来る筈だった。 「今宵のエモノは元気じゃな」 嗄れた声が聞こえると、燈艶が視線を流す。湯気に隠れて見えないのだが、間違いなく殲鬼であろう。これ以上は待てないか、と鞭『朧・改』を握り締めた時、ようやく残る二人が到着した。 「様子はどうなの?」 「殲鬼が温泉の中にいるようで御座います」 多恵の問いかけに、燈艶が応じる。 「行きましょう」 言うが早いか、神無が踊り出す。続いて残る二人も姿を露わにした。と、同時に殲鬼の声が響いた。 「ぬぅ、この場にサムライがおるのか!?」 まだ姿が見えていない筈のサムライ達の存在に気付いた殲鬼は、危険を察知すると一目散にこの場から逃げ出したのだろう。バシャバシャと水音が派手にする。 「そう簡単に逃すかっ!」 ここで逃げても、殲鬼が島を離れなければ村は何れ殲鬼に指示されたケモノに襲われるのだ。しかも殲鬼は警戒心を強めるであろうから、今を逃せば殲鬼を討てる機会が大幅に減少するのはまず間違いなかった。神無は当初の予定通り、武神力を使い高飛びで跳躍して月の輝きを使用した。その明かりを頼りに囮役の仲間を来る事を期待したのだ。しかしそれほど強烈な光が発せられる光ではない、木々で遮られたこの島で、果たして離れた所に仲間にまで届いたかは疑問の残る所だった。燈艶の投げた手裏剣が逃げる殲鬼の背に命中するが、殲鬼はそれさえもお構いなしに素早い身の熟で逃亡を図る。さもありなん、湯気で判らなかったその姿が逃亡を図った事でサムライ達の目に晒されたのだが、それは巨大な猿といった風体であった。 「ここは多恵が何とかするわ。早く殲鬼を追いかけて!」 殲鬼の追撃を妨害しようとするケモノ達の前に癒しの杖を握る多恵が立ち塞がると、火炎弾を放って仲間を援護して見せた。彼女の援護を受け、残りのサムライが殲鬼の追撃を始める。だが向こうは元々が猿の上にこの地を知り尽くしている事もあり、距離は一行として縮まる事が無かった。だが、殲鬼は一つの過ちを犯した。殲鬼の逃亡した方角には、囮役のサムライ達がいたのだ。元々神無の光を僅かにながら木々の狭間から捕らえる事の出来た彼らは、ケモノ達の妨害をかいくぐりながら先へと進んでいた。殲鬼の接近に対して仲間の支援も受けて毘那忌が殲鬼退治に向かう、韋駄天足で距離を詰めると立ち塞がると刀を振るう。 「ケモノども、戦え!」 殲鬼の怒号が響くと、木々の上にいたケモノ達が飛び降りてくるが、孫の手がすかさずに刀『夜半の寝覚』を抜刀すると、氷縛剣で片っ端から凍り付けにしていく。 「てめぇらは大人しくしてやがれ」 「ケモノ達は気にせずに戦え」 利兵が『死鎌カマイタチ』を薙払いつつ、他のサムライ達へと声を掛ける。 「死ね死ね死ね死ね!」 「人に仇なす殲鬼など‥‥消してやるわ」 狂気にでも駆られたかの様に叫んで攻撃を仕掛けてくる殲鬼に対し、『雌雄両刀』で迎撃に入る。左の刃で殲鬼の拳を払うと、懐へと飛び込んで右の刃を下から斬り上げる。 「ぐおおおおお!」 激痛に吼えながらも、殲鬼は退こうとする毘那忌の腕を掴むと、もう一方の手で彼女の頭を叩き付けた。が、間一髪の所で間に割って入った闇を纏う復讐の刃・龍鎧(w2b421)が、無敵鎧により硬化した腕でその攻撃を食い止めた。 「毘那忌姉様に触んな」 その間に、間合いを詰めた神無が刃を鍔近くまで深く突き立てる。更に彼が横に飛び退くと、彼に続いていた燈艶が武神力によって強化された五本の指を殲鬼の脇腹へと食い込ませる。 「これで、終了で御座います」 肝砕きが致命的一撃となり、殲鬼は永劫に沈黙した。 戦いの後、ケモノ達は森の中に散り散りとなって逃げ去っていた。元々殲鬼が猿山の大将となり支配していた群だけに、それが死亡すれば群としての機能を消失したのだろう。時間が経過すれば再び群は形成されるやも知れぬが、頭となるのが殲鬼でなければ今までのような事はないと思われた。 殲鬼を倒した後に、利兵を始めサムライ達が浚われた子供達の探索を行ったが、件の温泉付近に子供用の着物が転がっているだけであった。 「‥‥希望を捨てず諦めないで下さい‥‥精霊、姫巫女様は見ている筈ですから」 孫の手の提案で子供達の供養を行った後、いよいよこの地を去る時に神無は村長にそう言った。 「大丈夫よ。温泉がこの村と他の村の交流をきっと盛んにして、村を平和にしてくれるわ」 村の復興の手伝いを考えていた毘那忌は、ケモノ達が使用していた温泉の事を耳にすると、それを村興しに使う事を思い付いたのだ。そしてこの地を離れたサムライ達は、ここの温泉の事を他の者にも触れ回ったのであった。 ============================== |