17.『【狸親父の事件簿】結婚の理想と現実』
============================== ●不仲な夫婦、大募集 姫巫女から知らされた村は、いわゆる「寒村」だった。一番近い町まで歩いて半日、往復で丸一日。収穫を終えた田の広さや、家の造りから考えると、さほど貧しい村ではなさそうだが、娯楽というものはなさそうだ。 さて、そんな村に、妙な「お触れ」が出た。 「姫巫女様の所に、この村から匿名で『伴侶に対する愚痴を書き綴った手紙』が届けられた。それを目にした姫巫女様が直々に『足元の幸せも守れないサムライに世界を救えるはずがない。この不満を解消してきなさい』という命令を出し、サムライを遣わせた。この際、手紙の主だけでなく、まとめて面倒みたいので、村中の夫婦者に集まってもらいたい。なお、サムライによって『一番どうしようもない夫婦』と認定された者には、姫巫女様から金一封が出ることになっている」 ‥‥デタラメもいいところである。しかし、重ねて言おう。この村は寒村である。姫巫女やサムライについて、十分な知識はない。だから、こんな嘘も簡単に信用されてしまった。ちなみに、このお触れ。センシ族の鬼道士・凱(w2c138)が考えた原案に、鬼面仏手の整体師・孫の手(w2b894)が手を入れた合作である。 「さあ、これで集まるかな? できれば、欲求不満の人妻とか‥‥」 デヘデヘと下品な笑いを浮かべるシノビ族の外法術師・桔根(w2c122)の腰の辺りに、天下御免の向こう脛・夏岳(w2d747)が回し蹴りを入れる。 「いいからキリキリ働くっ。村長さんが協力してくれるったって、全部任せるわけにはいかないよ」 夏岳に引きずられて行く桔根を見送り、微風の雫・これっと(w2a172)は小さく首を傾げた。 「わたしは、一軒ずつ回って、一番不満を持っていそうな夫婦さんを探してみるわね。でも、それって、一番愚痴が長い夫婦さんでいいのかしら?」 この辺り、独り者の多いサムライには分かりにくいところがある。それでも、これっとはまだいい。年頃の女性であればこそ「女の直感」が期待できる。それが期待できない者は‥‥。 「猫りゃんは、村の子と遊‥‥ではりゃく、お話するんやよ〜♪」 優良食材暗殺者・猫子猫(w2d354)は、袋に詰めたドングリを抱え、地面に棒で絵を描いている子供達の所へ走る。ドングリは、子供達から「ネタ」を引き出す餌だろう。 シノビ族の天剣士・鳴速(w2b564)も、子供相手に話を聞くという。 「近所の人にも言えない不満とか、子供だったら聞いてるんとちゃう?」 お前にできるのか、という疑惑の眼差しを浴びて、鳴速はヒルコの少年を指さす。 「大丈夫。わいは話、上手くないけど、そこんとこは未幸に任して‥‥」 「背負ったまま韋駄天足だけはイヤです」 鳴速は、少年の肩をガシっと掴む。 「今回は山道じゃないから、怖くないって」 きっと過去に何かあったんだろうなあ。そう思いながらも、サムライ達は、深く追求しないでおくことにした。 「では、始めるとするかのぅ?」 シノビ族の忍者・与平の言葉が合図となり、村人達の愚痴を聞きながら「ちょっときいてよ おもいっきり生討論」(命名者、夏岳)に誘う活動が始められる。居竦の人斬り・ふぁれる(w2a210)は、無言のまま、これっとの後に従う。それを見て孫の手が、本人には聞こえないように小声で言う。 「ふぁれるのヤツも『愚痴聞き役』か? 似合わねぇ〜」 凱は、独り言のように答える。 「いや、これっとの護衛だろう。かみさんに不満がある旦那の前に、あんなかわいい娘が現れてみろ。何されるか分かったもんじゃないぞ」 そして、二人は深く頷くのだった。 ●男と女の間には‥‥ 「討論会」が始まる夕刻には、村の夫婦の大半が村長の家に集まった。娯楽に乏しい寒村のこと、ちょうどいい催しだと思われたようだ。 また、勧誘活動を通じて、特に不満が大きい夫婦も何組か特定できた。その中の誰が、最も大きな不満の持ち主かまでは分からなかったが、皆、自発的に、あるいは人に誘われてここに来ている。サムライの目の届く範囲にいれば問題はない。 ただ、さすがに、事前に全ての夫婦に当たることはできなかった。彼らが全員、この場にいれば問題はないのだが‥‥。念のため、これっと、ふぁれる、鳴速が引き続き、居残っている夫婦の様子を見ることになった。 ここで、猫子猫の姿が見えないことに気付く。 「うーむ。子供達と一緒に遊びに夢中になってるんじゃないかのぅ? 親がここに集まっとるんじゃから、子供達も、いいように遊んでおるんじゃなかろうか? まったく、世話が焼けるのぅ」 与平が重い腰を上げる。実際のところは、自分だって十分「世話が焼ける」のだが。 ともあれ、こうして残ったサムライ達の前で、「おもいっきり生討論」が開幕したわけである。 最初のうちこそ遠慮がちだった村人達だが、酒が回るにつれ、日頃の鬱憤が吹き出し始める。 「大体ねぇ、男なんて、ロクに働きもしないで、酒ばかり飲みやがって‥‥」 「なんだとっ!? 仕事の後の一杯にまで、文句付けられる筋合いはねえっ! てめぇこそ、おいらが外で働いてる間、ぐぅぐぅイビキかいて昼寝しやがってっ!」 「何言ってんだよっ! 言いがかりはよしとくれっ! あんた、あたいが昼寝してる所なんか見たのかいっ!?」 まあ、不満と言っても、この程度の物である。しかし、これを煽り立てる者がいる。夏岳だ。無論、考えなしにやっているわけではなく、殲鬼を引き付ける「囮」に仕立てるためだ。 「ほらほら。もっと言ってやって。言いたいことがあるなら、ちゃんと腹を割って話し合った方が絶対いいって」 かと思えば、さりげなく美人妻に躙り寄り、お酌をする桔根。 「ささ、ぐいっと。ヤなこた忘れて、今日は楽しく過ごそうや♪」 その後頭部を、美人妻の夫が蹴り付ける。 「てめぇ、人の女房に何しやがるっ! おめぇもヘラヘラしてんじゃねぇよっ! 俺はな、おめぇの、そういう所が気に入らねぇんだっ!」 その一言を聞き逃さずに、すかさず割り込んでくる孫の手。 「ホントは愛し合ってんやないか〜!」 あまりの騒動に、村長も呆れている様子。呆れていると言えば、凱は、酒を片手にこめかみをグリグリ押している。こういう場には慣れていないらしく、頭痛がするようだ。 ●殲鬼争奪戦 宴もたけなわ(?)になった頃、会場に鳴速が駆け込んで来る。そして、まっすぐに凱に駆け寄る。 「殲鬼や。殲鬼が来たみたいや。未幸が言ってるだけやから、場所は分からんけど」 すっと立ち上がった凱の姿に、他のサムライ達も事態を把握する。そして‥‥。 「よっしゃあっ! 一番はもらったっ!」 雄叫びを上げて飛び出していく孫の手、桔根、凱。 「‥‥ちょっと待てえっ! キミ達、何か勘違いしてるぞっ!」 夏岳が呼び止めるが、誰一人振り向きもしなかった。 「お姉ちゃん。変な人が来たよ?」 子供に言われ、猫子猫が顔を上げると、絵に描いたような殲鬼の姿があった。 「‥‥大変やよ〜っ! みんな、お家に入るんやよ〜っ!」 仕事を忘れるほど遊びに熱中していたお陰で、子供達を守れるとは、まさに「怪我の功名」。その頃、探しに来ていた与平も、外に出ていた子供達を同じように家に押し込めていた。 これっとは、ある家の前で、夫の帰りを待つ妻のような顔で立っていた。この中には、そこそこの不満を抱えている夫婦がいる。彼らが襲われるくらいなら、自分がここで食い止める。どうせ、相手は弱い殲鬼だ。それに‥‥。これっとは、向かいの家の影に目をやる。大丈夫。二人だったら、絶対に負けない。 殲鬼は、自分の好む感情が発する「匂い」に引かれ、迷うことなく村長の家に向かう。そこから飛び出してくる男三人。 「そいつはオレのモンだっ!」 「遅れは取らん!」 「桔根にだけは負けねぇぜっ!」 結局‥‥。殲鬼への第一撃は、桔根の「火炎弾」だった。これは、純粋に「運」によるものなので念のため。その後、孫の手の「火剣連撃」と、凱の「電光脚」で終わってしまった。 「‥‥弱いとは聞いていましたが‥‥。ここまでとは‥‥、ねぇ?」 つまらなそうに呟きながら、ふぁれるが近付いてくる。 「せっかく『最終奥義一撃必殺』でもお見せしようと思いましたのに‥‥。残念ですねぇ‥‥」 こいつだけは、絶対に敵に回してはいけない。その場にいたサムライ達は、固く心に誓ったという。 ●最後はやっぱり宴会だ! 外で何やら騒ぎがあったことを聞き付け、何人かの村人が顔を出して来た。そして「自分達が殲鬼に狙われていた」という事実を知った。 怯え、戸惑う村人達に向かい、夏岳は声を上げる。 「殲鬼はね、嫌な気持ちを持っている人を食うんだ。だから、あの殲鬼が夫婦の仲を裂こうとして、相手への不満を増大させていたんだよ!」 悪いことは全部、殲鬼のせいにしてしまおうという魂胆らしい。だが、それで良いだろう。もともと、不満の種は、些細なことなのだから。 遅れて来たこれっとが、改めてお酌をして回る。 「殲鬼もいなくなったことだし。せっかく村長さんが用意してくれたお酒とお料理、おいしくいただきましょう」 こうして、「討論会」の二次会は、和やかな「懇親会」となった。 ところで、桔梗の都に戻った後、姫巫女に泣き付く孫の手の姿があった。 「いや、その、勝手に姫巫女さんの名前使ったのは悪かったと思ってますわ。だけど、この場合、仕方なかったわけで‥‥。で、あの、『金一封』に使った金は‥‥。やっぱりダメ?」 ============================== |