18.『男村の寒』

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 宵闇の銀月・由良(w2a817)は村の入り口で訴えていた。
「ボクのお兄ちゃん達に訊いてみてよ。ねえ?」
「ああ、確かに由良は小さいけどしっかりしたモンが付いてるで」
 天翔ける有翼の獅子・天王(w2a612)の補足に由良は何となくうんうんと頷く。
「そ、そうなのか、悪かったよ」
 村人は微動だにしない天王の態度に納得してサムライ達を村へ入れた。

 この数日、仕込みの番に明け暮れて村人はあまり眠っていないようだ。
 疲れが焦燥を増し皆表情を固くしている。
「雪をもっと集めて冷やさなきゃ持たねえ。蔵から出るなたぁどういうこった!」
 杜氏がマドウ族の外法術師・洋一郎(w2z059)に食って掛かった。
 既にかき集めた後なのだろう。村の中には雪が殆ど残っていない。
「殲鬼が狙っているそうなのです‥‥」
「殲鬼なんて滅多な事言わんでくれ。俺は女房を残して来てるんだ」
 逃げようとする者、震え出す者、酒はどうなるのかと慌てふためく者が言い争った。
「酒造りはあんたらだけに許された大切な仕事だろ。オレたちはサムライだ。だから心配せずに仕事を続けてくれ。雪が要るなら何とかする。殲鬼なんぞに負けんじゃねぇ」
 蒼穹仰ぎし地龍・棕櫚(w2c569)の激に村人は沈黙する。
「殲鬼の事は俺達に任せて、大船に乗った気で酒造りに専念してくれィ!」
 鬼面仏手の整体師・孫の手(w2b894)も笑って見せた。
 やがて顔を見合わせた村人の中から声が上がった。
「酒を守ろう。どうせ酒が出来なきゃ来年の生活の保障もないんだ。それに俺達の酒を待ってくれてる町の人達も居る‥‥」
 村人はサムライ達を見詰める。大きく頷いて答えた。

 柵作りは大仕事だった。孫の手の額にキラリと漢の汗が輝く。
 ふと見るとヒルコの外法術師・桐(w2c020)が結構な労働をしていた。
「よいしょ‥‥ふう、ふう‥‥」
 ケモノ対策の棒を立てているようだが幼い躰には少し酷か。
 いざ敵が現れた時にバテていなければ良いが。
「ケモノに怯えて隠れてしもたんじゃろうか」
 空遊小僧・小鉄(w2c776)は天王の撒いた餌に動物が寄って来ていない事を訝しんでいる。
 棕櫚と洋一郎は雪集めに出掛けていて姿は見当たらない。
 鬼狩り・煉獄(w2a214)は酒蔵の周囲を見張っているようだ。
「‥‥‥早く終わらせんとな」
 孫の手は竹を担ぎ上げ柵を作り続けた。

 酒を生み出す清水は、誰も近づかない洞から沸き出ていると村人は話した。
 サムライ達は思い思いの防寒具に身を包み、木々の合間の獣道を進む。
 枝の間を跳び渡っていたシノビ族の天剣士・鳴速(w2b564)は己の籠手を見た。
(「出来たら良かったんやけど‥‥でも気持ちだけで嬉しいで」)
 試行錯誤してくれた者に感謝する。武神力に限界があるのは仕方の無い事だ。それよりも今は力を合わせようとする思いが勇気付けていた。
「先程からこちらを見ているな」
「ああ、まだ襲って来る気はないようだが‥‥」
 周囲を窺う神撃の焔摩天・鬼柳(w2a003)と鬼坊主・仁王(w2a240)はケモノの気配を感じている。
 見張っているのか、どうであれ相手は戦闘の気配を見せない。
「此処やな?」
 天王は上空を旋回する焔の楽師・叉那(w2c103)を仰ぎ見た。
 鬼道士の書いた地図は上空からの景色だ。
「せやけど、この辺はあんまり雪減ってへんみたいや」
「まだずっと奥に居るのかも‥‥ねぇ洞の中に入るの?」
 不安気に鳴速を見上げた時、由良は突然差込を抱いた。
「ちょっと聞いて〜。村の男達、私が女だからって村に入れてくれないのよ〜」
 狐を従えながら湯上りの女が洞から出て来た。
 額の角さえ無ければ、その所作は普通の女と変わらない。
「それで貴方達何? お湯になった湧き水でひと風呂浴びに来たの?」
「私達はサムライだ。殲鬼・焔奴だな?」
 符を構える叉那を前に殲鬼は素っ頓狂な声を上げた。
「まー、この美しい私を集団で暴行しに来たのね。チカーン!」
 構わず飛び出した天王は殲鬼へ向かって先制を仕掛ける。
 だが微かに大地が振動を始めていた。
 足元の雪が砂のように流れ始める。
「雪崩か!?」
 鬼柳は追い縋り走る。だが相手に届くまで僅かに足りない。
 一歩を踏み出せど深々と雪にのまれ背後へ下がる。
 ふっと女は不快に哂った。殲鬼らしき禍味を帯びた笑みだ。
「くっ!」
 世界が白にまかれる。
 サムライ達は波に浚われるように山を滑り落ちた。
「あ〜あ、雪崩になっちゃった‥‥」
 不本意だったらしく殲鬼は不貞腐れる。
 ふと飛翔して難を逃れた叉那と目が合った。
 だが手の届かない相手に興味はないのか、雪崩を追って村へ向かった。

 酒樽が雪に埋まった。
 漸く半数だ。他も早く雪を積まなければならない。
 摂氏七度。仕込みに欠かせない常温か。
「よし、もう一度行くぞ洋一郎」
 走り出した棕櫚の後を、洋一郎は這うように付いて行く。
 既に孫の手は驚異的な速さで柵を作り終え、二級酒を一杯引っ掛けていた。
「っ雪崩がこっちゃ向こうて来とるで」
 屋根の上で警戒していた小鉄が叫びを上げた。
「来たね!」
 桐は柵の外へ躍り出る。
 暗黒業炎波で雪崩を吹き飛ばし村を救うつもりだ。
 だが雪崩の中に見え隠れする知った姿があるのは気の所為か。
「うわあ〜ん」
 桐は柵の中へ退避した。
「みんな伏せろ!」
 杜氏は酒樽を支えて蹲った。孫の手達は内側から柵を支える。
 雪崩に持ち堪えてくれる事を願って渾身の力を振るった。
 ギシギシと柵が撓る。隙間から雪が溢れ出しサムライの上に降り注いだ。
 そして視界も遮られる雪煙の中、やがて轟音は静まる。
 どうやら小規模な雪崩のようで無事に柵は酒蔵を守り通した。

「目を覚ますんや、みんな!」
 天王の叫びが四人を正気付かせた。
「あれ、此処は?」
 由良に然したる怪我はない。天王の体躯が庇ってくれたのだ。
「お兄ちゃん‥‥」
 傷付いた兄の躰を前に由良は涙ぐむ。
 沸き立つ光りが翼状に広がってゆく。由良の愛が、皆を優しく撫でた。

 雪崩が沈静したのを機にケモノ達が村の周りへ集まる。
 表に居た棕櫚と洋一郎は周囲を囲まれた。
 桐の召雷光が蔵の方で放たれ、あちらでも戦闘が始まっている。
 棕櫚は武の城壁を放つ。
「此処は俺等で何とかしないとな。援護頼む」
 洋一郎に視線を送り棕櫚は斬り込んで行く。
 長い刀がまずは前衛を横殴りに払い屠った。
 中衛が飛び越えて棕櫚に牙を剥く。火炎弾が頭上を掠めて敵を怯ませた。
「この村を襲わせやしない!」
 叫ぶ棕櫚の剣が火を纏う。一歩も引けぬ背水の防衛だった。

 背景の手前を白が横切る。直ぐ様桐は黒雷天撃を放った。
 黒い雷鳴が先の狐に落下する。
 だが次々と後続のケモノは侵入して来た。
 防衛が手薄なのか。小鉄が韋駄天で向かう。
 丁度叉那が滑空して来た。
「叉那、どうなったんじゃ敵は!?」
「此処へ向かって来ます。体勢を立て直さないと‥‥」
 地震が起きた。
「此処が戦場になるって事かよ!」
 雪に埋もれた者を助け出しながら孫の手は叫ぶ。
「何が来ようと倒すしかない。俺達が倒れれば死人が出る」
 煉獄は斬馬刀を担ぎ上げた。
「諦めない‥‥絶対に」
 桐は続けて法衣を翻す。
 孫の手は闘気で武の城壁を掛けた。
 山からの雪道を女が楚々と歩いて来た。
「あら村人が無事じゃないの」
 殲鬼は機嫌が直ったように微笑んだ。ケモノが周りに集まる。
「次は先程のようにはいかんぞ」
 前へ立ち、仁王は殲鬼を見据えた。
「貴方よく見ると可愛いじゃない。サムライでさえなければねえ‥‥」
 焔奴が爪を伸ばし地に突き立てると、足元から蒸気が泡立つ。
 その霧を抜けて仁王は素手で殴り掛かった。
 飛び跳ねるケモノが次々と煉獄達に襲い掛って来る。
「雑魚がっ!」
 刃焔の斬撃を見舞わせるが続けて三体倒そうとも群れは容赦無い。
 最早武神力を放つまでの隙も無く剛刃を振り回した。
「キリがねえっ」
 孫の手に殴り飛ばされ叩き付けられても尚ケモノはサムライを牽制する。
「任せてみ!」
 捕縛網を放ち、小鉄は群れの動きを鈍らせた。
「一気に行きます」
 桐の召雷光が轟く。
「天王!」
 鳴速は霞斬り、ケモノの陣形を乱した。
 今彼等の目の前で天王達前衛は殲鬼と対峙していた。
 ひらりひらりと女が舞う。
 鬼柳の蛮刀が殲鬼の爪と勝ち合い韻とした衝音を放つ。
「いつまで踊っていられるかしら」
 殲鬼の周辺は大地が震え足場を遊ばせる。
 だが由良の放つ符が殲鬼に届いた。
「このガキ!」
 殲鬼の爪が噴き出し真っ直ぐに由良を狙った。
「由良!」
 反対側に居た天王は、庇い立った仁王の躰に尖爪が食い込んだのを見る。
「仁王っ!!」
 叉那は呪縛符を飛ばして殲鬼を鈍らせる。
 駆け寄ろうとする由良は、仁王の腕が殲鬼の足を掴んだ事に気付いた。
「今だ!」
 拳を振り上げ、天王は百鬼粉砕拳を見舞わせる。
 殲鬼の胸を叩き割り、後ろへ吹き飛ばした。
「よくも仁王を‥‥とどめや!!」
 鳴速と鬼柳は同時に剣を振り上げた。
 だがクラクラと目の前が明滅している。
「な、何や?」
 大地から上る蒸気の音がやけに響く。
「‥‥酷いわね‥‥女の子に手を上げるなんて‥‥」
 歯を食い閉めながら殲鬼は躰を引き摺る。
 何か判らぬ空気が前衛の意識を白濁とさせた。殲鬼が地殻から吐き出させたガスなのか。
 痺れた躰で殲鬼を追おうとするがケモノがはだかる。
 棕櫚達が駆けつけた時、ケモノの死体だけが折り重なっていた。

 地熱騒ぎの治まった数日後、男村に拍手が沸いた。
 半数は味が変わってしまったものの、それなりに良い物も出来た。
 中には二度と再現の出来ない珍種も生まれたのである。
 サムライ達はせめてもの礼にと搾り立ての酒を振舞われた。
 無論回復した仁王は一番手を陣取る。
「逃げられた後の酒は複雑だぜ。畜生脱いでやる!」
 裸になる孫の手を止められる者は居ない。
 止める必要もない。此処は男だらけの酒盛りなのだ。
 未成年はお茶を振舞われたが、小鉄は酒気だけで昏倒し棕櫚に背負われて帰った。

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