22.『死』

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「くっっはぁ〜」
 鼻頭から眉間に掛けて皺を寄せ、逆立った髪の下に長い角と耳を曝け出した少年が、
「ぁあぁ臭ぇっ。臭う‥‥臭うぜ、幸せ願って新年の祈りか禊かよっ」
 と唾を吐き、雪を蹴る。
「清楚清廉? 嫌だねぇ薄暗い感情脳味噌の裏に隠しやがって、清まし面で利己的に幸せ嘆願か。村の平和だ中つの為だ。ほざけほざけ、自分の短い一生の為だろうがっ」
 はらはらと降り積もる雪に逆らい、真上へ。
「臭い女は俺様が、真っ二つに、してやらぁ、かうぁわはっははぁっ」
 狂いの面妖が、宙を舞う。いぶり立つ瘴気を、刀に添わせて‥‥。

●目の前には、冷たくて、温かい、死。
「へきるーーーーーーーーッッ」
 屋根を突き破る殲鬼と、斬哮の衝撃。
 突然の破砕音と重なる、飛沫と悲鳴。
 昏き螢惑・連十郎(w2d097)が宙空から、風呂場の中の女を叫び呼ぶ。
 根尚村の歌い手・碧留は、頭頂と左の肩口から背に掛けて、斬撃を食らい大量の血を流していた。
「おのれ、バサラァぁぁあっっ」
 吹き竹にじり蓑取り払い、焚き場を駆けて鉄蒼鬼・蛮焔(w2b803)が唸る。
 倒れかけの壁板を粉砕して乗り越え、殲鬼・芭覚羅が外へ出た。
 小屋を半壊し、そのマドウの少年は、首を傾け蛮焔を睨む。
「何故知っている、俺の名をっ」
 殲鬼が問いは、連十郎ともう一人、真宮流師範代・真那(w2b816)の怒りの声に、掻き消され。
 長い角と耳を持つ少年は、同時に計四本からの刀を受け、黙した。そして。
 静かなる死が、凄惨な戦いの、終りを告げる。
 真那の、後悔。
(「身代わりになるのなら、何故碧留さんをお風呂に‥‥。護衛に集中するのなら、どうしてもっとしっかりと護衛を仕方を考えなかったの‥‥」)
「孫の手さんっ誰かっ。早く、早く手当てをっ」
 連十郎の呻き。
(「囮にしたのは俺だ。護衛を徹底出来なかったのは俺だっ。予測は外しちゃいかなかった。どう来るのかさえ読み切れば、それで片が付いた。読みが浅い。読みが。そこまでやっといて、何故屋根の上からを警戒出来なかった! 何故全員に、徹底出来なかったっ!」)
「死ぬな。死ぬな碧留‥‥」
 一時でも心許した女が。
 自分らを信頼してくれた女が。
 後一歩、守る事も出来ずに、死んでいくのか。
 蛮焔が、乾き切った身の内を震わせた。
 魂の、叫びか。
「サムライだけで中つ国を守るのは無理だ。それにはお前のような人間が必要なんだよっ。心を、暖められる人間が。くそぅ、死ぬ女ァッ」
 カラクリの記憶の縁に、身代わりとなった家族が、命を賭した師が、思い浮かんでは消えていく。
 死んで、いくのか‥‥。
 女より流れ出る血液は、殲鬼の返り血と混ざりながら、真那と蛮焔を赤く濡らしたのだった。

●サムライたちの言葉に安心し、碧留は昼間、風呂に入る。
 連十郎の推測通りに、殲鬼は昼時に、現れていた。
 時に鬼面仏手の整体師・孫の手(w2b894)は、屋根の上で雪降ろしの作業を手伝いながら、殲鬼の出現を待っていた。
「俺らが絶対守るから、大船に乗った気ぃで‥‥」
 などと、碧留への励ましも忘れずに。
 孫の手が聞いた碧留の、村での評判は上々だった。
 歌が取りたてて上手い訳ではないが、常に前向きで、年と共にすれがちな心の純潔さを抱いたままの、少女性を強く持ち合わせた女性。村では姫巫女同様と言えば大袈裟になるが、しかしそれくらい人気があり、可愛がられてもいた。
 長い髪に、好みは分かれるかもしれないが、比較的整った美人といえる顔立ち。声は容姿同様しっとりと落ちつき、だが時に無茶なほど『元気』を張り上げる。それが祭事などの舞台で弾け、いつまでも失われない若さを、見る者に聞く者に振り撒いているのだ。
 根尚村で行われるこ度の祭事は、村のお清めであり、冬の間を大事無く過ごせるようにと、精霊への祈りに代える信仰行事だ。
 今年は碧留が、祭事での≪雪締め行列≫の音頭取りの歌を、唄う事になっていた。
 行列の中核にて、全体へ行き渡るように唄い続けながら、夜の村を歩く。わざと雪を蹴り、踏み締め、家々を繋ぐ道筋の幅を広げて行きながら、夜通し唄い続ける。歌い手は輿に担がれてでも、村の守護精霊へと捧げる歌を、響かせなければならないという。
「そんなんやて、聞いてへんかったわ。そら、大変や」
 恐らく気が抜けていた訳ではない。しかし孫の手は村人の話しを聞くうちに、夜祭りの練り歩きの方に、気を取られてしまったのだろう。
 長風呂が好きな碧留が、禊の意味も込めて湯に浸かろうとする時間は、そして湯冷めなどして体力を落とさないように、などと考えるならば。
 必ず日の高い内に風呂を済ませると、容易に予測出来た筈だった。
 そして入浴時に殲鬼が現れるという、雪音の予知に通りに。芭覚羅は、襲い来る。
 空に浮遊し、また、垂直落下を、楽しみながら。

●殲鬼落ち、屋根を破りし時、サムライたちは何処にいたのか?
 村人を巻き込んだのは、正解だったのか。警戒させるべきではなかった、のだろうか。
 まだ踏み均されていない雪の上を、目を凝らしながら、陰陽司る光龍の覡・御門(w2a030)が歩いていた。殲鬼を捜し、歩いていた。
 サムライたちがやって来た事で『殲鬼が現れるのだ』と察知した村人たちは、村の長へと話しが通る以前に、既に震え上がっていた。
 守護の剣・瑠異(w2a320)は当日の、村人の避難と協力を促す。
「殲鬼が現れている間だけで構いませんので、合図が聞こえたら隠れてくれませんか?」
 殲鬼の特徴は、刀を持ったマドウ族の少年だが。
 この寒空の下、刀を携えている時点で、相手はサムライか殲鬼かに絞られる。村に不審者も何も、あったものではない。元よりマドウ族の少年は、根尚村に暮らしていなかった。
 その確認さえ済んでしまえば‥‥後は、何処から殲鬼が現れ、どうやって碧留を襲うのか。それさえ分かれば、サムライには取るに足らぬ敵だろう。だから。
 後はお任せしますと、村人たちの殆どが、恐怖のあまり家へ引き篭もった。
『おサムライ様の邪魔はしねぇ』
『狙われる者が一人と分かってるなら。仕方がないさ、碧留には覚悟してもらおぅ』
『わしらに出来るこたぁ少ない。ただあ危険が過ぎ去るのを、待つだけだ』
 と。それが村の総意だった。
 協力者は得らず、瑠異は一人、御門とは別方向への見回りを行う。
 サムライは、六人。全員に呼子が配られていた。
 戦力は、足りているのだろうか?
 果たして、瑠異のそのもやもやとした不安は、的中する。
「これは‥‥」
 雪の中に、見つけた足跡。子供よりは少し、大きいくらいか。ある所で忽然と、途切れていた。
 瑠異は修得している念浮遊に思いを巡らす。
「まさかっ!」
 気付いたが、遅かった。
 最初の怒号は、雪降ろしをする孫の手のいる家から。
 真上から降って来た殲鬼の一撃が、家ごと孫の手を叩き斬る。
 そのまま藁葺き屋根と梁を破壊し、殲鬼は、刀を振り咆哮を上げた。
 瑠異が疾風の如く駆けた時、御門の合図が鳴り響く。
 後は、怒涛のうちに、殲鬼との戦いは終わったのだ。

●どんなに歌が上手くても、どんなに受け入れられていても、死には、適わない。
 サムライたちは、雪上を来ると、思い込んでいたのか。
 碧留を襲う殲鬼の行動を予測出来ず、家が二棟ほど壊された。
 浮遊した殲鬼は、雪よりも早く上空から直下し、その長い刀と殲鬼力を持って、破壊を行った。
 初弾を受けた孫の手だが、咄嗟に回避し、屋根より転げ落ちただけで済む。
 御門は、碧留の家から離れており殲鬼を感知出来ず、反応が遅れていた。屋根の上で殲鬼が咆哮を上げた時、始めてその存在に気付く。自分こそが碧留の家の近くを固めておくべきだったかと、毒吐くのだがこれも遅い。
 殲鬼は、再び屋根から浮かび上がり、近くの小屋。碧留の、家へ。
 咆哮と同時に、外で待機していた連十郎の耳に、家からの真那の声が聞こえていた。
 殲鬼の殺気に気付いた真那の声だ。
 連十郎は殲鬼と同様に、浮かび上がる。
 しかし連十郎が屋根へと手を掛け、疾く上がろうとした時。
 芭覚羅は、屋根を狂いに切り刻み、自重と共に落ち‥‥。
 剣戟が、そこにいた全ての者を巻き込んでいた。

 孫の手が尻を掻きつつ駆け付けると、湯気立つ元風呂場の個室に、ゴポゴポと血を沸き立たせながら蠢くマドウの耳を持つ少年と、真那に抱きかかえられた碧留が、見えた。
 先に掛けておいた癒し手の守護の効果が、まだ残っていたいたからか。背を赤く染めた碧留だが、刃は心の蔵には至っておらず、ギリギリのところで死を免れていた。
 連十郎があえて、折れた刀を拾い上げ、殲鬼に突き立てる。
「し。覚えおけ‥‥サムライ」
 目を見開き、少年殲鬼・芭覚羅は絶命し。
 傷は塞がれ、碧留は、弱弱しい微笑みを浮かべる。
 連十郎を嫌がりもせず、囮も快く引き受け、村人たちがサムライ任せの中、たった一人‥‥。
 それでもなお、碧留は笑みを洩らす。
「倒せたんですね」
 よかった。と、また、微笑むのだった。

●歌は泣く
 夜を徹する祭りの中で、碧留の歌は一度だけ、少しだけしか、披露されなかった。
 碧留はその後もサムライたちに支えてもらい、寒い中を列に参加していた。
 無理をするなという孫の手に、碧留はかぶりを振ってこう答える。
「私のために、皆が頑張ってくれたのだから。今度は私が、村のために頑張らなくっちゃ」
 蛮焔の琵琶だけが、足踏みの音に重なっていた。
 住む家も、大好きな風呂も壊され。
 傷跡が残るかもしれない、大きな刀傷を受け。
 それでも碧留は、恨み言のひとつも、言わなかった。
 孫の手と共に襲われた家の者は、酷く立腹でぶつけ様も無い怒りを露わにしていたのに。
「誰も、亡くなってないし。傷はもぅほら、治ったから」
 血の気の引いた顔に、頭に布を巻き付けて、碧留は大丈夫だと言った。
 空元気にも見えないその姿に、サムライたちは‥‥。

 日頃の、自らの行いを、少しだけ省みる。
 あまりに、甘え過ぎてはいないか。
 考えも、どこか甘いままではないか。
 死は、常に隣り合わせにある。
 どう捉えるかは、どう生きるかは、一人一人の、胸の内次第だ。

 篝火、燃え尽きるまで。
 延々と雪を踏む足音だけが、ぎゅむりぎゅむりと、鳴るのだった。

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