25.『復讐を助ける殲鬼』

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●犯人は誰だ!
 サムライたちは、銀杏の村の宿屋の大部屋に居た。ある者は床下に潜んだりしていたが(闇よりも黒き疾影・畝黒州(w2a847)である)。
「情報を整理しよう」
 年長者らしく、漆黒の魔狼・狼我(w2e873)がその場を仕切った。その言葉を受けて、海藍の泡沫人・千波(w2e531)と風(w2c047)が、口を開く。
「私が調べたところによると、怪しいのは下男の昌平です」
 千波が、いきなり核心から話しに入った。
「村長が殺された夜、シノメを見かけたと証言しているのが昌平なんです。一番の容疑者ではないでしょうか。もっとも、昌平はまだ十歳の少年なので、人を殺せるような腕力があるかどうか問題ですけど‥‥角も無いですし‥‥」
「まあ、ヒルコが居ないんでどんな確証も無ぇな。ついでに、番所で聞いた話だと、シノメにもその夜のアリバイは無ぇ。だから客観的に見れば、シノメが犯人じゃないという確証も無ぇよ。俺としては、シノメが殲鬼の『似姿』だったってぇオチが恐いね」
 風が言った。それは誰も考えていなかった。シノメが実は、真犯人ということもありえるのだ。
「シノメの対処については慎重を期することにしよう。もし殲鬼だったとして、逃げられでもしたら基も子も無いからな」
 狼我が言う。それに、鬼面仏手・孫の手(w2b894)と蒼炎の使い手・炎羅(w2e912)が渋い顔をした。
「どうかしたのか?」
 と狼我。
「いや、こっちに来てからもう数日シノメに張り付いているから、ちょっと気になってよ」
 孫の手が言う。彼と炎羅は、シノメの護衛として彼の側にいた。サムライであることは、すでに知れている。
「ワシは子供じゃから、護衛につくには話を通さねばと思うてのう」
 炎羅が、気まずそうに言った。
「サムライだと聞いて逃げないのならば、殲鬼ではないのではないか?」
 マドウ族の戦巫女・かいな(w2z039)が言う。
「機会を狙っている可能性もある。もしシノメが殲鬼で本当にあやめさんの仇だった場合、あやめさんは復讐心を燃え上がらせて、そして死んでゆくだろう。シノメ護衛組は、ヤツの動きに細心の注意を払ってくれ」
「「承知」」
 狼我の言葉に、二人がそろってうなずいた。
「それと――」
 狼我が続けて言う。
「明日、あやめさんの説得にかかろう」
 マドウ族の癒し手・灯嵩(w2e418)、春風駘蕩・真奈(w2c826)、陰陽を知るモノ・きりひと(w2e961)、神魔を護る白炎の刃・螺旋(w2c727)の、四人が顔を上げた。すでに彼らはあやめと接触を持ち、一通りの話をやめと周囲の者から聞いている。そのほとんどはシノメが限りなく灰色であることを示すことでしかなかったが、一つだけ判断に困る材料があった。

『あやめさんとシノメさんは、恋仲だったんです』

 探索初日に飛び込んできた情報に、一同は大いにうろたえたものだ。このままでは、万一の場合シノメに「死んだフリ」をしてもらうという案も、実行に移すべきか迷うところである。シノメが死ねば、生きる目的を失ったあやめも、下手をすれば生きてはいまい。
 ――ともかく、明日だ。
 あやめの説得に、全てはかかっているようだった。

●あやめの説得
 あやめは、清楚な美女だった。
 だった、というのは、今のあやめが精彩を欠き、本来の美しさが万分の一も現れていないからである。今のあやめはまるで魂の抜けた人形のようで、その瞳の奥にくすぶっている置き火のような昏い輝きだけが、彼女の生を感じさせた。
 まがうかたなき、復讐の炎だ。
 ――だめだ。マドウの瞳も彼女には届かない。
 灯嵩が、心の中で思う。誠心誠意話している言葉が、完全に上滑りしている。それほど、あやめの心はかたくなだった。
「復讐なんてお止めなさい! なぜそんなことをする必要があるのです。復讐からは何も生まれないのです‥‥」
 真奈言う。しかしそれにも、あやめは耳を貸そうとはしない。理屈ではないのだ。
「‥‥自ら手を汚す事はない‥‥俺が仇を打ってやろう‥‥」
 いきなりそう告げたのは、螺旋だった。それに、きりひとが賛同する。
「そうだね。力の無いあやめさんがやるより、サムライの僕たちがやるほうが確実だ」
 ぴくり、と、あやめの瞳が動いた。屋敷に来て初めて、あやめがサムライたちを見ている。
「駄目です‥‥」
 あやめが、初めて口を開いた。
「あの人は‥‥あの人は、私が殺さなくてはいけないんです。私が、私が‥‥」
 わっ。
 あやめが泣き崩れた。
 ――まだ、好きなんだな。
 灯嵩が、心の中で思った。

●罠を張れ!
 もはや、猶予は無かった。あやめの心は、愛憎によって極限にまでたわめられている。それは張り詰めた弓弦のごとく、あとは矢を放つのを待つだけだ。放った後は、重力の法則にしたがって落ちるのみ。つまり、あやめの心は自らの死へと向かうだろう。それは理屈ではなく、衝動なのだ。一刻も早く、楽になりたいという。
 彼女には、生きる価値が必要なのである。
 あやめの姿は、白装束だった。懐剣を握り締め、決意の表情で山へ――シノメのところへと向かっている。その前と後ろを、螺旋やきりひとたちが固めている。一見してサムライとわかるほど、異様な集団だった。
 ――まだ誰が犯人かという、確証は得られていない。
 狼我が、あやめの背中を見ながら思った。
 今、孫の手と炎羅は、そろってシノメの所にいるはずである。ある策を持って。
 やがて、シノメの居るはずの小屋が見えてきた。手はずでは、シノメは逃げる準備をしているはずだった。
 ――何っ!
 狼我が、狼狽する。
 そこに、シノメが居た。孫の手と炎羅も居る。しかし逃げるという風ではなく、堂々と待ち構えていたのだ。
「あやめ」
 シノメが、口を開いた。
「お父さんを殺したのは私ではない」
「‥‥っ!」
 シノメの言葉に、あやめの心ががゆらぐ。周囲の者にまで伝播するほど、それは明らかだった。
「違う! その男だ!」
 横合いの林の中から、声が上がった。少年――奉公人の昌平だった。
「俺は見たんだ! だまされちゃだめだ! その男は人殺しだ! お嬢さんは仇を討たなきゃならないんだ! サムライ風情が邪魔をするな!」
 あやめの心は揺れた。千々に乱れた。
 そこに。
 ビュン!
「ぐっ!」
 黒い疾風が駆け抜けた。昌平少年は腹から血を噴いて倒れた。
 畝黒州の早業だった。
「お、おノレェエエエエエエッ!」
 昌平少年が、姿を変える。それは、まがうかたなき殲鬼の姿だった。
 戦いは、ほとんど数瞬で決した。殲鬼は、サムライたちにほとんど傷を与えることなく倒された。

●さよならのかわりに
「おせわになりました」
 あやめがサムライたちに、深々と頭を下げた。
 その後、あやめの誤解を解いたサムライたちは、早々とこの地を去った畝黒州を除いて、村長宅でもてなされた。
 あやめは、喪が明けるころにシノメと所帯をもつことになるそうである。シノメは村長になるわけだ。
 まだ、心の整理がついたわけではない。しかし少なくとも、あやめの笑顔は取り戻すことができた。
 それは、誇らしいことであろう。

 かくて、サムライたちは次の戦場へ――。

【おわり】

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