27.『【殲鬼神の影<殲鬼王の復活>】 優越なる 死』(サポート)

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「油断は禁物ダ‥‥」
 その台詞は、口にした本人にこそ、当て嵌まる。
 罪深き死の使徒・綺螺(w2d539)は、背を向け合い、守り守られる相手がいた。
「我ガ、大切なる所有物ヨ‥‥」
 その充足が、周りへの視線を失わせていた。
 油断など、するつもりはなかった。などと、甘い言い訳で逃れられるべくもない。
 サムライたちに、過信はなかったか? 己の、取り戻し得た力に、酔いしれてはいなかったか?
 先の世での自分たちは、≪追い詰められた≫存在だった事を、忘れてはいないか?
 殲鬼は現れる。二体同時に。現代で対峙したと、同じ名の殲鬼が。
 因縁を感じた者もいただろう。
 現に一人は、「別人でも腹立たしい。死ね」と殲鬼の名を忌み、吐き捨てた程だ。
 だが、気にするべきは、そこではない。注意するべき点は、そこではないのだ。
 どの瞬間に、殲鬼が現れるのか?
 その時に備え、何を用意するか?
 場をどう利用し、撃退するのか?
 いくら助っ人を呼ぼうと、抜けた事前準備という穴を、埋め合わせられはしない。
 唯一救いとなったのは、緋き魔犬・閃姫(w2b960)と赤姫・千珠(w2a672)が、マドウの一人と共に、村人の避難を最優先で行えた事か。だがこの戦いで、誉めるべき部分は、他にはなかった。
 雪が、降っていた。
 雪音の震えを思い出し、紫に染まった唇を思い出し、そして鳥居を潜る前の仲間とのやり取りを思い出し、閃姫はその体を摩った。
 それはシノビ族の尾とて凍りつく、氷点下の一日。
 雪の降り始めが、愚かな恐怖の訪れ。
 呪うべきは、殲鬼ではない。己の、愚かさ。
 攻めるしか脳のない、己の、愚かさなのだ、サムライよ。

 バサラとフブキ。二体は雪の上に立ち、遠くサムライたちを望む。
 先ずは虚痕の陰陽師・眞命白(w2b257)が式の犬を数匹走らせた。小さな犬だ。
 フブキは、雪を撒き散らし、式を撃退していく。
 その間に、バサラが雪に逆らいふわりと宙に浮いた。少年は長い刀を、鞘から抜き放つ。
 気持ちに反して冷めていく体から、無理矢理血潮を滾らせ、ヒト族の鬼道士・花洛(w2a259)が雪を駆ける。一撃目を、広範囲の氷乱斬で決めるべく。
 だが敵との距離が遠い。近付かなければ、と動く程に。距離が遠い。間合いが縮まらない。
 範囲に入り込ませなければ、一撃を極めた奥義も意味を成さない。眞命白も爪を噛む。
 太極四天陣。初撃で決められれば、当然戦局を一変させるだけの力を持つ。
 しかし武神力は、万能力ではない。使いこなせなければ、宝の持ち腐れだ。
 範囲内に誘き寄せるか何か、策の巡らせようはあった。だがサムライたちに、この時ばかりは捻り利かせられる頭はない。
 寒さが脳まで凍えさせたか。その名だけが知れた殲鬼に、過去の思いが甦り、逆上したか。
 守護の剣・瑠異(w2a320)が思わず言った台詞。
「輪廻か再生か、はたまた復活か知りませんが、出てくるのなら何度でもお相手してあげましょう」
 この先入観。思い込んだ時点で念頭に、殲鬼へ『どんな技を叩き付けるか?』しか、なくなっていたのかもしれない。
 同様に、頭へ血の上ってしまった仲間と共に戦の場に臨んでは、易く勝ちゆく訳もない。
 御前試合とは違う。半端な覚悟は死を招く。
 全てに、須らく目を光らせるべし。凡勇は、唯只管に、戦地を赤黒く染めるに過ぎぬ。
 だが中つの国は、サムライの血で汚される事を、望んでなどいないのだ!
 いい加減目を覚ませサムライ。世界の死は常に、隣り合わせだ。
「寝ぼけ面が、大挙してお出ましだぜ、膚無鬼」
 バサラが、高く浮いていた。木立の雪を払い、梢に立ち。その高さから宙を浮き、歩いていた。
 サムライたちは、同時に現れた敵を、みすみす別行動させた。
 囲い込み、範囲攻撃で一蹴といった戦法は取らなかった。
 それは、殲鬼たちに状況判断が出来る隙を、与えたも同然だ。
 うねる無数の縄紐で、式を潰し終えたフブキ。
 雪に埋れるながら、村を迂回するかに動き出す。
「ギシキヲナス」
 フブキが死ぬまでに発した言葉は、その一言だけだった。

 お粗末な連携。形ばかりの波状攻撃。それで崩せる殲鬼であれば、何の問題もない。一撃の威力で倒せる、殲鬼であったならば。
 サムライたちには、互いの呼吸を合わせ、互いを高まらせ合い放つ、同時攻撃の妙技がある。だがそれも、互いの意志が噛み合っていなければ、瞬時の判断を迫られる戦いの場では‥‥。
 戦法はいくらでもある。それを突き詰めねばならない。でなければ、こうなる。
 倒れ落ちた瑠異の腹には、長刀が突き刺さっている。
 内臓を、そして肋までも砕き、切っ先は貫通していた。
 治癒に駆け付けた仲間も、耳たぶを弾きながら困惑に揺れた。
 中空の高みから村へ近付こうとするバサラを止めに、空へと迫った瑠異。
 同時に、穢れた左腕・終無(w2a813)も鉄鎖法で刀を投げ、絡め捕ろうとする。
 だが瑠異の刀も終無のそれも、尽く弾かれ、叩き落され、バサラに絡むどころか刺さりもしない。
 手の痺れを与えた程度では、牽制にしかならず。
 小蛍符が盾となり、バサラが長刀から振り放つ火柱を防ぐ事は出来ていた、が、バサラに手傷は負わせられない。
 鉄鎖法、即ち束縛、という誤った認識が、サムライ側の手数に響く。
 それでも、地上に引き摺り落とさなければバサラは殺れないと、瑠異が突貫を仕掛けた。
 上空遥かからの鉄鎖法。
 刀が突き刺さったか、と思えた瞬間、鎖を掴まれ、逆に振り回されていた。
 体勢は崩した瑠異は、それでも自由落下に任せバサラへ。炎武合同により隠し持ったもう一刀を。
 炎武合同が抜き切りに適した技だったならば、格好もついただろう。だが、腕から炎と共に引き抜く動作は、瞬間的に行えるものではなかった。
 そうして餌食となった。バサラは、落ちて来た瑠異の腹を貫いた。
 終無の蛍が、衝撃波を。しかしそれは、助けにはならない。
「あぁああウゼェッえっ」
 少年は髪を逆立て、帯状に広がる雷を放射した。二撃と放てば、蛍の輝きは全て消え失せていた。

 眞命白が呼吸を合わせず、禍魄の皓胤・夜霆(w2c582)の初弾は、ただの光の杖となる。
 ただ千珠も同様の技を放ち、なんとかフブキの機先を挫いていた。
 そのまま接近戦に縺れ込む前に、眞命白が太極四天陣に仕留めようとする。が、取り付いた式の攻撃は、足止め程度に終わる。
「二体同時抹殺を‥‥」
 花洛の意気込み。
 防具と成す地裂陣による石塊で手足に固め、フブキの懐へ入る一瞬を狙う。
 回り込むように夜霆も駆け、連撃。斬り薙ぎ、離れ、足による撹乱を講じる。
 外套を散らしつつ、フブキが身構える。
 千珠が、夜霆の作り出した相手の死角から、生物の動きを封じる、蜘蛛の如き網糸を広げた。
 フブキは、ボロに裂かれる外套から腕を伸ばし、千珠を見るでもなく、縄を投げた。
 蜘蛛糸の隙間を縫って飛んだ縄が、千珠の眼前で跳ね広がり、包み込む網と化す。
 千珠に、縄で絡められる覚悟はあった。だがそれが、捕縛網と変化するまでは読み切れなかった。
 蜘蛛縛りの粘つきをフブキは物ともせず、一方で千珠は網の下でもがく事に。
 時に、夜霆たちの後ろ上空で雷光が光り、地を埋める白銀に反射していた。
 眞命白も、フブキとバサラの連携に気に掛けていた。隙とならないように、と思いはした。だが注意を呼び掛けている暇など、ない。フブキは優に、サムライ数人に匹敵した。
 眞命白が呪縛符を張りに近付けば、投げ張れる有効範囲の外から、鎖に繋がれた無数の縄が飛び、手足に首に絡みつく。
 夜霆がすかさず縄を切り落とせば、今度は巨大な網が降り掛かった。
 逃れ夜霆は雪を転がる。立ち上がろうにも雪に足を捕られる。夜霆が鉄塊を振るえば、ゆらりと空かし、フブキは剣風を避ける。迫る。手が伸びる。
 目に見えぬ細かな棘を持つ糸が、夜霆の首に巻き付き筋を裂く。続き、手首にも絡み裂き切った。
 網から抜け出た千珠が、赤髪を振り乱し、雪を、地を叩き斬る。引き摺る裾を無くしただけで、フブキはかわし、再び網を放る。
 と、数枚の手裏剣が飛び交い、フブキの腹に突き刺さった。くの字によろめくフブキ。
 その隙を狙い済まし、体ごとぶつかりに行った花洛が、フブキの腕を取っていた。
 腕を逆に捻り担ぎ背負うと、フブキを背から投げきった。裏極めの逆背負い投げ。
 吹き飛んだフブキが、地に落ちる。雪煙りが上がる。
 舞う雪塵に、一拍置いて、石礫が飛んだ。夜霆たちに炸裂する。
 何故か、眞命白が叫んでいた。
「よけぇーーっ」
 擦れた叫び声だった。
 真上から、バサラが降った。
 フブキに再度組み付こうと構えた花洛の肩に、バサラが瑠異から奪った刀が、吸い込まれた。
 湾曲した右の鎖骨が砕け、胸骨まで刃が届く。一瞬で目の前が暗くなり、花洛が落ちる。
 片腕をダラリと下げたまま、フブキが縄を振る。
 夜霆が大網に絡め捕られ、場にしゃがみ込まされる。
 千珠がその夜霆を飛び越え、突っ込んだ。一撃で仕留めるべくの、灰燼剣。
 フブキへ刀が届くと同時に、真横から炎塊に顔面を焼き焦がされた。それでも、髪より赤く燃える炎より、刀をフブキへと叩き込んでいた。

 綺螺の奥義による回復が、全体の危機を救ってはいた。
 それでも、所有物であるところの終無は、遂にバサラとの接近戦を行えずに終わる。中距離で、炎に捲かれ続けたのだ。懐に飛び込めなければ、相手の技を封じる事も叶わなかった。
 終局にて、無理矢理にバサラを倒したのは、閃姫。
 開始より、初めて地に降りたバサラへ、分身と共に攻撃を仕掛け分身共々、バサラを切り伏せ。気迫の蹴りで吹き飛ばし、強引に止めを刺す。
 しかしそれが、サムライたちに出来た精一杯の手段。
 回復役を呼んでいなければ、確実に死人が出ていただろう。
 焼け爛れた体を引き摺り、終無が綺螺に近付く。
 綺螺は、切り刻まれた殲鬼たちの死骸の側に。
 転がっていた宝珠がひとつ。それを拾い上げていた。

 色の無い結晶が、赤く黒く染まったサムライたちの体に、少しずつ折り重なっていくのだった。

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