29.『≪東風吹く丘にかもめ鳴く 第2話≫救いの手何処へ』
============================== ●旭日昇天 早朝、旅立ちの用意をしたサムライ達が東篠村の入り口に集まっていた。 「じゃ、殺鼠丸さん、行ってきます。あ、言っておきますけど、女の人に‥‥えと、男の人も含めてですけど、コナかけちゃだめですよ?」 「朝から喧嘩売ってンのか!? ‥‥まるで俺がなんか変態みてぇじゃねぇか!」 「でも昨日も二人で酔いつぶれてたじゃねぇか‥‥そりゃもうイイ感じで‥‥」 「‥‥それ以上言うな。殺鼠丸、その勢いはここの防衛に使う事だな」 金髪碧眼の剣匠・滅那(w2a560)と流風の剣・震(w2a033)の言葉に機嫌をかなり悪くした烈火の男伊達・殺鼠丸(w2z029)をラセツの陰陽師・鞘音(w2c123)は苦笑いしながらなだめる。 「じゃ、あたし達も行くよ」 「それでは我々も‥‥花浦の現状、しかと見届けて参りますわ」 義任救出に向かう流光蒼刃・鳴(w2b458)達や、麒麟姫・玉葉(w2b839)達の調査部隊もしっかり準備を整えて各々の向かうべき場所に進むのであった。 ――それから数時間後。 「お腹の子は元気にしている?」 「今丁度お腹を蹴っていますわよ、ほら‥‥」 EMPRESS・戦(w2c351)はなんとか難を逃れた村の産婆の協力を得て、山に入り薬草や山菜を採取してきた。勿論それらは今飲ませている滋養強壮の薬湯の材料にもなっている。 ちなみに残ったものは海藍の泡沫人・千波と天悠紀の八琉剱・戒人の二人が退治したケモノの肉と同じように天日に干し、保存用の食料のなっていたり。 「どうも動かないと落ち着かなくて‥‥」 「鄙木様は良いのか?」 「はは、多少くらいなら大丈夫でしょう」 鞘音と孝潮、ヒルコの鎧剣士・藤(w2b253)は視界の先に親子連れを見つける。 親子は一瞬逃げようとしたが、どうやら体力も残っていないらしく観念したようだ。――自分達をまだ怯えた目で見ているのは確かなのだが。 「‥‥心配しないで下さい‥‥安全なところに連れて行きますから‥‥」 その時、遠くの方で同じように見回りを行っていた外法療士・火忌と万折不撓のへっぽこ侍・八重垣の声が鞘音を呼ぶ。 「向こうの方でも保護したようみたいだな。少し見てくる」 「これで本日二組目ですか‥‥この調子で来られるとキツイかもしれませんね‥‥」 サムライ達が思っていたより東篠村方面に逃走して来る人々は多い。その中には危険を承知で樹海を突破して隣国へ抜けようと言う者達も少なくなかった。 幸か不幸か蚩尤の一件で村人が激減したおかげで今はまだ人々を受け入れられる。――とは言え、那古村の開放が成功し、もしその人々が来た場合の事を考えると、あまり悠長なこともしておけないだろう。 さらにまだ残ってる村周辺の切り開きや防壁のさらなる強化への人手が増えたとも喜べない。――無理強いして変な感情を持たれる可能性もあるからだ。 「早く決着をつけないと大変な事になってしまうな‥‥」 ちくちくちく。 ちくちくちくちく。 一方、こちらのではヒルコの天剣士・仰(w2e625)と陰陽師・屡輝(w2a725)が針仕事を行っている。 カラクリの陰陽師・小花(w2e715)に頼まれた旗とはちまきを作っているのだ。――広い空と海をしめす青の色と静寂と平和を表す白の色の二つの布を合わせ縫い上げる。 「そろそろ布がありませんね‥‥向こうから持って来ます」 屡輝が部屋から出てしばらくした後、こっそり殺鼠丸が障子から顔を出した。 「おい仰、ちょっと出かけて来るからヨロシクな」 「え‥‥? でも鞘音さんが聞いたら怒っちゃうよ」 「そこら辺はテキトーに誤魔化しといてくれや。‥‥ともかく、庚申山に行って来るわ。どうもヤな予感がするンだよ」 殺鼠丸は手際よくと荷物をまとめると他の者に気付かれぬように飛び出して行く。――その後ろ姿に仰は沸き上がる不安を隠せなかった。 そんな仰の不安を何処かへ追いやるように戦が音を立てて廊下を駆ける姿が映る。 「鄙木様が産気付いたわ! 手の余っている者は手伝って!」 ●五里霧中 花浦の関所の前では二人の大人と三人の子供、合計五人のサムライが勢揃いしていた。 「なんとか入れそうですわね。これも小花様が孝潮様から借り受けた剣のお陰ですわね」 「孝潮さんと言えば、出かける前困った顔してたね。‥‥どうしたんだろうね?」 「ま、色々あるんですよ〜‥‥色々ね」 不思議そうに首を捻るカラクリの陰陽師・小花(w2e715)の問いに対して、意味深な笑みを浮かべる無心の仮面・憂一郎(w2a275)。それを見て、おそらく目の前の幼い三人にはまだ解らない事を自ら『色々』したんだろう、と、もう一人の大人である龍の寵妃・刀自は何となく想像した。 が、喜んだのもつかの間。入るには入れたのだが、武器を構えた見張りの者達が見事にサムライ達の周りを囲んでいる。しかも、彼等は殲鬼でもシビトでもなく人間である。 「入れたのは良いんだけど‥‥これじゃ‥‥」 「仕方ありませんよ〜。ここは大鵬のお膝元、刀を持っていても我々サムライを信用しないのは当たり前ですよ」 かく言う憂一郎も今までで見知った顔にでも会いに行こうと思っていたが、この状態で行けば彼等に余計な厄介事を持ち込むことになりそうなので、今回は諦めるしかなかった。 己達サムライを見る人々の辛辣な目を避けるように小花は目を合わせないように町を見回す。横では玉葉が地図をさらに詳細な物にするために紙に色々書き込んでゆく。 「あら、あれは何でしょうか‥‥?」 「きっとあの人が義任さんじゃないかな‥‥?」 町中央の十字路に磔の状態で男が晒されていた。――年の頃は三十ほど。その身体は抵抗の後もなく、眠ったように全く動かない。薬でも嗅がされてるのだろうか――? 玉葉が横にある看板を遠目から読む。 「‥‥『この者民の心を煽り反逆を企てる』‥‥『その行為悪辣はなはだし』‥‥」 「どうせでっち上げでしょうにねぇ。‥‥悪はどっちですか‥‥」 憂一郎の言葉がカンに障ったのか、見張り達は背に槍の先を軽く当てる。 「いやはや、すいませんねぇ‥‥人って奴は怖いですね、まったく」 ●急転直下 「フン‥‥ここにも殲鬼の目障りな支配がある訳だ」 ラセツの狂剣士・孔熊(w2b499)は高台から広がる那古村の風景を睨む。 「‥‥港があると言う事は他にも船があるだろう。まずはそれを調達しておかないとな」 絶対障壁・憐獄(w2b077)は変装の準備を済ませ、全てを打ち砕く闘神龍・空の情報を待つ。 しかし、意外な結果が帰ってきた。港や村のそこかしこを探せども肝心の船の姿はなかったらしい。 辛うじて見つけても砂浜にに打ち上げられた船の残骸だけだ。――件の『お救い船』以外には一艘もなかったのだ。 サムライ達は気付かなかった。『何故、お救い船は一つしかなかったのか』を。 単純に竜宮に力を付けさせるだけならこんな小さな船と阿傍一人だけではなく、複数の船と殲鬼で展開すれば短時間で済む話。――人々だって様々な港から各自で船に乗り、逃亡を試みる者も多くいただろう。 そう、最初から元から船は一つ、残った最後の船をお救い船として使っているのだ。 船の破壊は『大鵬の支配下にある』竜宮が海上を支配している時点で考えられた事ではないのだろうか? 同じく『大鵬の支配下にある』蚩尤が国境付近の東篠村に居たのだから。 「ひょっとして海を完全封鎖するだったのですか? 民が何処にも逃げられぬように‥‥」 「しかし結局お救い船が出ている理由は解ってないし、早く解放しないといけないのは確かだろ?」 渋い顔をして嫌悪感を表す彼波誰の灯・伽羅(w2d288)。だが、心に響く癒しの歌声・呼響(w2e769)の言う通り、考えるよりも行動するしか選択肢は残されてなかった。 ●威風堂々 「期待して損したぜ‥‥俺と同じ位の男じゃねぇか‥‥てっきり美人な姉ちゃんだと思ってたのによ‥‥」 「確かに姫巫女は『姫』で『巫女』ですからね‥‥どっちかと言うと国王って感じですよね」 孝潮から貰った義任の姿絵と磔になった現物を何度も見比べてブツブツ呟く震と漢・筋之助(w2b265)。彼等は蒼を抱きし紅の守護者・鎧鬼や蒼壁の・是鵡達と共に一般人のフリをして他の仲間と共に見物人の一番前に陣取っていた。 「‥‥そんな事よりそろそろ用意しておけ‥‥」 同じく彼等と行動を共にする黒き御盾・葵(w2a377)は隠した得物の確認をする。――後は合図を待つのみだ。 「‥‥そろそろ準備が整いそうですね、派手に行きましょうか‥‥我々の噂が皆に響き渡るように」 刑場周辺をくまなく調べ、殲鬼達が来た事を察した月魄・月白(w2b611)は仲間達に合図を送る。 合図と共に紅の撫でリスト・朱猫(w2b487)鳴と二人は刑場に飛び込み、中央まで走った。――そして、二つの宝刀を掲げ、声高らかに叫ぶ。 「「我らサムライ、かもめ様と鄙木様の名において、義任殿を救いに来た!」」 「もうすぐ、猫達はこの国を殲鬼たちから解放するにゃ!それまでみんな生き残るのにゃー!」 朱猫の腹から力一杯の叫びを聞き、観衆達から喜びとも何ともつかぬ声が響く。勿論、この状態を殲鬼達はが見逃すわけがない。あふれ出るケモノとシビト、そして殲鬼のサムライの乱戦が始まった。 「こっちだっ! ‥‥行くぞ筋之助っ!」 「はい、こちらは準備万端ですっ!」 「「‥‥我等が怒りは天をも貫く!‥‥いざ『倚天』っ!!」」 焔舞師・終(w2a586)は筋之助と怒気放出の合体技を放つ。その武神力の炎につられて向かってきた敵を逃さず黒き虚無の炎・刹鬼が召雷光で撃破する。 鳴と朱猫は終達が引きつけている間に義任を縛る縄を斬り、解放する。改めて見るとその物腰や面もちから滲み出る精悍さといい誠実さといい――確かに姫巫女のものと言っても遜色はない。 「お前達はサムライか? ‥‥すまぬな」 「よくがんばったにゃね」 義任は頬に護りの雫をかける朱猫の頭をやさしく撫でる。 「急いで帰還しましょう! このまま立ち往生しても追っ手が来るだけです」 「言ってる間に来たみたいだぜ? ‥‥義任さんよ、これが終わったら若い姫巫女のねーちゃんを紹介してもらおうかっ!」 迫り来るケモノ達の足音。震はケモノ達を止めるために立ち止まり、得物を構え、朱猫は闇分身を使い三体に分かれた。そして月白は鳴の背中を押した後、即座に月天剣舞をケモノに向かって放つ。 意を決した鳴は義任の腕を掴み合流予定の地点へ一足先に走り出す。――ひとしきり走って見えた空には何かを告げるように鳥が飛んでいた。鳴はふと振り返り、仲間達に向かって祈るように呟く。 「死ぬなよ‥‥終も、みんなも‥‥」 ●一触即発 変装したサムライ達が潜入した那古村の中は小さい漁村には不似合いなほど人々でごった返していた。やはり、そのほとんどがお救い船の話を信じて来た人々であろう。 「‥‥今日の船が出るぞ!」 誰かが出した声に反応し人々は急いで港に走り出した。追いかけるようにサムライ達も後を付ける。 「さぁ、早く乗れ! ‥‥時間がない!」 阿傍は急いで人々を押し込めるように船に入れて行く。 「‥‥へぇ、『時間がない』? それは私達サムライに殺されるって事かしら‥‥阿傍さん?」 滅那の声に阿傍は振り向き、急いで繋いでいる縄を外し、船を力一杯押し出し、自分は陸に戻る。 「その人々、返してもらうぞ!」 孔熊が走り、船に飛び乗ろうとする。その時、突然一回り以上大きな海ケモノが牙をむき出しにし下から飛びだし、その無防備な腹を狙い、襲いかかる。孔熊はとっさに光の杖を出し、難を逃れる。しかしそのせいで船に飛び移ることは出来なかった。――それでも船は恐ろしい勢いでどんどんと進んで行く、そして見えたのは人魚の影――。 「竜宮がケモノたちに押させているのか‥‥クソッ!」 阿傍はサムライ達に剣を抜き、襲いかかる――が、その力は弱く、サムライ達の敵ではなかった。憐獄と滅那の剣、そして伽羅の術の前には為す術もなかった。 「お救い船の狙いは何や? やっぱり竜宮の腹の中行きか?」 鬼面仏手・孫の手(w2b894)の問いに対して阿傍はただ嘲笑するだけ。サムライ達に切られ、術に身動きが出来なくなってもなおである――その姿は諦めなのか、余裕なのか。 「‥‥そこまで解っていても‥‥船は動いた。船もないお前らに止める事なんて出来んだろう」 「‥‥ならいい、死ねや」 孫の手は言葉が終わると同時に、そのまま阿傍の心臓に刃を突き立てた。阿傍は一瞬体を震わすとそのまま二度と動くことはなかった。 阿傍が倒れたその時には、既に船の姿はは小さくなっていた。おそらく阿傍は竜宮から『絶対に船を出せ』と言う命令でも受けていたに違いない。 念浮遊で追いかけた所で途中足止めを喰らう事を考えれば間に合わない可能性が高い。それどころか下手をすれば海に沈んでしまう。 突然の事で騒ぎで混乱する人々を後ろに残してサムライ達はただ呆然とするしかなかった。 ●絶体絶命 「やれやれ、新手の出し物を出したければ最初から言っておけば用意をした物を‥‥」 仲間達が無事逃げたのを確認し、殿として残ったサムライ達もそろそろ移動しようとしたその時、頭上に声が響き、突如黒い鴉の群があらわれる。 「饗宴には主賓が付き物って訳か‥‥出やがったなこのハゲ!」 「キーキー騒ぐ猿に言われたくないな。‥‥かもめも挨拶したらどうだ?」 終の悪態をさらりと返し、現れたのは大鵬。 そして側には小さい華奢な少女。頭からかけられた飾りに隠されその顔は見ることが出来ないが、東風の姫巫女・かもめであることは確かであろう。 「今なら命は取らん。‥‥義任を返してして貰おうか」 「‥‥嫌だと言ったら?」 「お前達が死ぬだけだ。‥‥このように、だっ!」 大鵬はすかさず砕魂符を作り、目の前の筋之助に投げつけその意識を奪う。そして、その倒れた身体にさらに鋭利符をたたみかける。 「加減はしておいた。まだ死んではいない‥‥まだ、な」 そして、大鵬はゆっくりと印を構える――以前サムライ達が完全に叩きのめされたあの殲鬼力――。 しかし、その印を組む手はすぐに止まった。――終が放った鉄鎖法に左腕の動きを止められたからだ。 「伊達に幾つもの修羅場を潜り抜けては来ていないっ! ‥‥葵、鈴乃、いけっ!」 「行くぞっ! 我らが技喰らうが良い!」 「「一・刀・両・断っ!」」 大鵬は強力な力で終ごと左腕の鎖を引き寄せ、両断剣の合体技を左腕で受けた。――しかし、完全に受け止めることは出来ず、左腕は切り落とされる。 そして、大鵬は明らかに人の声ではない咆哮を上げる――。 その皮膚を刺すような強烈な邪悪な波動。人の形――いや、鬼の形をした純粋な憎悪。それが大鵬の真の姿。――その気迫に気を取られた葵の隙を潜り大鵬は砕魂符と鋭利符を叩き込む。 「これ以上やらせん!」 「くっ!」 大鵬は残った右腕をに力を込め、叫ぶ。――その途端、踏み込もうとした終の足下に落ちてあった大鵬の左腕が動き、黒い大蛇の殲鬼に姿を変えた。大蛇は即座に終の脚を捕らえ、全身を縛り上げる。そして尾が細い紐のように分かれ、指まで絡め取り、固定した。 「形勢逆転だな」 大鵬は残った右手でいたぶるように何度も宝剣を終の身に突き立てる。肉をそぎ落とすように切り刻まれ、骨が見えた。返り血はかもめを覆う飾り布にかかり、赤く染まる。 サムライだから辛うじて生きてられる衝撃。――その状況はまるで地獄の責め苦の如し。 そして、いつの間にか大鵬は宝剣を離し、鋭利符を生み出す。その符が大鵬の手から離れた瞬間、それは終の死を意味する。 「(‥‥俺は死ぬのか‥‥?)」 残った仲間達も動こうにも迂闊に動く事が出来ない。今動けば終の死は勿論、大鵬のすぐ側にいるかもめを巻き込む恐れがあるためだ。 ――その時――。 「間に合ったかっ! ‥‥させてたまるかぁ!」 大鵬の背後の森から大声と飛び出す手裏剣と姿。その主は――殺鼠丸。 「邪魔だっ! お前から先に死ねっ!」 大鵬は即座に振り向き手の符を投げつける。終に放たれるはずだった鋭利符は殺鼠丸の腹を穿ち、貫通した。 「‥‥今だっ!」 聖天を舞う神翼の刃・至高丸は出来た隙を狙い、神速無限斬で瞬く間に蛇を斬りふせ、終を呪縛から解放する。しかし、これ以上の深入りは危険と察したのか大鵬はすぐさまかもめの鎖を手早く引き寄せその身を抱くと、そのまま高く浮き上がり、芳流閣の方へ消え去っていってしまった。 あまり動かない身体を無理に動かし終は顔の血を拭い、ゆっくりと周りを見回す。――目に広がるのは激しく傷つき倒れた三人の姿。そして数え切れないほどの死体。 「(‥‥みんな死んでないよな‥‥俺より先に逝くはずないよな‥‥?)」 霞んでゆく視界の中、途切れ途切れに自分達に呼びかける声が聞こえた。――そしてその声が途切れたと思った瞬間、終は深く優しい暗黒の中に沈んでいった。 刑場に春一番の突風が吹く。――そして本当の春を迎えるための嵐が始まる。 ―第二話・完― ============================== |