31.『【殲渦】その空虚なる所在に』(サポート)

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 対羽叉羅戦。森を焼き払う業火の炎は、その色を黒から赤へと変えていく。

●(〇三)初弾
 この森は、殺気が渦巻いている。
 仲間がそう言った。
 逆蹴の殺・閃姫(w2b960)も、集中して辺りを探る。樹木から、大地から、空気からさえも、生々しい気配に溢れていた。
 樹海の、歪んだ生命力が。その意志を侵入者たちへ向けていた。敵意に溢れ返る森は、春に向かう生まれ変わりの中で、何処か必死にもがいているようだった。
 鬱屈する、空気の重さ。振り払うように、自称闇エルフの心術師・ふぇんりる(w2d865)が言う。
「あ〜う。とにかく、撃っちゃいますよ〜」
 不気味な格好のまま、フラフラと手を振る。
 森を吹き飛ばし、足場を作り上げる、というサムライたちの意志は‥‥。
 軽く実行へと移される。
 それが懸命な判断だったのか、果たしてこの瞬間には誰にも分からない、ただ。
 暗黒業炎波は、容赦なく樹海に放たれた。
 桔梗の国の外れ。最西端のこの地で。黒き炎は渦を巻き、吹き荒れた。
 その全てのモノを、巻き込んで。樹木であろうと殲鬼であろうと関係なく、吹き飛ばす為に。
 樹海に切り開かれた道は、煙り、臭気を昇らせ、何もかもを無に返す。黒に、染める。
「中を突っ切れば、今なら」
 銀雪の夜叉姫・羽叶(w2c432)が駆けた。
「いくぞっ!」
 続き、百折不撓の志・鬼柳(w2a003)が。そして、サムライたちの進撃が始まる。
 まるで下から燻せられたように、腕から体から黒煙を棚引かせ、ふぇんりるが揺れていた。
 すぐさま比翼の銀糸鳥・更紗(w2d515)が癒しの領域に包み込む。
「先に、城壁ってもらっとけば、良かったですかね〜」
 冗談じみた笑みを口元に浮かべ、ふぇんりるは焦げ付いた腕を振る。
 殲鬼の姿は見えない。怒気放出か、前進か、更紗は一瞬迷った。
 鬼柳たちは巨木の元へと走り出していた。そこにいる筈の、殲鬼将イルヴァラートを目指して。
「全員生き残らせることが、肝要です。追うしかないでしょ〜」
 腕を摩りながらも、駆け出すふぇんりる。更紗もやはり、後を追う。
『やっと。やっと仇が討てる。必さん、真秀さん。憎い仇の部下たちを。必ず、倒します』
「噛り付いてでも、生きて、帰るから!」
 ぐっと高ぶる気持ちに体が震える。更紗はこの戦いに参加出来なかった者たちへ、祈りを込めた。
 必ず帰って、報告するからね、と。
 爆炎が樹海を焼き焦がすより先に、南東から攻め入った班の戦いが始まっていた。
 それを振り返る事なく、サムライたちは駆ける。
 狙うべきは、妨害してくるだろう一翼の、羽叉羅たち。
 だが、殲鬼の姿は見えない。
 何処から、どう攻めてくるのか?
 その対応策は、事前に確認出来ていた、筈なのに。
 イルヴァラートへと辿り着く事、ばかりに気を取られ、羽叉羅への視野が狭くなっていた。
 覚悟だけでは、殲鬼を倒せはしない。分かっていた筈だった。
 そして、正確な索敵を行えなかった時。
 最初に血に濡れたのは、扇の中の、猫。
 即転武・荒(w2b127)が、黒ずみに、赤き池を湛える事となる。

●(一〇)強襲
 羽叉羅の自由。サムライを『刻む』という意志と、天地を気にせぬ自在さ。
 従う二体の殲鬼は地上より、サムライたちを挟むように現れた。サムライたちは待ち伏せを甘くみていた、としか言いようがない。
 ふぇんりるたちの≪火力≫に頼った戦法では、捉え切れず。
 逆に、殲鬼の間合いへと踏み込み、出鼻を挫かれる形に。そう。
 羽叉羅は上空から、落下の一撃と共に、荒を切り伏せたのだ。
 一気に乱戦へと持ち込まれたサムライたち。それでも尚、中央突破に賭けた。走り抜けた。
 羽叉羅の殲鬼の咆哮。それを合図に左右に分かれた殲鬼が、火炎を打ち放つ。
 炎がサムライたちを襲う。
 対抗したのは、更紗が仲間と放った月天剣舞、桜花舞。
「くっ。招かれざる客には、お帰り願おうっ!」
 反撃に、投げ技を絡めつつ、豹子頭・狼我(w2e873)も更紗たちを援護する。
 投げ転がされた殲鬼へ、双方から同時に蹴りが飛んだ。閃姫が羽叶と呼吸を合わせ、「「強襲斬裂蹴」」の叫びと共に、疾風の蹴りを叩き込んだのだ。
 地に足の着かない、羽叉羅が舞った。斬り掛かる羽叉羅の長刀が、狼我を捉える。
 吹き飛ぶ狼我。だが、木に叩き付けられたのは、狼我が手にしていた長い木の棒。
 羽叉羅は、次の標的を睨み刀を振った。その後ろに狼我がいた。
 羽叉羅の腕を、横脇から担ぎ上げ、斜めに投げ落とす。
「この命、そう易々と、くれてやる訳にはいかんのでな」
 閃姫と羽叶の蹴りが、再び飛んだ。
 乱戦は激しさを増し、焦土と化した樹海の一端に、血飛沫を巻き上げていったのだった。

●(一三)業火
 果敢にもイルヴァラートへと臨んだ少年。白き蝶・まゆ(w2e792)。
「目的は、殲鬼門だね!?」
 他の者たちの間から、声を張り上げた。
 拿化祁が、サムライたちに一瞥くれ。
 イルヴァラートは、その瞳を細めた。
「それを知り得たところで、もう止められぬよ。結界崩御に力を貸したのは、お前たちなのだ」
「新しい殲鬼門だとっ! 貴様が、呼び起こしていたのかっ!?」
「これからの為に、第八の門は、是が非でも必要だった‥‥」
 鬼柳の問いに、殲鬼将はあくまで静かに、涼やかに言葉を発する。
「させるかぁっ!」
「単純と胆略の違いが、分かっていないな」
「ほざけっ!」
 声を張り上げる鬼柳。走り込むのは、まゆ。
 仲間が仕掛けるまでの時間稼ぎを。
(「早まるなっ」)
 まゆの動きに、鬼柳は心の中で舌打ちをした。
 斬り込んだ鎖鎌の一撃は、右腕の鈎爪に払われる。
 それでも掛かり行く、まゆ。を。イルヴァラートは無視した。
 殲鬼将は、意外な行動に出た。
 左手を肩の位置に掲げ、手を開き胸を斜に逸らす。イルヴァラートは、全く別方向へと、腕を突き出した。その先には、巨木。そして、近付いていた、別班の仲間が!
 火炎が、殲鬼将軍の前で炸裂し、巨木を、包む。余波はその奥の草木を焼き払う。
 まゆの投げた鎌が、イルヴァラートの腰元を切り裂いた。皮紐の一本が弾けた。
「これが、火炎陣」
 痛みも感じていないのか、左の腰に赤い筋を作るも、イルヴァラートは声色一つ変えず。
「次は。お前たちの、最大の火炎攻撃を、見せてやろう」
 そして、右腕を真後ろへ。捻りながら跳ね伸ばし、鈎爪の掌を引き開く。そして、風圧と共に前方へと叩き付けるが如く腕を振るった。イルヴァラートの、爪の先まで伝い燃え上がらせた炎が、渦を捲いた。赤く、紅く。全てを薙ぎ払う。吹き飛ばす。爆風の衝撃。
「きにゃあああーーーー」
 炎轟に捲かれ、その身を焦がすサムライたち。
 一瞬の赤黒い視界に続き、熱が全身を焼き焦がし鬼柳を跪かせる。その側に焼け転がった、まゆ。
 黒ずんだ腕に燻りを残しながら、殲鬼将は淡々と、ただ淡々と語る。
「お前たちは常に、最大戦力を持っては攻められない。隙はそこにある。自分たちが、強いと思い込んでいる。私が、動けないと思い込んでいた。儀式は、止められると信じていた。精神を知り、弱みを握り、先入観念を操った方が勝つ。見よ、サムライたち。この、焼け落ちた樹海を。血と炎の赤に染まった、この大地を。赤に。染め上げたのは。お前たちだ」
 長い髪を乱し、右手で地に向けて弧を描くイルヴァラート。
 サムライたちに背を向け、そこにあった、燃え盛る巨大な樹木と向き合った。
 周囲には、焼け落ちていく枝葉。薙ぎ倒された木々。
 業炎で樹海に空けられた穴が、また広がった。
 鬼柳が仲間と共に張り巡らせた防御の障壁程度では、到底防げない、破壊の爆炎。
 イルヴァラートが背を向けたその瞬間の隙を、攻め込む事が出来た者はいなかった。
 鬼柳の腕の中で、焦げた体に激しい裂傷を抱え、まゆは、その息を止めた。
「死ぬなああっ」
 あまりに細く弱弱しい少年。何故この体で、殲鬼将になど立ち向かったのか。
『お父さんは、僕を守るために。死んだ。何かをするには、命をかけなきゃいけないんだって、その時、知った。だから僕は‥‥』
 そんなまゆの想いは、子供じみた履き違えか。鬼柳の目には無謀としか映らない。だが、それを止められなかった自分たちにも、責任があった。
 イルヴァラートの≪儀式妨害≫にばかり目が行き、人選すら出来なかった自分たちに。
 儀式が、どうやれば阻止出来るのかも、考えられていなかったのに‥‥。
 眩い光の本流が、流れ落ちる。
 鬼柳の後方で整体師が、光輝く愛の翼を。
 傷が浅く、それを回復出来た別班の仲間が一人、イルヴァラートへと駆け飛んだ。
 その時、鬼柳たちの足元には亀裂が走り、激しい横揺れを伴い大地は恐ろしい唸りを上げた。
「退却してくれ、鬼柳ぅっ!」
 遠く後方で、荒が叫んでいた。
 ここはヤバイぜ、と、他の仲間が足元を縺れさせながらも、退避していた。
 立っていられない程の地震が、一帯を揺るがし始めたのだった。

●(一六)空虚
 玲美は姫巫女の間で打ち震える。
「まさか。イルヴァラートの狙いが‥‥新たな殲鬼門を、強制的に‥‥だなんて‥‥」

 とある里の、小さな墓石の前。両膝を付き、手を合わせる少女、更紗。
「ごめん、なさい。必さん。殲鬼は、倒、せたけど‥‥イルヴァラートには、逃げられちゃったよ。やっぱり‥‥いてくれないと、ダメだよぅ。み、みんな、だって‥‥」
 涙に声が擦れ、後には続かない。
 更紗はただ、泣いていた。止まらぬ涙は、何の為の物なのか、まだ、分からなかった。

 再び。姫巫女たちは、その後の見解をこう、述べた。
「イルヴァラートは、新たな殲鬼門、天空城には、既にいません。砦に戻り、また、何かを各策しているのかも、しれません」
 だが今は‥‥殲鬼王の同時復活を控えた今は‥‥。
「やれねぇってのかっ!? 巫山戯るなよッ!」
 鬼柳がその拳を傷める程に、壁に八当っている。
「殲鬼王なんざ、速攻で倒して‥‥次は――」
 罵りの声が、天高く木霊する。
 今回の戦いにおいて、一人として犠牲者は出なかった。
 サムライ側に犠牲者を出す事はなく終わった。だが。
 失った物は、本当に、少なかったのだろうか‥‥。
「全員生き残ることが、大切なんです〜」
 冥土仲間もいるんですから♪
 飄々と意味不明な台詞を吐く、ふぇんりるなのだった。

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