33.『≪東風吹く丘にかもめ鳴く 第3話≫絶望を討つ歌響きて』

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●進軍
「だいたいよ、あの筋之助にも彼女は出来るしよ、お前も終がいるくせに滅那に何か言われたとか‥‥何でお前らばっかりいい目に会うんだよ‥‥」
「へぇ。確かに女性と付き合えば男色疑惑は消えますね‥‥ちょうど滅那さんはあなたのことが好きですから利用してみてはどうですか?」
 流風の剣・震(w2a033)は今起こっている全ての状況に納得がいかないと言う表情でぼやき、所詮他人ごとだと楽しそうな無心の仮面・憂一郎(w2a275)の言葉に烈火の男伊達・殺鼠丸(w2z029)は珍しく憮然とした顔で沈黙を決め込む。
「そんな話は全て終わってからにしろ。そろそろ戦場も近い、気を抜いて死んでも知らんぞ」
 大鵬との戦いの前に気が高ぶっているのか、ラセツの狂剣士・孔熊(w2b49)が厳しい言葉を吐く。――彼の言う通り死人が出てもおかしくないほどの激戦が予想されるのは確かだった。
 そして彼と同じく激しく感情が高ぶっている者がもう一人。流光蒼刃・鳴(w2b458)である。今は横にいる恋人の焔舞師・終(w2a586)に押さえてもらっているが、いざ大鵬に会った時にどの様な行動に出るかは解らない程の状況であった。
「鳴‥‥憎しみだけでは大鵬に勝てないぞ。憎しみは刃を曇らせる‥‥解ってるよな?」
 終の言葉に鳴はただ頷くだけで何も言葉は返さなかった。

●勾玉
「ようやくお越しかい、待ちくたびれたよ」
 芳流閣に進軍したサムライ達を待っていたのは殲鬼・竜宮。――長く美しい髪に美しい顔立ち。その姿はまさに人を惑わす人魚と言っても過言ではない。
 そして彼女は多くの攻めににひるむどころか、涼しげな余裕の表情で橋の欄干の一段と高くなっていた部分に腰掛け、見下ろしていた。
「‥‥この刀にかけて芳流閣を解放させて貰います!」
 カラクリの陰陽師・小花(w2e715)は東風守護宝刀『小篠』を掲げ、高らかに叫ぶ。
「小賢しいガキどもだね‥‥お行き!」
 竜宮が手を挙げると同時に芳流閣の門が開き、腐臭と共に数えきれない数のシビトの群が迫ってくる。そのシビト達は全てが東風の兵士の鎧を付け、武器を持つ。――大鵬に殺された兵士達のなれの果てだ。
「彼らはもう死んでいるんです。‥‥死んでまで、苦しむことはないです‥‥。ここで、終わりにしてあげましょう?」
 陰陽師・屡輝(w2a725)の言葉にサムライ達は頷き、戦闘態勢の構えを取る。
「この程度のシビトの数で我々は止めることなど出来ると思っているのか!」
 ラセツの陰陽師・鞘音(w2c123)達の太極四天陣が次々と繰り出され、そして仲間の魂鎮めの舞で次々とシビトを次々と葬ってゆく。
 が、シビト以外にも竜宮を護るために飛び交う海ケモノ達が盾となり、竜宮本体を攻撃するための式神符や火炎弾、鋭刃符の遠距離武神力を止める。そして残ったシビト達が竜宮の命令で『わざと』広い範囲に散開するなどのお陰で全てを殲滅するだけでもかなりの武神力を使い消耗戦となり始めていた。
「いや、美しい方ですね‥‥もっとも心はただれて不細工だがな」
「あら、いかにも陰険そうな糸目のお坊ちゃんよりはマシだと思うけどね?」
 シビトとケモノの間をすり抜け憂一郎は竜宮に接近する。だが竜宮は憂一郎の放つ鮫の牙を纏った刀を難なくかわし、懐に潜り込む。そして首を掴み呪痕撃を発動する。――しかし、その憂一郎の行動は決死の囮。本命はのヒルコの鎧剣士・藤(w2b253)が震撃の合体技を叩き込む手はずになっていた。
「今だ、八重垣っ!」
「「‥‥突撃行進牙っ!」」
 竜宮はとっさに憂一郎を掴んで盾にし、震撃を真正面から受け止める。そして、再び呪痕撃を用い、憂一郎から残った体力を根こそぎ吸い上げた。
「‥‥絞りカスはもう要らないね」
 まるで紙屑でも捨てるように息も絶え絶えな憂一郎を橋の下に投げ捨てる。――その時、闇分身の術で別れ、韋駄天足を使った紅の撫でリスト・朱猫(w2b487)が突撃してきた。
 朱猫得物を竜宮の手に引っかけ、そして分身達との幻惑蝶の術『魅惑の手』で隙を作り、懐に忍び込む。まさに畳みかけるような攻撃である。
「今にゃ! 暗黒業炎波を使うにゃ!」
 彼女は竜宮に張り付いてそのまま暗黒業炎波を放ってもらい、竜宮と差し違えるつもりだったのだ。
「‥‥くっ! 出来るかっ!」
 仲間の外法術師はひるむ。――このまま暗黒業炎波を放てば竜宮が倒れる前に確実に朱猫が死んでしまうからだ。   
 それにこの奥義の威力が強ければ強いほど反動が強烈。己の身体も冥府の淵に叩き込まれる可能性が高い。彼のヒト族の用心深さがそれを拒んだとしても仕方のない事だ。
「はんっ、とんだ甘ちゃんだねぇ‥‥っ!」
 仲間が戸惑っている隙に竜宮は朱猫の腹に火炎弾を叩き込む。そして迫り来る分身達も韋駄天足で分身達に一気に迫り超至近距離の火炎弾で海に弾き飛ばした。
「‥‥さて、お次は誰だい? 一対一ならまぁ『絶対に』負けないけどね‥‥ま、あんた達はこのシビトとケモノで精一杯にしか見えないからね‥‥」
「‥‥それはどうかしら? 藤ちゃんお願い!」
「「凄い封術剣っ!」」
 マドウ族の戦巫女・女郎花(w2c027)は自信たっぷりの竜宮に向けて封術剣の合体技を放つ。勿論、それほどの威力は持ち合わせていないが竜宮の力は暫くの間封じられる――しかし、竜宮は反撃もせずに欄干に昇る。
「そろそろ引き上げさせてもらうよ‥‥どうせ姫巫女は解放されるだろうし、そうすりゃ大鵬も死ぬ。‥‥アタシがここにいる理由もない。芳流閣はお前達の勝手にするがいいさ」
「待てっ、逃げるのかっ!」
「お生憎様。もうアタシの用件は済ませてあるからね。‥‥じゃぁね」
 叫ぶサムライの声も無視し、竜宮は飛び込む。その時、はだけた着物から青く光る勾玉が見えた。
「‥‥勾玉‥‥?」
 それを見た麒麟姫・玉葉(w2b839)が呟く。何故か蒼く光る勾玉がやけに気にかかったのだ。
 だが、それが意味する事は解らない。いや、まだ知らなくて良い事なのかも知れない。
 当初の目的である芳流閣を解放する事は出来たのだから。
 
●鴎鳴
「アレだよな‥‥姫巫女のねーちゃんも一緒みてぇだし‥‥」
「恐らく‥‥ヒルコも連れてこれば確実だったんだが。ともかく、準備にかかろう」
 震と絶対障壁・憐獄(w2b077)の二人は地思念投射と心眼用いてさらに地図を持ち、何とか大鵬の居場所を探し当てた。――二人は早速仲間達に連絡を送る。
「だから、逃げてください! ここ一帯は危険なんです! もうすぐ戦場になるんです!」
 碧眼の天位剣匠・滅那(w2a560)は町の人々を必死で誘導する。
 しかし、サムライへの不信はかなりのもの。力ずくでもない限り言う事を聞きそうにない。かと言って本当に実力行使すればさらに状況は悪化するのだから始末が悪い。このままでは大鵬を倒す前に大変な状況になってしまうは必然かと思えた。――その時。
「待ちなさい!」
 彼等の目の前に孝潮が御する陸鳥が止まった。後ろには鄙木の姿をしたEMPRESS・戦(w2c351)が乗っている。
 流石に出産直後の鄙木を連れてくる事は難しかったため、服を借りてきてこのように変装して来た訳である。――しかも丁度良い事に彼女と鄙木は背格好が似ていた。顔を隠し、話さえしなけば化ける事には全く問題は無かった。精霊の導きとはまさにこの事であろう。
「この国の命運はもはや我々ではなく彼等にかかっている‥‥今だけでもいい、彼等を信じてくれ」
 少し遅れて陸鳥で走ってきた義任が真剣な眼差しで民を見やる。――彼も元とは言え姫巫女。その誠実な言葉に反論する民はすぐにいなくなった。
 そして、仲間達と共にあらかたの避難を誘導終えた心に響く癒しの歌声・呼響(w2e769)は小さく歌い始める。――そしてそれは静かに響きはじめた。

 生命の歌 東風に乗り 地を覆う
 歌は刃となり 絶望を切り裂く
 声よ響け 嵐の向こう 希望の歌よ

 一方、大鵬はただ欠けた力を急いで取り戻そうと貪り喰う様に魂を狩っていた。そして路地裏の小道で、目の前の五人目の獲物の首筋に牙をかけたその刹那――。
「その姫巫女様、力ずくでも返してもらうっ!」
 影から飛び出した憐獄は輝神装甲をかけ、大鵬に一気に体当たりする。そして、それによって大鵬より引き離されたかもめを震がすかさ抱え、そのまま大鵬から離れるため一気に走り出す。
「‥‥くっ!」
 大鵬はすぐに立ち上がりかもめを追おうとするが、目の前に鬼面仏手・孫の手(w2b894)と終が立ちふさがる。
「あいかわらずしけた顔だぜ。もうヒトじゃねえんだよな、佐兵衛。‥‥こんなくだらねえ博打を続けやがって」
「だが、その調子だともう賭けるものも無さそうな気がするがな」
 後ろには黒き御盾・葵(w2a377)と漢・筋之助(w2b265)の二人。――さらに逃げられないように十重二十重にサムライ達が囲む。
「‥‥今度は腕一本では済まさん」
「そして、今回は一撃でやられませんよ」
「‥‥俺をなめるな‥‥姫巫女など居なくても‥‥っ!」
 サムライ達に包囲された大鵬は札を取りだし、構える。
「‥‥へへっ、奪えりゃこっちのモンなんだよ‥‥って、おい!」
 その頃、かもめを抱いて戦線から離脱し安全な場所までたどり着いた震は、飾り布が取れ改めて見た彼女の姿に見当違いの叫びを上げる。たしかに彼の腕の中には正真正銘の姫巫女がいた。――しかし、その姿は震の期待した妙齢の女性どころか十五十六位の少女だったのだ。しかも今しがた様々な部分を触った感想として言うなら年相応の少女に比べて発育不良というか何というか――。
 そんなこんなで震が困惑している(でも触っている)間に、徐々にかもめの目に生気が戻り始め、その目には涙があふれ出す――恐らく大鵬から引き剥がす事でその魂が解放されたのであろう。
 その後、遅れて合流した孝潮達はその状況を目撃して頭を抱える事となる。
 何故ならそこには泣き続けるかもめを抱きしめまだ尻やら何やら触っている震が居たのだから。

●法具
「‥‥これだよ」
 仲間が竜宮との戦闘中の最中、影潜みで先に芳流閣に侵入し最深部まで到達していたヒルコの天剣士・仰(w2e625)。サムライ達は彼の案内で地下の鉄の扉の前に導かれた。
 厳重にかけられた鍵は見事に打ち壊され、辺りには幾つもの桐の箱やその中身が散乱している。――そんな中、辺りを念入りに調べていた彼波誰の灯・伽羅(w2d28)は側に脇に置いてあった本を見つけ、折り目の付いてある部分を見つけて読み始める。
「なになに、『神事は最強の力を誇る武器であり法具である、真の守護宝刀『剛波剣』一振りと、輝海帝の鎧、深潮の勾玉の三つを持って行われる』‥‥後は細かい儀式の方法が乗ってるって所ですね」
「ねぇ、竜宮の持ってた勾玉ってその法具じゃないのかな‥‥」
 小花は脇に打ち捨てられていた幾重に重なってある古びた桐の箱一つをを仲間に見せた。蓋は『深潮の勾玉』と書いてある。
「それと大鵬が持っている刀も‥‥これに入ってた『剛波剣』‥‥ですかね」
「ああ、間違いねぇ。‥‥大鵬の刀なら実際見たしな、本の絵と一緒みてぇだったぞ」
 伽羅は落ちてあった細長い箱とそれに入っていたと思われる金糸銀糸がふんだんに使われた豪奢な刀袋を殺鼠丸に見せる。
「鎧は元々置いてなかったみたいだし、他の祭具もあまり痛んでなかったから勾玉以外は大丈夫だと思うよ‥‥大鵬が倒せていたらの話だけど」
「一騎当千揃いのあいつらの事だ、心配することはない。‥‥それに竜宮の言葉が正しければ姫巫女さえこちらに戻れば勝機はあるだろう‥‥おそらくな」
 鞘音の言葉に辺りに不安とも期待とも言い難い奇妙な沈黙が一瞬走った。――が、すぐ後に屡輝が言葉を繋ぐ。
「じゃぁ、改めて屋上に旗を立てに行きましょうか。‥‥解放の旗を」

●春歌
「てめぇ‥‥よくあたしの前にそのツラ出せたな!」
 鳴は式神符で隼を作り、わざと大鵬の砕魂符にぶつけ相殺し前へ走り、立ちふさがる式神大鵬達を切り伏せてゆく。そしてその鳴の背後からは孔熊の光の杖が幾度となく打ち込まれる。――しかし二人とも気が急いているのか、その攻撃は荒々しい。
「うぉぉぉぉっ!!」
 仲間達が式神大鵬を払う間を縫い、筋之助は大鵬本体に印を組ませまいと咆哮と共に地裂陣を叩き付ける。――そして、それに合わせ葵と鈴乃が前の戦いと同じように左の肩口めがけ両断剣の合体技を狙う。
「二度と同じ手は喰わん!」
 大鵬は右手に剛波剣を構え、左から来る葵に応戦する。しかし、本当の狙いは終の右からの攻撃。――左に気を逸らさせる事で右に死角を作り、一気に剛波剣を持った右腕ごとを一気に切断すると言った戦法だ。
「いい加減にしろ、佐兵衛っ! ‥‥お前にもう勝ち目はねぇっ!」
「‥‥俺は人間の佐兵衛ではない! 俺は殲鬼・大鵬だ!」
 大鵬は怒号を上げ左手で剛波剣を掴み、哀れみの目で己を見る孫の手に襲いかかろうとする。――だが目の前に孔熊と鳴が立ちふさがり剣を構えた。
「殲鬼なら、俺達二人が引導を渡してやる! 行くぞ!」
「‥‥血の色をした夢の続きはあの世で見な!」
 左からは孔熊の炎獄連殺刃、右からは鳴の神速無限斬。
 猛り狂う龍の如き二つの攻撃が同時に放たれた。
 それを受け、大鵬の身体はまるで血袋のように、二人の身体に赤の雨を撒き散らしながらゆっくり静かに崩れ落ちてゆく。――そしてもう二度と動く事はなかった。
 それが東風を震撼させた殲鬼の最後であった。――あっけないと言えばあっけない、それは博打に惨敗した男の如くの結末――。
「‥‥終わった‥‥」
 長い戦いを経てようやく目前で骸と化した大鵬を鳴はしばらく放心して見つめていた――そしてその身体を終が後ろからいたわるように抱きしめる。
 ――長い悲劇が今、終わったのだ――。

●終劇・東風吹きて
 ちゃんと元気にしてる? お母さんは元気にしてるわよ。
 こちらは姫巫女様を捕らえていた殲鬼も退治した所。後始末が終われば帰れるわ。
 もう数日したら帰ると思うから安心して頂戴。ちゃんとお土産も買って帰るからね。
 (戦が愛娘に当てた手紙より抜粋)

 そして全てが終わり、数日後――。

 花浦の町が見渡せる小さな丘に呼響と小花、仰の三人は佇んでいた。――彼等は大鵬との戦いが終わってもすぐに桔梗には帰らず、町や村の復興の協力をしていたのである。そしてようやく一段落付いたので今日ようやく桔梗への帰路に着こうとしているところであった。
「ねぇ、他の残ったみんなはどうしてるの?」
「‥‥葵さんは彼女さんとこっちでもうちょっと休んでいくって言ってましたね。‥‥震さんは義任様の所でしばらく勉強するとか‥‥」
「案外かもめ様の事で絞られてたりして‥‥」
 彼等の同行者である孫の手は明るい笑い声と少し離れ、真新しい名の無い墓石に向かって手を合わせていた。――殲鬼王の欠片を受け大鵬と言う殲鬼に変じた人間の男、佐兵衛の墓だ。
 墓と言っても骨は入っていない。が、代わりに佐兵衛が愛した博打に使う賽が入れられていた。
 孫の手は思う。――もし、まだ人間であった佐兵衛に会ったあの事件の時、自分が捕まえていたらどうなっていただろうか? 様々な悲劇は起こらなかったのではないのか?
 しかし、どれだけ過去を問いかけても目の前の状況は変わらない。それが少し悲しくもあり。
「(‥‥今度この世に生まれてくる時はもうちょっとマシな生き方をしな‥‥)」

 サムライ達は、眼下に広がる花浦の町を見下ろす。そこに優しく温かい風が吹く。それは春の風。
「東風の人々心にも、春を告げる風が訪れますように‥‥」
 呼響の言葉はその言葉は風音にかき消されるほど小さい。
 だが、願わくば――東風――春の風に乗ってこの国にサムライ達の思いが届く事を。

東風吹く丘にかもめ鳴く・完

●番外
 サムライ達が桔梗への帰還の準備を進める中、滅那は東風の海岸へ殺鼠丸を呼び出していた。
「その、戦いの前に言ってた返事‥‥聞かせてくれる?」
「‥‥どうあっても駄目だな」
「‥‥やっぱり、あたしが好みじゃないから?」
「うんにゃ、違う。‥‥お前、前に言ってただろ?『ガキの頃、自分の親父はどうしようもないダメ男だったけど、お袋がしっかりしてたからやって来れた』ってな。‥‥お前は恋という気持ちで理由付けて俺を選んで自分の見てきた過去を自ら繰り返そうとしてるんじゃないのか?」
 殺鼠丸の言葉に滅那は黙りこくってしまわざるを得なかった。
「お前は滅那本人であってお前のお袋さんじゃねぇだろ? ‥‥大体よ、お前が本当に選ぶべき男はお前の親父に似た俺じゃねぇだろ。背中押して貰うなら他の男当たればいい」
 殺鼠丸は困ったように笑い、滅那の利き腕に拳を作らせた後、それを殺鼠丸本人の頬に向けさせた。
「一発殴っとけ、遠慮すんな。‥‥過去と決別するためにな」
 ――数秒後、殺鼠丸の頬に鈍く重い衝撃が走る――そして、吹っ飛ばされて見えた視界に見えた青い空、砂浜を駆けて去ってゆく滅那の足音がやけに脳に焼き付いていた。
「‥‥人は過去を見ねぇと生きていけないのかよ‥‥畜生め‥‥」
 腫れた頬をさすりながら殺鼠丸は小さく呟くのであった。

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