35.『醜女』

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●みやびおの
「ああもし、そこなお方」
 後ろから声を掛けられた男が振り返り、少しぎょっとする。
 目の前には、三人の人物。一人は、一見老人のような格好だが、その顔は結構若く、しかも猫背なのに自分と背丈が変わらない。一人は行商人のような格好をしているが、屈強なその身体は隠しようもない大男。一人は笠を目深に被りその顔は見えないが、身長とその服装から察するに、まだ幼い少女。
 茶道楽・道満(w2e203)、鬼面仏手・孫の手(w2b894)、天界の呪術公式師・銀(w2e309)の三人のサムライなのだが、村人にはそんなことは知りようもない。
「あ、えぇと‥‥何か?」
 気を取り直して、とりあえず声を掛けてきたと思しき初老の人物に向かって返答する。
「わしは、桔梗の国のちりめん問屋の隠居でしてな、諸国を旅しておりますのじゃ」
「は‥はぁ‥‥」
 道満のいきなりワケのわからない話題で煙に巻かれた男は、サムライ達にすっかり主導権を奪われた。あれよあれよと言う間に怒涛の世間話に巻き込まれ、気づいたときには一通り村の中のことは話し尽くしていた。
「いやいや、勉強になりましたわい。それでは、わし等はこれで」
「はぁ、どうも」
 ぺこりと頭を下げて歩き去る三人を見送り男は、さて自分は何をしようとしてたんだっけな? と数時間前の自分のことについて思いをめぐらせていた。

「ん〜、そうですね。小さい頃に、私も苛められたことがあるんです。それが動機といえば動機でしょうか」
 時は少し戻って村への道中。無月真陰流二代目・朝壬(w2e408)がさらりと語る。誰が言い出したか、村へ向かうサムライ達の話題は今回の依頼に対する各自の想いについてとなっている。
「幸い、わしは苛められただとかそういった記憶はない。しかし、その悔しさや無力感はわかってやれるつもりじゃ。‥‥末摘花殿か,全く不憫よの」
 銀が朝壬の言葉に応えるように話す。
「虎真さんは?」
「僕ですか? 特にないですね〜。敵がいたら潰す、それだけですけど‥‥。あ、朝壬さんがいるから、ですかね♪」
 黒白の炎雷・虎真(w2c010)の単純明快な答えに、話を振った朝壬の頬が赤く染まる。
「殲鬼王を倒し飛散する欠片‥今回のように、それで不幸になる人もいるということを、今更ながらに考えさせられますね」
 万折不撓のへっぽこ侍・八重垣(w2b382)がポツリと漏らした言葉に、皆が押し黙る。
 その沈黙を打ち破ったのは、黒髭公・塩月(w2a599)の一言。
「そのような事は、我等サムライの仕事に非ず。我々は何を持ってサムライか? サムライとは『殲鬼を討つ』者なり。故に、殲鬼の事情など一顧だの必要なし」
「そうだな。情けなんざかけたところで、向こうは惨めな気分になるだけだろうさ。そんな考えで切っ先が鈍っちゃぁ元も子もないしな」
 塩月の言葉に同意を示したのは、刀伯・塵(w2a434)。
 二人の意見に、場の雰囲気が気まずくなりかけるが、
「ま、何にしたって殲鬼を人に戻すことはできねぇんだ。俺らに出来るなぁ、身も心も鬼になっちまった女を討つだけさ」
孫の手の言葉に、苦いものを含みながらも、全員が頷く。

 道満らの情報収集により、三郎太・源児・末摘花の家の場所が判明した。また、今のところ末摘花の正体が村人たちにばれていないことも。
 また、八重垣が村内の地理を調べ、位置関係から殲鬼の行動を予想する。
 そうして得た情報を元に、各々が予め決めてあったそれぞれの持ち場へと散る。

 鬼道の乙女・透(w2e683)は、源児を護る為、源児の家へと上がりこんでいた。
「う‥‥嘘だろおぉぉぉ〜?」
 突然押しかけてきた女性──実は男なのだけれど──に、かつて自分の苛めた女が殲鬼になって自分の命を狙っている、などと聞かされた男がどうなるか。
 見事に取り乱し、腰を抜かして立つ事もままならない目の前の男が、その答えを如実に語ってくれていた。
 透としては、人は外見じゃない、と諭してやろうと意気込んでやってきたのだが。本題に入る前に事態を説明する必要があった為に説明すると、こうなってしまった。
 すっかり拍子抜けしてしまった透は、
「ま、今回はお仕事だから、私たちサムライが護ってあげるけれどぉ、これに懲りたら弱いもの虐めなんてしちゃだめよぉ」
と、源児の前に座り込んだ。

●醜女と暮らす不思議さよ
 深夜。
 虫の声一つ聞こえない静寂を破り、ホー、ホー、という梟の鳴き声が聞こえる。
 その声を聞いた透と銀が立ち上がる。
「ちぇ。向こうだったみたいねぇ」
「そのようじゃな。では、こちらは頼んだぞ、八重垣」
「はい、こちらの事はご心配なく」
 陽動に備える八重垣を残し、透と銀は源児の家を出、庭先に潜んでいた孫の手と合流し、三郎太の家へと急ぐ。

「ひっ‥‥来るなっ! 来るなぁぁぁ‥‥!」
 三郎太がもたれかかった襖が、ガタン、と音を立てて外れて倒れる。
 三郎太の眼前には、匂い立つような、しかし一目見ただけで恐怖がその身を支配しないではいられない、妖艶な女が一人。
 殲鬼としての本性を現した末摘花である。
「フフ‥‥あたしを恐れているわね‥‥貴方のその恐怖‥‥美味しそうだわ」
「あ‥‥あ‥‥」
 もはや恐怖の余り言葉にならない三郎太にゆっくりと近づく殲鬼の後ろから、声がかかる。
「そこまで!」
 虹色の闘爪少女・夏岳(w2d747)が、身を潜めていた暗がりからすっくと立ち上がる。
「末摘花さん、悔しい気持ちは良く分かるけど‥‥」
「そぉよぉ、貴方の気持ちはわかるけれど、自分自身を恨んじゃ駄目よぉ」
 一縷の望みを賭け、夏岳と駆けつけた透が殲鬼に声をかける。
「‥‥恨む? 何を言っているの? こいつらの恐怖はね、本当に美味しいのよ? あなた達、あたしの食事を邪魔しないでくれる?」
「やはり、もう‥‥」
 人は殲鬼と成った瞬間に、その心も殲鬼と成る。
 判っていたとはいえ、やはり精神まで殲鬼と成り果てていたことに衝撃を隠せない。否、それを防げなかったことに。
 その一瞬の悔やみが、夏岳に隙を生む。殲鬼が、夏岳との距離を一瞬で零にし、その長く伸びた鋭い爪を突きたてようと振りかぶる。

 キィンッ

「だから言っただろうが! 余計な感情は邪魔なだけだ!」
 硬質の音を立て、塵の霊刀がすんでのところで爪を弾く。
「貴方もあたしの邪魔を、する‥‥!?」
 突然自分の身に起こった異変に戸惑う殲鬼。視線の先には、瞳に武神力を湛えて殲鬼をにらみつける道満。
「‥‥なんなの貴方達? いきなりやってきてあたしの邪魔をして‥‥」
 ギシギシと殲鬼の身体が悲鳴を上げる。
「長くは持たんぞ! 夏岳!」
 叫びながら符を放つ道満と同時に、夏岳が武神力で編んだ網を投げかける。
 身動きの取れない殲鬼に、塵の心眼天命剣が、孫の手の大地のように重い一撃が、銀の掌から迸る漆黒の雷が突き刺さる。
「あ‥‥ぐぁ‥‥」
 サムライ達の一斉攻撃をまともにその身に受け、既に抗う程の力のない殲鬼が、虚ろな瞳を虚空に向け、一歩踏み出す。
 スッ、と殲鬼の前に立った朝壬が、無言で手にした霊刀・残菊を殲鬼の胸へ突き立てる。
 背まで貫いたその一撃で、ぜんまい仕掛けの玩具が止まるように、殲鬼の心臓の動きが止まる。慣性に従い前へのめるその身体を、朝壬が抱きとめる。しっかりと、固く。
「‥‥冷たい床よりは、少しはマシかしら、ね‥‥」

●顔にいやます心なるにも
 殲鬼を無事倒した一行(主に銀と夏岳)は、腰を抜かしガタガタ震える三郎太を引っ立てて源児の家へ向かい、そこで二人に延々と説教を垂れた。道満が止めなければ、その説教は三日三晩ほど続いたかもしれない。まぁ、道満にしたところで、説教する価値もないと判じての行動だったのだが。
 八重垣が村人へ事件のあらましの説明を行い、末摘花の親族に累が及ばぬように手配する。
 こうして、サムライ達の仕事は無事終わりを告げた。

「ここだったかい」
 塵の後ろから、孫の手が声を掛ける。
「‥‥どうした?」
 丁度作業を終えた塵が、孫の手の方を向く。
「それ、末摘花の墓だろ? 花でも供えようかと思ってな」
 孫の手の手には、紅い花が一本。
「‥‥紅い花のことをな、末摘花って言うらしいんだわ」
 つい今しがたまで塵が土を盛っていた、その場所の前に立ち、花を横たえる。立ち上がり、瞑目する。
 そのままいくばくかの時が流れる。
 聞こえるのは、春の柔らかな風が木々の新芽を揺らす音だけ。
「恨みを抱き成長し、恨みを抱き殲鬼になり‥‥末摘花はどんな心境だったんだろうな」
 塵がポツリと漏らす。
「‥‥余計な感情は持たねぇんじゃねぇの?」
 孫の手が、苦笑しつつ、口に出す。
「依頼を果たすには邪魔にしかならんからな。だが、せめてその心だけでも‥‥ってな」
「まぁ、わからんでもないが。だが、殲鬼になった時点で、あの女の中にゃそんな想いは残ってなかったさ。殲鬼ってなぁそういうもんだ」
「ああ、わかっちゃいるんだがな‥‥こういうのはどうも、やりきれねぇな‥‥」
「‥‥そうだな‥‥」
 墓前に添えられた一輪の花が、風に揺れていた。

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