36.『髪殺しの矢』

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●ハゲの村
 殲鬼に脅かされている羽夏の村に向かったサムライ達。ちなみに、村の名は羽夏と書いて『はげ』と読む。つくづくハゲに縁のある村だ。
「よもや、いきなり『えぬじぃわーど』にぶつかるとわなぁ」
 ちょっと遠い目で村を見つめる鬼面仏手・孫の手(w2b894)。『ハゲ』と設定した以上、厳格に判断し、村の名を呼んでも『えぬじぃわーど』と判定すべきかしばし悩む。もっとも、『えぬじぃわーど』を言ってしまうとどうなるのかまでは定かで無い。
「人通りがほとんど無いな。やはり殲鬼の所業を恐れているのか」
 自身の髭に手をやりながら黒髭公・塩月(w2a599)が判断する。彼にとって、『髪』が抜けるよりも『髭』が抜ける方が深刻な問題。万一、毒が髭にも効くようなら彼にとって至極厄介な話である。
「いやいや。例え人通りに人がいなくても。女の子のいる所なら見当つきますよ」
 ですから情報収集に行ってきますと、足取り軽くたゆたう浮き草・遊(w2a317)が村の中へと消える。
「では、こちらも聞き込みに行ってきます」
 よいしょ、と作ってきたみそ汁――具材はもちろんワカメである――の鍋を抱えると、黒双月の片翼・華月(w2a334)もまた、村に入っていく。
 その行動に促されたように、他のサムライ達も動き出した。

●ハゲをハゲます集まり
「いらっしゃ〜い」
 独特の口調と身振りで毛髪復活人・鬘三芝師匠こと孫の手は村民に御挨拶。
「鬘三芝師匠って‥‥誰?」
 そう首を傾げる癒し手・美月(2wa708)をさて置いて、孫の手は矢に襲われて髪を失った人を救うべく被害者には無料で施術を行なう、と広めていた。結果、彼らがいる宿屋には帽子で頭や顔を隠した人が溢れる程訪れていた。中年以上の男性が多く、中にはどう考えても殲鬼の仕業でなく、前からハゲてたんでしょ、と言いたい者も混じっていたりする。
「‥‥そんなに、頭髪に困ってる村なのか?」
 こそこそと集まってくる内に、結構な盛況ぶりになった宿屋に孫の手は困惑する。だが、そういう村だからこそ殲鬼も狙うに丁度いいと思ったのかもしれない。
 気を取り直して孫の手は訪れた相手に不屈の応援をかける。が、かけられた相手に変化は無い。不屈の応援は抵抗力を高める予防効果のような武神力で、解毒には向かない。ついでに言えば、単体に使用するので、大勢に使用するとあっという間に武神力切れを起こすのが要注意。
「ああ、鬘師匠を信じていたのにー」
「希望は‥‥消えたか‥‥」
「金返せー」
 効果が無いのに感付いたか、集まった人達に動揺が走りざわめきだす。ちなみに金は取ってないので、これは完全に単なる野次。実に失礼な話だ。
「あの、ちょっといいですか?」
 その様子を見た美月が声をかけ、試みに集まった人々へと光り輝く愛の翼を使用する。翼状の光が広がって優しく対象者を撫でる。それをどこまで理解できたかは分からないが、とにかく悪い事をされたのではないというのは村人にも分かろう。
「何だか知らんが効いた様な気がするぞ」
「おお、頭がちょっとザラっとしているぞ?」
「ああ、昨日までさっぱりだったのに‥‥ありがたや、ありがたや」
 至極現金。笑い合う村民を前に美月も孫の手もそう思っていた。
 頭髪がすっかり元通りとまではいかないが、気を良くした村民達にさっそくと襲われた情報を聞き出す。
「とにかくあれは突然の事じゃった‥‥。道を歩いていたら、いきなり首筋にちくり。なんじゃいな、と思った次の瞬間には‥‥わしの‥‥わしの髪がああああああぁぁぁああああ〜〜〜!!!」
「お、落ち着いて下さい!! 取り合えず、一杯」
 とめどなく涙を流しながら叫ぶ老人に、慌てて華月が用意していたみそ汁を勧める。
「とにかくまぁ、それぐらいあっという間じゃったという訳じゃ。わしのふさふさの髪が抜けるのは」
 みそ汁を飲んで、落ち着いたらしい老人だったが、やはりその時の記憶がよみがえったか、さめざめと泣いている。‥‥ふさふさと言っているが、頭の日焼け具合からして頭全部がそうだったとは思えないのは誰の目にも明白だったので突っ込む者は無い。
「‥‥ほとんど無差別。時間問わずの場所問わずみたいだね。ただ、歩いている所を襲われたって人が多いみたいだから、囮作戦は使えるかも」
 聞いた話を纏めてみた日進月歩・夕凪(w2f652)に華月も頷く。
「ところで。その時矢を撃たれたと思うけど。その矢を持ってる人は無い?」
 毒の成分が分かれば、解毒の方法が分かる。もしかすると育毛の効果とかも分かるかも、と夕凪は考えていた。だが、それを告げた途端、場にいた村民の多くが一斉に夕凪へと迫った。
 殺気じみた気配を感じて思わず逃げ出そうとした夕凪を素早く捕まえ、村民達はがっしとその手を握る。
「矢はあります。育毛ですか‥‥。よろしくお願いしますね。ええ、元通りの天辺までのふっさふさの髪に戻して下さい」
 息も荒く、非常に真剣に告げるその老人に戸惑いながら、夕凪は引きつった笑みで頷く。どー考えても、殲鬼による毒以前の、遥かに時を遡ったうんと昔の状態を期待しているようだが‥‥。まぁ、うまくいけば何とかなるかもしれない(ならないかもしれない)ので黙っておく。
「大丈夫ブ〜。髪は貴方を見捨てないですブ〜」  
「ああ、ありがとう。坊やもめげずにがんばるんじゃよ」
 励ましの言葉と共に、小分けしたのしワカメを手渡していた黒き魔人阿武瞳羅・仏血耶唖(w2c486)に、やっぱり老人は涙しながら手を握って大きく頷く。どうも仏血耶唖の頭を見て、自分の同類と思っているらしい。
 仏血耶唖の場合は単に自分でそうしているだけなのだが、せっかく友好的に(どちらかと言えばほぼ一方的に)盛り上がっている所へ水を差すのも悪いので、やっぱり口を出さずにおいた。

●ハゲを救うハゲしい戦闘?
「髪を奪われて悲しむ人間の方が殲鬼も喜ぶでしょう。女性、髪の少ない老人、そして生え際を気にし始めた神経質そうな成人男性‥‥。という訳で、師匠、囮役がんばって下さい」
「勿論、女性を囮にするような真似はしません。男性陣は無敵鎧が使える鎧剣士と鏡反衝がある天剣士と頭髪を特に気にしない方々‥‥って、髪の心配しなければならないのは私だけですかっっ!!! 知性派のサムライとして神経をすり減らす日々に、その内ハゲると陰口叩かれているのにっ!?」
 痛みを喪いし・怜理(w2b916)に告げられ大きく頷いたものの、話している内にある事実に気付いた灰色の猟鬼探偵・斜烙(w2a085)は大きく絶叫した。
 ちなみに、怜理が斜烙を囮にするのには「自分は闘いの前衛として、邪魔にならないよう髪を伸ばさないのに、後方支援なのに男なのに師匠の髪が長いのは何となく許せない」という私怨じみた理由も含まれている。
「鬘三芝師匠の集まりが成功し、また、仏血耶唖さんが頭髪を気にしない明朗快活な行動をしてくれた事によって村全体の頭髪に対する悲しみが薄まってきてるようです。殲鬼も望まぬ事態になり、たぶん、焦ってすぐにでも行動を起こすのではないでしょうか。ですから、元気よく出発しましょう」
 しかし、そんな理由は勿論口にどころか態度にも表さず、冷静に状況を判断すると怜理は斜烙を送り出す。
 今一つ、納得の行かない雰囲気ながら、斜烙は怜理と共に通りを歩く。その手にあるのは毛生え薬。薬局で大量に買い込む予定だったが、この殲鬼によるハゲ事件で薬は品薄状態。手に入ったのは一つだけだったのは仕方無い。それを大事そうに持ちながら、怜理との会話も髪を気にする内容ばかり。
 周囲には式神符を展開し、心眼で周囲の気配も探る。と、近付いてくる気配を捉える。
「やぁ、お二人さん。様子はどうだい?」
 殲鬼と思いきや、現われたのは遊だった。女性に話し掛けて情報収集を行なっていた彼はそのまんまちょっと趣味に走っていたらしい。女性と別れて歩いていた所で二人を見かけ、話しかけた訳だ。
 話し掛けながら、遊は自然な仕草で髪を掻き揚げる。サラサラの髪がもつれる事無く元通りになると同時に、険しい表情で斜烙の視線が一点を向く。
「殲鬼!!」
 その意味に気付き怜理が声を上げるのと、物陰から掌にも納まりそうな三本の矢が飛んでくるのは、また同時だった。
 怜理に飛来してきた矢は、彼女が無敵鎧を使用していた事によって何の成果も無く弾かれ地に落ちた。
 斜烙は空蝉の術を使用し矢を避けた。
 そして、遊は鏡反衝を使用して矢を跳ね返し、跳ね返った矢は空蝉の術で遊と殲鬼の線上に避けてしまっていた斜烙の頭にすこんと刺さった。
「おおっっ!?」
 悲鳴をあげた斜烙に、見張っていた美月と孫の手がすかさず光り輝く愛の翼をかける。その武神力がよかったのか、事前にかけていた不屈の応援が効いたのか、取り合えず、斜烙の髪は無事護られていた。
「ちぃ!!」
 軽く舌打ちした殲鬼は隠れていた物陰から現われると、即座に逃走にかかろうとする。だが、走り出そうとした方向に、塩月が待ち構えているのを見て、刹那足を止め、別方向へと走り出そうとした。
 が、その足を止めた刹那が致命的だった。
「逃しませんわよ!!」
 叫ぶが速いか、華月が月下双美麗「煌」「冴」を鉄鎖法で打ち出した。さらには遊の玄武刀が、孫の手の夜半の寝覚が、怜理の砕魔の剛刀が、鉄鎖法で次々と打ち出され、あっと言う間に殲鬼の身を貫く。巻き戻る鎖に刀剣が引き抜かれ、上がる血しぶきと絶叫の後、自棄になったか殲鬼が持っていた矢を乱れ撃つ。
 だが、重傷の身で放つその矢は勢いが無く、サムライ達には簡単に見切られ躱され。さらに‥‥
「ブフフフフ〜。ブ〜はそんな物、気にしないですブ〜」
 鉄壁を使用し、飛んでくる矢を気にもせずに韋駄天足で走り寄った仏血耶唖がそのままの勢いで殲鬼を拳や蹴りを叩き込み、とどめとばかりに盛大に投げ飛ばす。
 空に舞った殲鬼からぽろりと頭髪が外れ、見事な禿頭が太陽光に反射する。ずん、と重い地響きを立てて動かなくなった殲鬼の上に、やや遅れてさらさら直毛のカツラがぱさりと落ちた。
「‥‥やっぱり殲鬼もハゲだったんだ。しかもヅラとはね」
 もはや動かぬ殲鬼にあきれたように告げた遊。それに皆も一様に頷いていた。

 落ちた矢を回収し、夕凪は姫巫女へと届ける。老人から矢を受け取って村の薬師へと向かった時は、殲鬼が作った毒の為か、よく分からないと告げられ少々気落ちしていたが、姫巫女からは多分何とかなるしなるといいなと思うので何とかしましょう、と強く言われてほっとする。
「若いサムライも活躍し、これで未来は明るいというものだ」
 そう言って、頷く塩月。どういう仕様なのか、髪が抜けても髭が抜けたという話は聞かなかった。よって必然的に髭の威厳も保たれている。それがまた喜ばしい事だった。

 こうして、髪への不安は取り除いたサムライ達は連ね鳥居を桔梗へと戻っていった。

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