38.『最後の予言』

==============================

●一幕(村はずれ)
 月明かり、いや、星の明かりすらもないほど漆黒に塗りつぶされた夜だった。絶望につぶされた村には活気はみられず、まだ夜が訪れてそれほど経過していないのにほとんどの家は明かりをつけようともしない。
「ほ‥‥本当に大丈夫だべな。我らだけ先に逃げ出して災厄などに襲われたらかなわんべ」
 漆黒を隠れ蓑にして、村から三人の男が何かに締め出されたかのように抜け出す。その姿は他の村人に見つかりたくないからであろうか? 全身を黒い衣服と頬かむりで覆い、大急ぎでただ村から抜け出す道を全力でかけてゆく。
「災厄がなんだべ! どうせこのままいたら死ぬがもしんねだ。少なくとも俺はもうこんな村さ我慢ならね!」
 漆黒の中でもはっきりと確認できるほど白い顔をした村人の声を、色黒の男が厳しい声で打ち消す。
「そだぁ。どんぜこんまま村さおっても裁きさくらってしんじまうかもしれんでや。ここは逃げ出さないほうがおかしいってもんだべ」
 三人の中で一際大柄で、布団やら何やら家財道具一式を盛大に背負った男は息を大げさに切らすと、しきりに何もない空を気にしながらせっせと道を進んでいく。
「おや? あれはだれだっぺ? 村のもんか?」
 三人は前方からゆっくりと歩いてくる男を発見すると、それまで必死に動かしていた足を止めて身構えた。視覚で確認できるほど相手が近づいてくるにつれ、徐々に相手の容貌が露になる。見れば美しい村娘である。
「お前だれだ! わしらに何ぞ用でもあるか?」
 色白の男が脅えを隠しきれぬような大声で村娘を問い詰める。しかし、その村娘はあくまですまし顔のまま美しい唇をゆっくりと綻ばせ、裾から取り出した油を掌に直接そそぐと、何の躊躇もなくそこに火をつけた。
「あらあら、災厄の意味がわかってないと思われますね。村から逃げ出すという‥‥」
「そこまでだ!!!」
 色黒の男、酒呑童子・宿祢(w2a892)が叫ぶと同時に、その屈強な肉体を隠すために大荷物を抱えていた鬼面仏手・孫の手(w2b894)と色白の男、昏き螢惑・連十郎(w2d097)が包まれていた厚い衣服を脱ぎ捨て、瞬時にして戦闘体制に入る。
「さてと、先制攻撃といかせていただくぜ!」
 殲鬼の虚をついた宿祢がその拳から氷の衝撃波を放ち、美しい村娘の姿をした殲鬼を貫く! だが殲鬼はその嫌味なまでに浮かべた容貌を崩壊させ、本来の姿を現すと、それをすんでのところで回避した。
「あらあら‥‥女性に手を挙げたらいけないって誰かから習わなかったのかなこのサムライさんたちはぁ?」
 本来の姿を現した殲鬼はその本性を見せ付けるかのように下卑な笑い声を無思慮にあげると、未だに攻撃態勢から抜け出せぬ宿祢に未だ燃え盛る拳を強引に打ち込む。
「がはあぁぁ!」
 金属が避けるような音が宵闇を引き裂き、宿祢が盛大な砂埃と共に大地に打ち付けられる。
「ひゃ〜はっはっは。ほらほら、言ったことかよ! 予言とは少々違うが裁きが奴を襲ったぜ!! さあ、次に愚かな預言者になるのは‥‥‥‥!!!!」
 殲鬼が言葉を言い終える前に連十郎の全身全霊を込めた一撃が殲鬼を捕らえ、殲鬼は言葉を放つ暇もなく大木を数本なぎ倒し、土壁に激突するまで吹き飛ばされる。
「愚かな預言者にもなれなかった貴様愚弄する権利はないってことだ。大人しくその土の中で眠っているんだな」
 連十郎は確かな手応えを確認すると、殲鬼が先程いたところから目を宿祢へと向けた。だが、次の瞬間には彼がいる場所へ向けて二方向から風を切り裂く音が鳴り響く!
「馬鹿かてめぇはああぁぁーー!! これくらいでこの俺様が死ぬとでも思ったか!」
 殲鬼は先程の一撃でその額から盛大に鮮血を滴らせつつも、宵闇と風を強引に切り裂いて連十郎に迫る。
「だったらこの一撃はどうだ!!」
 もう一方から風を切り裂きこの場所へ迫っていた疾風の奏・灰(w2c926)の神速無限斬が殲鬼の攻撃と交錯し、打ち勝つ! 殲鬼は再び悲鳴もなく土壁まで吹き飛ばされる。
「遅いぞてめぇ! もう少しで全滅するところだったじゃねぇか」
「そう言うな。殲鬼に気付かれないように機会をうかがうというのもなかなか大変なものなのだ」
 孫の手の安堵したような、多少手荒なねぎらいに灰は顔を綻ばせる。
「まったくだ。俺なんて髪を黒く染めてまで挑んでるってのに、危うく死ぬところだったつうか。とにかく危なかったぜ」
 宿祢は、内側に織り込んだ金属糸の一部が布ごと突き破られた道着をおおげさに灰に見せつけると、連十郎が殲鬼をひきつけている間孫の手に治療してもらった傷口を軽く叩く。
「‥‥さあどうする殲鬼さんよ。‥‥こっちとしては是非ともこれで終わってほしいんだが、まさかこれで終わりってわけじゃねぇだろ?」
 孫の手が未だに土煙の立ちこめる場所に向けて低い声を放つと、先程までの余裕の表情は完全に吹き飛ばした――これから殺戮をする獣のような表情で、殲鬼がゆっくりとサムライたちへと歩み寄る。
「力が出ねぇ。‥‥封土の力が弱まったとはいえ、サムライ相手に力負けするなんてな」
「よく御存じじゃないか。‥‥医者に扮して子供に毒を飲ませ、川には染料を流し、村長の邸と山に放火したお前なら知っていても不思議じゃないと思っていたけどな」
 連十郎は漆黒の中でも鈍く輝く饕餮(トウテツ)を殲鬼に向けて構えたまま、うっすらと額に汗を浮かべて答える。
「どうせサムライなんかに俺様が調教した餌どもが説得できるわけはねぇ、ましてこの俺様が負けるはずはねぇと踏んでいたが‥‥力がもっと必要だな!!」
 殲鬼は大地を揺るがすほど盛大な雄たけびを発すると、まるで飛んでいるかと思えるほどの高さまで跳躍してサムライ達を飛び越し、村がある方向へ向けて全速力で駆け出す。
「その行動を読めないとでも思っていたか!」
 しかし、殲鬼が村の方向へ走り出すよりも早く灰が殲鬼に追いつき、再び神速無限斬を殲鬼に打ち込む! 目にもとまらぬ灰の連撃に防御しきれず、よろめく殲鬼。しかし、最後の一撃を必死の形相で受け流すと、耳を覆いたくなるような絶叫と共に灰に拳を打ち込んだ。
「てめえも一人で俺に勝てるなんて思っていねぇだろうなああぁぁあ!!」
 殲鬼は叫び声と共に灰を殴り飛ばすと、サムライたちの追撃から逃れるように村の方向へ一心不乱にかけていった。

●二幕(避難所)
 封三味線・真迫(w2d995)が奏でる三味線の音が村の倉庫を改修した避難所に鳴り響き、その勇壮な音にあわせるかのように、村人たちは数日前とはまるで違う精悍な顔つきで万が一この倉庫に火が放たれた時のために水桶の準備をし、子供たちは、そして殲鬼によってもたらされた病から解放された赤子は周囲の引き締まりつつも明るい雰囲気に笑顔を浮かべる。
「真迫さん、無理はしないほうが‥‥」
「いいの、気にしないで。できることをやっておきたいのよ。‥‥ありがと、弧月さん」
 真迫は弧月に笑顔で返答すると、自らの傷だらけの身体を奮い立たせるかのようにさらに勇壮な曲を奏で、予言を覆すために集まった村人全員の指揮を鼓舞する。
「でも村の人たちが元気になってよかった。これも由良さんが毒を治してくれたお陰だよ」
「そんなことはないよ。村の人たちが元気になったのはここにいる全員、それと孫の手さんたち四人の全員が精一杯頑張ったからだよ。僕はその手助けをしただけだしね」
 凪の言葉に由良はにっこりと微笑むと、近くに座っていた子供の頭を優しく撫でる。
「四人が殲鬼を倒して帰ってくればもっと大騒ぎができるんだけどな‥‥」
 冷酷なる氷雪の魔狼・桐流(w2f662)は倉庫の壁に開けられた穴から外の様子を観察しながらぽつりと呟いた。
「なぁに、なんとかなるって。なにしろあの四人は強いんだ。ちょっとやそっと殲鬼が強くたってなんとかしてくれるさ。‥‥それに、予言が成されたときと今とじゃ状況が違う。その証拠にみんなちゃんと立ち向かえるようになったじゃねぇか」
 蒼穹仰ぎし地龍・棕櫚(w2c569)は真迫が奏でる勇壮な曲を精悍な顔つきをして聞いている村人のほうを見て『にかっ』っと白い歯を見せて笑うと、雅なキセルを掌の上で二、三度軽く叩いた。
「だがどうもそうはいかないらしい‥‥みんな出るぞ!!」
 殲鬼の猛烈な殺気をいち早く感じ取った桐流はサムライたちに合図すると同時に太刀を手に取ると、倉庫の外へ出撃する。
「さぁてと、厄介なことになったなぁ‥‥作戦はどうする? あの四人が生き残っているんなら時間さえ稼げばなんとかなりそうだけど」
「あの四人が死んでいるとは考えたくもないな。もちろんここは防衛戦にしよう。とにかく倉庫の近くに殲鬼を寄らせてはいけない」
「そうだよね。そうじゃないと殲鬼が『上空より〜〜』とかいう予言を無視してこっちに駆けてくる理由もないもんね」
「そういうこと‥‥それに村の人たちも私たちのことを信じて頑張ってるんだから私たちもあの四人を信じましょ」
「それもそうだっ。俺もその案に賛成だ!」
 桐流が『にかっ』と笑うのを合図にサムライたちは殲鬼に向けて防御陣を構成した。
「サムライどもがああぁぁあ!! 俺の餌どもを台無しにしやがって!!」
 殲鬼はもはやサムライたちが防御陣を組んでいることもお構いなしに、ただその両腕にありったけの力を込めてサムライたちへと突撃する!
「予言は人を縛るためのものじゃねぇ! より良き未来を作るためのモノだろーが!!」
 桐流が先程までとは打って変わった声で殲鬼に向かって吼えると由良と力をあわせて広大な防壁を形成する。
「何がよりよき未来だあぁぁあ! てめぇらサムライにあるのは地獄、滅ぼされるという未来、それだけだろうがああぁ!!」
 しかし殲鬼は気力でその防壁すらも打ち破り桐流を殴り飛ばすと、残りのサムライたちには目もくれず村人たちが集まっている倉庫へと一直線に向かう。
「悪いけど私がこんな有様でも‥‥その予言だけは成就させるわけにはいかないのよね!」
 真迫があらかじめ放っておいた小蛍符が殲鬼にまとわりつき、殲鬼の動きを止める。
「予言に惑わされ未来が開けなくなってたまるか!!」
 そして動きの止まった殲鬼に桐流の天狼剣が命中し、殲鬼は倉庫と反対の方向へ吹き飛ばされる。
「ふざけるなああぁぁぁあああ!! この俺が、この俺様が‥‥っく!」
 殲鬼が新たな気配を察知して後を振り向くと、そこにはつい先程まで戦っていた四人のサムライたちが、そして前方には倉庫を守るサムライたちが、ある者は息を切らせながらも、あるものは他の誰かにつかまり、立つのがやっとでありながらも、皆殲鬼を睨みつけていた。
「さて、殲鬼さんよ。どうする?」
 宿祢の言葉にサムライたちは殲鬼への距離を一歩、また一歩と詰める。それに対して殲鬼は暫く俯いていたが、突如大地を揺るがす咆哮を放つと、拳を天に向ける。
「俺様がこんなところで死んでたまるかあぁああ!!」
「逃げるぞ、皆、殲鬼を逃がすな!!!」
 殲鬼は雷を召還すると、サムライたちの包囲陣を死に物狂いで、地面に幾度も這い蹲りながらもなんとか脱出すると、倉庫を一瞥することすらかなわないままに背を向けて遥か彼方へ逃走していった。

●終幕
「何してるんだてめぇ?」
 孫の手は村の小高い丘に座り込んでいる連十郎に声をかけと、両腕の筋肉を無意味に隆起させて連十郎の胴を冗談めかして締めあげる。
「苦しい、ギブギブ‥‥‥‥って、な〜に。柄じゃないが預言者の墓を作って弔っているんだよ。こいつもいろいろあったんだろうからな‥‥」
 連十郎は苦笑いしながら墓に酒をかけると、小高い丘の上から、予言から救われた、活気溢れる村を見て微笑みをこぼすのであった。

 完

==============================
もどる