42.『赤布(あかぬの)』

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「さて、始まりかな」
 『慰安旅行中』の旗の下、ござにお重を並べながら、忌魄の片月・華夜(w2a012)は平原を見た。
 その両側、東西の端には、それぞれ数十人の漢臭い男とか、漢らしい姐御たちがたむろして、戦いの火ぶたを今か今かと待っている。
 その様子に青空を仰ぎ見て、華夜はいそいそと帳を捕りだし墨を擦る。

「いいかてめえらぁ」
 一声、鬼拳・多寡道(w2c936)は、群れる黒い式鳥や蛍に睨みをきかせる。
「こー、いかにもむりやり理筋肉つけてますっ、みてえな筋肉達磨見かけたら、戻ってこい!」
 はじかれるように飛び散った群れの中から現れたのは、端正に引き締まった危険な男の姿。
 と、黒鳥が股間に生えた黒い褌。
 その風格からか、彼の周囲にはサムライ以外に寄るものはいない。
「やる気だな」
「おおよ」
 男より高いところから、極イロモノ王子・郡司(w2e251)は声をかけ二人は笑いあった。
 その笑いにあわせて、今ひとつの股間から白鳥がぬうと首をのぞかせる。
「こんな面白そうな祭ぶちこわそうたあ、殲鬼の奴、許しておけねえな」
「ほんとです」
 二人に熱い視線を送り、そのなまめかしい肌、白きすらりとした脚を見せて、ヒト族の鬼道士・花洛(w2a259)がうなずいた。
「とりついて、かすめ取ったような肉体に本当の美なんかありませんよ!」
「‥‥なあ」
 脇に座り込み、獅炎の鬣・流禍(w2a358)に紅蓮の黒龍・焔雷(w2a713)は声かける。
「帰らねえか?」
「ここまで用意してか? これも」
 流禍は大きな息とともに、焔雷提案のもわりとした角隠しをかいて答えた。
「サムライとしての使命だ」
「全然説得力ねえだよ」
 黄昏の食欲魔人・理託(w2b120)が指摘した二人の姿は、赤褌・黒褌に、あふろ。
 ていうか否定しようもなくあふろ。
「お主に言われたくはないと思うが」
 ひよこふんどしをぴよぴよ、おなかをぽよぽよとさせながら立つシノビの男に、唯一まともそうな破邪炎帝姫・暦(w2e072)は、周りを油断なく見回した。

「今年は面白くなりそうじゃ」
 たくましい体に純白の褌を締めた副長は、横で耳をいじる男にうれしそうに告げた。
「噂のサムライが参加してくれるとは」
「ああ」
 体に力を入れ、その尻から脚にかけての筋肉の引き締まりを見せつけながら、鬼面仏手・孫の手(w2b894)はにやりと笑った。あわせて、あふろも揺れる。
「狙うは、優勝! 俺の技見せてやる」
「おお、その意気じゃあ!」
「がんばら、ないとね」
 その暑苦しい笑いを聞きながら、鳳凰の翼・龍鳳(w2e340)は天翔ける有翼の獅子・天王(w2a612)と虚空を彷徨う銀狐・虎徹(w2c614)虎徹を見た。
「いろものだけには負けへんで」
「気を入れすぎでござるよ天にぃ」
 固く誓う男を虎徹は諭すと、さわやかな笑みを浮かべる。
「ここは一つ、天にぃの力と拙者の技、存分に見せようではないか」
「いや、危ないってそれ」
 そういう目の前に立つは、虎徹と彼が締める破れた褌。
 その破れ方はちょっとどころかかなりやばい。
 なんにせよ、両軍の意気は上がり、あとは開始の合図を待つのみであった。

「どうやら集まったようだな」
 両腕を高く上げながら、一人の鬼がうれしそうにつぶやく。
「ああ。そろそろだな」
 答えてもう一人の鬼は腕に力を込め曲げて止める。
 そして二人の鬼は高笑いを上げ疾走を始めた。

「あー。虎徹さん危ないなあ」
 戦場を眺めて手は動かしながら、華夜がにこにこと笑う。
 その目端に、爆走を示す土煙。
『あれは!?』
「ハー!」「フゥーン!」
 突然戦場のど真ん中に、太陽を遮りながら二つの影が飛び込むと、かけ声とともに体を固めて決めて立つ。
「ふふ、貧弱な人間ども」
 顔は渋く美形の、髭を生やした鬼が静かにつぶやく。
「ここは、この英兄貴と俺の肉体美! を見て、落胆しやがれぃ!」
 赤毛の粗野な鬼が、上体をかがめ腕を前に縮めて大声で笑う。
「い、意外とすごいやないか‥‥」
 目の前の迫力に、偽筋肉と笑おうした天王は唖然とした。
「バカもの、あれしきの筋肉に飲まれてはならん!」
「そうだよ、天王さん」
「いけねえ、いくぜ、郡司!」
「おう! イロモノば〜りあ☆」
 多寡道と郡司はくるくると回り皆に向けて片目をつむりながら、怪しげな七色の光を光らせた。
 そのまま二人は近づくと、禁断の、殲鬼の腰の紐をするりと抜き放つ。
「取った!」「うっわ、ちっちぇ‥‥」
 笑おうとした郡司は動きを止め、褌をすごすごと返すと、下がってののじとお友達になり始める。
「な、なんて恐ろしい」
「あらゆる意味でな」
 圧倒的な雰囲気で褌を締め直す殲鬼を見て、遠巻きに見る焔雷と流禍はうなる。
「どうやら、力の差を見せてやらなければならんようだな」
「ああ、そのようだな英兄者」
 英は鼻で笑い、蛇は大声で叫ぶと、二人の腕がゆっくりと、残像を残して蠢く。
「いくぞあにじゃー!」「おとうとよー!」
「これはいけねえだ」
 動きに危険なものを感じたのか、理託は気を放ち、そのまま全力で拳を叩きつけた。
『肉! 体! 美!』
 だがその一撃よりも早く二人の叫びは爆風となり、英の背中の筋肉が波打ち、蛇の胸の筋肉が上下を繰り返す。
「う、なんて見事な‥‥鍛え方だ‥‥」「あれだけ動かすなんて、とても俺には‥‥!」
 殲鬼の高笑いが響くなか、一人、また一人と村人が涙を流し、しゃがんで後悔を始めた。
「ははははは! 思い知ったか」
「さあ、沈めい!」
 こまめにその腕を曲げ、脚を伸ばし、あるいは腹筋を固めながら、殲鬼が人々をあざ笑う。
「てめえら、しっかりしやがれ」
 その惨劇に孫の手が、両手を頭の上で組んで、胸筋を見せつけながら前進し、そして飛び込み両腕をあげて声上げる。
「魂なき筋肉、栄えた試しはねえ!」
「そうじゃ」
 殲鬼を挟んで孫の手と相対し、サラシで巻いた胸を張って、暦が叱咤する。
「捧げるべきは猛き心! 大事なのは中身、気合い、気迫、そして」
 赤き衣をはためかせながら、女は拳を突き出し、笑って叫んだ。
「心意気じゃ。あのような輩など、足元に及ばぬ!」
「ふん」
 腕を天に脚を地に伸ばして、英はせせら笑う。
「だが、我らが肉体にかなうもの無し」
「違う」
 いくつもの型を見せる殲鬼の前に立ち、花洛は声上げる。
「貴方達の肉体には心がない、愛がない!」
「んだ」
 殲鬼の気合いが少年を襲うのを、ふくよかな腹で受け流し、理託は大きくうなずいた。
「どんな体でも、健康ならば漢は見せられるだ」
「‥‥おい郡司」
 腐って沈む郡司を全力で蹴り倒し、さらに引き上げて多寡道は大声を上げる。
「そろそろ正気に戻らねえか」
「‥‥俺としたところがすまねえ」
 頭を振り、きっとその目を三角に、郡司がにやりと多寡道と笑いあうと、殲鬼をにらみつけた。
「いくぜ、身体の本当の魅せ方、教えてやんねえとな」
「もちろん! 秘技!」
『褌の湖っ!』
 叫んだ二人は回転しながら高速で殲鬼を取り囲む。
「なんだこれはっ」
「ひるむな、蛇っ」
 そうして焦る、体勢を崩した殲鬼の周りで、一瞬時間が止まり、黒鳥と白鳥の二匹が、なぜか桃色の光の中華麗に舞う。
「まさかあれはっ」
「知っているのか焔雷!」
「‥‥ああ」
 流禍の叫びに引っかかるものを感じながらも、焔雷はにやと笑った。
「まさか生で見られるとはな‥‥曲は白鳥の湖より『瀕死の白鳥』だ」
 焔雷の答えに釈然としないものを感じながらも、流禍は四人の戦いを見る。
「ハー!」 英の叫びに、多寡道の肩が大きく吹き飛ぶ。
「うらあ!」 郡司の決めに英は大きくのけぞる。
「フゥーン!」 蛇の力こぶに郡司は顔をそらす。
「でぇりゃあ!」 多寡道の回転に蛇は吐血する。
「どうすりゃいいんだこれ」
「知るか」
 その外野二人の目に、ゆらりと黒い影が一つ。それは無言で符を並べ、祈りをそれに込める。
「ば、バカ、華夜!」
「消えろっ!」
 一足遅く、現れた鬼の群れが四人を巻き込み、吹き飛ばした。
「あー、すっきりした」
「まさか、こんなことで、兄弟の絆が破れるだと?」
「もう一度だ、兄者」
 晴れ晴れとした男の後ろ、殲鬼は立ち上がり、再び構えて決めようとする。
「そこまでだっ」
 龍鳳と天王が飛び込み拳を振るい、殲鬼の芯を捕らえてつかむ。
「天龍封術拳、そして!」
「いくでござるよ天にぃ」
 龍鳳と入れ替わり、虎徹が拳を引いて、何かをはためき吹き飛ばし、天王が殲鬼を蹴り上げる。
「バカなぁっ」「バカは、お前や。石破天虎漣撃拳っ」
 放たれた一撃は、巨大な肉を二つ吹き飛ばし、砕き去っていった。

「惨劇でござったな」
「そう?」
 笑って少女への手紙を書く華夜を見て、虎徹はじとりとにらむ。
「この事件が惨劇だ」
「ま、祭も終わったしよ」
 流禍と焔雷はそうして、大きくため息をつく。
 殲鬼が倒れたあとの結果は、東軍の圧勝。猛者が集まっていたうえに、虎徹が衣装の不備で退場したためである。
 なお郡司は、褌狩りを始めたため両軍からの攻撃を受け退場。
 孫の手のあっち向いてほい戦術が光る中、暦と多寡道がその怪我からの迫力で他を圧倒し、優勝は多寡道と相成った。
 今は終わりの宴であり、見れば向こうで法具の深紅の褌をつけた多寡道が、村の男にもみくちゃにされている。
「しかし、大変やった‥‥殲鬼よりも‥‥仲間内で‥‥」
「こんどはがんばろうね、天王さん」
 白湯を飲んで、ひとまず落ち着こうとする天王と龍鳳。
「ならこれでも食って、落ち着くだよ」
「今日は久々の大盤振る舞い、遠慮なく食ってくれ!」
 そうして理託が差し出すのは、後ろで笑う孫の手製の筋肉うどん。
「しかし、有意義な祭でした」
 そんな中うどんをたぐり、花洛が微笑む。
「祭が汚されなくて、本当によかった」
 その少年の横できれいにたたまれているのは、やはり褌。

 こうして、佃嶺の村の祭りは終わり、日は暮れていった。

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