43.『とある鎮魂歌』

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 深刻な面持ちで、鬼面仏手・孫の手(w2b894)と魔人・鬼幸彦(w2f429)が、老夫婦の前に座っていた。
 老夫婦は煉華の殺された恋人の両親であった。
 煉華は今年の夏、殲鬼に殺された恋人の元へ嫁ぐ予定であった。故に煉華を、老夫婦はよく知っていた。
「そうですか、煉華さんが‥‥」
 夫が、妻の顔と二人のサムライの顔を眺め呟いた。
「すまねえ。俺達が息子さんを守れなかった所為で‥‥」
 鬼幸彦が軽く頭を下げると、老夫婦は静かに頭を振った。
「いいえ‥‥致し方のないことです。勿論無念はありますが、そのお話を聞いた限り、私たちには何もできないでしょう‥‥だから、せめて私たちの義娘となる煉華さんを守ってください‥‥お願いします」
 そう言って妻が頭を深く下げると、二人は慌てて頭を上げるように言った。
「俺達はなるべく彼女に危険なことはさせたくないんだが‥‥なにか彼女を止める方法を知っていませんかね?」
 孫の手が尋ねると、老夫婦は再び顔を見合わせた。夫がおもむろに立ち上がると箪笥から――さぞ大切にしまわれていたのだろう――布を何重にも巻いた立派な小箱を取り出した。
「これを‥‥息子が煉華さんのために、霊木を彫ってつくった簪です。この辺では夫となる者と妻となる者がお互いの作った何かを交換することが結婚の儀なのです」
「お借りしてもよろしいか?」
「勿論です‥‥それは煉華さんのために、息子が作った簪なのですから‥‥」

 煉華は酷く憔悴しているように見えた。
 彼女を見かけた村人達が、声をかけられないほどに、漂う空気は尋常ではなかった。――彼女は追い込まれ、同時に変わり果てていたのだ。復讐の鬼に。
 幸福の絶頂時に、眼前で最愛の者を無くしたという悲しみと憤りに、彼女は完全に支配されていたのである。
「煉華さん?」
 不意に声がかかり、煉華は眉間にしわを寄せ、振り返った。
 そこには黄昏を見守りし聖者・白絹(w2e509)、陰陽師・屡輝(w2a725)、話術師・空晶(w2c201)の三人が立っていた。
 彼らの異風な出で立ち、只者ならぬ雰囲気から、煉華はすぐに彼らの正体を知る。無論目的も、何となく。
「サムライ様‥‥ですね」
「そう。あんたを止めに来た」
 言い放ったのは白絹だ。
 そんな彼女に、煉華は苛立ちを隠そうともしなかった。
「貴女方が不甲斐ない所為で、あの人は殺されたのです。貴女方を信用することはできません」
「愚問だと思うがな、あんたの恋人を殺した奴が『本当に』どんな奴だか知っているのか?」
 負けじと白絹は尋ねる。他の二人はじっと、やりとりの行方を見つめていた。
「私はしかとこの目に焼き付けました。禍々しいねじくれた角、おぞましい気配――でも、私は屈したくはありません」
 やつれた煉華の瞳には、強い光が宿っていた。サムライ達は顔を見合わせる。白絹は溜息を吐いた。
「恋人が殺されアンタは見逃されたってことから考えりゃあ、奴さんはアンタの憎しみを煽るのが目的だったんじゃねぇか?このままじゃ相手の思うツボだ、少し落ち着きな。勿論、仇討ちを諦めろって訳じゃねぇ。ただ、仇討ちってのは、自分の恨みを晴らすためのもんじゃねぇ、死んだ奴の無念を晴らすためのもんだってことを気付いてくれ」
 恐らく無駄だと知りつつも、空晶は諭す。
 煉華は首をゆっくりと横に振った。
「それでも――真理がそうだとしても」
「‥‥なら、俺達を仇討ちの助っ人に加えてくれねぇか?何も自分の手で相手を殺すことが仇討ちじゃねぇ。相手を倒し、死んだ者の供養とすることが肝要、だろ?そうだなぁ‥‥俺たちサムライがちょっとばかり活躍したところで、精霊様が中つ国を護ってて、姫巫女と国王が国を護ってるってことにゃ変わりはねぇ。仇討ちだって同じさ。アンタの気持ちの下に俺たちが動くなら、誰が斬った、殺ったは関係なく、この仇討ちはアンタのもんだぜ」
 じっと空晶が煉華を見つめる。その瞳の力は、肉体的にも精神的にも拠り所を欲していた煉華の心を、少し揺さぶったようだ。
「僕達が全力を持って貴女を守り、貴女の無念を晴らします‥‥だから」
 今度は屡輝が煉華の前に出た。
 しかし、まだ少し悩むようにして、煉華はうつむいた。
「あんたの仇は殲鬼だ。俺たちもそいつらを討伐しなければならない。だが、あんたは自らの手で復讐を果たしたいようだな。ならば、俺は傍観させてもらう。だが、俺たちはあんたを死なせるわけにはいかない」
 白絹がそっぽを向きつつ、厳かに告げると、煉華は唇を噛みしめた。
 己の無力さを、今更ながらに思い知ったのだ。――所詮自分は庇護されているのだと。
 無意識のうちに勘付かされる。彼らを頼ろうとしている深層心理に、気付かない振りをしつつ。
「きゃあああ!」
 ただごとではない悲鳴が響くと、四人は反射的に其方を向いた。
 村人の血に濡れた、センシ族と見まごうかの如き巨大な殲鬼が、ゆっくりと煉華目指して歩いてくる姿が、彼らの目に映る。
 殲鬼を確認した瞬間、得物を抜き放ち、白絹が地を蹴った。殲鬼も応戦のために構えた。
 次いで煉華が懐から短刀を抜き、構えると、走り出した。
 煉華に気を取られながらも、屡輝は狼の式神を喚び出すと、孫の手と鬼幸彦に、自分達の居場所を知らせに走らせる。
 空晶は呪縛符を放ち、殲鬼を捕らえようとしたが、煉華の憎しみが高まった所為だろうか、成功しなかった。
 にやり。――殲鬼が笑んだ。
 途端に、白絹が吹き飛ばされる。
 そこを狙って、屡輝と空晶が同時に呪縛符を放った。
「‥‥ッ!!」
 殲鬼は殲鬼力を解放し、相殺して余りある衝撃波をサムライ達に当てた。一時的に、サムライ達は手足を封じられた。
 悪態吐く間もなく、彼らは息を呑んだ。――煉華と殲鬼が向かい合う。
 殲鬼は自らの胸を指差し、手招いた――誘っている。
 唇を噛みしめ、三人は見守るしかなかった。
 短刀を指が白くなるほど強く握りしめ、煉華は殲鬼の懐へと飛び込もうとした。彼女は自分が武の障壁で守られていることを知らなかったが、知っていても、彼女の行動は変わらなかっただろう。
 突然煉華の横腹に、屡輝の式神が体当たりをして、同時に襲いかかってきていた殲鬼の狂爪から逃す。
 それと同時に、孫の手の光り輝く愛の翼が、瞬時にサムライ達への拘束を解いた。
 後方に殲鬼は、怖ろしいほどの殺気を感じ、振り返ると鬼幸彦が心眼天命剣を繰り出した。
 紙一重で躱し、今一度煉華へと一撃放つ。
 煉華は咄嗟に目を閉じる。鈍い音が響き、血が落ちる。しかし痛みはない。
 恐る恐る煉華は目を開いた。
「大丈夫か?」
 孫の手が苦笑を浮かべ、煉華に問う。煉華は戦慄に身を竦ませた。口が開いても、声が出ない。
「命を張って君を守った彼は、捨て鉢の死なんか望まねえ!」
 一喝され、煉華は黙ったまま、涙を落とした。

 鬼幸彦が体勢を整えるために一度引くと、今度は白絹が躍りかかった。
「よくもやってくれたな‥‥封術剣ッ!」
 白絹が斬りかかると同時に、闇分身した空晶が合せ符術・影縛りで殲鬼を縛る。
「もう一度喰らえッ‥‥心眼天命剣ッ!」
 白絹と鬼幸彦の武神力が重なり、殲鬼は低い咆吼と共に、地に伏した。

 孫の手は屡輝に治癒符で傷を癒して貰いつつ、煉華に簪を差しだした。
「これは‥‥あの人の‥‥?」
 煉華が問うと、彼は頷いた。
「肝心なのは、これから煉華ちゃんが生きていくことさね。それが彼と俺らの願う全てだ」
 黙ったまま、煉華は簪を見つめた。屡輝が横から微笑む。何処か悲しい笑みであった。
「‥‥僕も昔、大切な人を殲鬼のせいで亡くしましたが‥‥笑ってすごせる様になる事がせめてもの供養だと思っています‥‥だから、生きる事を諦めないで‥‥」
 煉華は再び静かに泣いた。
 そして、震える手で簪を受け取ると、それを抱きしめた。
「‥‥ありがとう‥‥」
 そんな煉華を見て、サムライ達は笑みを浮かべた――。
「これでいいんだよな‥‥恵羅‥‥」
 小さく孫の手は呟き、バンテージを見つめ、拳を握った。

 帰り際、煉華の今後について集い、語り合っていた村人達の元を、鬼幸彦は訪ねた。
「俺達は所詮通りすがりだ。これから先、煉華さんを支えられるのは、彼女とずっとつきあってきて、ずっとつきあっていくあんた方だけなンだよ。殲鬼達は憎しみや悲しみを糧にして強くなる。だから、人の心を救うことが、殲鬼と直に殴り合うよりもずっと大事な戦いなンだ」
 それだけを告げると、彼はふっと去ってしまった。

 その後、ある女性の噂が姫巫女に届いた。「殲鬼によって心を壊された者達を、癒そうと活躍する女性がいるそうです。私たちも頑張らねば‥‥」
 呟きは重く染み渡り、それでも姫巫女は穏やかな気持ちであった。

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