44.『【坂下血風洞】攻防の森』
============================== ●強襲 「つまらん‥‥お前らは何がしたいんだ」 三眼の少年の手から伸びる炎を噴き上げる鎌槍は赤姫・千珠(w2a672)の腹に突き立っていた。千珠は意識を手放したくなる激痛に歯を食い縛って耐える。 「くっ、この傷がなかったら別の結果を見せてあげられましたのに‥‥残念ですわ」 地裂陣で仕掛けたのは千珠、だが車鬼の無造作に振るった槍は一撃で彼女の動きを止めてしまった。地裂陣をかけてなければ真っ二つにされている。 「千珠っ!」 車鬼は槍を引き抜き、倒れる千珠の身体を鬼面仏手・孫の手(w2b894)が支えた。癒し手である孫の手は彼女に大いなる癒しをかけるが一回では回復しない。 「仲間が死に掛けているようだが、助けに行かずとも良いのか?」 「‥‥そいつは、お前を倒してからだ」 怨怪と対峙するのは螢惑の兇剣士・連十郎(w2d097)。連十郎の武器、五尺二寸の饕餮は怨怪の肩に刺さっていた。連十郎は韋駄天足で距離を取り、鬼攻弾で攻撃して怨怪の剣神の領域が切れるのを待っている。しかし、氷乱斬を二発食らって連十郎にも余裕は無い。 「この程度の数で我らに勝負を挑むとは笑止千万! 今こそ積年の恨みを晴らしてくれる!」 大言を吐くのは樹上に立つ惨条。惨条は三羽烏と呼ぶ半人半獣の殲鬼と共にヒト族の剣匠・子竜(w2a547)、星祈師・叶(w2d037)、ヒト族の鬼道士・花洛(w2a259)、ヒト族の剣匠・十蔵(w2z015)の四人を相手にしていた。 「それはこっちの台詞だ。貴様ら、まとめて青面鬼のもとへ送ってやる!」 子竜は頭上に氷乱斬を放つ。しかし、周りは杉林。樹上の惨条と三羽烏に攻撃が届かない。惨条は軽身功と地の利を生かして立体的な攻撃を仕掛けていた。遊撃隊では常に三番手だが、森の中で戦うならば厄介な敵だ。 「次に攻撃してきたら、僕の技で撃ち落します。その隙に倒してください」 叶は十蔵の傷を治癒符で治しながら仲間にだけ聞こえる小声で呟いた。子竜と花烙が無言で頷いたのを見て、叶は新たに式蜘蛛を出して車鬼と怨怪に向けて放った。 「小賢しい真似を。死ねっ」 惨条と三羽烏が枝を渡って滑り降りてくる。効果範囲に入った所で蝶舞旋空斬を放つ気だ。叶は引きつけてからぎりぎりのタイミングで太極四天陣を使う。先に車鬼の操るケモノを倒すのにも使っているからこれで打ち止めの奥義だ。 「ぬぉっ」 寸前で惨条は鏡反衝で式神を跳ね返す。しかし、三羽烏は足場の枝を撃ち落されて地面に激突した。待ち構えた子竜と花烙はこの機を逃さず烏殲鬼を討ち取った。 「こ、ここまで来ながら。無念でございます」 惨条は霧隠れを使って戦場の視界を奪うと百舌の本性を現して空に逃げた。千珠に止めを差す寸前だった車鬼もそれを見て迷わず戦闘を放棄する。 「あれだけ偉そうなことを言っておいて、またこのざまか惨条?」 車鬼が口笛を吹くと残っていた猪達が乱入して戦場を混乱させた。 ●追撃戦 「今度は逃す訳にはいかん!」 韋駄天足をかけていた子竜は迷わず車鬼の背中を追った。叶の式蜘蛛を薙ぎ払った車鬼は一瞬追いかけてくる子竜を見たがすぐに森の奥に入っていく。 「ひとりでは危険ですよ。僕も行きます」 花洛は子竜に続いた。 「僕はどうすれば‥‥そうだ、連十郎さんは」 叶も追いたかったが式蜘蛛は全て倒されていた。少年は黒衣をはためかせ、怨怪と戦っていた連十郎の元へ走る。 「わたくしも車鬼を追いますわ」 「止めとけよ。あんたは前の戦いの傷が治ってないんだ。ここで無理して死んじまったら何にもならねえんだぜ」 孫の手は立ち上がる千珠を無理矢理引きとめた。光輝く愛の翼で回復はしたものの、地裂陣も使いきり、車鬼の槍を避ける術がない。 「傷なら、たったいま治りましたわ。まだ灰燼剣も使えます、次はわたくしが負けると決まった訳でもないですわよ」 「俺は怒らせたいのか。‥‥一緒に行く、無茶するんじゃねえぜ」 癒し手として葛藤する思いを振り切り、孫の手は子竜達を追いかけた。既に夜になっていたので小蛍符を飛ばして先導させる。 「連十郎さん、無事ですかっ!」 「‥‥叶か? また死に損なっちまったよ」 連十郎は怨怪の心眼天命剣を受けて一度は倒れたが孫の手の奥義で復活し、火剣連撃で怨怪を倒していた。木にもたれかかり己と殲鬼の血で血塗れの姿で悪態をつく友人に叶は微笑みかける。 「まだ治ってないんじゃないですか。いま治癒符だしますから動かないでください」 「ああ‥‥しかし、なんでだろうな」 叶のされるまま木に身体を預けていた連十郎は側に倒れている殲鬼の死体に目を向ける。実力は殲鬼の方が上だった。しかし、殲鬼は倒れて己が生き残っている。述懐する連十郎に、叶はそんな事は決まっていますと答えた。 「絆の勝利です」 チームワークの違い。連十郎は微笑し、回復の具合を確かめながら身体を起こした。 「それじゃ、残った敵を片付けに行くとしようぜ」 連十郎と叶は蛍の明りを頼りに仲間の後を追った。 ●決着 「もう逃げられんぞ車鬼、観念しろ」 韋駄天足と心眼で子竜は車鬼を追い詰めた。 「‥‥そうらしい」 逃げるのは無理と悟った車鬼は囲まれる前に攻勢に出る。子竜は心眼天命剣を打とうとするが車鬼の方が早い。車鬼の炎獄剣は武の城壁の不可視の壁ごと子竜を粉砕した。 「前にも言ったろ。俺に防御は通じないって」 倒れる子竜の後ろにいた花烙はすかさず飛びついて車鬼の身体に触れた。 「油断したな、回れっ」 合鬼投げを受けて車鬼の身体が回転する。だが、花烙の投げは車鬼を戦闘不能にするまではいかなかった。続いて掴みかかる花烙を車鬼は子竜と同じく炎獄剣で倒す。 「はっ‥はっ‥‥くそっ」 サムライ二人を瞬殺した車鬼だが、狂剣士の宿命である術の反動は殲鬼に二人に受けた傷以上のダメージを与えていた。 地に伏すサムライを一瞥して車鬼は踵を返す。その背中に光の杖が打ち込まれた。 「まだ決着はついてないわよ」 振り返る殲鬼の目に新たな二人のサムライが映る。 「どうしてだ。俺は、決着なんかどうでもいいんだ」 千珠と孫の手に向けて車鬼は炎の衝撃波を放った。一撃で二人は体力の殆どを奪われるが、構わず千珠は前に出た。韋駄天足で追い付いた連十郎も同時に車鬼に攻撃した。その後ろに叶と十蔵の姿を見て、焦った車鬼は炎獄剣を使う。 「‥‥こんな風に終わる気がしてたんだ‥‥はっ‥‥」 連十郎は車鬼の一撃で倒れた、しかし‥千珠の灰燼剣を受け、三度の炎獄剣の反動を受けた車鬼の身体はもはや限界だった。膝をついた殲鬼は血を噴き出して倒れる。 「ここまでが俺達も限界だな。口惜しいが、戻るより他ない」 癒しの技を使い尽くした孫の手は連十郎を背負った。子竜と花烙も他の仲間が担架を用意して、サムライ達は急いで山をおりる。先に洞窟近くの村には避難勧告をしていたから、無人の村で彼らは洞窟へ向かった別の仲間達の帰還を待った。 「‥‥終わったようじゃの」 夜半を過ぎても山に動きは無く、彼らの仲間が殲鬼の攻撃を食い止めたことが知れた。 ============================== |