後日談特別シナリオ「あれからの・・・・」 『今昔侍拾遺〜時の欠片の物語〜』

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次元回廊が再び開き、僅かな間、過去と未来が繋がった時期。
顔見知りとの挨拶や世間話の傍ら、寄って来た詮索好きな物書きなどを交えてサムライ達は道を歩く、一部の者達にとっては久々の桔梗である。
殲鬼王との最後の決戦も終わり、平和を享受する都は、実りの時期を控え、活気を漲らせている。
人々の中、あちこちに戦いの後それぞれの道を歩みはじめたサムライ達の姿も見えた。
各地から物資調達に来ているらしい旅装束の者達も居れば、ただ少し買い物に出てきたらしい者、何やら人垣に囲まれている者たちも居る。
「なんすかね、あれ」
草紙のネタになりそうな話等あったら聞かせてくれ、と言ってきた男が背を伸ばして覗こうとするのをセンシ族の鬼道士・宿祢(w2a892)が止める。
「さてね? ほらほら、陸鳥に蹴られるぜ」
「なぁる、そりゃあ勘弁。あ、近場にいい店があるんでご案内しますよ、多分他の方々も居るんじゃないっすかね?」
そう言って酒場に急ぐサムライ達の向うで、きゃいきゃいとはやしたてる声が聞える
「あっれー? 孫の手サン、なんで千孕サンと一緒なんですかー? あー? まさか」
「う、うるさい、買い物だ買い物っ!」
「買い物ってー、どーして二人一緒の椀とか買ってるのかなぁ? あー、もう逃げないで説明しなさいってばぁ!」

●千をはらみ
「‥‥逃げる事は無いではないか」
「だ、だってよぉ」
詮索好きの近所の者達から逃れ、近くの小料理屋の座敷に滑り込んで、鬼面仏手・孫の手(w2b894)とラセツの狂剣士・千孕(w2a269)
は息をついた。
「まぁ、な、賑やかなのは嫌いでは無いが‥‥今は、ゆっくりしたい、な」
「ああ」
奥まった座敷席、小窓から差し込む僅かな光を見る。ほんの僅か前まで血と鉄の臭いばかりを呼吸していたとは信じられぬほど、
秋の空気は涼やかに澄んで、優しかった。
出会いは、戦場だった。最初の触れ合い、唇に落ちた加護は、ただの未熟なサムライが勝率を上げる為の算段に過ぎなかった。
その、はずだった。
「あの時、もう俺はお前に心奪われてたんだと思う」
冷たかったな、と離れないその感触が零れる。死に近いような、冷たい唇。
「思い出したか?」
「違う‥‥とは言い切れねぇか、でも今は違う」
「私も‥‥違う」
勿体無いから、死ぬなと言われた。己の価値を見出す言葉。向けられる思いに、けれどそれから進まぬように思えたのは、
それすら抱え込むのが怖かったのか、それとも己以外の誰かを己を通して透かして見ているその視線が悲しかったのか。今は解らない。
「‥‥本当に、今は解らない、あの時と違うからな」
そして迷い、躊躇し、気にせぬ様にするほどに、焦がれ。
最後の最後で、そんな意地と迷いで、互いの胸に飛び込む機を失うのが怖い、と想った。
だから、二人ここに居る。
言ってふと、二人でらしくもない話をしているのに気がついた。
「すまぬ、酒も飲まぬうちから」
「い、いや、さ、飲もうぜ、強いがとびきりのいい酒だ」
そう言って傾けられた、栓を開けただけで焼けるような芳醇さを立てる酒瓶から、千孕は己の猪口をそっと遮った。
「‥‥いや、私はいい」
「へ?」
訝しげな孫の手を他所に、千孕がふと自分の帯の上に掌をやった。
「その‥‥障る、だろう? いくら私とお前の子とはいえ」
「ななななななななななななな!?」
なんだってぇー!?
と、いう叫びが、座敷どころか小料理屋の床と天井まで揺るがし、他の客が酒を噴出し下では給仕の娘が転んだのか、
何かをひっくり返す音までした。
「ああ、まだ告げてなかったか? この間」
「それはっ! 医者! いいや産婆! ええい癒し手ってのはこの際役に立つのかぁああああああああああ!」
こんな事があり、二人は、騒ぎに様子を見に来た者達に再びもみくちゃに祝われ倒す事となるのだが、それはまた、別の話である。

「ま、惚れた女と一緒にいる以上の幸せは無いって話さ」

●いまひとたびの
「よいしょ、っと」
店の奥から出された荷物を一くくりにまとめ、優暖届けし南風・鈴奈(w2a343)は一息をつく。鈴奈は未来へと帰った戦友たちを見送ったのち、
過去に残り、諸国を巡り殲鬼との戦いで傷ついた村や町の復興を助けるサムライ達の一人となっていた
この度も物資の調達のために、一時都へと戻ってきていたのである。
「ふう‥‥」
拭う汗もなく溜息をついた。見上げる空が青く高い。残暑は既に遠ざかり、道を通り抜ける風が冷たい。
季節の変化はカラクリである身にも、どことなく晴れ晴れとした寂しさという複雑な感覚を運んできた。
少なくは無い積まれた荷物の量に店主が声をかけてくる。
「お嬢ちゃん一人じゃそれ運ぶのは大変じゃろう? 今度は何処に行くんじゃね?」
「ええと西の方の――」
村の場所を言うと、それなら丁度同じ方に行くサムライが居るという。
「どうせ方向が同じなら一緒に行った方が良くないかね? ねぇ!そこの兄さん!」
店主に声を掛けられ、隅で店員と話していた青年が振り向く。秋の空色の眼が鈴奈を向いた。
「!」
その瞬間、鈴奈の目が見開かれた。突然地が頼りなくなった様に、足が震える。
(「あの、方は」)
かつて死に分かれたひと。己の死によって添い遂げる事が叶わなかった相手がそこに居た。少し影がついた様な気がするが、
優しげな風貌は変っていない。
向けられた親切そうな笑みに手が震える。
わかる訳がない、そう思った、そう思ったからこそ、怖くなった。
カラクリの身になり、姿も、名も変った。変らないのは心と、この髪に揺れる簪だけなのに。
震える鈴奈に青年は具合でも悪いのかと訝しげな表情を向けてくる。
たまらず鈴奈は逃げる様に駆け出した。が、それは叶わなかった。
青年がその手を取っていたのだ。
「あ、――その、君、は――‥‥」
自分自身でも何故そうしたのか戸惑ったように、鈴奈の腕を捉えた自分の手と、鈴奈に何度も視線を彷徨わせる。
その目がふと、鈴奈の髪を飾る青珊瑚の簪でとまった。
「君は」
青年の口が迷ったままに開く、その口元が青年自身の意識すら知らぬまま、息を吐くようにごく自然に呟いた。
ただ、一つだけ、もっとも馴染んだその名を。
「あ、あの、手を、離し」
「――――」
すず。
名を呼ぶ声。呼ばれた名におずおずと振り向く、視界が歪む。
何で自分は泣いて、彼に向かって駆け出しているんだろう。
「すずっ」
今度はしっかりと青年が叫んだ。自分に言い聞かせるように。
鈴奈の髪が揺れる。視界が滲んで何も見えない、
「やっと‥‥ようやく、お逢いできました‥‥!」
水色の髪と濡れた白い頬を、懐かしい匂いのする服と温かい腕が受け止めていた。


●香のもと
小洒落た酒場の二階にとった座敷で、白銀香火・朱月(w2a257)は話し始めた。
「あの‥‥わたし、お話って苦手で、あと活躍どころか‥‥」
白い頬を染め、恥ずかしげに頬を手で覆う、焚き染めてあるのだろうか、白い装束からふわりと香りがたった。
「お香を人を貶める事に使う殲鬼を倒そうと囮になったんですけれど深追いして‥‥大怪我をしてしまったり。
‥‥あの時は出雲お兄様にご心配おかけしました」
そうして朱月は傍らの香流の瑞雲・出雲(w2b441)をほんの僅かに申し訳なさげに見る。
「‥‥全く、血が凍るかと思ったぞ」
そう言ってその時の自分とさらに昔の自分を思い出し、出雲は僅かに苦く笑う。
昔は香といえば己の傍らにあるのは血の臭いだけだった、只強さのみを求め、人への想いを抱き剣を振う事を軽蔑すらしていた。快楽を追い、
悦楽を追い、只激しさだけを求めていた頃の話だ。
その自分が今はこの傍らの少女にを守りたいという想いを抱き、今までのどのような高揚にすら代えられぬ心地良さを覚えている。
今では、想いは想いであればいい、強さは強さであればいい。どちらかを欠けさせる必要など無い、そう、思う。
「血の臭いで酔うのは‥‥もう要らん」
そうぼそりと言って出雲はそっと朱月に寄り添った。
その存在への驚きに昔は触れることさえ怖かった、しかし傍らに居ずにはいられなかった。今でも思う、自分はこの少女の様にはなれないと、
しかしだからこそ己の為せる限りで守りたいと、思う。汚れを知らぬ者になれないが、それを支える者にはなれるだろう、と。
「俺は‥‥お前の香と、居たい」
声が段々と途切れる、ふと膝頭にかかる重みに、朱月は声をかけた。
「出雲お兄様? 眠ってらっしゃいますの?」
そっと覗き込んで、朱月は小首をかしげた。見回すと既にあたりに人の気配はなく、静かだった。静けさと涼しさに誘われたか、
小さな膝の上の頭は規則正しい寝息を立てている。
その様を見てくすりと笑って朱月は起こさぬ程度の声で囁いた。
「出雲お兄様‥‥」
そっと手を触れる。
「わたし、何も望んでなかったんですよ? 殲鬼神を倒して、平和が来た後の事はなーんにも」
そう言ったら、怒りますか? と、また首を傾げる。
「ただお天道様と雨に感謝して‥‥皆と笑って、望むのはそれだけ」
それをあなたは守ると頑張ってしまうのかもしれないけれど。そんな必要すらない日々。
「それまでの戦いで忙しかった日々と比べて退屈かもしれないけれど、わたしには――あなたの姿を見て、声を聞いて、寄り添って歩く
今が何よりかけがえがない日々です」
そう言って朱月は眠る出雲の髪をそっと撫でた。
「朝起きて、お香に火をつけるとき、真っ先にあなたへの思いを新たにします」
一日一日、小さいかもしれないけれど大切な、それがわたしの、誓いの火。
「ゆっくり、のんびり、そして‥‥ずっとお側に」

●流れ行く先
とんとん、と、酒場の二階席からの階段を居り、物書きの男は口元に人差し指を当ててみせる。
「しいーっと」
「何抜け出してきてるんだ?」
そう言って苦笑する破幻士・響夜(w2c512)に、人の悪い笑みを浮かべる。
酒場の下には珍しく世間話に興じる顔が集まっていた。普段はあまり話さぬ顔も居るのは、これが時の回廊が閉じるまでの、顔を合わす
最後の期になる者も居るからかも知れぬ。
「いんやぁ、陸鳥に蹴られちゃいますもん。色気話は好きですが惚気話はお二人で、と」
ヒヒヒ、と笑う男を軽く酒瓶の下で小突く。
「なんつーかねぇ、諦めろ。大方は昔の切った張ったより今の自分の生活に大満足の手一杯だ。俺も人に誇る武勇伝なんて持ってねぇしな」
語りてぇとも思わねぇよ、辛い目見た奴等も多いだろ。
そう言って杯を傾ける宿祢に、男はダンナの言う通りかもしれません。と頭を掻いた。

「とはいえ‥‥こうしているとやはり色々思ってしまうな。思い出とて、ただ『あった事』ではない。
そうだな‥‥『あるべき事』へと行き着く、事象の欠片だ」
響夜が目を細め、杯を見る、それは何か別の遠い所を未定る様に思えた。
「生を望まなかったはずの俺が‥‥力を求め‥‥サムライになり‥‥そうする事で兄や姉、友らと出会い‥‥今、此処に居る」
そう言って響夜はふと、目を閉じた。かつて殲鬼に昼となく夜となく、戯れに刻まれた傷がふと開いた様に感じた。
その殲鬼も別の殲鬼に倒された。
彼の鬼がさらに戯れに刻んだ傷跡、忌むべきそれが無ければ、只死と逃亡のみを望んでいた自分は、力を求めただろうか、
そして、この安らかな過去の世界を守る腕を、己の居場所を、大切な物たちと共に在る今を手に入れられたのだろうか? 
「全ては、偶然という名の集まった必然‥‥なのかもしれん。
いや、今見るからこそ、大切な一つ一つを偶然と名をつけて片付けているだけなのかもしれん。
‥‥だから、もしかしたらここでこう、俺達が酒を飲む、その事象すら何かの縁になるのかもしれん‥‥いつかどこかで」
それはそれで面白いと思う、そう言って響夜は杯を傾けた。冷たい冷酒が、季節と共にすっかり透明さを増した空気と共に喉を滑り落ちる。
「死した友、別れし友。共に在った、そして共に在る者達‥‥それらの思いも何かに結びつくのかとも思う。それが俺の内にある限り。
だから‥‥次々と過去が今を呼び今が過去になったとしても。‥‥俺はそれだけは‥‥忘れないだろう」
見つめる杯に映る顔に、僅かに笑った。
その横でかたりと立った影があった。
「行くのだな」
「‥‥ああ」
「もし俺の顔見知りに会ったら、宜しく頼む」
そう言う響夜の言葉にわずかに頷き、遥想祈歌・眞命白(w2b257)は手元を見つめた。
白い紙を畳む、幾重かに折るとそれは人形になった、すう、とそれに目を細める。
「――かたしろ」
それまで弄んでいたそれを煙草盆の上でそっと燃やした、無為な遊びである。
未来にも過去にも、最早殲鬼の脅威は滅しつつある。
鬼を形代にできる時はもう終ったのだと思う。災厄の化身は滅び、ただの災厄が残る。
人は人自身のために笑い、喜び、嘆き、怒り、憎み、想い、殺し合い、生きてそして誰かの手を取るのだろう、これからは。
平和の中で暮したこの過去の人々が、戦乱の中で脆かった様に、戦乱という温室で育った未来へと戻る自分達は、平和という水の中に
投げ出された赤子も同じだ。
もしかしたら、世界から悲しみが絶えることは無いのかもしれない。多分そうなのだろう。
「それでも、だ」
眞命白は呟いた。
それでも、最初、この平和な過去の世界を見たとき美しさに驚愕したのを覚えている。いつか未来の復興が進み、光を取り戻した時、
この空気が感じられると信じたい。
人は人自身のために笑い、喜び、嘆き、怒り、憎み、想い、殺し合い、生きてそして誰かの手を取る。
他の誰でもなく、自身の為に、自身と自身が手を取った者のために。
だからこそ自らの手で未来をつかもう。大切に。
ふち気付くと店の戸に見慣れた影が立っていた。金の髪の下で瞳がじっと眞命白を見つめる、差し込む光が薄い色の髪の上で爆ぜた。
あの日、故郷が燃え落ちる火の中で血に染まった刃の色に見えた金色だ、今は。
太陽みたいだ、そう眞命白は思う。一番眩しい夜明けの光。
髪の色が変ったのではない、自分か、周りか、なにかが変ったのだろう。
全ては、きっと自らの内にある。
少年がそのまま何も言わず促すように踵を返した、そろそろ時間が近いのだろう。
見上げると、青い空。実りと紅葉の香りと鳥の声を乗せた風が髪を弄ぶ。目を伏せて、そして言う。
「ありがとう」
この過去を守る力をくれた未来に、未来への光を教えてくれた過去に。
世界は美しいだけではないけれど、けれど醜いだけでもないことを、今の自分はきっと知っている。
ただ一度、しかしはっきりとそう言って眞命白は少年を追った。

●時の向うに
暖簾を押し上げて風が吹く。まだ寒風とまでは行かない冷たさが酒の席には心地が良い。
俄然席を囲む者達の話も弾む。
「ま、一杯なら奢ってやるから付き合えや、但し内緒だぞ。嫁が『酒が過ぎる』って。怒るんだ」
「おや、旦那所帯持ちで」
「おうよ! これから新婚旅行兼冒険旅行だ!」
そう言って胸を張る宿祢。
「これから中つ国を南へ下りながら旅をしようと思ってる。金が溜まったら船を手に入れて、外海に見た事のない国や生き物を探しに出るつもりだ。
まぁまだまだ噂だけで見た事もない国も‥‥ってわけで何か道中に役に立ちそうな面白い噂話とか知らんか?」
言われてふむ、と男が顎を撫でる。
「そうですねぇ、船って言ったら風凛州ですけど」
「風凛か‥‥でもあそこの船が走ってるのはもっぱら内海だろ?」
零れた酒でさらさらと男が卓に大雑把な地図を書く。
中つ国の海の内、現在人が辛うじて行き来が出来ているのは風凛と水穂の二州に挟まれた内海、淡緑海くらいのものである。
弓状に伸びる諸州の南の陽翔海、北の月琴海の向うは今だ何かが存在するかさえ解らない。
「ええ、でも内海でも少し陸から離れればケモノは出ますし危険にゃ変りませんね。今ん所、船作りではあの州が一番な事は確かですしね。
内海の淡緑海抜けて、火澄の月琴海側の方に行く船もあるそうですから、一応その辺向かってみては如何です?」
「ふぅむ‥‥なるほど」
そう言って立ち上がろうとする宿祢に物書きは肩をすくめた。
「しかしそんな大冒険の計画、よく嫁さん承諾しましたね」
「‥‥ん? まぁ‥‥」
ほんの少しだけ考え込んで、大丈夫だろ、と、宿祢は笑った。
「冒険ってのは男の本能みたいなもんだしな」
「男って、そりゃ、旦那はいいんでしょうけど」
答えになってないような答えに相手は首を傾げるが、とりあえず一連の会話では宿祢の嫁が男性な事を知る由も無い。
「ま、気にするなって! 何年かかるかわからねぇけど帰ってきたら、土産話をたんとしてやるよ」
「はは、そりゃ楽しみで、風の噂を聞くのも楽しみにしてますよ。ところで旦那お名前は?」
「‥‥その時まで秘密だ」
そう言って口元を片方だけ引き上げると、宿祢は暖簾をくぐり外へ歩き出す。向うに愛妻が手を振るのが見えた。
その背に店内から窓格子越しに声がかかる
「旦那、酒代はー?」
「ツケにしとけ!」
「ツケって‥‥名前がわからなきゃツケに出来ないじゃないですか! ああもう!貸しですよ旦那! 
こうなったら絶対ネタとお宝、山ほど持って帰ってくださいねー!」
当然! とばかりに揚々と外に出た影が、背を見せたまま空に向けて腕を突き上げる。
秋の空はそのまま掴めそうな青い空だった。

「さておあずけ、っと、じゃ、またネタ探しに行きましょうか♪」
出ていく者達の背を見送り、袂に帳面を突っ込むと、男はまたぱたぱたと何処かへと駆けていく。
それぞれがそれぞれの道へと進んでいく。
ただ今は、

「さ、行こうか‥‥朱」
「‥‥はい!」
共に歩むと誓った先に、

「よしこうなったら家族で野球が出来るようにするぞ! な! 千孕!」
「‥‥産む方の身にもなれ‥‥ああ、でもいいな」
継がれ行く魂の先に、

「いつか‥‥会えると、思っていたんです」
絶えなかった思いの先に、

「さて、行くか」
果て無く途切れ無き流れの先、その先の希望を願い、
「全ての縁に杯と――」
寿ぎと追悼と手向けと祝福と、
「――命の歌を」

桔梗のある草紙屋の文机には、今日も半ばまで書かれ、白いままの帳面が新たな語り手の来るのを待っているという。
誰かが紙を足しているのか、店主が時々こそりと代えているのかは定かでは無いが、奇妙な事に、
いくら立ち寄る者達が新たな話を書き添えても、それは終わりの頁を見せる事がないという。
ただ、先に立ち寄った者達の過去の隣で、まっさらな白い面が次来る者を待っているのだそうだ。

その白い紙面を軽く辿り、眉をひそめた者も居れば笑う者も居り。
「またお出かけですか? おサムライさん!」
かかった声に軽く手を上げて、出て行く者がいる。
その背を、見送る白い草紙が待ち続けるのは、

それはまだこれからの、時の向うの物語。



〜了〜

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