スタジオ ロメロ  Column (スペイン便り)
  Atsuko Miyamoto
   
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 ■ 宮本亜都子/ Column ■            

   2005年 10/31〜

  
①遠い遠いセビージャへの道のり   ②アンダルシアをアンダルシアと感じる時   ③『エルブジ ホテル』

  ④『不思議な昼食会』     ⑤『亜都子という名前』   ⑥『名前つづき』     ⑦『BONOBUS』   ⑧『匂い』

  ⑨『スペインで韓国料理に癒される』   ⑩『日記』   ⑪『いそぎんちゃく』  ⑫『天才イスラエル君のクラス』

  ⑬『音』   ⑭『私にとっての元祖フラメンコ』  ⑮『脱落!?』  ⑯『ソラジャのクラス』  ⑰『また風邪をひいた』

  ⑱『アミン』   ⑲『ブレリア』   ⑳『猫』   21『道に住む人の律儀』   22『土曜日ファナスタジオにて①』

  23『土曜日ファナのスタジオにて②』   24『緊急帰国』   25『寂しいという表現』   26『街を歩く』  27『感謝』

                  
⇒  2004年 9/2〜10/26          
 
       
2005/10/31〜

『遠い 遠〜いセビージャへの道のり』

近年セビージャに行くときはエールフランスを利用する。
東京→パリ→セビージャと、書いていると実にすんなり生きそうなルート。
しかし実はパリで空港移動がある。

日本からの飛行機はシャルルドゴール空港に到着。
それがだいたい午前4時。
そこで荷物をピックアップ。次はオルリー空港に向かう。
日本でいう成田から羽田に行くようなもん。
シャルルドゴール→オルリーまではバスで約1時間。
しかしバスの始発は確か6時半頃。
空港内のカフェテリアはもちろん閉まっている。
オー!シルブプレ。寒いパリの未明をそこで過ごすこととなる。

バスはもちろんお金を払う。確か20ユーロ以上。
オー!シルブプレ。

まぁでも無事にオルリー空港に到着すれば一安心。
初めてエールフランスを利用して行ったときには、
シャルルドゴール内でオルリーへ行くバスの発着場所を聞こうと
『オルリー』といろんな人に聞いてみると、みんなとても親切に
『出口』を教えてくれる。どーやら出口は『そるティー』というらしく、
私の自分勝手なフランス語が悪かったらしい。。

話はオルリーに戻る。無事オルリーについたあともかなり長時間待つ。
とにかくセビージャ到着が昼の2時とか3時だったような。。

〜長々と書いてるだけで疲れてきた。
ということで今回はパリからマラガへ行くルートを使ってみた。
マラガへはシャルルドゴールから直接でる。待ち時間は4時間。
まぁ、まぁ、の時間。

マラガ到着後、バスでセビージャまでの移動は結構大変だけど。。

イベリア航空が日本に戻ってきてくれればいいのに。。

       

 


       
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②『アンダルシアをアンダルシアと感じるとき』

マラガからセビージャまで長距離バスで約2時間半、高速道路を走る。
席は運転手の後ろ、客席の一番前。
前も横もよく見える。

赤い土層。青い空。水がなくても生き残れる強い緑。
低いオリーブの樹々。
運転手が窓からペットボトルを投げ捨てる。
無秩序で秩序のある運転。

街中にいると感じられない、大きなアンダルシア。
『ここはアンダルシア』と感じる瞬間。

       

 


       
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③『エルブジ ホテル』

セビージャからタクシーで20分ほどのところにある近郊の町 Sanlucar La Mayor に行く。
目当ては、本家エルブジの有名シェフ(名前忘れた)がプロデュースしたレストラン。

全部で20皿ぐらい出てくる。まず前菜というのがすごい数。
すべて一口サイズだから簡単に食べれるのだけど。。

いや、海苔をあげたようなものや、米にチョコレートをコーティングしたものや、
ゼリーの中に果物を入れたようなものや、お皿も食べ物も、かなり日本料理の影響が
あると見られる。
カルボナーラ仕立てのものは、パスタの部分がどうも、ところてんにコンソメ味をつ
けたようなものとか。。

しかし味はどれもよかった。繊細。
料理を楽しみにいくというよりは、彼の世界を楽しみに行く、驚きにいくという
感じだろうか。

私の一番のお気に入りは、〈生ハムメロン〉普通だとメロンの上に生ハムが乗ってる。
彼の世界は、生ハムの脂を小さなコップに入れ、メロンの汁を注射器で、その中に一粒ずつたらしていく。
無色透明の液体の中にオレンジ色の玉がかわいらしく、浮いている。
あぁぁ、なんということでしょう!(BEFORE AFTER風に)

し、しかし魚の皿としてでてきた〈なまず〉だけはどうしても食べられなかった。
ソースが片栗粉が入ってるような感じだった。あれはちょっといただけない。。
何でも食べられる私としては、かなり屈辱的だったんだけど、
無理するよりは残しました。あぁぁ。失格。今度日本で なまずもう一度試してみよう。

どうしても日本人としては、考えさせられる料理があった。
とんがりコーンが、前菜で きれいに盛り付けられて、中にクリームみたいなものが入り、出てきたんだ。
どうして、『とんがりコーン』、一体とんがりコーンの何が彼の気に召したか。
頭をひねりながら、とんがりコーンを大事に味わったけど。。
あれは、私としては賛成できなかった。。


1週間スペイン旅行に来ていたあまぽーらさんが、そこのホテルにも泊まるということだったんで
一緒にとまらせてもらいました!5つ星ホテルだよ!ありがとうあまぽーらさん!

 

       

 


       
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④『不思議な昼食会』

同居人の韓国人のオークランは、セビージャに約2年ぐらいいる。
こっちに来てフラメンコを始めたらしい。

そのオークラン、今のところに住む前はずっと、スペイン人3人と同居していた。
そのうちの一人と、その彼と一緒にセビージャ郊外で昼食をしようということになった。
4人で車に乗って行く。
行った先はこれまた偶然 Sanlucar La Mayor。
もう2度と来る事もないかな、と思ったら、同じ週に!

さて、車の中にいるのは、男二人、女二人。
女二人というのは、私とオークラン。
そうです、男二人はカップルなんです。スペイン人とフランス人のカップル。

4人でシュラスコを食べに行った。
出てくるわ、出てくるわの肉の量。
なぜか、みんな一切れずつなのに、私にだけ2つ入れてくれたりしたから
『こいつは肉食べそうだな』ってきっとサーブしてくれる人は思ったんだろうな。。

お察しのとおりだけど。。

で、スペイン人の彼が私に『DONDE ESTA KASUKABE?』と聞いてきた。
最初は、よく意味がわからなかったんだけど、どうやら『春日部』のことを聞いていたらしい。
なんで、そんなローカルな、、、と思ったら、
それは『くれよんしんちゃん』が住んでいるところだと。
しんちゃんの名前がしんのすけ、ということも妹の名前もなんか色んな私の知らない名前を言っていた。
こっちではしんちゃんはとても有名。
日本と同じで、母親は見せたくないらしいけど。。

そのうちに帰りの車の中でしんちゃんの歌をしんちゃん風に歌ってくれるは、マジンガーZの歌を
歌いだすは。。。
日本のアニメはすごいんだなぁ、と痛感した。

それにしても、不思議な昼食会だった。
アジア人の二人の共通語がスペイン語だということに彼らは驚いていたけど、
はたから見たら、私たち4人は一体どう見えたのだろうか。
でも、とってもとっても楽しい日だった。

しかし、その日の夜は、肉の祟りか、まだ疲れが残ってたのか、ダウンした。。

       

 


       
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⑤『亜都子という名前』

スペイン人に名前はなんと言うの?と聞かれると
結構とまどう。
なんと説明しようかと。

普通に日本で言うように『あつこ』と発音するとだいたいの人は発音できない。
『あつーこ』と『つ』にアクセントがくるのが普通だ。
それもだいたい『TSU』を発音することができない。
『あすーこ』となる。

アメリカに留学していたとき、ホストマザーが、
LET’S GO』というときの発音に似てるわ!と
『れ』を『あ』に変えれば、いいのよ、と色んな人に説明してくれていた。
なんで、それからは、英語を話す人々にはそういう説明をしている。なかなか
アクティブな感じでいいでしょ。

『QUE ASCO!』という表現がスペイン語にある。
たとえば、ぬれた靴下を履いたとき、げっぇーって感じになるでしょ、
そういうときに言う。『げ、気持ち悪いぃ』みたいな。。
そのASCOという発音が日本人が発音する『あつこ』にかなり近い。
それで最近は、『QUE ASCO!』と似てるわよ、というと皆、
オーノー!みたいな顔をする。
オーノーと言ってくれるけど、それは現実だから仕方ない(笑)。
そうじゃなくって『AZUCAR』(砂糖)と似てるわ、などと気を使っていってくれる人
もいるけど、それは、アツコじゃなくってアスカだと思う。
なんで、私は現実を見つめて、ひたすら自分の名前をとうとうと説明する。。

       

 


       
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⑥『名前つづき』

これまた名前の話。
スペイン語の発音は日本語の発音とかなり似ているので、
たまに、とんでもないことがおこる。

これは有名な話だけど、女優の加賀まりこさんが
スペインに言ったとき、『名前は?』と聞かれて
『かがまりこ』と答えた。
スペイン人には、『うんこ おかま』と聞こえたらしい。

あと、知り合いで、野瀬さんという人がいる、
『名前は?』と聞かれて
『ME LLAMO NOSE』と答えたら、
ずっと、また『名前は?』と聞かれつづけたらしい。

NO SE というのは、英語で言うところの、『I DO NOT KNOW 』
だから、スペイン人には、『私の名前は、しらない』とずっと聞こえていたらしい。


こういうことを聞くとまだ私の名前はまだかわいい方だと思うんだけど。。

       

 


       
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⑦『BONOBUS』

バス回数券をBONOBUSという。
なかなか割引率が高くて、
SIN TRANSBORDO(乗り換えなし)
CON TRANSBORDO(乗り換えあり)
というのがあった。SINで、10回で3、6ユーロだったように思う。

しかし、到着したその日、昨年使っていた回数券を入れたら
ピーピーなる。何度やってもピーピー。
どうやらシステムが変わったらしく、それは古いタイプで、今はつかえないらしい。

今はなんと、SIN もCON もそういう区分けはなく、
全部CONになって、5ユーロ。
まぁ、一回乗ると1ユーロなんで、割引率としては、かなりいいんだけど、
恐るべしEU.恐るべしユーロ。
毎回書いてしつこいようだけど、行く度に値段が上がる。
ビールやワイン以外は日本とさほど変わらないのでは?

2000年のころ、一時100ペセタが60円を切った時期があった、
あのいい時代は一体どこへ??

       

 


       
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⑧『匂い』

昨年の日記にも同じようなことを書いたけど、
こっちに来ると、いろんなところからいい匂いが漂う。

男の人も女の人も、その人にあった、素敵な匂いをつけている。
そこの湿度に、気候に合った、いい匂い。
私は嗅覚から感じるものがすごく多い。

日本からひとつ、よく使っている香水を持っていったけど、
なんかここで使う気がしなくて、コロン水のようなものを購入した。
これは毎年こっちに来ると買う。

何年か前、ファナに『とってもいい匂いがするけど、何をつけてるの』と
たずねたら、『赤ちゃんがつけるコロン』といっていた。
それはどんなものかと、一度購入してみたけど、多分それは
ファナがつけていたのとは違うものだったけど、
購入したそれがとっても気に入ったんで、こっちにきたときは必ず購入するように
なった。
お風呂あがりにべチョーってつけれるぐらい、軽いもの。
私にとって、それが今のセビージャの香りかも知れない。

       

 


       
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⑨『スペインで韓国料理に癒される』

こっちに来ると、必ず一度は熱を出す。
今回は、シュラスコを食べ過ぎたその夜、疲れのせいか悪寒が走り、
おぉ、このままでは、私は高熱を出してしまう、という感じになった。

同居人の韓国人オークランがその日、至れりつくせり、
韓国漢方茶に生姜を入れて、飲ませてくれた。
次の朝は、ご飯を炊いていてくれて(炊飯器がある)、にんにく入りワカメスープを
作ってくれていた。
日本でいうお味噌汁みたいな感じかな。
おぉぉぉ、なんとも素敵な人でしょう。

彼女との出会いはとてもいいものだった。
初日に会った彼女は四角いめがねをかけ、ノーメークだったんで
気づかなかったけど、なんともべっぴんさん。
色白で、小柄で、サイズはXSで(スモールよりも小さい)
こないだこっちでXXLのコートを買った私としては恥ずかしくなるような、
妖精のような子。

ということで私たちのコンパルティール生活はとっても楽しい。

チャプチェも、チヂミも作ってくれた。二人で創作料理も作る。

彼女といるとなんか、ドロドロだった血液がサラサラになるような感じだ。
それは、彼女があまり肉を好まないから野菜ばっかり食べてて、
私も一緒になって野菜を食べてるから、、という理由だけではなくってね。

こっちに来て、韓国料理とオークランにとっても癒されてる。

       

 


       
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⑩『日記』

ファナのスタジオの近くのインターネットカフェに来る。
時間のあるときに日記をためて書く。
今日は、2時間かけて日記を5つ書いたら、変なところを押したのか、
すべて消えてしまったぁぁあぁぁ。
あの文章君たちはどこへ消えてしまったんだろうか。

しかし、消えてしまったものはしょうがない、気を取り直してもう一度書き直した。

言葉や表現がいろいろ変わってしまうけど、それは仕方ない。

       

 


       
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⑪『いそぎんちゃく』

セビージャに20年ほど住んでいるマキさんと
2人で、マキさん行きつけのバルに行く。

そこは、おいしいので大人気で、ものすごい人ごみ。
しかし、マキさんは慣れていてするすると見事にいい場所を確保してくれた。
大好きなサルモレホ(ガスパチョのものすごい濃いバージョン)を食べて、
羊肉を甘く炊いたようなものも食べて、いろいろ食べた。
バルのカウンターに見慣れぬものがあった。
それを注文したら、どうやら『いそぎんちゃく』みたい。
多分ORTEGUILLA とかそういうことを言っていた気がする。
私の持っていった辞書はコンパクトサイズなんで、その単語がのっていなかったけ
ど、見かけがイソギンチャクだった。
海の岩とかにはりついていて、とるのが大変で、新鮮なものしか食べられないそうだ。
初イソギンチャク。フライにされていた。
海の味がした。
なんか、わさび醤油とかで生で食べてみたいな。
日本では売ってないのかいな。

       

 


       
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⑫『天才イスラエル君のクラス』

11月の2週目からイスラエルガルバンのクラスをとっている。
彼は最近、ある賞をとったらしく、こないだ新聞に載っていた。
クラス中にも、手紙が届いて、サパテロ首相からのモノだった。
日本でいうと、小泉首相から直々に手紙をもらうようなもんだ(もちろん直筆ではなかったけど)。

そんな天才イスラエル君ですが、クラス中はいたって、普通でやさしいおもしろい人だ。
一生懸命教えてくれる。
かっこいいし、ついついうっかり見とれてしまうんだが、彼の踊りはご存知のとおり

複雑怪奇なんで、うっかりしてると、何をやってるか自分が迷子になってしまう。
彼がやれば、素敵な面白い振りなんだけど、私たちがやると、とんでもおかしくなってしまう。

彼はたまに青いTシャツを着てくる。そこには日本語で『こけし』と書いてある。
それが妙に似合ってる。あんなMONOなモノをどこで見つけてくるんだろうか。
踊りもセンスいいけど、小物のセンスもなかなかいけてるわ。

誰か『こけし』Tシャツを見つけたら、ぜひ教えてください。
密かにお揃いにしてみたい。。

       

 


       
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⑬『音』

国によって許容範囲のデシベルは違う。
スペインは本当にすべての音が大きい。

人がしゃべる声はモチロンのこと。

バスの中で、じーさんが、遠くのじーさんに
「おー、BUENAS TARDES」と
すごいでかい声で話し掛ける。

混んで来たバスの中では、「ちょいと押すなよ」とかはあたりまえで、
「こんなに暑いと、上着を脱がないとやってられないわ」と知らない隣の人に
話し掛ける。それもバス中に聞こえるデカイ声で。
私に言ってるわけではないんだけど、無愛想すぎて、怒られてるような感じに聞こえ
る。

車。赤信号から青に変わった直後、一番前の車が
出遅れようもんなら、後ろの何台もの車からすごい音のクラクションが鳴らしつづけ
られる。
おいおい、ちょっと待ってあげろよ、と思うぐらい。
日本で、それをやったらきっと皆びっくりするぐらいの音だ。

極めつけが、救急車や、消防車。鼓膜が破れてしまうんでないかと思うぐらいの
ものすごい音で走り去る。
いや、あーた、そこまでしなくても、、と思うんだけど、
でかい音が標準のこの国ではそれぐらいの音でないと救急の車は
主張できないのかも知れない。。

       

 


       
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⑭『私にとっての元祖フラメンコ』

「ファナ以外には習わない!」と意気込み、ファナ一辺倒だった頃もあるけど、
最近は勉強のために、色んな人に習ってはいる。

でも、もちろんセビージャに来たら、必ずファナせんせーのクラスをとる。
そして彼女に習っていると、私の元はここにあるんだ、と感じる。
ファナの空気と存在感を確かめるために、毎年セビージャに来てる気がする。

淡い色しかついていない、私の「フラメンコというキャンバス」にいきなりピカソの刺激的な
絵画が塗りなおされた、ファナにはそういう感じで影響を受けた。


そのスタイルが自分にあっているか否かはまだわからないけど、私にとっては、フラメンコの母親のような存在。
「おかーちゃん、これでいいですかぁ、私の踊っているのはフラメンコになってますか」
みたいなのを確認しにいく。
日本にいるとたまに自分のしたいことがわからなくなったり、するんで。。

そして彼女の踊りを見ていると、私の魂が正直に「あー、これだったんだ」と確信する。

最近はなるべく魂が反応することに素直であろうと思う。

       

 


       
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⑮『脱落!?』

昨日、ちょっと個人を受けていて、イスラエルのクラスに行けなかった。
本日行ってみると、どうも顔ぶれが昨日から変わっていたようで、
そしてそして新しいことを始めたらしい。。

ひぇぇ、昨日行かなかっただけで、こんなにも進むのかぁ。
それもメンバーが、モネタとか(今、2週間だけセビージャに来てるらしい。)
こないだ東京のエルフラメンコに来てた女の人や、
誰だか知らないけど、今度日本に仕事で行くといってた男の人や、
パストーラとか。。あぁぁぁ。
でも日本人でも、きちんとできてる人もいる!長年イスラエルのクラスをとっている
のかも知れないけど、みんな、すごいなぁ、と関心。

関心してる間もなく、進みはじめている、複雑怪奇なシギリージャはどんどん進む!

あぁぁぁ。

本日、行く前から、『イスラエルクラスは時間的に今日が最後かなぁ』と
考えてはいたけど、帰るまでに、もう一度ぐらいは行けるかなと、思っていた。
しかし、しかし、どーもどーも、これは、行けないわ。。だ、だ、脱落!?

ほんの2週間でしたが、やはり、天才イスラエル君のクラスにはすごい人たちが
習いにくるのね。。

       

 


       
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⑯『ソラジャのクラス』

月、水、金だけ夜、ソラジャのブレリアクラスを受けている。
現地のおばちゃんとか、イスマエル フェルナンデスの娘とか、親戚の子とかも参加しているなかなか
アットホームなクラス。
よく、ソラジャの旦那のホセリートフェルナンデス(踊り手)がギターを弾きにきてくれる。
毎回、ソラジャの犬(パキータ)もいる。

振りは至ってシンプルなんだけど、そういうのを習いたかった。

私は日本で1日しかソラジャのクルシージョをとったことはないけど、
そのときよりも、随分、なんかいい雰囲気を感じる。
今、妊娠していてもうすぐママになるからかな?

そんな彼女のクラス、月初めはすごい人数がいたのに、月後半になってくると、人が随分減ってきた。
もうすぐ年末ということもあるだろうけど、火、木の振りのクラスには参加するけど、ブレリアクラスには来ない人が多いみたいだ。
私は振りつけクラスは出てないんでわからないけど。

本日はちょいとソラジャお怒りだった。
『ソレアや、アレグリアスや、曲を踊ってるときは、とっても上手い人は多いけど、ブレリアになると最悪になる人がとても多い!このクラスは簡単だけど、このブレリアはどこでも踊れるし、とっても大事なもんだ』
というようなことを言っていた。
でもまさにそのとおりだと思った。

簡単だから、すぐとれるからもう来なくていいのか、そんなことはないよね。
簡単だからこそ、どうやってやるかはとっても難しくって。
彼女の言ってることは、正しいと思った。
ちょっとした尻の動きなんか、すごく参考になる。

あらためて、ブレリアってのは難しいな、と思った。
そして、元をしっかり習いたいな、と思った。

クラスの最後には円になって一人ずつ踊る。
結構緊張したわん。

       

 


       
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⑰『また風邪をひいた』

また風邪をひいた。今度は喉から。
私はひとより汗をよくかくから、レッスン後はこまめに着替えてはいるものの、
シャワーを浴びたあとのような髪は、
すぐには乾かない。。

昨日の夜かなりダウンしてたけど、しかしまた韓国人の彼女が
高麗人参粉末と生姜粉末をミックスしたドリンクを
作ってくれて飲んだとたん、妙に元気になってきた。
睡眠をよくとって(いつもすごく寝てるんだけど。。)かなり元気になった!

日本も寒くなったでしょうから風邪をひかないように、気をつけてください。

       

 


       
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⑱『アミン』

「可愛いフリしてあの娘〜割とやるもんだねと♪」 のアミンではありません。

サンタクルスにあるカサデルメモリアというところでは、
フラメンコや、音楽などを毎日やっている。
観光客向けなんだけど、普通のタブラオより安くて、
時間も短くて なかなかいい。
パストーラやマルケシータとか素晴らしいアーティストもよく踊っている。

私が行ったのは、MUSICA SEFARDI といって、
アンダルシア伝統音楽??(違ったらごめんなさい)みたいな感じで、
その昔、スペインがアラブに統治されていたときに生まれたような、
それでいて、イスラエルや、トルコや なんかとにかくその辺のが
入り混じった音楽。。

スペイン語の説明で、ところどころ やはりわからないところがあるので
うまく説明できません!ごめん!

そこで、ウードとバイオリンを担当しているのが、アミン。
モロッコ人で、うちの旦那がセビージャにいたころ、ウードを習っていた先生。

セビージャにきたら、挨拶がてら必ず観に行く。
私と同い年なんだけど、とっても落ち着いてて、暖かい素晴らしい人です。

舞台にアミンが登場したら、妙にホっとする。 空気を和らげてくれる人だ。

モロッコに旅行に行ったときには、大変お世話になった。
素敵な家族を紹介してもらい、家に泊まらせてもらい、豪華な食事もご馳走になった。
離れにも(これがアルハンブラ宮殿小バージョンのようで素晴らしかった)連れて行ってもらった。

なんでもおじいさんか、ひいおじいさんが、その昔、北モロッコの大統領だったようなことを言っていたような。。

知り合ったころは、独身だったアミンも今は結婚して、奥さんはモロッコにいるそうです。
来週にモロッコに戻るようで、うれしそうでした。

私もアミンに会えてとてもうれしかった。
ほんの少ししか話せなかったけど、1年に1度、ご挨拶に行くその時、フラメンコとは違うセビージャを感じられる一瞬。

       

 


       
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⑲『ブレリア』

マルケシータが、『今日、ここで彼が唄うから、是非おいで、私もちょこっとブレリア踊るわよ』
と私の同居人オークランに言った、と。

オークランは今、彼女に個人レッスンを習っている。
個人レッスンを誰かに習いたい、と言ってたので、彼女に合うかな、と思ったマルケシータを紹介した。

エンカルナシオンに近い小さな広場にあるそのバルは、確か前にも何度か来たことがあった。
毎週水曜日にフラメンコをやっている。 もちろん歌とギターがメインのね。

こないだは、マルティンチコと、エンリケデモロン。エンリケはマルケシータの彼だ。
今はロスガジョスでも定期的に歌っているらしい。ファナのPRIMOでもあるらしい。

初めて聴く彼の歌を私は大変好きだった。
なんどか『う、』と感動が込み上げることがあった。

エンリケの隣で、パルマを叩いてる男の人がいたんだけど、どうやら、その人はまったく関係ない人みたいだった。
なかなかうまいんだけど、なんか特徴ある顔をしていて、日本人の知り合いに似てたので、
気になって何度か彼の方をみてると、彼は『どうだ、自分のパルマはうまいだろう』
みたいに、得意げになって叩いていた。
そ、そういうわけではなかったんだが。。

一度休憩があって、最後のブレリアになったとき、マルケが踊りだした。
前に人がいて、部分しか見えなかったけど、とても素敵だった。
一時期のマルケよりもずっとずっといいと思った。自然だった。
わぁぁ、と同居人オークランと感動していると、マルケが『ちょっと来い』みたいな仕草をしている、
ひぇぇぇ、だ、誰にだ、わ、私にだ。。

しかし、これは日本男児、あ、女児、行くしかない、とカバンを預けて、ギターとカンテの前に踊り出た。
その後、何をやったかまったく覚えていない。

しかし、なんか絶妙なハレオ、絶妙なカンテ、絶妙なギター、絶妙なお客さんのパルマ、
それに踊らされていた感じがする。
エンリケの歌が、マルティンチコのギターが、すべてがよく聞こえる(え、えらそう。。)。
やることはいたって単純なこと、でも、とっても楽しかった。
あぁ、ブレリアってこうやって楽しむものなんだ、と、あらためて実感した。

ブレリアっていうのは、楽しい。うまく踊れないけど。

その後、店のだんなさん、奥さんも踊った。力の抜けたなんといい踊りだろう。

間違いは何もない、正解も何もない、同じことは2度とない、
ただ、共通のコンパスと空気を持っていれば、楽しめるんだなぁ。

       

 


       
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⑳『猫』

こっちでは猫をほとんど見かけない。
犬はあっちでフラフラ、こっちでウロチョロ、いろんなところで見かける。
もちろん飼い主も一緒。
こっちで見る犬は日本であまりみかけない、モップのようなボロ雑巾のような
かわいい(フォローになってない)犬も多い。
なんという種類かは詳しくないんでわからない。

猫をあまり見かけないな、と思ったのは、今すんでるところの隣のCALLEをとおる時に
いつも同じ場所にたたずんでいる猫がいるからだ。
それがセビージャで見る唯一の猫だった。
なんだか申し訳なさそうに、じっとしているその猫を見ていると、
日本の近所にいる猫とは違う感じがした。

東京の住んでるところにいる猫たちは、人間と目を合わす。
向かいの家の悪猫は、うちのブラッキーや、ほかの猫をよくイジメル。
猫相も異様に悪いが、こちらの殺気も感じとるのか、よくにらみ合いをする。

しかしこちらの猫(といっても1匹しか知らないけど)
は、存在を悟られないようにしているかのように、ただ佇んでいる。

同居人のオクランに言わせると韓国でも犬が主流で、
猫を飼ってる人ってそんなにいない、ようなことを言っていた。
日本は犬も猫も同等だと思うんだけど。。

       

 


       
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21『道に住む人の律儀』

いわゆるホームレスだ。
私が通常利用するインターネットカフェの隣にMASというスーパーマーケットがある。
毎年くるたびに、その人は、そのMASの前に座っている。
スペイン人ではない感じがする。

今回、今までと違っているのは、ある日、気づいたら
その人は、拾い物なのか、もらい物なのかなんなのか
わからないけど、フリーマーケットのように品物を並べている。

その並べ方のうまいこと、うまいこと。
私は整理整頓が下手なんで、あまり説得力がないかも知れないけど、
多分あれは誰が見ても『ほー』と思うきれいな並べ方だった。
律儀な人なんだろうか。

あの人は道に住む前に何の仕事をしていたのか、
あんな能力があったらきっと、何かできるんではないのだろうか、
と、彼の人生について思い悩む。

ちょっと寂しいけど、来年きたときには、彼があの場所にいないことを願ってやまない。

       

 


       
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22『土曜日ファナスタジオにて①』

前、ファナがレッスン中に、「11月のいつかの土曜日に飲み物とか食べ物とか買っ
てきて皆でFIESTAをしましょう」と言っていた。
それがこないだの11月最後の週の土曜日。

今まで長いこと彼女のクラスに行ってるけど、そういうことは初めてだったので、
ほー、と思った。
多分、無償で来てくれてる勉強中(?)のカンテや、ギターの人への
お礼とか交流とかそういうのも兼ねてかな?と思う。
なかなか粋なはからいをするもんだ。。

今はファナのクラスは2クラスある。まったく同じことをしているけど、人数が多いためクラスを二つに分けた。
ので、参加した人たちもかなりの人数がいる。

私は体調が全快ではないため、少々のワインを飲み、パサパサしていない物ばかりを食べていた。

いつも歌を歌いにきてくれてるファン(セビージャ人)は、ホットプレートを持ってきて、肉を皆のために焼いてくれている。
フィンランド人のカティの彼(コルドバ出身)も、重いものを買い物に行ってくれたり よく動いてくれている。
「ほー、スペイン人男性はこんなによく手伝うのか」とファナに聞いたところ、
「最近はそういう人もいるけど、まだまだこの国はそうでもないわよ」と言っていた。日本と似たようなもんだろうか。

普段レッスン後になかなか話す機会がないクラスの人や、ギターの人たちとも話せてとてもいい。
ファナのクラスの生徒同士は、何故か結構皆仲良しになる。
いい雰囲気だ。

ファンが焼いてくれた肉の第一弾はちょっぴりパサパサしていて
私の好みに合わないものだったけど、第二段はなかなかよかった。

続く

       

 


       
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23『土曜日ファナのスタジオにて②』

食べるのが一段落したら、スタジオのところでタンゴやブレリア大会が始まった。
人が集まると歌ったり踊ったりするというのは 人間の原始的な本能なんだろうか、といつも思う。

こういうときは、歌のひとつでも歌えればなぁ、と 思うんだけど、なかなか実現しまへん。

イギリス人ルーシーの旦那さんが、歌い出す。
最初は皆、躊躇していたけど、さすが、奥さん、ルーシーが踊りだす。その後、ルーシーがいろんな人をひっぱりだして、延々と踊りは続く。
習ったものをやろうとする人なんてきっといない。
そんな考える暇はない。
音楽をきいて踊っているだけだ。
なんで、その人のフラメンコ観がよくわかる。
正解もないし、失敗もない。
でも、あぁ、この人はよくフラメンコを理解しているなぁ、という踊りを踊る人もいる。
いかに自然にフラメンコに触れているか、がよくわかる瞬間。

ファナも楽しそう。いっしょに来ていた、娘ナサレとその友人たちを 踊りに誘おうとするけど、なかなか恥ずかしがって踊らない。
可愛いなぁ。

そんな彼女はまだ12歳。普段はめがねをしていて可愛い顔をして のんびりニコって笑うんだけど、
ひとたび踊りだすと(その日は踊らなかったけど)、あぁ、ファナと同じだ。
足音も表情も。しかし彼女は踊り手にはなりたくないらしい。
弁護士になりたいらしい。
バイラオーラと、アボガドの二束のわらじなんてかっこいいんでないかい。

体調がすぐれないため、途中で帰るね、とナサレに言ったら、『今からディスコテカに行くのに、いっしょに来ないの?』と。
ひぇぇぇ、元気だ。
一緒に行きたいのは山々だけど。。。

       

 


       
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24『緊急帰国』

同居人オークランが急に韓国に一時帰国することを決めた。
『歯』の治療のためだ。

こっちにきて、詰めていたものがとれて、こちらの歯医者に行ったところ、
すぐにまたとれてしまったんだと。
夜、痛くて痛くて眠れないときもあるようで、かわいそうなんで、正露丸をあげた。
子供のころやった記憶があったんで。
あれは、亜流なのか、と思っていたら、ちゃんと説明のところに
『虫歯に詰める場合は〜』などと書いてあった。そうだったのか。
うちのお母さんが勝手に考案していたのかと思っていた。
正露丸はよく効いたらしい。いたく気に入っていた。
どうやら韓国にも正露丸はあるらしいけど、においがきついのでカプセルに入っているらしい。

しかし正露丸も一時的なもんなんで、とにかく痛いから一度帰って治療してくると。
本来なら、私が見送られるはずが見送ることになった。
結構寂しいもんだ。長い友人かのように仲良くいろんなことを話した彼女。
ひと月ぐらいだけど、楽しかった。

朝の6時半に予約したタクシーがくるはずが、こないので、24時間受け付けのタクシーに電話したところ繋がらない。
何が24時間対応なもんか。。
しかし、ここはスペイン、怒ったって来ないもんは、来ない。

ということで、待っているよりは、ってことで急いで、大通りに向かう。
私も寝巻きのまま、荷物の半分をごろごろひきながら、必死で歩いている。
大通りに出ると、すぐにタクシーがつかまった。よかった。

彼女がタクシーで行ったのを見送ったあと、まだ未明の薄暗い中、帰途についた。

人通りはほとんどない、その道で、縞猫が私の前を横切った。

       

 


       
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25『寂しいという表現』

こないだオークランが帰国したのは前に書いた。
彼女は出発する前に、私と離れるのは、とっても寂しい、と何度も言っていた。

彼女と話す言葉はもちろんスペイン語なんだけど、いろんなことを話した。
昔からの友人のような感じもする。

ただ、根本的に彼女と私はまったく違う性格である。
彼女の彼が私にそっくりだと、言っていた。
肉ばかり食べているということや、黒の服ばかり着ているとか、考え方とか。

彼女の彼は毎晩のように電話をしてくる。去年1年間で使った電話代が
なんと、70万円ぐらいだそうだ。ひぇぇ。
幾ら彼と似てるという私でも、そんなことは全くしない。
現実的な私は、必要なことはメールで連絡する。

ま、それはおいといて、一度、ある夜私と彼女が食事後、楽しく話しているときに 彼から電話があった。
いつもなら長電話なはずなのに、すごく早く電話が終わった。
『どうしたの』と聞くと、『なんか機嫌が悪く、すぐ切ってしまったの』と言う。
結構彼女はあっさりしている。
『どうしたの、ってかけなおしてあげなよ。』
というと、『なんで?』みたいなことを言っていた。
『ちょっとかけてあげると喜ぶよ、多分待ってるよ』と。
『ふーん』と関心したように、彼女は私に言われたとおりにかけなおす。

まぁ、結局彼の機嫌が悪かったのは、電話をかけた瞬間 彼女が、誰かと韓国語を話してると思ったらしい。
ここセビージャにはいつも日本人がわんさかいる。
しかし、韓国からの留学生はあまりいないから、何らかの疑惑をもったらしい。結構かわいい彼だ。
で、最初の電話のときには理由を言わず、彼女が次にかけたときに理由を言ったらしい。

誤解をとくためにもと、彼女が私に向かって何かしゃべって、というので、韓国語で『けんちゃなよ』と言ってあげた。
それには、オクランも驚いていた。(けんちゃなよ、の意味は各自調べてくださいな)

と、今回書きたいことは、人によって、感情の出し方も表現の仕方も全く違うということだ。いい悪いの問題ではなく。

彼が機嫌悪くすぐ切ってしまったという行為は、『彼女に心配してもらいたい』という 彼の甘え(かわいい意味でのね)。
しかし彼女は結構さっぱりしていて、『そうなんだぁ』と彼の微妙な機微を不思議そうに思っていた。
そういう彼女は、サバサバしていて、悪びたところがなく、結構好感が持てた。

話は変わって、その昔、私がアメリカ留学するときに、新幹線に乗る私を見送りに意外なほど沢山の友達が来てくれた。
結構皆涙を流してくれて、別れを惜しんでくれた。
あぁ、皆泣いてくれてるんだぁ、と思った。私は泣かなかった。
正直そのときは、未知の世界に踏み込む不安と勇気と希望で心はいっぱいだったから。
そして1年後にはここに戻ってくる。永遠の別れではないから。
でもその中の友人の一人は、私が涙を流さなかったことがショックだったらしい。
あぁ、傷つけてしまってゴメンナサイ。

ということで、最初の表現。
私はどこかに誰かが出発するとき、もしくは、自分が出発するとき、本当に寂しくても寂しいとは言わない。
寂しくて泣いたりもしない。

もしかして、心では寂しいと感じていているのかも知れないけど、ただ、それを表現する手段を知らない。
寂しい顔をするということは、相手に負担を負わせるような、感じがする。
これはもう習慣なのかも知れない。

でも今回、彼女が帰国するときにした『寂しい』という表現はとても素直なものだったと思う。
そう表現できる彼女が素敵だな、と思った。
それによって、私はそういう表現をあまりしない、ということを再び思い知らされた。
彼女と出会ったことで、私も自然にそういうことを言える時が来るかもしれない、
そして、それはきっと私が思っていたほど、重いものでもなく、相手にとって負担でもなく、結構いいものなんじゃないかな、とちょっと思えた。

人生、フラメンコ以外にも学ぶことは沢山ある。

       

 


       
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26『街を歩く』

もうすぐ帰国。
まだ風邪はひいてる。げほげほ。

クラスまでに時間があるから、セントロまで歩く。
今まで通ったことのない道。
やっぱり初めての道は新鮮。知らなかったPLAZAや、お店。
そして、やっぱりクリスマスのものが多くなっている。
途中で、小さな教会みたいなところに入る。
ほとんど人はいない。
おばあさんと若い男の子と、神父さんと、私だけ。
若い男の子は、出るときに、ひざまずいて、イエスさんにおじぎをしていた。
私はこういう瞬間を見るのが好きだ。

昔住んでたC/SAN ELOY のある店で、こないだ素敵な色の時計を見つけた。
真っ青。文字盤は3と9のみ。
30ユーロぐらい(4000円ぐらいか。)。
手にとって見ると、思ったより色がきれいではなかったので、買わなかった。
そこの店は、本当にディスプレイが上手で、照明をうまく使っている。

普段は通らないカテドラル脇道も通ってみる。
来年、また来れるのかなぁ、とか思いながら。

スペイン人ではない出稼ぎの人が道でモノを売っている。
アコーディオンを鳴らしながら、お金を稼いでいる。
セマナサンタのときによく焚くお香のような匂い。

セビージャの匂いをたくさん吸って、風景を見ておいた。

ボーっと。

       

 


       
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27『感謝』

セビージャからの最後の日記。

明日はいよいよ帰国日。
セビージャからマラガまでバス、そこからパリまで飛行機にのり、そして成田へ。
12月1日の夜は日本に到着。
1ヶ月はあっという間に過ぎていった。
風邪はひいたけど、無事にいい日々を送れた。

1ヶ月は短いけど、長いといえば長い。
今回も、私のわがままを許してくれた生徒さんや、家族に感謝!

また来年も許してね!おほほ。

       

 

       

宮本 亜都子     

 

       

 

       
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