第29回 グローバル化社会の教育研究会のご案内
開催日時 :  2009年 2月20日(金) 午後2時〜4時30分
開催場所 : (財) 国 際 文 化 フ ォ ー ラ ム
 (新宿区西新宿2−7−1新宿第一生命ビル 26階)
 * JR「新宿駅」西口より徒歩10分、都営地下鉄「都庁前」より徒歩2分
研修テーマ: アジアから見た日本の帰国生教育の現状
        --- インター校でIBを受講している子供を糸口にして 』
 (1) 話題提供: 後 藤 敏 夫 ( World Creative Education Pte Ltd. CEO )
★ 出席者: 1957年生れ。 上智大学経済学部経済学科卒。1990年 香港にて起業。 海外子女のための進学教室「オービットアカデミックセンター」にて東南アジアで日本人子女の受験指導、インター校サポートを実践 (シンガポール1校、香港2校 生徒数計 約 500人)。 2000年 海外学習カウンセラー「ワールドスクエア」を設立。 シンガポールを拠点に 周辺諸国の日本人生徒、日本の私立学校生徒などに向けて英語圏での研修プログラムと海外への大学進学を推進している。 25名。
T. 話題提供の概要

1.英国TIMES社 「2008世界の大学ランキング」から
  日本の大学は 東京大学 (19位)、京都大学 (25位)、大阪大学 (44位)、東京工業大学 (61位) と 旧国立大学が続いていって、私立大学で200位以内にいるのは 早稲田大学 (180位) のみ。 ランキングの順位そのものは さておくとして、世界各地で仕事をするとき、100位以内に入っている大学であれば 「ああ、そういう大学は あるよね」と言ってもらえる。 毎年、スイスのダボス会議などでは、終了後は 上位ランキング大学の“同窓会”となり易い。 華僑の家庭では、子供がちょっと優秀だと思うと、家やマンションを 1軒処分して こうした大学に入れようと考える。 専門性を高めるということのほかに、「ネットワークを買う」という発想がある。

2.アジアのインター生にとっての海外進学
  最近、インター校で学ぶ生徒の感覚は、日本志向になってきた。 どういうわけか 「一時帰国すると楽しい」 「ものが豊富でよい」 「友達がいるから日本に帰りたい」 という子供が増えた。
  アジアのインター校と国内の中学・高校とで 何が違うかというと、(1) 学習言語・国際共通語としての英語力 (入試科目の英語ではなくて、教科を勉強したりレポート・論文を書いたり、学会で使える英語力)、(2) プレゼンテーション・スキル (特定の立場・論点に立ってプレゼンテーションする能力、統計・ITスキルを駆使して効果的なプレゼンテーションをする能力など)、(3) ITを駆使したリサーチ・スキル (小学生からコンピュータを使える、正解のない課題に対する対応能力、調査事項・結論をまとめる能力)、(4) 異文化対応能力 (自己のアイデンティティの確立<日本人としての自覚>、常識や前提の異なる相手に対する対応能力、共感を前提としないコミュニケーション力など) が身につくよう 繰り返し訓練される。 もちろん、親が安易にインター校に入れてしまい、旨くいかない例も少なくない。
  また、学習歴を活かした多様な進路選択ができる点もメリットだ。日本でも、大学院レベルでは 論文を英語で書いてもよい時代になっている。 日本の大学を卒業後に 海外の大学・大学院に進むこともできれば、海外の大学を卒業してから 日本の大学院に進むこともできる。 例えば、海外の大学で学んでから日本の法科大学院で弁護士の資格をとれば、ずっと国内にいた弁護士よりも よほど使いものになる。 学習塾としても、そうした進路選択もできることを 子供たちに指導している。
  大学を選択するに当たっての指導では、ともかく「自分の強みを作るキャリアプランニング」を考えさせるようにしている。 (1) 明確な目的志向と目標からの逆算行動を大事にすること (これが日本の中等教育では比較的薄く、とにかく大学に入ればよいというのが多い)、(2) 「卒業大学名よりも Π字型の専門性」でキャリアを作っていくこと (例:英語が使える技術者、2ヶ国語使えるビジネスマンンなど)、(3) 海外在住歴を活かしていくこと (ツールとしての英語、国際的な人的ネットワーク、習得していたい第二外国語など) などを大事に考えさせている。
  他方、日本の大学に進むメリットは、(1) 学費が比較的安い (対円レートが安ければ)、(2) 母語で学習するので学習効率がよい、(3) 日本の企業の就職情報が集め易い、などの事実がある。 デメリットは、さきほどインター校で挙げたメリットが薄まっていくし、出そうとすると「KY」などと言われて、浮いてしまう。 それと、相対的に目的意識の薄い生徒が周囲に多い中で、だんだん “横並び思考”に染まっていく (「自分の強みを演出し 大学に行くんだ」という所が緩んでいく)、また、環境に適応できなくて ドロップアウトする生徒も多い。
  海外の大学に進めば、(1) 国際英語が身につく、(2) インター校でやった様々なスキルが発展できる、(3) 2カ国の留学ができる (自国と第三国。また、英語以外の言語を母語とする友人もできる)、(4) 国際的な就職の機会は拡大する (日本のような“就職活動”はなくて、就職エージェントに委託する。キャリアアップの際も同様) などの面があるが、それらを「寂しいこと」と考える人もいて、その間で 親も本人も揺れ動く。

3.国際バカロレア(IB) プログラムについて
  日本でも IB教育が注目されつつあるが、「違うのではないか」と思うことが少なくない。 日本は1945年の敗戦後、それまでの欧州型教育からアメリカ型に変えられ、単線的・大衆化のシステムに進んできたが、IBは基本的には欧州型の「国際エリート教育」である。 とくに最終段階の「ディプローマ・プログラム (DP)」では、エリートとして多様なことをやらなければならないし、多様なことを知らなければならない。 訓練の中に、責任感も「ノーブレス・オブリージュ」も 全て入ってくる。 それなのに、日本の学校が「IBを導入する」というのを聞くと、もっと偏差値の高いトップ校がやるべき内容ではないのかと、違和感を覚えてしまう。
  IBの何がよいかというと、(1) リサーチ・スキルが非常に高くなる。大学でやるのと同じ手法で勉強することを繰り返され、「仮説を立て、実験をやって、レポートを書く」といったやり方に慣れてしまう。大学に入っても その通りにやればよいから 楽である。 また、(2) バイリンガル・ディプロマを推奨される。 IBでは約90ヶ国語の母国語での学習が認められていて、「日本人の場合は 日本語をやれ」といわれる。 アメリカンスクールでは星条旗に忠誠を誓わされるが、IBでは「あなたは日本人の誇りを持ちなさい。でも 学校での共通語は英語だよ」といった基本がある。 例えば 「Japanese A」では、三島由紀夫や樋口一葉とかを読んで、それについて大学教養課程の比較文化論のような論文を書かされる。 「君は日本人でしょう?」というところから話が始まる。
  だから、大学側からは高く評価されるわけで、(1) 高い進学実績が出る (日本は例外)、(2) 学部でIB履修科目が単位認定される (ハイア・レベル「5」以上なら履修免除。カナダなどは 4年制大学を3年〜3年半で卒業できる)、(3) 学部生でも奨学金がある (DPの成績がよければ給付)、(4) カナダやオーストラリアの大学ではTOEFL/IELTSを免除 (英語のA/A2が「5」以上で免除)、といった優遇措置もある。 つまり、入試出願の段階で 最初から「優秀な生徒」と評価される。
  アジアのインター校の多くは DPしか採用していなくて、その前のMYPの代わりに英国式のIGCSE (国際中等普通教育証明書) を採用している。 転出入りが激しいので、4年のプログラムでは実情に合わないためだ。 IGCSEの成績は7段階評価でつく (基本的に「4」で履修認定)。 このスコアで、行ける大学が ある程度決まってしまう。
  IGCSEでは、英語、第二言語、数学、科学、歴史、地理、芸術、音楽、保健体育(PE)、そしてITOK(倫理社会のようなもの) の10教科を2年間学ぶが、IB(DP) に進んだ時、IGCSEで履修していないと選択できない教科がある。 しかも、ハイア・レベルの教科として選択しようとすれば、「5」以上の成績であることを要求されたりする。 つまり、大学に入る前の4年間、ずっと受験勉強をしているのと同じである。 それが、中等教育の学校内の評価で決まる--- いわば「振り落とし」によって絞られていって成績がついていく。 前提に「大学はエリートが行く所だから、それでよい」という考え方があり、それが駄目な生徒は 職業訓練系のカレッヂに進学すればよいと考える。
  次に、DPだが、大学でやるリサーチの手法を重視するカリキュラムが組まれていて、最後に 長時間をかけたテストがある。 ハイア・レベルの内容は大学の教養課程レベルなので、欧州系の大学では 1年生から専門課程になる (日米のような「一般教養課程」はない)。 つまり DPまでやれば、大学は3年間で卒業できる。
  世界中で IBはどんどん認知されてきていて、欧州嫌いのアメリカの進学トップ校でも、AP (Advanced Placement。大学の教養課程を先取り履修するもの) の代わりに IBを勧める学校が増えている。 また IBは基本的に英語だが、学習言語はフランス語でもスペイン語でもよい。
  IB(DP) では、6教科のほかに 「TOK(Theory of Knowledge)」 「Extended Essay」 も課される。 TOKは倫理社会のようなもので、禅問答みたいなテーマが与えられて、それについてエッセイ(1,200-1,600語) を書かされる。 そのために知識の活性化や論理の組み立ての訓練をさせられる。 Extended Essayは、ハイア・レベルの3教科の中から自分が専攻したい分野に関連するテーマを選んで エッセイ(4,000語くらい) を書かされる。 これが書けないと、6教科の成績が良くてもアウトである。 TOKExtended Essayは 各々5段階で評価され、それを縦横の軸にしたマトリックスにして、ボーナス・ポイントが 0〜3点算出される。 大学側は、このボーナス・ポイントを必ず見ている。 何故なら、この点の高い子は「絶対に優秀な生徒」と判断できるからである。(注: 日本の大学では、このポイントを全く見ようとしない)
  したがって、IB(DP) のスコアは 6教科で42点満点 (7×6教科。「4」が履修認定だから28点が修了ライン) で、これにボーナス・ポイントの3点を加えた45点が、最高点ということになる。 海外の大学では 36点あれば (「6」平均。「5」があっても ボーナス・ポイントがあればよい)、世界ランキング100位以内の大学には だいたい入れる。

4.大学進学と合否の現状
  IB(DP) を履修する生徒は普通 2〜3ヶ国の大学を併願する。 例えば バングラデッシュの子は「母国のトップ校が駄目なら、シンガポールかアメリカの大学を…」と考える。 日本人だけ「日本の大学がいいか、海外の大学にしようか…」と考え、どちらかにしてしまう。 それは、日本の大学の入試選考のやり方が、他の国と全く異なるからで、仕方がない。
  アメリカの場合、12年生になったばかりの11月には出願しなければいけない。 10月出願もあるが、それは専願である (7・8月の夏期講習=大学レベルの授業を行う“青田刈りコース”=に参加し、リクルーターからOKをもらっている生徒のみ)。 11月は どこの大学でも 何校でも出願してよい (辞退も自由)。 しかも、カナダやオーストラリアの大学は2月出願だから、アメリカのトップ大学に入れなければ カナダやオーストラリアのトップ大学に行こうという子も多い。 日本の大学の帰国枠選抜は さらに半年後なので、アメリカの大学に出願しておいて「早稲田や慶応の国際教養などが駄目だったら、アメリカに行こう」という賢い子もいる。
  ところが、帰国生が日本の大学を受けようとすると、いろいろと不思議なことも起こってしまう。 IBで いくら優秀な成績を持って帰っても、それを認めようとしない大学も多い。
<事例紹介> (省略)
※ もし IBスコアを持っている子が、日本の大学の理工系の学部を受けようと思ったら、日本型の試験に泣かされる。 だから 11年生まで理系志望だった子の半数以上が文系に転向する。 もっと酷いのは 医学部で、医者になりたかったら 早めに日本の全寮制の学校に戻すか、海外の大学の医学部を出て医者になるのがよい。 ところが、トロント大学の医学部に合格した子が、日本の大学の医学部を落ち続けているので、調べてみたら 「帰国生枠の志願者16、合格者0」といった大学が ほとんど。最初から 受け入れる気などないようだ。

U.自由協議の概要


◎ 父親の会社の都合で、11年生修了で帰国せざるを得ない場合、どうすべきか。
⇒ 帰国子女枠の選抜は、次第にAO入試に統合されていく傾向にあるが、12年生を卒業して帰国していないと、選択の幅は極端に狭くなっている。オーストラリアなら、ファウンデーション(予科コース)を経由して大学に入る方法もある。

◎ 帰国生の親は、東京なら早慶上智、どう悲しくても「GMARCH」には入れたいと思っている。 そうした大学には、企業から強く働きかけていく必要もあるのではないか。

◎ 11年生修了で帰国した場合、編入した高校が単位換算に不慣れだと、出願すらできない大学も出てきてしまう。 この点のマニュアルも整備してはどうか。

◎ アジアでは、小学生の保護者が 安易にインター校に入学させてしまう例が多くて、セミリンガルの子供が急増している。 家庭で通信教育をしっかりやったり、塾に通わせたりして、日本語を定着させる努力が必要ではないか。
⇒ 日本語補習校が、日本に帰国予定のない家庭や国際結婚の家庭の子供のための施設になって、帰国を前提とした子供には不向きになっていないか。
 
◎ インターで苦労して DPの Full Diplomaを取得した日本人学生が、受験時の制度面のギャップから海外の大学に進学してしまうのは、日本としても損失になると思う。
⇒ IBに限らず、制度に互換性を持たせ、教育の垣根を低くしていくことが、今後グローバル化の進む世界の中では必要になってくるのではないか。
                                           (以下 省略)

『月刊 海外子女教育』 2009年 4月号ニュース欄
  グローバル化社会の教育研究会は 2月20日、(財)国際文化フォーラム(新宿区)において「アジアから見た日本の帰国生教育の現状―インター校でIBを受講している子供を糸口にして」を研修テーマに、二十九回目となる教育研究会を行った。当日は帰国子女受け入れ中学・高校の担当者や企業の教育相談員をはじめ、帰国子女教育をサポートする団体の関係者を中心に三十人が参加した。
  会では香港とシンガポールで学習塾を経営している World Creative Education Pte Ltd. CEOの後藤敏夫氏より、IB(International Baccalaureate、国際バカロレア)の Diploma Programme(ディプロマプログラム。高校2・3年の二年間の過程で、大学入学資格にもなるFull Diplomaという資格の取得を目指す。最終的には45点満点の点数で評価がされる)の現状に関して、アジアのインターに通う日本人学生の事例を交えながら話がされた。 後藤氏は、プログラムの特徴として、大学で行うような高いリサーチスキルが求められる学習法や、高いレベルの母国語科目を取得することによるアイデンティティ保持の重視などを挙げた。 また、Full Diploma の取得者は世界中の大学から高い評価を得て進学実績を残している一方、日本の大学、特に理系の学部は相対的に評価が低く、選抜の際に課される試験の内容と学習してきたことの隔たりの大きさから受験を断念しているケースなど、大学の受け入れを中心に 帰国生が直面している状況が説明された。
  参加者からは「日本の大学では広く国際化がうたわれているが、IBに関しては国際的な認識との差を実感した」といった声や、「インターで苦労して Full Diploma を取得した日本人学生が、受験時の制度面のギャップから海外の大学に進学してしまうのは、日本としても損失になると思う」といった声が聞かれた。 最後に後藤氏は 「IBに限らず、制度に互換性を持たせ、教育の垣根を低くしていくことが 今後グローバル化の進む世界の中では必要になってくるのではないか」 と語った。

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