昭和34年
昭和34年 1月18日 池袋西口の朝火事
昭和34年 1月18日  十一日の早朝五時ごろ、池袋西口マーケット内の洋服店から出火し、瞬く間に四棟・三十二世帯、三三〇平方bを焼いた末、五時三十五分に鎮火した。その後、昼頃から一部で建て直し工事がはじめられた。消防署や第四区画整理事務所などで復旧工事中止の申し入れをしたが受け入れられず復旧工事が進み、再び元通りのマーケットが建ちならぶのではないかと心配されている。
昭和34年 1月18日 ビルラッシュで水ききん
昭和34年 1月18日  池袋のビルラッシュで地下水が汲み出され、井戸水がにごったり干しあがったり。日照りと重なって深刻な「水よこせ」運動が持ち上がっている。池袋東口では、一般家庭の水道が昼間はほとんど出なかったり細くなったりという苦情が出て水道局をあわてさせている。
昭和34年 2月8日 人世坐などがスト
昭和34年 2月8日 文士劇場としてファンになじみの深い池袋の人世坐、文芸坐など、兜カ芸会館人世坐(社長三角寛氏)四館の従業員が賃上げと労働条件の改善を要求して経営者側と対立。一月十九日に会社側はロックアウト。従業員側が座り込みにはいった「映画館のストライキ」はその後、地元の地区労協、全映連などが従業員側の応援に乗り出し、すでに十日たつが、解決の見通しがたたない。この間、座り込みの組合側と会社側との間に小ぜりあいがあり、池袋警察署に出動命令が出るなどという騒ぎもあった。五日の初団交も双方の主張に相当の開きがあって物別れとなり、映画フアンをがっかりさせた。
昭和34年 2月22日 池袋西口区画整理
昭和34年 2月22日  池袋西口の区画整理は、昭和三十一年以来第二次五か年計画にはいっているが、昭和三十四年当初からは残る二か年計画の追い込みで、所管の第四区画整理事務所も本腰を入れる。今年からは、マーケットを中心とする区画整理に入るわけだが、バス通り北側奥及び西口商店街第三部(二又交番先)北側の区画整理は進んでおり、残る問題としては、バス通りとマーケットだけということになる。しかし城北第一の商業地だけに利害関係も大きく、難航が予想される。
昭和34年 2月22日 千川桜に厳しい世相
昭和34年 2月22日  長い歴史をもつ千川の流れも、時代の流れの大きな渦の中で消えていく。それと共に昔から眺め、愛でられてきた千川の桜は春を迎えた。しかし、千川通りの西武線以西の道路拡張に伴い、千川が埋め立てられ、桜の老木約二十本が、花をつけることなく切られてしまった。
昭和34年 3月8日 中卒者の就職率一00%
昭和34年 3月8日  「学卒特別求人開拓」が先月行われ、このほどその結果がまとまった。区内中学校卒業生五千二百十六人中、就職希望者千二百四十二人(二三・八%)全員が就職した。その内訳は、安定所が千十六人、縁故百二十二人、家事手伝い・その他百四人となっている。一方、池袋安定所管内では、中学生求人四千六百七十七人、求職数三千七百四十四人、就職者三千二百八十七人、訓練所入所者三十人となっており、就職率は九七・四%。求職に対する求人率は一二四・八%となっている。
昭和34年 4月19日 立教大学新校舎落成
昭和34年 4月19日 立教大学に新しく法学部が新設され、それに伴って新校舎の建設が進められていたが、このほど五号館と六号館(鉄筋コンクリート地下一階、地上五階)の二校舎が完成、四月八日に落成式が行われた。
昭和34年 6月21日 おいしい学校給食に
昭和34年 6月21日  学校給食といえば安いかわりにコッペパンとうまくないおかずが少々と思われ、家庭の人たちからはあまり重視されていない。しかし、時習小学校の調理師・松田政夫さん(37)は、給食に人一倍熱心で、安い給食費で最大の効果を上げるため、いろいろな調理器具を考えて能率を上げている。今回作った揚物固定補助装置もその一つ。かき揚などは形も崩れず、二倍の能率を上げることができるという。この装置は二十日に杉並公会堂で開かれた都学校調理研究会で発表され、各方面から「是非うちの学校で採用したい」と絶賛された。
34年度 7月12日 路線価決まる
34年度 7月12日  昭和三十四年度の路線価がこのほど国税局で決定、都内三十二税務署に通知された。今年の決定は、昨年度に決定されたものの三割ましで、東京都の最高である銀座五丁目の「三愛」から新橋方面へ長さ五〇b、奥行一五bの坪(三・三平方b)あたり百三十万円を基準として、都内全路線沿いの宅地の評価が決められた。豊島税務署管内の最高は、池袋一丁目八三三(池袋東口西武百貨店前)の明治屋付近で六十万円。池袋西口バス通りの終点から美宝堂付近までが四十万九千円、池袋東口区役所付近が十四万六千円、巣鴨駅前商店街付近が十四万四千円、巣鴨とげぬき地蔵から駅よりが十二万六千円、大塚駅前が九万一千円、駒込駅前が八万一千円、西巣鴨大正大角が四万六千円、癌研付近が四万円、要町祥雲寺坂下付近が三万九千円。
34年度 8月2日 夏休み図書館大繁盛
34年度 8月2日  椎名町八丁目に夏休みの子どものために、町内有志の寄贈で図書館が誕生した。この図書館、連日満員の盛況で、作った町会やPTA、婦人会のお母さんたちも大喜びで本の整理をしている。
34年度 8月9日 平和通りに場外馬券売場
34年度 8月9日  競輪や競馬が大きな社会問題として、取り上げられているときに、馬券売場の移転をめぐって池袋で反対運動が起きている。中央競馬会が、豊島区長に「池袋東口にある場外馬券場を、池袋二丁目・西口平和通りに移転したい」という申し入れがあった。木村区長はこの問題を区議会の幹事長会にはかったところ、地元の意見を聞くことになった。そこで第三地区委員会にはかったところ、全員が反対。その上、恩田五作氏を会長に「池袋場外馬券売場設置反対期成同盟」を結成。大々的な反対署名運動を展開し、農林省をはじめ、関係当局への陳情を行うことになった。この反対同盟には、地元の町会はもとより、隣接する十一町会の子どもを守る会、婦人会、各学校PTA、青少年問題協議会、防犯協会、交通安全協会などが参加した。
34年度 10月4日 人口密度都内3位
34年度 10月4日 豊島区建築課でこのほど人口密度調査をおこなった。 豊島区の人口密度は東京二十三区中で台東、荒川に次いで三位という高いもの。中でも一000平方b当り四十人以上というところが三町会もある。最高は日の出町一丁目の四四・一人、次いで椎名町三丁目の四四・四人、三位が長崎東町の四二・三人。最低は目白町一丁目で三・四人(学習院中高などが町の九〇%を占めているため)。平均は二五・六人。七月一日現在の人口三十三万千六十八人が基準。
34年度 9月20日 日本一の電光ニュース
34年度 9月20日  池袋西武は、ヘリポート落成についで国鉄線路側壁面に全長一四三bの電光ニュース工事を行う予定。池袋には富士銀行の電光ニュースがあるが、一四三bのマンモス型は日本でも最大のもの。
34年度 11月15日 池袋から「悪」を一掃
34年度 11月15日 「悪」の横行に悩む池袋防犯協会と母性協会の役員役三百人が十二日夜七時から、提灯やプラカードを持って「池袋から悪を追放しよう」と二時間にわたって提灯デモ行進した。
34年度 12月6日 伸び悩む大塚周辺
34年度 12月6日 大塚駅前の「松菱ストアー」(旧白木屋)が十一月二十九日で閉店、新たに貸ビルとして再スタートすることになった。 「松菱ストアー」は昭和三十一年十月に、旧白木屋から国鉄に移譲されたものを「丸物」の兄弟会社の三都鰍ェ買収、九00坪の売場面積を持つストアーとしてスタートした。しかし、池袋の急速な発展と巣鴨地蔵通りの懸命な商法に挟まれて伸び悩み、わずか三年で閉店となってしまった。