2020年1月

第3282号 2020年1月01日号


新春座談会
 さぁ「豊島新時代」幕開けの年
  豊島の文化を世界に発信
  「オールとしま」で街づくり


 安藤(司会・豊島テレビ) 昨年、また豊島区は文化が花開いた一年でありました。ハレザ池袋、中池袋公園、池袋西口公園などオープン、真っ赤な可愛らしいイケバスも走り、豊島区の新しい物語が始まった一年になったと思います。まず皆さんには、豊島区の文化が花開くというテーマで話していただきます。以前の豊島区はそうではなかったんですよね。そのあたり、足立会長どうですか。

 足立 今から考えれば夢のようなものですけど、ダサイ、汚い、怖いという池袋のイメージをなんとかしようと長年商店街活動してきました。お花ならイメージアップになるだろうと、東口のフラワーフェスティバルが始まりました。また早朝清掃で街の美化をはかってきました。そういったみんなの活動があって、今日このようになったということは、感慨深い。高野区長の努力に感謝します。

 安藤 高野区長、そのあたりの思いをお聞かせください。

 高野 そうですね、いま足立会長がおっしゃったように、豊島区の中心の池袋のイメージはけして良くありませんでした。それはやはり戦後、この池袋が闇市という爆発的なエネルギーがあり、それが池袋の発展につながったのでありますが、その闇市時代が長かった。それがずっと尾を引いてきて池袋のイメージが植え付けられた。いまや池袋は豊島区の中心、地の利もいいし、一日の乗降客も新宿に次いでナンバー2。こんな大繁華街がなぜもっと皆さんから愛され、発展しないのか。それがほんとに長年の思いでありました。でもその長い苦しい時代を経て、その間、財政破綻やあるいは消滅可能性都市といわれるようなピンチを乗り越えて、まさにチャンスに変えて、そのエネルギーがまさに爆発したのが、昨年ではなかったかと思っています。23のプロジェクトをここに集中して、この豊島区の新時代を作っていこうといった思いが現れた一年であったと思います。

 安藤 豊島区、とくに池袋の防犯、ふくろ祭り、フラフェスタなどゼロから街つくりに、民間レベルで取り組んできた齊木会長の目からは、この池袋の様々なプロジェクトの進捗をどう感じておりますか。

 齊木 もう20年位前から、高野区長が区長になる前から、池袋は安心安全な街作りに非常に力を入れてまして、環境浄化が十数年前に立ち上がったり、地元がしっかりと絆を作ったということも非常に大きな要因であると思っております。多様性のある街ですからどんどん変わっていきます。それに対応するためにも安心安全が何といっても基準。それに基づいて、高野区長がすごい勢いでここ十年くらい頑張ってこられてほんとに変わってきたと思います。新年を迎えて、ニュー豊島の幕あけと感じております。豊島区はますます魅力ある街になってくると、楽しみにしております。

 安藤 近江会長は雑司ヶ谷・法明寺の住職でありますので、雑司が谷からみてはいかがでしょう。

 近江 雑司ヶ谷というのは懐かしい街,昭和30年代の風景をとどめている街という印象がありますね。人間関係も非常に密で、街の人たちが皆顔見知りとして暮らしているようなところです。そういうところの安心感ってあります。いま齊木会長おっしゃったように池袋の街に、そういうコミュニティができて皆が知り合うことで、安心が出来上がってきたというのはとても面白いことですね。池袋の様な変化の激しい街でお互いに知り合うってなかなか大変なこと。そこに住んでる人たちが知り合ったなかで安心が生まれてくる。安全はインフラの整備でできますが、安心というのは人間のつながりのなかしか生まれてこないものですから、そういうコミュニティを作ってきたということはすごく大事なことと思います。

 安藤 磯議長には区民代表としてお話を伺いたいのですが。街の人たちの反応などどうですか。

  私自身も感じることなんですけど、豊島区で生まれ豊島区で育った人間としては、いま先輩方かおっしゃったように、このように池袋が変わるとは想像もできなかったこと。お話を聞いておりまして、先輩方が先頭切ってやってきた、その苦労が昨年はいろいろなことがあって、見えなかった一年。私自身もたいへん忙しい一年でしたが、皆さんがおっしゃるように、それもこれも区民の皆さんの安全の確保、そして安心して暮らせる街づくりということで、議会といたしましてもたいへん感謝いたしておりますし、やはり議会としては区民の皆さんの意見を反映できるように、たまには区長に苦言を呈するということもありましょうが、そういう役割も担っていかなければいけないのかなと思っております。

 安藤 さまざまご意見いただきましたけれど、足立会長は商店街の立場でこういった新しいものができてくるという期待感があるのでは。

 足立 期待感というか、大きな市場を与えられたという解放感みたいなもの感じます。これからは豊島区だけでなく、世界に向かって受け入れるという体制をとっていかなければいけない。商人としてはこれから厳しいものがでてくると思っておりますが、いままでもいろいろな困難に打ち勝ってきておりますから、商人らしく邁進していきたい。また今までの商人のやり方とは変わって、訪日外国人のために豊島区にしかないような民芸品など広めてゆくような場所の提供など考えてゆきたい。それに言葉の問題など、いろいろこれからどうしていこうか、取り組まなければならないと思ってます。若手を起用しながら新しい方向へ勇気をもって進んでゆきたい。

 安藤 これからどうするというお話が足立会長から出てきましたけれど、よくいわれる箱はできたけれども魂をどう入れるといったようなことがあるかと思われます。高野区長のお考えは。

 高野 いまこの池袋を中心として豊島区が大きく変わった一年。23のプロジェクトが一斉に走り始めて、今年度これらがほぼ出来上がりということですね。スタートがまず、ご存知の南池袋公園、あれが池袋を変えていく第一歩、それから四つの公園を中心にしながら西口のグローバルリングとかそれぞれの特長を持った公園で街を変えてゆく、こういう手法はどこの自治体もやってこなかった。さらに加えてハレザ池袋など含めて箱ものは整ってきた。問題は魂を入れること。これをいかに活かしていくか。これは昨年、豊島区は無謀と思われるような日本を代表して東アジア文化都市を開催しましたよね。中国の西安、韓国の仁川と文化交流して、世界へ文化を発信するその代表として豊島区が選ばれて、一年間無事につとめあげました。文化によって街づくりを進めてゆくその表れが池袋の特色である漫画、アニメによる街づくりとか、魂が一つずつ入ってきている。作っていくすべてのものが、我われの想像以上に何倍も大きく広がっていく、トータルで豊島区が変わってゆく。これまでの豊島区百年の歴史でも初めてではないか。最初で最後かもしれない。このチャンスを活かしつつあるということは、区民含めて議会がオール豊島で街づくりしている、ほかの自治体どこにもない。そこが自慢できるし、ハード、ソフト両面で着実に豊島区は変わったと思います。

 安藤 いま高野区長からでた「オール豊島」、齊木会長もさまざまなイベントなどでお話をされておりますが、まさに民間レベルで一から始めて成功体験というのも多いかと思いますが、魂を入れるということはどう力を入れていったらいいですか。

 齊木 昨年、ハレザがオープンして以来すごい勢いで街が変わりつつあります。やはり街づくりは官民一体のもの、高野区政が区民に賛同されたものと思っております。国際アートカルチャー都市を目指そうというその姿勢が皆さんに感動を与え、皆が参加するようになった。非常に多様性のある街ではあるけれども、これを主体にすれば街が変わるぞという期待感をもって賛同してきたことは事実。街は芸術文化だけで一色にすることはいけませんけれども、しかしその道が一番街がグレードアップする。区民が変わってくるという姿勢が高野区長のリーダーシップで区民も変わってきているような気がします。街はどんどんハード的には変わってくる。いままで東京で相手にされてこなかった豊島区、東アジア文化都市事業によって高野区長が国際的にデビューした。これだけでも大変なこと。これまで環境浄化などすべて官民一体、オール豊島でやってきた。この体制で豊島区はこれからも変わってゆくだろうと思います。豊島区はほかが減っているなか、人口も増えているそうですので、すごい街になっていくとだろうと期待感を持っております。高野区長に頑張ってもらいたい、我われも頑張りたいと思います。

 安藤 誰もが主役になれる環境が整ってきているのかとも思いますが、近江会長はいかがでしょうか。

 近江 そうですね。誰でも主役になれる街というのは、とても自由な街ということなんでしょう。豊島区のイメージで一番基本にあるのが自由な気風だと思うんです。非常に自由、さっき闇市の話がでましたけれど、闇市って今の言葉で言ったらフリーマーケット、みんな勝手に店を出していた。生活に必要だったということからスタートするんですが、そこにもやはり自由な気風がある。文化的にも非常に自由な、豊島区には既成のものにとらわれないものがある。そういう自由さを高野区長が先頭に立って引っ張り出している。自由さをうたいながらいろいろなプログラムをひきだしている。そういうことが昨年からずっと始まっている。そういう印象ですね。

 安藤 新しい公園であったり施設であったり、本当に区民の皆さんが楽しんでいると実感します。磯議長のもとには区民の皆様からどんな反応が聞こえてきますか。

  大型になって、区民が利用しずらいのではないかとか少し誤解があったのは事実ですが、それをやはり我われがピーアールして利用率を上げていくということがすべての施設にいえることではないかと思っております。そうすればおのずと愛着がわいてきますし、使っていけばきれいに長く使っていきたいという気持ちも生まれてきますから、そこで魂も入ってくるだろうと思います。そこで宝塚、歌舞伎など一流も感じられますので、区民が我われも同じステージでやったと誇りを持つというお互いの相乗効果。そうすればレガシーとして本当にいいものが残るのではないでしょうか。

 安藤 高野区長、何より区民の皆さんに使ってほしい、楽しんでほしいというのがすべてですよね。

 高野 基本すべて区民のため。我われそのために行政をつかさどり、議会もそのために選ばれ、民間も豊島区のためにという思い。けどそれだけではなく外からくる人を迎え入れて一緒に多様性のある何でも受け入れ、そして一緒に街を楽しむということがこれからの街づくりの姿ではないかなと。そういう意味で昨年一年間、大きく変わった激動の年でありました。いま議長がいわれたように宝塚もやりました。その舞台で区民の発表会もやりました。そういう垣根がない、街が一つになって外から来た人も一緒になって楽しめる街、そういう街づくりを目指しておりましてもここまで来るには長い時間がかかります。それらを含めながら国際文化都市の名にふさわしい国際アートカルチャー都市を目指して進んでまいりました。いま特命大使が二千人近くいるということは、どこの自治体にもない、まさに区民と一体、街が一体となっている表れではないかと思ってます。

 安藤 まさにオール豊島、皆で努力をしてここまで来たという感じがしますが、足立会長はどのように。

 足立 私は昔のことしか言わないんだけど、昔は商店街は商店街、観光は観光でバラバラ。それを一つにまとめるということには区長さん相当苦労したと思いますよ。皆一緒にやりましょうと、今なりつつあるというところ。一体感持って物事ができるようになれば素晴らしいこと。皆が一体感を持つには、我をなくすこと、他を思うということ。これからそういう精神が必要だと私は思うんですよ。住職である近江会長にはそういう精神を皆さんに教えてもらいたいと思います。素直になって、皆がそう思わないと。お金をくれれば集まるかもしれないけど、口だけで一体感をいっても無理。心ひとつにするには日常からそういう心を養っていかないと。そうすれば豊島区の未来はもっともっと明るくなる。豊島区は面積が狭くて人口が多い。伝達は簡単にできるはず。区長には、その伝達方法をもう少しスムーズに整備して、境を設けないで広く一つのものにしていただきたい。任期中にこの辺を全力で完成させていただきたい。我われもそれに対して協力していきたいというふうに思いますね。

東京オリパラはチャンス
 豊島区のインバウンド戦略


 安藤 ではここでテーマをかえて、今夏に開催される2020東京オリンピック・パラリンピックにちなんで豊島区のインバウンド戦略についてお話しください。昨年は東アジア文化都市開催で、豊島区は日本を代表して中国・西安、韓国・仁川と交流。その間、高野区長は両都市を何度も行き来する中でいろいろなことを実感されている思いますが。

 高野 昨年を振り返りますと、日本を代表しましての東アジア文化都市事業、一緒にやる中国、韓国の一千2百万都市、三百万都市とは規模が全く違いますが、文化というのは国境はないし、大きい小さいはない。あらためて交流していろいろな面で勉強になり、外国の良さ、外国の方々との交流を含めて素晴らしい一年ではなかったかと思っております。そあいていよいよ今年は東京オリンピックパラリンピックの年、五十数年前の東京オリンピック開催により東京は大きく変わりました。そして今回の大会では豊島区が大きく変わるチャンスをもらったと思って、今までの都市開発、街づくりがここに集中して進めてきた。またさらにこの豊島区が大きく飛躍する年ではないかという強い思いを持っております。

 安藤 齊木会長は様々なイベントなどを通して海外の人たちとの交流は多かったですか。

 齊木 いろいろな国と国際交流は熱心にやっておりました。人的交流が必要ということでずいぶん訪問もいたしました。とくに池袋は外国の方が非常に多く集まってくるところ。さきほどお話がでてたように、受け入れるおもてなしのできる街だと思っております。高野区長のリーダーシップのお陰で、街が結束、官民一体となって受け入れることができた。百貨店も企業としてインバウンドでは非常に重要な位置にあったと思います。昨年の東アジア文化都市事業は全てに絡んでいるもので、この街には合うからこそ高野区長が挑戦をしたのかと思いますし、また国でできないようなことを豊島区が率先して2月にオープニング、11月に終えましたが、これが豊島区にとっても大きな財産になったのではないかと思います。我われも一緒になって、この事業に参画しようと、西安、仁川に区民が152名集まって、区長、議長そろってそれこそオール豊島で訪問して人的交流もやってきたということは非常に誇らしいと思うとともに、区民として自信がつきました。これまで海外にもいろいろいきましたが、今回のようにボランティア精神を持って行ったというのは初めての旅行。中国は大国で歴史もありますが、日本は魅力ある経済大国であります。こちらは経済人、区の関係者、議員の方も議長が連れてきてくれました。このようにオール豊島で訪問できたのは豊島区だからできた、高野区長だからできたと思います。しかも向こうの方々と区長が懇親を深めてというのは、他の首長さんではいないのではないでしょうか。そういう意味では自慢できる区であると、自負しておりますので、私はこれからも官民一体となってオール豊島で挑戦していきたい。高野区長には、これからもこの挑戦の姿勢で頑張っていただきたいと思っております。また住民だけが区民ではないと思っておりますので、区民は大勢いるとあらためて申し上げておきます。

 安藤 そうですね、齊木会長は、勤めている方も学校通っている方も区民であるといつもおっしゃっておりますね。

 近江 私はインバウンドというのは、とてもシンプルに考えております。とくにインバウンドとして特別に設ける必要はないんじゃないかと。私たち区民が楽しんでいることを見に来ていただく、というのが観光だろうと。インバウンドのために何かを用意すると区民の楽しみにならなくなってしまう。でなく区民が楽しんでいるところに、お客様をお迎えする、というのがインバウンドの基本だと考えております。お客様というのは来たり来なかったりしますから、来ないと街がたちいかなくなってします。私たちが生活していくなかで、そのなかでお迎えする。先ほどの住んでる人だけでなく訪れた方々も区民というイメージと同様ですね。私たちが暮らしている素の豊島を見ていただく。それが一番のインバウンドの材料だろうと思ってます。もちろん通訳ボランティアなど充実させていくことも大事なことです。楽しめる街をつくることがインバウンドの基本じゃないかと思っております。

  私もインバウンドと構える必要はないと思います。そのいい例が、昨年のラグビーワールドカップ。競技場のおもてなしというのがその地域の人たちができていたと思うんです。あのラグビーの盛り上がりは今年の東京オリンピックパラリンピックの良いお手本になる。豊島区はホストタウンとしてバングラディッシュとセントルシアの二か国と、区内の仰高小、朋友小の二校の子どもたちといろいろな交流がある。子どもたちにとっては最高のもの。ワールドカップでの釜石、熊谷のあの盛り上がり。言葉が通じなくてもあの地元の人たちの歓迎ぶりで、日本の良さというのが自然に外国選手に伝わってました。けして構えなくていいのかなと。

 安藤 足立会長は商店街連合会長としての立場からおもてなしについて。

 足立 おもてなしというのは非常に難しいんですよね。商人というのは欲がありますから、その欲をはらいながらおもてなしをしなければいけない。その精神的なところを、今度のオリンピックに学ぶと思います。そういうところから少し自身を改めていかなければいけない。海外の人たちにそれが自然につながるようにしていかなければ。それで初めて一体感ができて、ものの売り買いができてくると思います。また同時に日本の文化伝統を紹介していかなければいけない。それらを見せる場、紹介する場を作っていかなければなりません。それから接客の仕方、海外と日本との違いがありますから、若手の人が集まっていただいてセミナーなども開催してゆきたいです。オリンピック開幕までできだけやっていきたい。それには行政の力もお借りしないとできません。

 安藤 海外の方はそういった豊島区の伝統工芸、民芸品に興味があるでしょうね。また豊島区ではアニメ・マンガという多くの人たちを惹きつける魅力があります。東アジアを通じてアニメ・マンガの底力について。

 高野 東アジア文化都市事業では、なんで東京の豊島区が日本の代表に選ばれたのですか、また豊島区の文化の売りは何ですかというお話をたくさんいただきました。私はプレゼンでも申し上げましたが、豊島区はマンガ・アニメの聖地であり、アニメの原点はマンガ、マンガの原点はトキワ荘。これが豊島区の大きな文化資産であるということを東アジアで感じました。大いに盛り上がった11月2・3日の池袋アニメタウンフェスティバル、大成功で世界に池袋が、豊島区がマンガによる不動地位を作り上げたのではないかと思っております。たしかに文化というのはイコール観光だと思っております。人が大勢来て、それを楽しんでいただいてその余韻をいかに持ってゆくか。それが文化イコール観光、大勢方で賑わいのできることによって、文化がさらに大きくなってゆく、そんな思いをしております。

 安藤 そんなマンガ・アニメの拠点となろうトキワ荘を再現したマンガ・アニメミュージアムが完成しますね。

 齊木 豊島区のマンガ・アニメが盛り上がり始めた何年か前から、訪れる外国人の質が変わってきました。いままでは東南アジアのひとがとても多かった。アニメのお陰で欧米の方とても増えました。またイベントにも多くの人に参加していただけるようになりました。これからますます池袋の賑わいの力となり、若い人たちが参画してくれるようになるでしょう。街も大きく変わってくるのかなあと思っております。

 近江 私は鉄人28号がヒーローでしたから、ほんとマンガ読んで育ちました。子どもころ思い出すと、マンガの伝える力というのはほんとに大きいものがあります。いままでマンガというとサブカルチャーといわれていましたが、いまはすでにメインカルチャーなっている。マンガから、アニメからいろいろなものが派生していまうs。みんなの好きなフィギアの世界とか、コスプレとか、マンガ・アニメから派生したものですね。そういうものを広げていける力もある。一番分かりやすい文化ではないかと思っております。

  あまりマンガ・アニメのこと詳しくないんで、具体的な話はできないんですけど。やはりトキワ荘の復元がきっかけで、皆さんから約3億3千万円の寄付をいただいたりして、皆さんからの期待がすごく大きいという現れですね。公園が狭くなるなどいろいろな問題もありましたが、じっくり地域の方たちと話をしてここまできたということは、これからの街づくりに参考になると思っております。街づくりの観点からも成功の例にしたいと考えております。

 安藤 今年も豊島区ますます盛り上がっていく予感がありますが、足立会長、最後にひと言お願いします。

 足立 豊島区は今年も元気になりますから、私も体を鍛えて、頑張らなければいけない。皆さんと一緒になって豊島区のために尽くしていきたいと思っておりますからよろしくお願いします。

 安藤 今年はオリンピック・パラリンピック・イヤーということもありまして、外国の方々そして障害を持つ方々がたくさん豊島区にいらっしゃってさまざまな物語が生まれてくるんじゃないかと感じております。また造幣局の跡地には素晴らしい防災公園ができます。街全体が舞台となって、誰もが主役になる豊島区の完成形が今年生まれてくるんじゃないかと思っております。オール豊島で2020年を盛り上げてゆきましょう。

 高野 五十数年前の東京オリンピックでは東京が大きく変わりました。今回のオリンピックでは東京のなかで、この豊島区が一番大きく変わり、間違いなく注目の街になる、と自信をもって街づくりを推進してゆきます。


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