『追いかけて…』
 行交う車も見えない一本道を俺はレンタカーをゆっくり走らせて
いた。道の両側には緑の熱帯植物が茂り、流れの速い雲の影が車を
追い越していく。
 登り坂になるとエンジンがうめき声を上げるので、窓を開け放し
クーラーは切っていた。流れ落ちる汗もからっとした天気に、しば
らくすると蒸発してしまう。
 まだ8時だというのに、右の助手席に置いたペットボトルの水は、
少ししか残っていなかった。異常に喉が渇く。俺は車のスピードを
制限速度の35マイルまで上げた。

 トランクの中の奴はビニールシートに包んであるだけなので、こ
の暑さではすぐ匂ってくるだろう。
 奴が魚の餌になると思うと気がはやってしまう。だが、この爽快
感はなんだろう。きっと周りの景色と達成感とが、こんな気持ちに
しているんだろう。

 落ち着いて。
 こんな所で事故でも起こしたら元も子もない。
 死体が無ければ逮捕される事はない。奴とは別のツアーで参加し
ているのだから、質問される事もないだろう。
 しばらくすると、目的の岬が見えてきた。岬の突端には柵が張ら
れ、間違って観光客が落ちない様になっていた。この下は波も荒く
海流が速い。一度落ちたら死体は見つからないだろう。

 俺は柵を乗り越えた。下を覗き込むと白い波頭が高い。青い海の
色がすぐ深くなっていく。地元の人もめったに来ないという。
 車に戻って、俺は奴をトランクから引きずり出した。落ちたシー
トの中からは奴の眼が驚いた様に見開いている。

 怨むなら怨め。
 これでやっと奴を追いかける必要がなくなる。

 シートにくるまった奴を抱えて、やっと柵を乗り越えた。岬の端
にどんどん転がしていく。
 シートにくるまったままだと、(そんな事はないはずだが)万が
一にも見つかった時他殺だと判るかもしれない。ヒモを外しシート
から死体を出した。
 死後硬直とかいうのだろう奴は硬くなっていた。
 奴の身体に足をかけて岬の端から蹴落とした。
 今の俺はきっと恐ろしい顔をしているのだろう。口の端が痙攣し
ているのがわかった。
 風に飛ばされない様に踏んでいたシートを丸めると思わず笑いた
くなった。シートを崖下に向かって投げ込んだ。海風にあおられた
シートは広がり、舞い上がってきた。慌てて手を伸ばしシートを掴
んだ。
 バランスを崩した足元には何も無かった。シートを掴んだまま俺
は奴の後を追った。