『誤算』
 口を割らせるつもりで締めた首に巻き付けた腕を外しながら、浩
次が舌打ちをした。だらりと垂れ下がった手首を調べ、振り向いた
佐久間の罵声と一緒に飛んだ平手打ちが、乾いた音を立てた。
「馬鹿野郎!殺せとはいってないぞ」
(どうせ殺すつもりだったから、死ぬのは構わないが、パスワード
が判らなけりゃ、どうしようも無い)

 殺してしまったトップ屋に、麻薬取引の情報を嗅ぎ付けられた広
域暴力団のさくら組系うめ組は、資料が全て○×保障の貸し金庫に
しまってあるだけだという所まで調べ上げていた。しかし○×保障
は警察OBの天下り先であり、脅しも盗みも到底出来ない。全ては
既に手に入れている貸し金庫のカギと、殺してしまったこのトップ
屋が覚えていたパスワードだけだった。
(だが、可能性はある)
「日記や手帳を探せ」佐久間は部下に号令をかけた。このトップ屋
は物覚えが悪く、必ずメモを残す癖があったのを思い出していた。
しかも○×保障のパスワードは数字4桁というのも判っている。

 家捜しで意外にも早く手帳に書かれたメモが見つかった。

メモにはこう書かれていた。

[○×保障貸し金庫パスワード:お誕生会にCDをかける]

佐久間は頭を抱えた。
(お誕生会にCDをかけて、どうだっていうんだ。どこが4桁の数
字だ)
しかし長居は出来ないので、部下に部屋中のCDを全て持ち出させ
た。
(とにかく、後で調べるしかない)
帰って社長に報告し、パスワードがわからなかったら小指一本じゃ
済まないと脅しをかけられた佐久間は、CDを調べた。持ち帰った
CDケースには、なんと全て4桁の数字が貼られていた。
(この中のどれかだな)
誕生日にCDをかけるんだったら、ハッピバースデイってな歌だな。
しかしそんなCDはない。しかも歌だったらメモの内容は、[誕生
日の歌]でいいはずだ。奴の誕生日は、昭和35年2月29日だっ
た。単純に、誕生日をパスワードにするなら、0229だろうが、
お誕生会といっているんだから0229ではないし、CDも意味が
ない。そうか!閏年の2月29日だから4年に一度しか来ないんだ。
生まれてから今迄で、2月29日があるのは、1960年生まれだ
から38年前で、4で割って、9…しまった。9番目のCDだ。だ
が順番が分からない。

 ○×保障の契約が切れた1年後に、9にCD(ローマ数字の40
0)を掛けたパスワード3600の貸し金庫が空けられ、うめ組に
は捜査の手が入った。