『遣り直し』
「他にご希望が無い様でしたら、確認させて頂きます」
セールスマンは契約書を見せながら、ひとつひとつ確認していった。

@波乱万丈の生き方が出来る事
A長生きである事
B何でも思い通りになる事(但し@を優先させる)
C幸せな人生だったと思える事

「この4点で間違いありませんね」

 私は充分考えていたにも関わらず、もう一度考えた。(妻も子も無く。今までの人生をやり直すのはいい。事故が起こったという話も耳にするが、契約内容の範囲での条件には合っている事なので、事故とは言えないだろう。誰々として遣り直すという事もできるのだが、私はあえて選ばなかったし、そういう人も多いらしい)

「その条件で結構です」そう答えると、セールスマンは
「それでは、全財産の譲渡契約書にサインをお願い致します。確認が取れ次第ご連絡を差し上げます」サインを貰ってセールスマンは帰っていった。

 人生遣り直し法案が通ってまだ3年しか経っていないが、過去の人物や物語の登場人物になって人生を終わることが出来るのだ。遣り直しといっても、体のいい自殺には違いない。末期ガンと診断された私は、コンピュータに思考を制御されて幸せな人生を終わるのだ。
 被験者には、長い一生として感じられるのだが、実際の思考制御は短時間で終わるらしく、ほんの数秒だという。制御された思考で、遣り直しの人生が終わると植物人間になってしまうので、使用可能な臓器を摘出されて死亡扱いとなる。



 始めに感じたのは、あたたかな光だった。その次に感じたのは、凍てついた寒さだった。光りを感じてからどのくらいたったのか判らないが、風の音に混じって声も聞こえる様になった。それから又時が過ぎた。周りの景色は見えなかったが、頑張れば身体が少しだけ動かせる様になった。光は依然として温かく身体を包んでいる。知覚と呼べるものがあるとすると、少しの触覚と、聴覚だけだったが、これから生まれるのだという意識だけは強く感じていた。月の満ち欠けが一万回を越えたとき、突然光りが囁いた。
「さあ、もう少しだぞ」
 何故こんな事になっているのか判らなかったが、不思議な事に、どんな姿ででも生まれ変われる事だけは知っていたので、一身に念じた。
「ここで、一番偉い奴」すると光りが答えた。
「サルだな。それ生まれろ」声と同時に、熱い光が身体を貫いた。

 私はサルとなり、今までの記憶を無くして、花果山の頂上に立っていた。