『失敗作(又はある男の悲劇)』
 繁華街なので人通りは多かったが、通り過ぎるか遠巻きに見ているだけで誰も助けてはくれなかった。
 壁に押さえつけられた身体は、立っているのも息をするのもやっとだ。鼻血が止まらずにあごを伝わり、口の中にはぬるっとした錆びた鉄の味が充満していた。

「いい格好しようとするからこうなるんよっ、お・じ・さん」 茶髪鼻ピのこぶしが左あごに入り、私は顔から倒れ込んだが、痛さは感じなかった。

 顔を足で踏みつけられ、地面のごりごりが頬に食い込み、脇腹を蹴り上げられて胃液を吐いてうめきながら、何故か冷静に状況を観察している自分がいた。


「警察呼んだぞ」
 人込みの中から声が聞こえてきた。
「やべっ、消えるぞ」
 少年の集団は、私の胸ポケットから財布を抜き取ってから逃げていった。
「大丈夫ですか?」
 警察を呼んだらしい人の声が聞こえてきたが、頭の中が何かに吸い込まれる様になり、真っ白になったと思ったら、ベッドにいた。


「気がつかれましたか」
 狭いが清潔そうな部屋にいる、冷たい目の男が声をかけてきた。
「あ・っ」
 口の中が腫れ上がって思う様に話せない。
「ここは病院です。あの時偶然通りかかったので手当てさせて頂きました。廻りの人に聞きましたら女性を守ってあんな風になったとか。その女性も探したんですが見つかりませんので、ひとまず私の病院に連れてきてしまいました。」
 ちょっとこわそうな感じだったが、おだやかな口調の医者だった。


 翌日、ベッドに寝ただけだからと金も受け取らず病院を出た。と思ったが会社に休みの電話を入れると、2ヶ月も無断欠勤だという。慌てて取り繕ったが、『出社に及ばず』と電話を切られた。
 そういえば退院の時に、あまり興奮しない様にと注意を受けたが、この事だったのか?、興奮しないはずがない。

「お・じ・さん。ちょっとカンパしてよ」
 気持ちを落ち着けていると、この間の茶髪の鼻ピアスが声をかけてきた。整った顔立ちの中に冷笑が浮かんでいた。
 この前の屈辱に握りこぶしになった手が震えた。廻りを見回したが仲間らしい姿は見えない。(相手はガキ一人だ、返り討ちにしてやる)そう思ったとき、身体が急にガタガタ震え、頭が痛くなった。



 男の身体にはみるみる筋肉が付きだし、3倍程に膨れ上がって……破裂し、茶髪鼻ピの身体に血と肉と骨片が襲いかかった。


「又改造失敗か…、次は若いのにするか」
 建物の陰で、目の鋭い医者がため息をついた。