『月の明かりに照らされて』
 あの日俺は酔っていた。酒のせいにするつもりはないが、普段ならあんな事はしなかった。俺は、名も知らぬ女と遊んだ。
 女は激しく、爪をたて噛み付いた。俺は怒ってすぐ別れたが、首筋には傷が残った。翌日は身体がだるく、会社を休んだ。
 原因はそれ位しか思い当たらない。だが、今となっては……。


「大神さん。ちょっといいかしら」
 数日後、美人で評判の秘書課の美香が声をかけてきた。
「ん? なーに?」
「今夜貴方を食べたいの」
「えっ?」
 俺は6時になると仕事も放り出し、待ち合わせのホテルへ直行した。誰にもなびかないので有名な美香だ。俺は張りきった。

「もう離さないわ」
 とろんとした目の彼女は、汗で濡れた小振りの乳房と一緒に、俺の胸に抱きついてきた。彼女も満足したようだ。髪の間から覗く首には白い傷跡が見えた。

 それから俺達は、彼女のマンションで秘密裏に同棲を始めた。


 明日は満月という時、彼女は一緒にいたがったが、俺はあいにく出張となり、地方へと出かけていった。


 美香に悪いとは思ったが、抑えきれない性欲は出張先で女を買っていた。俺は少し性格が変わったようだ。

 連込みで欲求を満たしていると、窓から射し込んだ淡い月の光が、俺の身体にかかった。
 俺は急に息苦しくなり、体中が痙攣した。こんな所で死ぬのかとさえ思えた。
 そのうちに身体中に毛が生え、口は尖り歯は鋭くなり耳も立ってきて、身長(いや体長というべきか)さえ変わり、四つ足になっていた。

 俺は変身したのだ。開放感からか部屋中を走り廻った。一緒にいた女は、悲鳴を上げると倒れたが、暫くすると、月が雲に隠れ俺は元の人間に戻った。

 俺は部屋の隅で気絶していた女をそのままに、会社のホテルに戻った。
(やっぱりあれが原因だ。伝染病の一種だろうか。病院なんかへ行ったら研究材料だ…。くそっ。こうなったら美香も仲間にしてしまおう)


「私もなのよ。だから付き合いだしたんじゃない」
 翌日、出張帰りの俺に噛み付かれそうになった美香は、ベッドで
首の古傷を見せた。
「次の満月は、動物として愛し合いましょうよ」
 思いがけない言葉に喜び、俺達は満月までいつものように暮らした。


 月は満ちて、俺達二人は月明かりを浴びた。

 変身した彼女の舌が、俺の喉に触れた。俺は美香の始めの言葉を、恐怖の中でゆっくり思い出していた。

『貴方を食べたいの』

 彼女は優美なネコに変わり、そして俺は悲鳴を上げていた。
「チュー」