『1/8計画』
―21世紀初頭―
 遺伝子操作により、食物は安く大量に作られる様になった。また金属や繊維を始めとして、酸素・水といった人間が生きていくうえに必要な資源までが、新種の微生物により栽培できる様になった。
 人口は急激に増加し、地球の殆どの場所に人々が住み、自然は消えていった。

 地球の人類には平和(沈滞)が訪れた。


「教祖様。お教え下さい。人類を全て1/8にすると本当に地球が、自然が復活するのでしょうか?」
「時間はかかりますが、自然は本来の姿に戻ります。地球の慈愛を享受する為に我が教団があるのです。信ずる者がいる限り、神のご加護はあります」
 教祖と呼ばれた男は、澄んだ目で続けた。
「それよりも、ドクター杉端の方はどうですか。研究は進んでいますか?」
「あっ、失礼致しました。その報告に来たのです。機械の設計図は出来ました」
「それで、機械の方は?」
「はい。博士は、作れないと言って、国に帰ってしまいましたので、別のチームが作成しております」
「…。それで、設計図だけで作れるのですか?」
「まもなく完成の見込みです」


 十年前に杉端の所にやってきた男はこう言った。
「博士、生物を1/8に縮小する機械を作ってほしいのですが、お願い出来ますか? 資金は望まれるままにご用意致します」
 こんな美味い話は滅多にない。物理学の世界的権威であり、しかもあらゆる学問の知識を有する杉端ではあったが、研究費が無尽蔵に提供されるなどという事は、学者にとって最も嬉しい事だった。

 博士は研究に没頭した。どんな使われ方をするか気にはなったが、興味深いテーマであったし、縮小された動物の生態にも関心がある。
 研究の段階で、生物の能力をそのまま残すには、どうしても原子レベルで、中性子と陽子の距離を短く(密度を高く)する必要があった。生物を構成する分子(原子)を取り去ったのでは、能力が著しく変わるからだ。それでは縮小とは呼べない。
 だが原子レベルで密度を高くすると、廻りの物質は霞の様に、希薄な物になってしまう。呼吸さえ、密度の違いにより出来なくなるだろう。
 博士は悩んだ。密度を高くする事は可能だが、同時に周りの環境も全て変える必要がある。…その為の設計図は出来た。


 機械は生物も環境も縮小させ、正常に稼動したが、操作員は変化が把握出来ずに、何度も動かした。
 そして、密度の高くなった地球はブラックホールへと変化し、宇宙を飲み込み始めた。