『ひらがなかおす』
 どろっとしたその世界は、色々なものが混ぜ合わさり、混沌としていた。

 僕は仮名の【た行】です。いつ生まれたのかは解りませんし、親というものも知りません。自分を【た行】だと意識したのが始めての記憶でした。
 親はいませんが、仲間は沢山います。同じような【行】もいれば、ちょっと大きな【段】もいます。まだ子供で【行】にも【段】にもなっていない者もいます。彼らは本当に小さいので、これから色々な人と関わりあって、【行】になったり【段】になったりするのでしょう。僕もこれからどんな風に成長するのかは、解りません。
 僕は【た行】ですから、「とち」を持っていますので、色々な人が遊びに来たり通り過ぎていったりします。僕はそういう人たちと交流することで色々な経験を積んでいます。なんの為の経験なのか、どうしてそういう気持ちになるのかは解りませんが、僕は交流するということが、楽しくて仕方がありません。
 この間などは、【か行】【さ行】【ま行】という3人が珍しく一度に来て、僕らは一緒に「たくましく」なりました。
 でも本当に変わった人達もいて、【濁音】【半濁音】なんていう人達なんかの場合には、僕はあんまり係わらない方が良いのだろうとさえ思いました。【濁音】の場合には、だぢづでど〜と身体中が痺れて、中々元に戻れませんでしたし、【半濁音】の場合には、どうしても触れることさえ出来ませんでした。勿論彼らが、他の人と寄り添わなければ成長出来ないのだろうというのは解ります。でもどうしても彼らを敬遠してしまうのというのは、僕だけじゃないようです。

 ある日の事でした。珍しい事ですが、まだ子供の【ゆ】が僕のところへやってきました。まだ子供ですから、自分の事をよく理解していませんので、僕は暫く家に住まわせてやる事にしました。なんだかこの娘を見ていると、可愛くて抱きしめてやりたくなってしまいます。彼女がこれからどういう風に大きくなっていくのか見てみたい。いや、僕が大きくなるまで育ててあげたい。そう思いました。丸みをおびた身体には、何処か芯がピンと通っているようですし、僕の気のせいかも知れませんが、ゆたゆたと心細げな彼女がいとおしくなってしまったのでした。
 僕が【ゆ】を彼女とよんだのは、もちろん便宜上の事です。自我が目覚めるまでは性別はありません。ただ単に僕の希望だったのです。
【ゆ】は、僕が面倒を見てもよいという答えたので、それから僕達は一緒に暮らし始めました。

 僕は昼に少し仕事をしますので出かけてしまいますから、【ゆ】はどうしても独りで遊ぶという事になってしまいます。たまに人が通り過ぎますから、遊んで貰ったりはするようですが、やはり寂しいのでしょう。
「【た行】さんってば、私と一緒に暮らすと云っておきながら、出かけてしまうなんて、冷たいわ」
【ゆ】はそういっては、大粒の涙をボロボロと流しますので、そういう姿を見ると、どうしても自分が面倒を見るといった手前、申し訳無く思ってしまいます。
「御免よ。御免よ。そんなつもりは全然無かったんだ」
 そういっては、彼女のゴキゲンをとるようになっていました。
 一緒に暮らし始めてはじめての夏に、僕達は海へ行きました。始めて見る【ゆ】の水着姿が眩しくて、僕は顔を上げることも出来ません。そんな僕をみて【ゆ】はいいました。
「【た行】さんってば、そんなに見たら恥ずかしいじゃないの」
 そういいながらも彼女は、僕に日焼け止めのクリームを塗らせました。なんだか【ゆ】は大人の僕を、少しからかっているようでもありました。
【ゆ】の身体はもう子供とはいえなくなっていました。キメが細かくて張りがあり、「ゆき」のような白さでした。ひょっとしたら、通りすがりの【き】と遊んだせいかも知れません。
 家に帰ると赤く火照った肌の【ゆ】が少し身体が痛いということで、僕は彼女を水風呂へ入れて、赤くなった体をやさしく洗ってやりました。【ゆ】の身体は思った通りやわらかで、すらっと伸びた足と少し大きくなってきた胸や腰に水着の後が付いて、まるでまだ水着を着ているようでした。
 それから暑い日が続いたその夏は、毎日水風呂に入っては、【ゆ】の身体を洗ってやりました。そんなある日とうとう僕達は、【ちゅ】な関係になってしまいました。【ゆ】は特に小さな【ゅ】になって、僕は【ち】ばかりになって、いつもくっついておりました。

 それから何日か経って仕事から戻ると、【ゆ】が若い男達と3人で話をしていました。僕に気付いた【ゆ】は「お帰り」といってその男達と一緒に僕を迎えました。【ゆ】は彼らを【ら行】と【い段】だと紹介し、飲み会が始まりました。
【ゆ】は随分大きくはなりましたが、あまり飲めない方なのですが、今日はなんだかピッチが早く、「酔っ払っちゃたよ」などと云って着ている服を緩め、とうとう胸の谷間が見えてしまいました。【ゆ】は「今日は泊まっていけばいい」などといった所へ、雷がなったと思ったら、大雨になってしまい。彼らも始めは遠慮していましたが、「それじゃ雨も酷いようなんで…」といって、泊まることになりました。
 どうせならという事で4人雑魚寝になりましたが、僕はなんだか急に眠くなってしまい、起きていなければ何故か大変なことになってしまうという思いがありましたが、とうとう解らなくなってしまいました。
 明け方に目が醒めた僕の脇では、【ゆ】が【ま行】や【い段】と一緒になって、捻れあって、みゅむ、にゅる、ちゅる、などとなっていました。僕はというと声もたてられず、腕を動かす事も出来ずに、彼らの様子を見つめるばかりです。とうとう彼女達は、じゅるじゅるとか、むにゅ、むちゅとかになってきました。僕でさえしたことがない体位で、3人がひとつになっていました。
 後で判った事ですが、【ま行】が【ゆ】を「もみもみ」すると、僕が「ゆめ」の中に入ってしまって出られなくなったようです。
 僕は【ゆ】を叱りました。せっかく僕達二人だけの暮らしなのに、他からやってきた者に【ゆ】は身体をゆるしてしまったのです。考えてみれば仕方のない、本能みたいなものなのかも知れませんが、僕はゆるせませんでした。
「もうお前なんか知らない。出て行け」
 そういうと【ゆ】は何も云わずに出ていってしまいました。
 それからというもの、僕は【ゆ】がいない生活がどんなに味気ないものか痛切に感じました。【ゆ】に戻ってきて欲しいと願うようになりました。【ゆ】との甘い生活。二人一緒の陶酔感。忘れようとすればするほど、自分の我が侭な罪悪感が強くなりました。

「ただいま」
【ゆ】の声が聞こえたと思って玄関を覗くと、あっけらかんとした態度で【ゆ】が立っていました。いや【ゆ】だと思ったのですが、成長して【や行】になった【ゆ】でした。
「御免よ。もう何があっても放さないから一緒に暮らそう」
 僕がそういうと、彼女はにっこりと笑って答えました。
「これからはもう何をやってもいい? 怒ったりしない?」
「もうもうそんな事は絶対しない。誰と交流してもいいから、また僕と一緒に暮らそう」

 それからの僕達はというと、色々な人達と交流する事になりました。【や行】は相変らず交流では、【にちゃ】とか【むみょ】なんて半分程捻れてくっついたりしていましたが、僕と二人だけの時は【ちゅっ】なんて事になっています。