『代償』
「そろそろ帰るわ」
 ネクタイを結び終わった佐竹は、土産のケーキをぶら下げながらキッチンから出てきた早苗にキスした。
「今度いつ来れるの?」悲しそうな声で早苗が見上げた。
「今度の土曜は泊まれるから、なっ」
 もう一度キスをすると佐竹は家路を急いだ。

「淳子。ケーキ買ってきたぞー」
 佐竹が声をかけると妻の聡子と娘の淳子は、ケーキの声を聞いて台所に集まった。
「わぁ、ラモールのチーズケーキだ。これって今評判なんだよね。パパがこんなの買ってくるなんて、浮気でもしてるんじゃないの?」
「そんなに小遣い貰ってないよ」娘の冗談に、佐竹は笑い返した。
「バカいってんじゃないのこの子は。パパがそんな事するわけないでしょ。ねぇ」
 聡子も笑って紅茶の準備を始めた。

【淳子ちゃん。誕生日のプレゼントは何がいいのかな? おじさんには選べません。明日は学校休みでしょ。一緒に選んで欲しいな。連絡待ってます】
【淳子〜したいよ〜がまんできねえ。淳子のあそこにチュ】
【佐久間のおじさま。誕生日覚えててくれたんだ。感激です。明日の3時にいつもの喫茶店で待ってます。淳子】
【弘之ったら、エッチなんだから、そんなメール貰ったら私だって変な気分になっちゃうじゃないの(笑)明日はユッコ達と買物行くんだけど、3時の待ち合わせだからそれまではOKよ。昼頃車で迎えにきてね。ニャンニャン】

「一度位、どっか泊りがけで出かけようよ。ね、いいでしょ?」
「そうね、今度の土曜だったらうちのは出張でいないから、どっか温泉でも行こっか。でもヒロ君こんなおばさんでいいの?」
「なに言ってるんだよ。全然おばさんじゃないよ。聡子さんじゃなきゃ俺ダメなんだよ。今度の土曜だったら4時位に迎えに行くよ。ね。じゃあどっか探しとくからさ。必ずだよ」
「うん。じゃ、連絡待ってるわ」聡子は、ちょっと潤んできた下半身の火照りのせいか、甘えた声で受話器を置きながら、遊んでいた左手の薬指をブラウスの上から尖り始めた乳首に移動させた。

「父さん。最近なんか若くなった感じがするわよ。いい人でも出来たの?」久しぶりに帰って来た実家で、早苗は佐久間に笑顔を見せた。早くに母を無くし、父ひとり娘ひとりの生活だったが、大学に入った時から早苗は一人暮らしをしていた。だがたまに実家には戻ってきていた。早苗はいけないとは思いながらも、高校生頃から続いている父の身体が忘れられなかった。
「何いってるんだよ。それより早苗も早くいい人見つけて紹介しろよな」佐久間はちょっと驚いて、娘はやっぱり鋭いなぁと感心しながらも、話題を変えた。
「それよりせっかく帰ってきたんだから、一緒に風呂に入ろうよ。久しぶりにお前の身体を見せてくれよ」
「もう父さんったら、エッチなんだから」早苗は風呂場へ向かった父の後を追って、ブラウスのボタンに手をかけた。

「あぁ…。はふっ、うーん」
 上になった聡子は、弘之の事を思い浮かべながら、やっぱり若い子の方がいいなぁと、突き上げてくる佐竹の分身に突き動かされながら、そのもの足りなさを感じていた。

「いくぞ、いいか? いいか?」
 佐竹は若いピチピチした早苗の肌を思いながら、上になっている聡子のぽってりとした乳房を両手で抱え上げた。

 大きくなった弘之を咥えながら、淳子は佐久間のこってりとした技巧のある攻めを思い出し、堪えられなくなった弘之を思わず噛んでしまい「ごめん」と口の中に入った白いねっとりした液を飲み込みながら言った。


 弘之は淳子とはメールで知り合い、外でしか会っていなかったので、聡子と苗字が同じだとは知っていても、まさか親子だとは思っていなかった。
 佐久間と佐竹は同じ会社の同僚だったが、顔を知っているだけで、まさか各々の娘と付合っているなどとは、もちろん夢にも思っていなかった。
 そんな三組が同じ日の同じ時間に、偶然にも同じホテルのロビーで待ち合わせをしてしまった。それが始まり、いや終わりだった。

 最初に気付いたのは聡子だった。娘が見るからにおじさんと呼べる年代の男性と腕を組んで歩いていた。
 思わず柱の後ろに弘之といっしょに隠れ、大きくなった心臓の鼓動を抑えようとしたが、その鼓動は大きな太鼓を叩いているように、音響効果のあるロビー中に「ドーン・ドーン」と響き渡った。
 あまりの大きな音になんだろうと、みんなが集まりだした中に佐竹と早苗も混じっていた。

 佐竹が聡子と目が会うと、聡子の鼓動は一層大きくなりロビーにいた人達は両手で耳を抑えた。
 佐竹はというと焦って汗を流し、その滝のように流れる汗はハンカチで拭っても拭いきれるものではなく、集まってきている人の足元に流れ始め、その汗で滑って転ぶ人が続出した。その中に淳子もいた。
 転んだ拍子に叫んだ淳子の声に共鳴して、玄関脇の一枚ガラスにミシっと音がするとヒビが入り、ロビー脇で営業していたラウンジで休んでいた人達の目の前に置かれた水の入ったコップも割れ、騒ぎは一層大きくなった。
 パニックだった。ホテルの従業員達は元凶の聡子と佐竹、それから淳子をそれぞれの連れと一緒に、ホテルカウンターの後ろの小部屋に連れていったが、それが大きな間違いだった。
 それぞれの連れを目撃した彼らは、相手を大きな声で罵り始め、その大きな声は高層ホテルの地下深く埋められた土台に影響し、ホテルは振動を起こし、震度7でも大丈夫だと大見得を切っていたホテルの従業員や、ロビーに居合わせた地方から出てきた客達の上に、豪華なホテル自慢のシャンデリアがスローモーションでも見ているように落下し、血の川を作った。
 その血の川はロビーから玄関を出てタクシー乗り場を越え道路に出、走ってくる車のタイヤをスリップさせ、スリップした車の1台は道行く人達をなぎ倒し、近くの店のショーウィンドー目掛けて飛び込んでいった。
 最悪だったのは、スリップの影響で発生した玉付き事故で、最後に当たって信号待ちしていた車が交差点に飛び出し、運悪く走って来たガソリン満載の車にぶつかり、横転したガソリン車は交差点角のビルにぶつかって爆発炎上したことだった。爆発と同時にビルが傾き、しっかりしているはずの高層ビルが、観客の多くなった人達の前で傾きが段々大きくなり、とうとう隣の高層ビルに肩を寄せた。
 拠りかかられたビルはその又隣のビルに、まるでドミノ倒しの様に次々と倒れていった。
 ビルから落下するガラスだけでなく、人や机や、トイレットペーパーなどを避けながら、次はどっちに倒れるのかを予想しながら逃げ惑う人達は、近くにいた占い師に聞いたが「ビルに手相は無いんで、私には解りません」と逃げられ、思い思いの方角へと逃げ出した。
 中にはどこ吹く風としゃがみ込んでいたり、ビルの下敷きになりながらも、携帯で「スゲーんだぜ」と親指で打っている若者もいた。

 ビルの倒壊でガソリンスタンドが爆発し、燃えながら飛び上がった車が離れた隣のスタンドへと飛び火し、そこも爆発という連鎖もあって、火は街中を舐めまわした。
 東京は火の海と化し、新興宗教は火の中を掛け廻りこの国は滅びると騒ぎ立てた。
 自衛隊の通信基地も機能しなくなり、何を勘違いしたのか過激な総理は、報復として世界中に持っていないと宣言していた核兵器ミサイル発射を命令しそうになっていた。

 ホテルの小部屋では、三組の罵り合いはまだ続いていた。