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時々演奏会に行く。普段クラシックはBGMとして流しているが、生の演奏会となると聴くのが目的だ。殆どの場合オーケストラ演奏だ。理由は簡単だ。大向うをうならせる名曲が多く、迫力があるからだ。 別に室内楽がキライというわけではないが、100名近い団員の合奏や指揮者の身振り手振りを観ているのも面白い。 また、演奏会場の雰囲気も独特のものがあり、やはり音楽は生演奏に優るものはない。いくら最新の録音を最高のオーディオで聴いても次元が全く異なるので、比較はナンセンス。 演奏会に出かけてみて感じたことを率直に述べてみたい。 |
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バロック時代、指揮者の役割は拍子をとったりテンポを決めたりする人だったらしいが、今や音楽を創り上げる実に重要な役割を演じていると思う。 数十人の演奏家のリーダーとして作品に命を吹き込み聴衆に感動を与える。だが、演奏が終わると聴衆を無視しているかのごとき態度で楽員に媚ばかり示し、やたらに握手したり、褒め称えている指揮者がいる。 一体どういうつもりなのか理解に苦しむことが多い。 |
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ロボットでも指揮が出来るの? 先日新聞やテレビでロボットによる指揮でプロのオーケストラが演奏する試みを行い、ベートーベンの運命の演奏を行ったと報道されていた。その後金管楽器を演奏するロボットも現れたという。今にオケがロボットで編成できるというが‥だがそうはならないだろう。 確かに誰かの指揮のパターンをロボットの電子頭脳にインプットすればバトンを機械的に振ることは容易に可能だろう。 今でも指揮者なしで素晴らしい合奏が出来る室内オーケストラは世界中に数多く存在する。例えば「オルフェウス室内管弦楽団」のような‥ 指揮とはそんな程度のものなのだろうか? |
指揮者にはいろいろな立場の人がいるらしい。プログラムを見ると音楽監督、名誉指揮者、桂冠指揮者、主席客演指揮者、正指揮者、指揮者などという肩書きのついた人達がずらりと並んでいることがあるが、我々素人には何のことだかさっぱり分からない。何でだろう?
古臭い会社企業に見られる顧問、名誉会長、会長、社長、副社長のような一種の序列なのだろうか?それとも最近お流行の執行役員のような立場なのだろうか。
★独りよがりの演奏家
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協奏曲などの独奏は正に音楽会の華だ。ピアノ、ヴァイオリン共に名曲が多い。 しかし、演奏家は演奏が終わると直ちに指揮者に挨拶し握手する。その後オケのメンバーに対して我々には尻をむけ深々とお辞儀をし、コンマスと握手し、最後に振り向いて聴衆に挨拶する。演奏に対して拍手する聴衆は3番目なのだ。何でだろう?これまた同業者同士の「しきたり」なのか真に不可解であり、この社会の非常識と封建性を感ずる。 |
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常々不思議に感ずるのは最近、コンマスが指揮者登場の直前に勿体つけてステージに登場することだ。何で彼等はトップに出てこないのか。 そして、聴衆からの拍手を受けているが全く不可解なことだ。昔はこんな習慣はなかったと思うのだが‥どこかのマネか?何でだろう? |
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コンサートを盛り上げるもう一つの重要な役割を担っているのは我々聴衆だ。 |
邦人演奏家の技術水準は、今や西洋音楽先進の世界各国のそれと比較して優るとも劣らないと思う。有名な世界的コンクールで優勝や上位入賞は珍しいことではなくなった。このこと事態は真に素晴らしいことだ。 私は過去在京8オーケストラについてワンシーズンごとに一通り定期会員になってみた。(N響を除く)また、ここのところ数年「都民芸術フェスティバル」という催しで各オーケストラの聴き比べをする。 地方都市のオケも聴くが、今や演奏水準はいずれも高く優劣はつけがたいと思う。あえて言えばN響が頭一つリードしているような気もがするが‥ そんなに大きな差は無いと思う。 |
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NHK交響楽団への交付金 このNHKお抱えのオーケストラには我々視聴者から徴収した受信料からナント年間14億円もの大金が交付金としてつぎ込まれているのだ。これはこのオケの年間運営費の約半分を占めている。 全く恵まれた環境にあるのだ。だから樂団員らの処遇も高く、中には2000万円を超える年収を得ている者もいる。 ベースはすべて受信料なのだから、本来は他のオケにも何がしかの分配があってしかるべきカネだ。 |
![]() プログラムの表紙 |
昨年秋にサンクトペテルブルグ交響楽団の演奏会を聴いた。指揮者はユーリーテミルカーノフであったが、当日取り上げられた演目の中で感動したのはムソルグスキーの組曲「展覧会の絵(ラベル編曲)」だ。本当に一つ一つの画が目の前に浮かんで来るような描写力と共に音が凄かった。指揮者の十八番だと思うが分厚い弦の合奏と金管のすさまじい咆哮が魂を揺さぶった。ラベルの編曲だが正にスラブの音だった。自国の大作曲家の作品の演奏には単なる技術ではない何物かがあるのは間違いない。感動した。何でだろう? こんなオトは日本のオケでは出せないなと思った。同行の友人たちも 皆同感していた。 |
![]() N氏年賀のイメージ・下には2002年も併記 |
これは何も日本に限ったことではないが、最近クラシック音楽離れが進み、年々聴衆特に若年層の聴衆が減少しているとの事だ。 |
(BGMはフォーレのレクイエムの最終楽章「楽園」です)