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12月に初めてステージで「第九」を歌った。
私にとっては画期的な出来事だ。

8月から稽古を始め何とか本番に臨むことが
出来た。これはそのときの記録だ。

Ludwig van Beethoven (1770-1827)
Sinfonie Nr.9 in D-moll op.125
mit Schluβchor aus Schillers Ode An die Freude
◆歌いごと始め
ここのところ数年12月には必ず「第九」の演奏会を聴きに行っていた。多くのクラシックファンがそうであるように暮れに「第九」を聴かないとどうも落ち着かないのだ。一方、何で日本人は暮れになると「第九」なのかは良く分からなかった。「第九」は12月に演奏しろとベートーヴェンが指定したわけでもないのに。

とにかく12月になると演奏会は「第九」一色で塗りつぶされる。何でも現在東京およびその近郊で行われる演奏会はナント50近くに上るそうだ。だがこの曲は特に日本人の好みに合っているようで、客の入りが今ひとつのクラシックも「第九」の演奏会だけはまずまずのようだ。
以前から一度ステージで合唱団に加わり歌ってみたいという気持は有ったが、勤務の関係や夜遊びに忙しく、その後罹病した、たちの良くない心臓疾患などで実現しないままだった。

70歳というトシのことや合唱体験は国民学校のとき少しと、中高校で歌った賛美歌程度、後は酔っ払った勢いで吼えた「ど演歌」しか歌えない者にとっては一大決心だったのだ。
この夏、新聞を見ていたら「合唱団員募集」の広告が載っていた。よく読んでみると初めての方OKで、特に事前審査もない…という。
早速メイルで照会してみた。「東京労音第九合唱団」である。「歌い始めに年齢は関係有りませんよ。2〜3年かけるつもりで臨んだらいかがですか」と親切なご返事をいただいた。

そして8月下旬から稽古に行くことに決めた次第である。練習日は原則として火曜と水曜で、会場はそれぞれ十条と新大久保にある会館の稽古場だった。私は大久保会館の水曜日に参加することにした。勿論双方に参加しても可である。

メンバーは機関紙によると9月末で総勢367名とのこと。各パートの構成割合は右の表のとおりだ。

女性が過半数を占めテノール人口はアルトの3分の1以下だ。このような傾向は何もこの合唱団に限られた現象ではないらしい。
50年の歴史がある合唱団だけに経験者も多く、私のような初心者は20パーセント以下と思われる。(初日に挙手させたのを見ての感じ)機関紙で知ったのだが中には50年も歌い続けている長老もおられた。レベルが高い合唱団というのが私の印象である。

稽古のときに私があまりにもシドロモドロなのに驚いて?「初めてですか」と親切に声をかけてくれた方がいた。Kさんといい「第九」は色々な合唱団で28年間も歌ってこられたという。
Kさんには大変有意義なアドヴァイスを頂き、テナーパートのテープや過去ご自身で出演した「第九」の演奏会の録音テープなどを貸していただいた。貸していただいたテープの中で今回の指揮者である円光寺氏、東フィルと競演した記録はテンポのとり方など大いに参考になった。
大変うれしく今も感謝の気持で一杯だ。 このような方とめぐり合えるのは大変ありがたいことだ。

そのほかにも10年近く歌ってきたメンバーはかなりの数だという印象だった。
このような歴史と伝統がある合唱団に加わることができたのは初心者としてかなりきつい面もあったが、結果的には非常に良かったと思っている。但し、私は本番では皆の足を引っ張ったかもしれない。

稽古の始まり

大久保の労音会館

練習場のイメージ

十条の労音会館
8月末の夜はまだ暑かった。初めて稽古に参加した。会場は大久保にある労音のビルの地下だった。
稽古は午後6時45分から始まり午後9時までの2時間あまりだ。前面にグランドピアノと指揮台があり、我々はパート別に分けられた椅子に座って指導を受ける。少し早めに出かけて会場受付で所定の手続きを済ませ、真新しい第九の第4楽章の楽譜を購入した。
出欠表に記入しパンフレットに目を通す。様子が分からずかなり緊張した。

初日であり200名を超えるメンバーが集まったと記憶しているが、お互い顔見知りも多いと見えて挨拶を交わしている人も多く見かけたが私は勿論知り合いは誰一人としていなかった。少し心細い気持だった。

合唱は男女混声で、パートは各自が決めるのだが、私は声の質はテノールだと勝手に判断し、このパートの席に腰を下ろした。
やがて所定の時刻になり稽古が始まったが、初心者はできるだけ前の席に座るように指示された。ヴェテランの声が後ろから響くように配慮してのことだ。
参加者を見ると女性の数が圧倒的に多いように感じた。稽古の途中で結団式があり、10数名の実行委員の紹介があり委員長兼団長のMさんから挨拶があった。
合唱団の運営や稽古、演奏会に係わるすべてのことを実行する立場なので全員経験豊富な方々だが、多くのご苦労があったものと思い、新米団員の一人として改めて感謝をこめて「ご苦労様でした」と申し上げたい。

10回目の稽古を終えて
歌の稽古を始めて2ヶ月あまりが過ぎ、季節もすっかり秋になっていた。稽古のほうは合唱部分の最後のPrestissimo〜 Maestosoのフレーズをすでに終えており、全部を通して歌うことも行われていた。これからは12月の本番に向けて細かい点を仕上げてゆくとのことであった。

10月16日の土曜日に「補習」が行われるというので参加した。これは十条の会館で女性のMさんの指導で行われた。初心者としては少しでも多く声を出す必要に迫られていたからだ。

労音第九機関紙の<FREUDE>に「みんなの声」という欄があり団員が自由に投稿できるので匿名で投稿した。それが10/26の紙面に載った。その頃の心境を書いたものだ。「楽しく歌える」などと書いたのはウソだ。本当は自分のヘタさ加減にあきれて「何とかしなければ…」と必死で歌っていたのだ。
指揮者との「合わせ」から本番に向けて
会場は大久保会館、先生は7時過ぎに来場され、挨拶もそこそこにまず最初から通して歌うようご指示があった。
一通り歌い終わった段階で改めて631小節から654小節にかけての「祈り」にも似たフレーズを反復稽古した。
ここの部分の特にP の部分の声の出し方について細かい指導を受けた。簡単に言うと「声量をぎりぎりに絞り、細くきれいな声で、音程を崩すことなく歌う」ということだがなかなかOKが出なかった。
先生曰く
「皆さんの声はタコ糸のように太くて粗い。絹糸のように細くきらきらと透明感のある声で歌ってください…」
ウーン難しい!!
その他の小節についてもすべてにわたりかなり細かく、気合の入った稽古が9時近くまで行われた。先生の顔からは終始大粒ーの汗が滴り落ちていた。

最後に、「本番までまだ1週間以上あるので今日注意したことを忘れないで当日は見違えるような合唱をしてほしい」との激励とご挨拶があり終了した。
改めて己の未熟さ加減が良く分かった。このときは2時間近く立ち詰めであったため疲労し、後半は足元がフラフラし声が出なかったが大きな収穫があった。だが良く考えてみると当日のご指導の中味は、いずれも今までの稽古で各指導者の方々から折に触れ受けていたことなのだ。

★前記以外に初心者の私個人として特に難しかった箇所を3箇所に絞ってみると次のとおりである。
ここは練習番号Gの316から318
小節の部分だ。歌詞と、8ビートの歌い回しが覚えられなかった。
フーガの603小節からテノールが歌いだす時の声が高いので正しい音程をとるのに苦労した。
795小節、独唱の最中に、合唱が歌いだすタイミングがつかめなかった。

★12月に入り「第九」の生演奏を2回聴いた。その一つは親しい友人のNさんが出演する「東京高齢協会合唱団」の公演で7日に行われた。
演奏は外山雄三氏指揮の日本フィルハーモニーであり、もう一つは12日に行われた大勝秀也氏指揮の東京都交響楽団の演奏会である。
いずれも熱演で大いに参考になった。

特に後者の演奏会はプロの「二期会合唱団」やその他セミプロの合唱団が主体であり、その指導は郡司博氏が手がけており、さすがにうまく、特に男性のハーモニーがすばらしかった。
今まで陶然となって音楽に酔っていたが、今年は特に第四楽章だけは全神経を集中させて聴いた。いずれも席は前のほうだったので指揮者の身振り手振り、アインザッツなどをかなり観察した。テノールのパートは特に興味深く、合唱の口の動きを穴の開くほど眺めた。ちょっとおかしな聴きかただと思った。

本番は一週間後に迫っていた。本番前の晩、食後に男性合唱の部分を中心に奥方相手に今までの成果を披露した。出だしの音はピアノで取ってもらった。   数日前に風邪を引いてしまい喉が痛く、あまり調子は良くなかった。

出演者の一人として第九を歌う

パンフレット

当日の演奏会場

プログラム

当日がやってきた。待ちに待った日のはずだが朝から落ち着かず、朝9時過ぎに会場の上野の東京文化会館に到着した。

私はこの上野公園の界隈は大好きな場所で、各種展覧会、音楽会などで訪れることが多いが、この日は格別の思いがあり、何時になく新鮮な景色に映った。演奏者の一人として楽屋に入るのは初めてだ。中は思っていたよりはるかに広く、いくつかの部屋に分かれており、「テノール」と指定されている控え室に入った。これからの予定は以下のスケジュールで行われる。

面白かったのはコンクリートを打っただけの、むき出しの柱などに外来演奏家たちのサインや落書きが数多く見られたことだ。眺めていると興味深かった。
指導者の一人であるSさんにより、簡単な発声練習、リハーサル、本番に向けてのアドバイスが行われた後、ゲネプロに参加した。
S氏はT氏とともに数年来、本合唱団の指導をされてきた方だが、やはり本番を前にして心配と期待が交錯した心境のように感じた。

オーケストラは奇しくも「労音第九」の記念すべき第一回目の演奏をした「東京フィルハーモニー」である。
このオケは奥方と定期会員になっていたこともあり、演奏は何回となく聴いている。
最近は韓国生まれの世界的指揮者チョン・ミュンフン氏がアドバイザーに就任して、一段と腕を上げたわが国有数のオーケストラだ。指揮者はこれまた中堅実力者の円光寺雅彦氏、ソリストも全員実力者であり、舞台は十分すぎるほど整っている。
ゲネプロでは第4楽章を通して行われ、何箇所かの不十分なところを修正した。
昼食をとり、2時前に練習場に集合、その後舞台の袖に移動し第3楽章の直前にステージに整列した。

合唱団員が300名を超えているため座ることはできず、立ったままいよいよ「AN DIE FREUDE」を迎えた。

胸が高鳴ったが、歌い始めると落ち着きを取り戻したと思う。演奏中は歌うことに全神経を集中し、時間は短く感じられた。フィナーレを迎えた。円光寺先生のタクトに従い、最大級の速さで最後の力をふりしぼり熱狂的に歌いこんだ。
とにかくテンポが速く、次々と出てくるフレーズに乗り遅れないように必死だった。最後はリズム良く、力強く歌いきれたと思った。歌い終わったときは一瞬、放心状態におちいってしまった。円光寺先生の棒さばきは細かく、丁寧で初心者にも非常に分かりやすかった。力強く、堂々として美しい「第九」だと感じた。

実は私は数年来、心臓疾患(性質の良くない不整脈)を患い、何の前触れもなく血圧が急降下し、年に何回か失神し、救急車のご厄介になったことも数回に及ぶ。2年前に専門病院で入院手術をしていたが、体力に自信がなく「演奏中に倒れたらコトだなぁ」と心配していた。ただ団長から事前に団員に対して「ぐあいが悪くなったら、倒れる前にしゃがんでください」とのお話があったので少し気が楽になってはいたが…

第3楽章から立ちんぼうだったが、気が張っていたのか疲れは感じなかった。終わった途端に力が抜け、めまいがし、足元がフラフラしたが何とか持ちこたえることができた。すべてが無事終わったときはホッとした。
楽屋へ戻り、親しくしていただいたKさんと握手を交わし、「また会いましょう」と言って別れをつげた。後日Kさんからメールを頂いた。そこには過去49回の「第九」を歌ったが「今回は久しぶりに感動した…」と書かれていた。

歌い終わって
本当によい体験ができた。思い切ってチャレンジして良かった。最近には無い、すばらしい感動を味あうこともできた。ヘタはヘタなりに全力を出し切ったと思った。幸せな気分だった。団員すべてが感激の面持ちだった。人が感動したときの表情はすばらしい。
改めてベートーヴェンの偉大さ、すばらしさを再認識した。単に聴くのと自ら歌うのでは大違いだ。これがすべてだ。

◆この写真は終演後、指揮者が我々合唱団にメッセージを送っているところ。全員こぼれるような笑顔また笑顔!
2階席最前列の友人・Nさん撮影
今年の暮れに歌うかどうかは未だ決めていない。 但し、来る2月末に両国の国技館で行われる恒例の「5000人の第九コンサート」には出る予定で、12月初旬に「すみだ第九を歌う会」に入会し、あるグループに所属している。今回「労音第九」を歌われた方の中にもすでに参加された方もいらっしゃるのではないかと推察している。 この演奏会には親族が何名か参加しており、以前から誘われていたからだ。

コンサートは今年21周年を迎えるが何回か聴きに行ったことがある。
実に稀有壮大なものだ。確かに、一種の「お祭り」であり、国技館と、5000名に近い合唱団の組み合わせは音楽的に見れば問題もあろう。しかし、参加者は開催地の墨田区民のみならず、全国はおろか各国からも集まっており、私が以前から「ここで歌いたい」という強い希望を持ち続けてきたのは事実だ。
私は堅苦しい雰囲気や音楽は苦手であり、このような「お祭り」が大好きな男なのだ。
オーケストラはプロの混成だが、指揮者、独唱者は皆一流で、過去には故石丸寛氏も何度か棒を振っている。
多分今後は「5000人の第九」をメーンに据えて、12月には事情が許せば、予行演習のつもりで、どこかへ参加するというスタイルになるだろう。 稽古は昨年11月から行われているようだが、1月からは連日場所を変えて行われる。、私は両国の「江戸東京博物館」のホールで行われる新年13日の「昼の部」から参加することにした。演奏当日までに数回通う予定だ。今度は経験者として、「労音第九合唱団」で習い覚えたことを基にして、更に磨きをかけ??少し自信を持って臨むことができるかもしれない。
そしてこれを機会に出来ることなら「第九」のみならず、他の楽しく肩のこらない合唱曲、たとえば大好きなモーツアルトの作品などにもチャレンジしてみたいと思う。(2004年大晦日)
★「ベートーヴェン」のことについてのリンク  http://www.beethovenmaster.com/ へのリンク
                             

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