北国にも春がやってきた

5月の中ごろ札幌から小樽に遊びに出かけた。かつての会社仲間8名と行動を共にした。
私にとってはとても懐かしい場所だ。30代に、4年間ここで暮らしたことがあるのだ。
(その時の事はここをクリックしてください。)
その後も数回訪れてはいるが、いずれも仕事がらみであり、会社とホテルの間を往復したにとどまる。
今回は「サンデー毎日」の閑人として全く久し振りに観光して回った。短い間だったが新しい発見があった。ヘタなデジカメだけでは能が無いので今回は数枚のスケッチを試みた。同じヘタでも実際に自分で描いてみると、春を迎えた北海道の印象が更に強烈になり、心に焼きつく。だがゆっくりスケッチしている時間が無いので、かなりの部分はデジカメの映像を参考にしている。  
その時の印象をスケッチやデジカメを中心に述べてみたい。

◆恋の街札幌
♪時計台の下で逢って、私の恋は始まりました…♪ なーんて
その昔、石原裕次郎さんが歌っていましたっけ… 
ロマンチックな雰囲気を持つ美しい街なんだよね。


旧道庁

市内全景

豊平館

音楽ホール Kitara
★ 札幌今昔
土地勘はあるが、忘れてしまったところもあった。
旧道庁のレンガ造りの建物や中島公園の豊平館(木造)は昔のままの美しい姿をとどめている。一方、公園内には新しいコンサートホール「Kitara」が誕生していた。(右下)

市の南側の丘の上に旭山公園があるが、その展望台から眺望した市街は高層ビルが林立し見違えるような近代的な大都会に変容していた。人口は200万人に近づいているという。

雪祭りの舞台になる「大通り公園」は昔のままだが、周りには高層ビルが増えた。
また、札幌周辺地区の発展も目覚しいように感じた。

大通公園のスケッチ(PASTEL F2)
サイズが小さい白いsketchbookにpastelで細かい絵を描くのは難しいなぁ

鉄道馬車駅の起点

旅館

旧小樽新聞社

旧近藤医院

旧山本理髪店内  本物そっくり!

上記医院の診察室
酔っ払いのお絵かき
念のため小さいスケッチブックは持っていったが、さすがに描いているヒマもなく、ずうずうしく人前で広げる度胸も無かった。ホテルに帰り、一休みすると「夜の探訪」が始まる。2晩にわたり珍味を肴に盛大な?酒盛が繰り広げられたが、私は二次会のお誘いはご遠慮し、8時過ぎにホテルに戻っていた。
,寝るには早すぎるので、酔眼モーローとしていたが、デジカメ映像を見ながら簡単な下絵と印象を描きとどめておいた。これ等を元に帰宅後、数点にパステルで色付けしてみた。酔っ払いの絵だ。スケッチは写真とは異なり、その時の心の動きを書き表す手段だ。写実である必要は全くないと思う。
 野外博物館 「北海道開拓村」に出向き半日を過した
札幌近郊、厚別区厚別町に1983年に造られた自然を生かした博物館である。
別名「先達のくらしが息づく里」である。
自然の森に囲まれた広大な敷地に北海道開拓時代の歴史的な建物が移築され、開拓民の当時の暮らしぶりをしのぶことが出来る。

開拓の中心となった屯田兵の拠点を見た。
家というより掘立小屋と云ったほうがふさわしい。開墾の道具は鍬や鋤程度で北海道の冬は厳しい。よくこんなところで…と思った。想像を絶するご労苦があっただろう。

ここを回っていたら何かタイムスリップしたような気がした。


一枚スケッチしてみた。「旧開拓史札幌本庁舎」だ。
(この絵にマウスポインターを合わせると本物?が表示される)
◆小樽の人(女)よ
♪北国の街は冷たく遠い… 粉雪舞い散る小樽の駅に ♪
と歌っていたのはコーラスグループ「東京ロマンチカ」だ。昔、カラオケでよく歌っていたっけ。
















★ 小樽市街
運河のスケッチ
(この絵にマウスポインターを合わせると本物?が表示される)
観光タクシーのドライバーは初老のでっぷり太ったスキンヘッドのちょっとコワイ感じの人だったが、好人物で親切だった。数年間東京生活を体験したという。

まず、旧日本郵船の歴史的な建物を見た。市の重要文化財に指定されている。
木造だが壮麗な建物で昔の栄華を感じさせる遺産である。内部は特に素晴らしい。

この会社の力が見ている者を圧倒する。全体が一種の美術工芸品だ。


旧日本郵船小樽支店
建物全体はこのチケットのように
バランスが美しい洋館


正面玄関付近

一階カウンター

事務所内部

運河(上記スケッチの反対側)

JR小樽駅


























































































































































★ 祝津海岸
美しく穏やかな日本海だった。
正に春の海だ。空気は澄み渡っていた。磯の香りがした。

小高い丘の上にある鰊御殿を訪れた。話によると一昨年(2004年)の18号台風の際、この建物の屋根が吹き飛ばされたとのこと。その昔、この海岸一帯に産卵のため、ニシンの大群が押し寄せ、豊漁に沸き立ったと云うが、当時の浜辺の様子は興味深かった。

1950年台後半からニシンの群来は見られなくなったという。
昼に食べたニシンの炭火焼はカラフト産とのことだった。

ニシン御殿前面
ニシン漁は北海道開拓の歴史へのリンク

小樽観光は市内と祝津海岸が思い浮かぶ。いずれも美しい。駅前で観光タクシーをチャーターして回った。食事時間を入れて約3時間の行程だった。市内の魅力は観光用に残された運河を中心とした古い歴史を感じさせる街並みだろう。

この街はかつて北海道では最も栄えた街でもある。何でも日銀の支店がわが国で3番目に出店したそうだ。昔日の栄華の跡は今でも残っている。

その一つが日本郵船の建物だ。内部もきれいに修復され、ボランティアのガイドさんが丁寧に案内してくれた。本当に歴史のある美しい建物だった。祝津海岸は車で10分ほどの距離だ。美しい海岸線や有名な鰊御殿、などが観光スポットだ。当日は汗ばむほどの陽気で高台から見た日本海の素晴らしい眺めは強く印象に残った。オゾンいっぱいの空気が澄み渡り、深呼吸すると気持ちがよかった。

小樽では新鮮なサカナをネタにした寿司が有名だが、我々はドライバーの案内で海岸近くにある海鮮料理の店に入り、ビールジョッキを片手に採りたての魚貝類を食べてみた。ニシンの丸焼きの大きさにビックリでこれは一匹を5名で取り分けて食べた。ホタテ、ウニ、アワビなども食べたがいずれも本物の味がした。観光客で混み合っていた。

札幌の春は遅い。今年の冬は特に寒く雪も多かったらしい。この寒さは我々が現地を訪問した直前まで続いていたらしい。道産子の友人によるとこの日、一気に初夏がやってきたとのことだった。 旧道庁の庭や大通公園ではチューリップや八重桜が満開だった。シンボルのライラックの蕾はまだ固かった。

これからが正に花の季節を迎えようとしていたが、北海道の観光シーズンは6月からだそうだ。 北国の気象は独特だ。日中は汗ばむほどの陽気でも日が沈む頃になると気温は急降下する。夜間は上着を着ないと寒かった。風が冷たい。ヨーロッパを感じさせる気候だった。

観光スポットは一応見て回ったが時計台はすっかり忘れていた。もっともバスでホテルに向かう時に、手前で停車したので見たことは見たのだが…

印象に残ったのは厚別区に1983年に開設された北海道開拓村だ。
ここで北海道開拓の歴史と大変な労苦、当時の厳しい生活、歴史的な建物群を見ることが出来たのは大きな収穫だった。私の在任の当時、このような野外博物館は無かった。

最終日の昼食はサッポロビール園で生ビール片手にジンギスカンを楽しんだ。
ウマイ!!一口飲んで同行メンバー全員がうなった。雰囲気、味共に申し分なかった。夜の部は薄野だが、二晩にわたり北海道の珍味やサケを味わった。
札幌在住の友人、MSさんがが我々のために、これぞという店を予約してくれたのだ。彼は二晩我々に付き合ってくれ、ゴルフ組にも一日を割いてくれた。心から感謝している。


生ビール うまい!!
◆札幌ビール園
同行のN氏から頂戴した写真を
そのまま転載させていただいた。
ビール園

夕刻羽田に到着した。
飛行便は行きも帰りも満席だった。

もう日も暮れているのに東京の蒸し暑いのに辟易した。汗がドッと噴出し、家にたどり着くまでに一汗かいてしまった。

北海道の今頃の季節は本当に素晴らしいと、今更ながら実感した。(2006/06/30)


小樽の海

◆帰りに鉄道馬車に乗り、入り口まで戻った。大の大人10人近くを載せレールの上を
ゴトゴト走る。結構な重量だと思うが、馬力のあるウマだ。