日本人形アニメーション発祥の地 雑司が谷で活躍した二人
豊島区雑司が谷はかつて日本人形アニメーションの発祥の地だった――。としまNPO推進協議会(柳田好史代表)は9月16日、8月に開催した人形展「項羽と劉邦」の第2弾として日本人形アニメーションの草創期に雑司ヶ谷を拠点として活躍した中国と日本の人形アニメイション界の巨匠、持永只仁と川本喜八郎の功績を紹介する「雑司が谷が発祥地!中国と日本の人形アニメーション創始者 持永只仁と、川本喜八郎 映画上映会&シンポジウム」を池袋西口のとしま産業振興プラザ(IKE・Biz)多目的ホールで開催した。会場は200人を超す熱心な来場者であふれ有意義なイベントとなった。東アジア文化都市2019豊島のパートナーシップ事業。
1部は映画「ちびくろ・さんぼのとらたいじ」「こぶとり」、1950年代に製作された持永只仁作品(人形:川本喜八郎)と、1976年に製作された、川本喜八郎作品「道成寺」が上映されたが、会場からは全く古さを感じさせない名作に感嘆の声が上がった。
2部はシンポジウム「人形アニメの祖・持永只仁と川本喜八郎、その教え子たちへの系譜」では、川本喜八郎研究家の壱岐国芳氏をコーディネーターに、アニメイション作家の和田敏克氏の基調講演に続き、和田氏、持永只仁の長女・持永伯子氏、アニメイション作家・細川晋氏で、雑司が谷で世界的な人形アニメーションが製作されていた当時の様子や、持永只仁氏、川本喜八郎氏の人形アニメーションに残した功績などが語られた。
映画上映を楽しみにしていたという高野区長は「雑司ヶ谷が人形アニメーションの発祥の地であることを誇りに思い、全世界に豊島区のアニメ、マンガ文化を発信してゆきたい」とあいさつ。
【持永只仁】(中国名・方明)1919~1999。人気映画「ちびくろ・さんぼ」シリーズや「こぶとり」そして今日でも海外でみられ歌われている「赤鼻のトナカイ・ルドルフ物語」もに日音で持永が製作していた。
【川本喜八郎】1925~2010)持永から「技術」、チェコのトルンカから人形の本質を学び、日本様式を取り入れて、「執心と解説」「鎮魂」などテーマにした独特の人形アニメイションを創作し続け、海外でも称賛をえている。人形美術家としてテレビ人形劇「三国志」「平家物語」の人形の製作も手掛けている。
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