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このページではメニューインの指揮について述べる。

ワーナーからシンフォニア・ヴァルソヴィアを振ったベートーヴェンの交響曲全集が出ている。1994年のライヴ録音である。

交響曲第5番が稀代の珍演である。まず冒頭のジャジャジャジャーンという運命動機がレガートで演奏されていることに驚かされる。以降この動機を全てレガートで歌いまくる。ティンパニを思いっきり強打させているのと相まって笑いが止まらない人も多いだろう。しかし、何度も聴いていくうちに病みつきになること請け合いである。

メニューインは1995年にメニューイン・フェスティバル・オーケストラと称するオケを率いて来日した。このメニューイン・フェスティバル・オーケストラは1970年代にEMIに録音していた同名のオケとは全く別で、実体はシンフォニア・ヴァルソヴィアであった。私はサントリー・ホールでモーツァルトの交響曲とベートーヴェンの「田園」を聴いた。横浜公演ではこの交響曲第5番が演奏された。横浜公演のチケットも取っていたのだが、所用があって行けなかった。今となっては非常に悔いが残ることである。

交響曲第3番「英雄」は名演である。評論家の福島章恭氏も「入魂の」演奏と絶賛している(『クラシックCDの名盤 演奏家篇』文春新書)。弦が雄弁でリズムが弾み、この曲の革新性をよく表出している。特に第2楽章の真ん中の苛烈なティンパニの一撃が強い印象を与える。

この2曲以外の曲は録音のせいかオケの響きがやや劣る。その中で注目されるのが交響曲第9番「合唱付き」である。第4楽章の冒頭はいったい何が始まったのかと唖然としてしまう。合唱の迫力ももの凄くまるでカルミナ・ブラーナを聴いているようだ。そしてコーダが何より圧倒的である。

メニューインはこの第9をロイヤル・フィルと1990年にも録音している(RPOレーベル)。声楽は劣るが格調高いオケが魅力的である。国内盤の解説を宇野功芳氏が書いており、「全体として枯淡でありながら、細部にユニークな個性を刻印した演奏の誕生となった。力みはいっさいないが、ひびきの充実感と音楽性は満点で、楽器の移りやハーモニーの移行に深い哲学が漂う。どこか彼岸に達した超俗のベートーヴェンがここにある。」と絶賛している。こちらは全集盤ほどやりたい放題はしていない。しかし第2楽章冒頭の猛スピードは全集盤以上である。宇野氏は「おそらくは史上最速のテンポ」ではないかと書いている。


ワーナーからはシンフォニア・ヴァルソヴィアとのシューベルトの交響曲全集も発売されている。1960年代にEMIへメニューイン・フェスティバル・オーケストラとも交響曲全集を録音しているため、2度目の全集である。1度目の全集は実にインティメートな秀演であったが、1997年の2度目の全集はいったいどうしちゃったのだろうかと思うほどユニークである。

特に凄いのが交響曲第8(9)番ハ長調「グレート」である。淡々としながらもスピード違反ともいえる異様な快速で駆け抜け、約45分で終結してしまう。私は聴けなかったが日本で新日フィルを振った時はもっと速かったという。


イギリスに帰化し、一代貴族となったメニューインの重要なレパートリーがイギリス音楽である。

1987年に来日して新日フィルを振ったヴォーン・ウィリアムズの「タリスの主題による幻想曲」について、宇野功芳氏は「あまりにも美しい音楽であり、あまりにも美しい演奏であった。しみじみと心に触れてくる人生の夕映えのような情感は、メニューインの円熟した音楽性や感性とマッチして、いつまでもその中に浸っていたいような、時間が経つのが惜しいような名演を生んだのである。」(『音楽の友』1987年5月号)と評していた。

このヴォーン・ウィリアムズの「タリスの主題による幻想曲」は1986年にイギリス室内管を振ったCDがArabesqueレーベルから出ている。宇野氏の来日公演評の通り、どこまでも透明で美しい演奏である。これを聴いていると無性に哀しくなってしまう。イギリス音楽ファン必聴のディスクである。

メニューインは16歳の時、作曲者自身の指揮でエルガーのヴァイオリン協奏曲を演奏し、録音している。その後もボールト指揮の1969年ライヴ(AS DISC)やヴァイオリン・ソナタの名盤を遺している。指揮者としてもエルガーを重要なレパートリーとしていた。

特に感動的なのが弦楽セレナードである。Classic fMレーベルの"Yehudi Menuhin's Young Virtuosi"というメニューイン・スクールの生徒達の演奏を集めたCDの最後に収録されている。同じ曲でもイギリス室内管を振ったArabesqueレーベルのCDは大きく落ちる。ロイヤル・フィルとの2曲の交響曲(Virgin)も良くない。1985年の1回目のエニグマ変奏曲とチェロ協奏曲(フィリップス)もオケの響きが悪い。しかし、1990年代の2回目のエニグマ変奏曲とチェロ協奏曲は凄演である(Tring)。後者のリーのチェロも素晴らしい。
あとはポーランド室内管を振った序奏とアレグロの1987年ライヴ(Polskie Nagrania)も超名演である。

このポーランド室内管とのライヴであるが、メニューインの提案でオケを拡大して演奏会が行われた。これがきっかけとなりシンフォニア・ヴァルソヴィアが結成されたのである。
このCDに収録されているバルトークの弦楽ディヴェルティメントも同曲のベストを狙う凄絶な名演である。

(続く)


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