ミルシテイン 1956年のザルツブルク音楽祭のライヴ録音(オルフェオ)について

 ミルシテインを生で聴いた人が異口同音に口にするのはあの美しい音色はレコードで聴かれないということである。結局来日せずに亡くなってしまったために実演に接っすることが出来なかった私を含めた多くの音楽ファンはそのことを念頭に置いてレコードに接するしかない。その「生の音を伝えない」レコードは無価値であるかというと決してそんなことはない。たとえ実物とは違っても十分に美しい音色と素晴らしく冴えた技巧、貴族的な気品で魅了してくれるディスクは数は比較的少ないながらも音楽ファン、ヴァイオリン・ファンの心の糧となってくれる。

 ミルシテインの一連の録音を聴いて気付くことが2点ある。

 第1点は1950年代後半、ステレオ初期のスタジオ録音には技術面でむらがあり、高度なヴィルディオジティが聴かれる一方弾きそこないのようなものが散見されるということ。そして録音のせいかもしれないが重音が全体的に濁って聞こえるということである。

 第2点は同時期のスタジオ録音とライヴ録音を聴き比べると圧倒的にライヴ録音の方が優れているということである。1950年代後半のライヴでもスタジオ録音のような技巧のむらは聞かれない。技術的な問題の他にもミルシテインが興に乗っており、クールな中にももの凄い情熱と迫力と集中力に圧倒される。

 このことや録音の数が少ないことなどからミルシテインはスタジオ録音が苦手だったのではないかと推定できる。

 しかし残念なことにライヴ録音のほとんどが前述のように「生を伝えていない」スタジオ録音よりもさらに劣っておりミルシテイン独特の澄みきった美しい音が聞かれない。

 このたびミルシテインの1956年のザルツブルク音楽祭のライヴ録音がオルフェオから発売された(C 590 021B)。これはモノーラルながら同時期のスタジオ録音と同程度の音質でミルシテインの音を堪能することが出来、演奏も素晴らしい。従ってこのCDはミルシテインという大ヴァイオリニストの芸風をさぐるためにも大変貴重な記録と言うことが出来る。

 収録されているのはヴィヴァルディのヴァイオリン・ソナタR31、バッハの無伴奏パルティータ第1番、ベートーヴェンの「クロイツェル」ソナタ、グラズノフのヴァイオリン協奏曲(ピアノ伴奏)である。

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