『飛行機を描いて欲しかった落書き帳』
 小学校の前にある文房具店の店先に積まれた[らくがき帳]は期待に胸を膨
らませていた。お父さんに手を引かれてやって来た近所の男の子が買って貰い
たくて、お父さんにお願いしていたからだ。
「あの子に買って貰ったら、いろんな絵を描いてもらえるぞ」らくがき帳は、
早く買って欲しくてワクワクした。
 どこかのページには怪獣を書いて欲しかったし、別の箇所には奇麗な色をぬ
ってもらいたかった。でもこのらくがき帳が一番描いて欲しかったのは「大空
を飛ぶ飛行機」だった。

「これ下さい」お金を払われて、らくがき帳は紙袋に入れられ男の子の手に渡
った。

 家に帰ると早速らくがき帳は開かれた。

 一枚目の紙に、ウルトラマンの絵が描かれ、奇麗な色でスペシューム光線が
たくさん引かれた。そこでらくがき帳は幸福そうな顔をした。

 二枚目の紙には、お父さんの絵が描かれた。メガネをかけたやさしい顔で、
頭には実際よりも多く髪の毛があった。そこでらくがき帳もやさしい気持ちに
なった。

 翌日になって男の子は、お母さんに教えてもらいながら、自分の名前を書い
た。黄色い色が好きな様で白い紙にはクレヨンの色は映えなかったが、名前を
書いてもらったらくがき帳は喜んだ。

 らくがき帳は男の子ばかりでなく、お母さんも使った。買い物を忘れない様
にメモを取ったり、友達との約束を書いたりした。又、刀だといってまるめら
れ遊びの道具になる箇所もあったが、らくがき帳は満足していた。
 裏も表も使っていたので、だんだんと白い紙が少なくなっていき、もう少し
で最後の紙になるところで、らくがき帳は使われなくなった。「もう何に使わ
れてもいいから、全部使ってくれないかな…」まだ飛行機を描いて貰っていな
かったが、数枚の紙を残したらくがき帳は、じっと待つだけになった。

 何ヶ月かたったある日、らくがき帳は男の子と一緒にキャンプにいった。男
の子はちゃんとクレヨンも持ってきていて、キャンプ場についた途端に広げら
れ、近くに見える湖の上に浮かんぶ舟を描いたり、テントの絵を描いたりした。
でも最後の一枚の裏側になっても飛行機は描いてもらえなかった。らくがき帳
は少し悲しかったが全部使ってもらえたので満足していた。
 翌日になって、お父さんが最初のウルトラマンの絵をらくがき帳から切取っ
て折り曲げ男の子にみせた。それは良く飛びそうな紙飛行機だった。男の子の
手からスペシューム光線を引いて空高く飛んだ。