『びんた』
「今度この店に入ってくる男にビンタをして、怒らなかったら10万
円。どうだかけるか」
 見知らぬ男がテーブル越しに言った。
 なんだこいつは?身なりは悪くないし、酔ってもいないようだ。
スーツの内側から札束を取り出して、向かいの席に座ってしまった。
帯が付いたままの札束を5つ、テーブルに置いた。
「どうだ。かけるか。10万ぐらいならあるだろ?」

 ボーナスが入ったばかりで、大事にカバンに入れてある。10万位
なら使っても構わないだろう。3ヶ月ばかり我慢すればこづかい
の範囲内だ。

「その位の金ならあるけど、怒ったら10万円くれるっていうのか」
「おっ。やる気になったね。その通り。今度店に入ってくる男、い
やいや、あんたが選んだ男でいいよ。そいつに俺がビンタをして怒
るかどうかをかけるのさ。どうだ。そいつが怒ったら10万円はあん
たのもの。もちろん怒らなかったら、あんたが10万俺に払うってこ
とだ。やるかね」

 俺が選んだ男でいいのか。突然ビンタをされて怒らない男がいる
とは思えない。

「怒るっていうのは、どういう事をいうんだい」
 俺は慎重にきりだした。
「おっ。やるってことだね。怒るっていうのはだね。つまり…腹を
立てるってことだな。あんただって怒った事あるだろ?」
「そりゃあるさ」
「そういう事だよ。何か言うとか、殴り返すとか。何も言えなくて
も睨み付けるだけでもいい」
「よしっ。乗った。俺が指定する人でいいんだね」
「あいさ。構わないよ」
 話が付いた途端にドアが開いて、一発でこれもん(指でほっぺた
を撫でる奴)と思える男が入ってきた。
「よし、あの男にしよう」
「えっ。あれ? しょうがねえか」
 そういうとつかつかっと男の前に行くと突然ビンタを張った。
 ビンタされた男は逆上して、かけをした男はぼこぼこにのされて
しまった。土下座して謝り、5万円ばかりの金を渡して何とかこち
らに帰ってきた。
「あんたの勝ちだね。ほらよ」
 そういうと10万円をポンとテーブル越しに放り投げてきた。
「今度は女でやろう。選ぶのはあんたでいいよ。但し、金額は100万
円だけどね。やるだろ」
 100万だとボーナスが無くなってしまう。だが、殴られて怒らない
女もいないはずだ。いないと思う。いないよな?いるかな?えーい。
「乗った」

 指定した女も気が強そうだ。これなら大丈夫だろう。大丈夫だよな。
大丈夫であってくれよ。


 女は気絶し、ボーナスも無くなった。