『ストーカー』
「ヒーッヒッヒッ」
 異様な笑い声が階段から這い寄ってくる。私は階段を上りきると、屋上のドアへ走った。
 開いて……いた。間一発のところで、屋上に転がり出る。
(あー、あんな化け物にまとわりつかれるなんて、ついてない)
 ドアの開く音で後ろも見ずに、慌てて手すりを乗り越えていた。
 眼下は霞んで見えない。手すりを掴んでいる手が、汗で滑って思わずしゃがみ込んでしまう。
 後ろを見ると、あいつは追ってきていた。にやけ笑いの目が病的に輝いている。
 私はやっと立ち上がると、事情を説明していた警察に通報した。
(あぁ、手すりまでもうちょっとだ。あいつが近づいてくる…)
「イヤーッ」
 身体中のアドレナリンが恐怖心を薄めていくのだろう。見えない地上に、ひょいと飛び降りられそうな気がした。
「キャーッ」
 あいつの手が触りそうになって、私は飛んでいた。霞んだ景色では、どの位で地上に激突するのか判らない。風圧が顔を変形させる。スカートで無くて良かったなんて、どうでもいい様な事が頭をよぎった。
「キャーッ。ウアーッ」
 気絶でもするかと思ってたけど、私は大声を出して恐怖心と闘っていた。
 霞んでいた地上が見えた時には、第三者の目になっていた。


 地上20メートル程の高さになった私の周りには、胸から這い出した私のストークが、落下の衝撃に耐えるのであろう姿に変形を始めた。必要となる構成要素達を無数に集め、私の身体を包み込んでいく。
 地上1ミリの所で落下速度はゼロになる。当然の事ながら停止した時の衝撃は一切感じられない。
 ストークの構成要素達が身体から離れると、それ(彼)はまた私の身体に這い戻った。いつもの事ながら身体に入る時には、ちょっと気持ちがいい。
(ふーぅ。今回はストーカーになるのに時間がかかったわよ。高い場所だったからいいけど…。精密検査の予約入れといてね)
 私が爽快になった身体で、ストークに無言で指示していると、屋上では、警察があいつを逮捕していた。

ストーカー:
@忍びよるもの
A性的精神異常者の一行動
B身体に付帯(内蔵)する最低限必要な制御装置(ナノマシン)の指示で、各所に存在する共有の構成要素(部品:ナノマシン)を使用し、生命維持処置を行う医療機器の俗称。変形可能。種類により事前の保護を目的とするタイプもある。内蔵タイプが胎児をイメージさせる事から、【こうのとり】から派生した言葉とも言われる。